クリスマスパーティ
クリスマスパーティ当日。
午前中には小夜が成戸宅に到着。お昼前には凛央が、やや遅れて萌絵が姿を見せた。
おのおの好きなタイミングで、と厳密に集合時間は決めていなかった。最後に現れたのは唯李だった。
「ヒーローは遅れてやってくる」
呼び出し音が鳴って玄関に出ていくと、安っぽいサンタ帽をかぶった唯李が得意げな顔で立っていた。背負ったリュックから、どこぞで買ってきたらしいパーティグッズのハリセンを取り出す。
「この世に突っ込まないといけない奴らが多すぎる。あたしがこの正義のハリセンで世界を正す」
などと言いながら気合の入った素振りをしてみせる。
「ちょっと貸して」と悠己はハリセンを奪うと、唯李の尻めがけてスイングした。スパン! と小気味のいい音がする。
「いてえよ」
「いい音」
「無言でやるなよ」
唯李はハリセンをひったくると、奥へと入っていく。
あとに続くと、部屋の中では「瑞奈ちゃんおいでー!」と萌絵が奇声を上げながら瑞奈を追いかけ回していた。
逃げてきた瑞奈が唯李の背後に隠れる。萌絵は唯李もろとも抱きついていく。
唯李がハリセンでべしべしやるが、萌絵はそれすらうれしそうだ。瑞奈とは初対面にも関わらずこんな調子だ。唯李が加わってさらにテンションがハイになっている。
それとは対照的に、テーブルでは凛央と小夜が優雅にお茶をすすっていた。小夜が持ってきたという怪しげなマンガ本を広げている。
見咎めた唯李が、テーブルの角をハリセンで叩きながら「何見てんだよ、そんなもん没収だよ没収!」と絡んでいく。
「あ?」と立ち上がった小夜とバトルが勃発し、一気にやかましくなる。
「本日は皆様、お忙しいところご足労いただき、誠にありがとうございます。えーこの度はお日柄もよく……」
全員が揃ったところで、瑞奈が前に出てあいさつを始める。
やけに丁寧だが、スマホ片手に文章を読んでいるだけ。その文面もどこから引っ張ってきたのか、クリスマスパーティのあいさつとは少しずれている。
「……国民は、立たねばならんのである! 以上それでは手始めに、主催から皆様へのプレゼントです」
謎あいさつを終えると、瑞奈ははがきほどの大きさのカードを、ひとりずつ手渡していく。自作のクリスマスカードだ。それぞれ名前と、瑞奈のイラスト付き。
最初に受け取った唯李が、感心した顔でカードをかざす。
「わ~すご~い。これ瑞奈ちゃんが作ったの?」
「うん。一生捨てないでね」
出来はよいのだが重たい。
「ねえこれTakatsukiじゃなくてTakotsukiになってない?」
「なってないよ?」
瑞奈は何言ってんだこいつという顔で首をかしげる。
唯李としてはなっていたほうがおいしい、とでも思ったのか。
順番に瑞奈がカードを手渡し、最後に萌絵の番になる。神妙な面持ちで待ち構えていた萌絵は、カードを受け取るなり鼻をすすりだした。
「ありがとう瑞奈ちゃん……わたし、一生の宝物にするね」
「やっぱり捨ててもいいよ」
さらに重たくかぶせられ、瑞奈はすぐさま前言撤回する。
聞こえていないらしく萌絵は顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を漏らし始めた。隣で唯李が呆れ顔になる。
「なんでいきなり泣いてるのよもう」
「だっで、こんなの、初めてで……うれじいんだもん、ぐずっ……」
「そっかぁ、よかったね。じゃあこれかけな」
唯李は優しく肩に手を触れると、持参したヒゲメガネを萌絵にかけさせた。
小夜が「ブフッ!」と吹き出して口を抑える。凛央が唯李の頭にハリセンでツッコミを入れた。
「ではつぎ、皆様お待ちかねの、プレゼント交換!」
瑞奈がプレゼントの入った袋をテーブルに並べる。大きさは大小さまざまだ。
プレゼントは事前に個別に回収し、どれが誰のものかわからなくなっている。
「曲が止まるまで回してね」
瑞奈のスマホから音楽が流れだした。
なぜかRPGのボス戦でかかりそうなアップテンポの曲だった。
みんなでテーブルを取り囲んで、隣へプレゼントを渡しては受け取るを繰り返す。
