初詣2
男連中が昼に何も食べていないというので、お参りの前に屋台で何か食べる流れになる。萌絵と凛央もそちらに加わった。
一方瑞奈と小夜がおみくじおみくじと騒いでいて、一度二手に分かれる。悠己は唯李とともに瑞奈たちについていく。
「よっしゃ大吉!」
まっさきにくじを引いた瑞奈が、紙を広げてガッツポーズ。隣でおみくじを開封する唯李の手元を覗き込んでいく。
「ゆいちゃんは~? 大凶?」
「なんで当然大凶みたいな感じで聞いてくるかな……あ、大吉じゃん!」
わっと声が上がる。二人でハイタッチ。
が、すぐに唯李は首を傾げだして、
「大吉かぁ~。『うっわ、すえよしかよ中途半端~』ってやろうとしたのに」
大吉なのにあまりうれしそうではない。物足りなそうな唯李をよそに、瑞奈が未開封のくじを手渡してくる。
「ゆうきくんのぶん引いてきたよ、はい」
「引く楽しみ奪ってくるね」
瑞奈がじっと見守る中、開封する。
「あ、大吉だ」
「うおっしゃ二連続大吉!」
「やっぱり自分の手柄にしてるよね」
瑞奈が隣でガッツポーズ。唯李も横から覗き込んできて、
「え~悠己くんも大吉? これ大吉しか入ってないんじゃん? なんだよ接待おみくじかよ~」
とたんに悪態をつき始める。あまり大きな声で言うのはやめてほしい。
「ていうかこれ大吉なのになんかディスられてない? 『願望 叶う』とか投げやりだし」
「ゆいちゃんのやつ『恋愛 助言を仰げ』って書いてあるよ」
「余計なお世話だよ」
唯李と瑞奈がお互いくじをつき合わせて騒いでいる。そんな中悠己は一人だけおとなしい小夜を見つけて、声をかける。
「小夜ちゃんはどうだった?」
「ははは、みんな大吉ですか~」
「小夜ちゃんは?」
「幸先いいですねぇみなさん」
「小夜ちゃん?」
「うわああんみなっちぃぃぃ!」
逃げた。小夜は瑞奈の背中にタックル気味に抱きついていく。
「なんで凶なんですか、わたしが何したっていうんですか! このクソおみくじ!」
「そういう暴言がよくないんじゃないですかね……」
唯李がぼやくも睨みつけられて黙った。ここのパワーバランスは相変わらず謎。
瑞奈は小夜の肩を抱きとめると、
「わかった瑞奈がもう一回さよのぶん引いてくる! 大吉でチャラにするから任せて!」
勢い込んで再度引きに行った。おみくじを手に戻ってきて、小夜に渡す。開封。
「小吉! またこれ中途半端!」
小夜の甲高い声で笑いが起こる。しかしこれでいくらか小夜の溜飲も下がったようだ。
ただ少し面白くなさそうなのが約一名。
「今日はもってるね小夜ちゃん~……そしたらあたしがカタキとってあげるからね」
今度は唯李がおみくじを引いてくる。しかし小夜に「あ、もういいです」と押し返され、しぶしぶ自分で開封。
「ってまた大吉かよぉ~! いやそこは凶じゃねえのかよぉ~~!」
声を張り上げるも、瑞奈と小夜の関心はおみくじをくくりつけるほうへ移っていた。ほぼほぼ無視されているので相手をしてやる。
「連続大吉ついてるね」
「なんかさ、みんなあたしに厳しくない?」
「ちょっとしつこかったかな」
「あ、引き際ね。そういうの大事よね」
ここは優しくアドバイス。なんにせよ変な対抗意識を燃やすのはやめていただきたい。
顔を合わせたときはどこかぎこちなさがあったが、気づけばいつものノリだった。また流されていた。
けれども居心地がよかった。いったい何を迷って、悩んでいるのか、何もかもどうでもいいことのように思えた。
「これさ、大吉の上があってもよくない? 超吉とかさ」
唯李はおみくじを折りたたみながら笑った。ちょうどななめに木漏れ日が差して、彼女の横顔を照らした。
思わず見とれていた。笑顔がやたらに眩しかった。だけど眩しすぎて、すぐに見ていられなくなる。
きっと距離が近すぎるのだろう。近いから眩しくて、顔をそむけてしまう。直視することができない。
だからもっとずっと、遠くから眺めたほうがいいのだと思った。明るい光の中にいる彼女を、暗く目立たない離れた場所から、気づかれないように。
そのときポケットのスマホが震えた。我に返って、慌てて手に取る。画面を見ると和輝からの着信だった。
「もしもし悠己? 今どこだ?」
勝手に抜け出してきたことをすっかり忘れていた。
返答に詰まりながら、言い訳を考える。
「どうした大丈夫か? トイレ混んでるのか?」
「あ、いや偶然友だちと会って話してて……」
瑞奈の悪だくみで……と口をついて出そうになったのを押し留める。ここは話をややこしくしないほうがいい。
「そうか、どうする? ならそっちはそっちで……」
父が怒っているような様子はなかった。それどころか気を遣ってくれている。遮るように答えた。
「いや、もう戻るよ」
もともと父と来る予定だったのだ。こうしてみんなにも顔は見せたことだし、瑞奈も満足だろう。
現在位置を伝えると、こっちから迎えに行くから下手に動かないでくれ、と言われ通話を切られる。口ぶりからすると近くにいるようだった。
スマホをしまうと、物珍しそうな顔をしている唯李と目が合う。
「……何? その顔」
「え? んーなんか、珍しく真面目な感じで話してるなって」
「まぁイタ電だけどね」
「それめっちゃおもろいじゃん」
口ではそう言うが面白くなさそうな顔だ。
会話を切り上げ、脇にあるおみくじ結び所に近づく。熱心にくじを巻き付けている後ろ姿に声をかけた。
「瑞奈、俺は戻るけど」
「え? 戻るって?」
不思議そうに見上げてくる。瑞奈も和輝のこと、頭から抜け落ちているようだった。電話がかかってきた、と言うと瑞奈は表情を曇らせて、
「別にいいじゃん、お父さん一人でお参りすれば」
「それは勝手すぎるでしょ。嘘ついて抜けてきて」
「だって、そうしないとゆうきくん来てくれない……あ」
瑞奈の目線が横にそれて、遠くを見つめた。視線を追って振り返ると、人混みの中で和輝がこちらに向かって手を上げていた。急ぎ足に近づいてくる。
「いやぁ、オレのほうが迷子になりそうだったよ」
笑いながら言った。別段悠己たちを責めるような口調ではなかった。
「ごめん、勝手に……」
「いやいいよ。あれ、瑞奈は……」
いつの間にか姿がない。
瑞奈は少し離れたところで小夜と唯李に何事か耳打ちをしていた。小夜がいちはやく近づいてきて、緊張した面持ちで和輝を見上げる。
「あ、あのっ、同じクラスで、速見小夜といいます、瑞奈さんとは仲良くさせてもらってます!」
ぺこぺこと深くお辞儀を繰り返す。やたら仰々しくされて和輝は面食らっていたようだが、すぐに笑顔を作って応対する。
「どうもご丁寧に。こちらこそ仲良くしてくれてありがとう」
頭を下げられ、小夜は体をすくめてさらにかしこまる。今にも平伏しそうになっているところを、瑞奈が背後から服を引っ張ってたしなめた。
「そちらも?」
和輝の視線が唯李に向いた。
唯李は髪を手で直しながら、背筋を伸ばしていずまいを正す。
「あっ、いや! あ、あたしは、その~……」
しかしすぐに目を泳がせて口ごもる。傍目にも落ち着きがない。瑞奈が横から口を挟んだ。
「誰が中学生だよってツッコまないのゆいちゃん」
「しーっ、失礼でしょそんな!」
声量を落としてたしなめるが、それもほとんど丸聞こえ。和輝は大げさに上体を引いて、唯李の全身を上から下に品定めするような視線を送る。
「いいね、着物きれいだねぇ」
「あっ、いや全然、安物ですよこんな、うへへ……」
丁寧にするつもりが逆に変な笑い方になっている。隣で小夜が目を細めた。
「あーあ、しゃべらなければボロは出なかったんですけどね」
「おいそこの、さっきも『見た目だけは最強!』とかディスってたの聞こえてたからね?」
「ディスってないですよ? 事実を言ったまでです」
「ちょ、この人ガンガンさよってくるんですけど! みなっちなんとかして!」
瑞奈の腕を揺すって、唯李がやかましく声を張り上げる。こうなると同じ中学生レベルにしか見えない。どころか小夜のほうがよっぽど大人びている。
助けを求める唯李を無視し、瑞奈は声を荒らげた。
「だから違う! この人はゆうきくんの彼女だから!」
「え? あっ、み、瑞奈ちゃん!?」
いよいよ唯李が慌てふためき出した。
瑞奈を見て、悠己を見て、そして和輝を見上げて、
「あ、あの、えっとその~、こ、このたびは……」
なんとかそれらしくあいさつをしようとしているようだがグダグダ。
対する和輝はというと、こちらもあんぐりと口を開け、悠己の顔を凝視してきた。
「かっ、彼女……? で、できたのか……?」
「いやビビりすぎでしょ」
天変地異でも起きたかのような顔をするのはどうかと。
「いやだって、悠己お前、そんなこと一言も……」
「や、違うよ」
「え?」
「こうやってふざけてからかわれてるだけだから」
きっぱりと言った。
前回のクリスマスパーティの際、ニセ恋人はもうやめる、という話を唯李としたものの、その直後に部屋の中から声がかかって話はうやむやに。
瑞奈にもそのこと、話したわけではなかった。この調子だと唯李もきっと瑞奈には話していない。話は浮いたたま、どっちつかずになっていた。だからちょうどいい機会だと思った。
視界の端から女子勢の視線を感じるが、見ないようにした。三人とも唖然としているようだった。瑞奈には彼女、ということになっていて、小夜にとってはなんのことやらで、無理もないだろう。
その一方で和輝は納得顔になって、しきりにうなずきだした。
「う~ん……そうだよな、悠己がこんなかわいい子を口説けるわけないよな」
「めっちゃ安心してるじゃん」
「そんな惚れられる要素があるとも思えないし……」
「息子の悪口は楽しいか」
「はは、冗談だよ冗談」
軽口を叩きつつ、和輝と笑いあう。その間も、三人を見ることはしなかった。
「とはいえいたずらにしてもたちが悪いぞ。まぁからかいたくなる気持ちはわかるけども。ははは」
最後は和輝がうまく場を収めた。すっかり唯李を小夜と同類の友達と思いこんでいるようだ。微笑みながら唯李たちを見下ろして、
「あんまり騒いで、周りに迷惑かけないようにね」
やんわりとたしなめる。一同はおとなしく聞き入れるだけだった。傍目には子供と大人……まるで生徒を注意する教師のようだった。
「じゃあ、行くか」
促され、うなずく。視線は父からそらさなかった。
悠己は和輝についてその場をあとにした。