曲のテンポに乗せられてか回す速度が早くなっていく。「ちょっと長くない?」と唯李のツッコミが入ったのち、音楽が止まる。
「ストッープ! んーじゃあ、ゆうきくんから開けて」
悠己は手元にあるリボン付きの袋の口を開いて、物を取り出す。
中には本が数冊入っていた。袋は長方形に角ばっていて、おそらくそうではないかと思っていた。
小説のようだが、見たことも聞いたこともないタイトルだった。
「これは……」
「あっ、わたしのです!」
小夜が弾んだ声を上げた。
「男の人でも全然読めると思いますよ。そういうの抜きにしてもストーリーが優れてますし泣けますしむしろ読んでみてほしいというか」
めっちゃ早口で言われた。
「クリスマスにBLを布教するな」と唯李が突っ込むが聞こえていない様子。
続けて萌絵と小夜がプレゼントを開ける。
中身はお菓子だった。チョコやクッキーが洒落た小包に入っている。
「あ、わたし唯李ちゃんのやつだ~」
「あれ? これも同じですか?」
「小夜ちゃんはわたしのね。唯李ちゃんと一緒にお出かけして選んだの~」
萌絵がうれしそうにはしゃぐ。小夜は冷静にお菓子を眺めながら、唯李に視線を送った。
「意外に普通ですね」
「すいませんね、面白くもなんともなくて」
次にプレゼントを開いたのは瑞奈だ。
順番に開封していたが待ちきれずに開けてしまっていた。
「文房具……」
出てきた筆記用具セットを見て、こころなしかテンションが下がっている。
すかさず凛央が手をあげた。
「それ私」
「真面目か!」
唯李がノリに任せて突っ込むが、別に真面目というわけでもない。
手に取りながら瑞奈は小さくため息をついた。
「はぁ、ハズレかぁ」
「聞こえてるわよ」
「りおにもらうと勉強しろって言われてる気がする」
「この前のテスト芳しくなかったじゃない。サボったでしょ」
凛央は小言を言いながら、プレゼントの袋を開ける。その手元を唯李がのぞきこんで言った。
「コントローラー? 誰?」
「あ、それ瑞奈の」
瑞奈が手をあげる。
凛央が取り出したのは箱に入ったゲームのコントローラーだった。
「それ使いにくかったから」
「中古かい」
「これうちにあるわ」
「あるんかい」
唯李がいちいちテーブルをハリセンでべんべんやりながらツッコミを入れる。うるさい。
「さて開けますか~。この妙に大きいやつ」
最後に唯李がプレゼントの袋を開ける。
残ったのは悠己が用意したものだ。唯李は大げさに袋の口をほどくと、勢いよく中の物を引っ張り出した。
「うわぁやったぁうめえ棒30本入りパック! しかもやさいサラダ味! あっ、蒲焼さん次郎もある! かっさばるぅ~!」
「あ、唯李のそれ当たり」
「やはり貴様か」
「笑いが取れておいしいでしょ? うめえ棒だけに」
「まあまあかな」
普通の女子ならガチギレされてもおかしくないチョイスだったが、そこそこ満足げな様子だ。
悠己は密かに胸をなでおろす。実はこれでも選ぶのにかなり迷った。
「それでは次、ケーキ入刀!」
瑞奈が甲高く宣言をする。
リビング寄りに移動したダイニングテーブルの上は、大量のお菓子や飲み物がところ狭しと並んでいる。瑞奈と小夜が前もって用意しておいたものだ。
食器やフォーク、グラスなど総動員しても足りず、紙だと味気ないというので小夜がいくらか家から持ち寄った。そのへんもぬかりなく、準備を進めていたようだ。
そしてテーブル中央にでんと構えるのは、見事なホールケーキ。「MerryChristmas」の飾りの横に、サンタの形の砂糖菓子が乗っている。
萌絵が用意したもので、今日車で送ってもらう途中にお店に取りに行って、そのまま持参した。お呼ばれするだけだと悪いから、ともろもろ全持ちらしい。
ケーキを切り分けるため、瑞奈がおそるおそる包丁を入れようとする。しかしその時点ですでに嫌な予感がしたのか、凛央が代わると言って瑞奈を座らせた。見事にケーキを等分し、みんなに配っていく。
他にテーブルの上で存在感を放っているのが、大きな弁当箱。中身はクリスマスをあしらったいわゆるキャラ弁というものだ。凛央が持参した。
いつものテーブルには全員座りきれないので、小皿に取り分けなどをして、ソファのミニテーブル組とに別れる。
食事をしながら、おのおの写真を撮ったりクラッカーを弾いたりハリセンを振るったりとやかましくなる。
これだけ家に人が集まったのはいつぶりだろうか。もしかすると初めてのことかもしれない。
「も~遅い!」
「いや、店くっそ混んでてさ! さすがクリスマスマジありえんわ~」
姿を現すなり、慶太郎が小夜に怒声を浴びる。手にはフライドチキンの入った大きな袋をぶら下げている。
慶太郎の参加については、「別にいらないよね」と瑞奈に一蹴されたが、小夜が譲歩案を出す、というところで話が止まっていた。
結局参加は許されたようだが、うるさいからという理由で一人だけ集合時間をずらされ、食べ物を調達させられている。
「あれ、オレのケーキは?」
ない。凛央が「来るって聞いてないわよ?」と無慈悲な返答。
萌絵の用意したケーキは大好評で、みんなすっかり平らげたあとだ。
唯一悠己の皿にだけ、三分の一ほど食べかけが残っている。
「慶太、よかったらこれ……」
「おお、さすが友よ!」
「いや食いかけかよ!」とツッコミが来ると思ったのだが礼を言われた。何でもいいらしい。
慶太郎が席につくと入れ替わりに、女性陣はテレビのあるソファのほうへ移動し、みんなでゲームを始める。
「はいゆいちゃん5位~」
「ちょふざけんなしマジで~~! 最後吹っ飛ばされてアイテム取れなかったんだけど~!」
といつもの瑞奈と唯李のやりとり。ぎゃあぎゃあと騒がしい。
「きゃははは、なにこれおもしろ~い!」
「萌絵はずっと逆走してるわよ」
「オラ死ねっ、そこのウスノロキノコ頭!」
「小夜はちょっと口が悪いわよ」
その横で、「うますぎるからダメ」とハブられた凛央が、二人の面倒を見ている。
結局ゲームで負けたらしい唯李が、ヒゲメガネをかけさせられ全員からハリセンでしばかれるという罰ゲームを食らっていた。
「お~いノッてるか~い?」
さんざんな目にあった唯李が、悠己のもとへ逃げてくる。
悠己は一人食卓の椅子に座ったまま、背後からみんなの様子を眺めていた。
今は慶太郎がゲームに参加して、女子たちの餌食になっている。意図的に狙われて標的にされているようだ。
唯李もそれを見て笑っていたが、ふと思い出したように首を傾げた。
「そういえば瑞奈ちゃんの髪さ、この前と変わってるよね? 縛るのやめたの?」
「え? ああ……」
とっさにあいまいな返事をする。唯李は悠己の二の句を待たずに、瑞奈に近づいていって同じ質問をする。尋ねられた瑞奈はうれしそうに髪を触って、
「そうそう、この髪いつもと違うの。ちょっと大人っぽくなってるでしょ? 似合う~?」
「ん~……まぁ似合うは似合うけど、なんかモブっぽくなっちゃったねぇ」
唯李の反応はあまり芳しくない。
ゲームが一段落したタイミングで、唯李は瑞奈を連れてきて椅子に座らせた。顎に手を当てて何やら考え込みながら、周りをぐるぐると歩いて観察を始める。
「う~ん、やっぱこれだと瑞奈ちゃんっていうか瑞奈さん……あ、わかった! じゃあ下のほうでこうやって結べばいいじゃん。これなら楽だし!」
唯李は瑞奈の髪を両側からつまんで前に引き出してみせた。「ちょっとゴムない? ゴム」とあたりを見渡す。
瑞奈が自分のポケットを探ってヘアゴムを取り出した。唯李に手渡す。
今の髪型気に入っている、と言っていたはずだが、瑞奈に抵抗するそぶりはなかった。
されるがままに、肩の少し上ぐらいで二箇所、髪を縛られている。
「できた! ほぉらかわいいじゃんこれ~。いいよこれ似合ってる、ちょうど瑞奈ちゃんと瑞奈さんの中間ぐらい!」
唯李がはやしたてると、瑞奈は縛られた髪の部分に手を触れて、気恥ずかしそうに上目遣いをする。
「……ほんと?」
「うん、ほんとほんと!」
「じゃあ今度からこれにする!」
唯李がにっこりと頷くと、瑞奈もうれしそうに笑った。
悠己はそんなやりとりを、黙って横から眺めていた。
それはいつか見たときの光景によく似ていた。
目の前の二人の笑顔が、まるではるか遠くから輝くように、眩しく見えた。
新しい瑞奈の髪型は、とてもよく似合っていた。