ラブコメ神唯李2
「ごめん唯李、ちょっと言い過ぎた。アタシね、今だから正直に言うけど、前はあんたのこと苦手で……この子とは多分仲良くなれないだろうなーって思ってて」
くるみが唯李に向かって、ゆっくりと語り始める。
「でも同じクラスになってから、なんかちょっと前までとイメージと違うのかなって思い始めて。まあそもそもが勝手なイメージだったのかも知れないけど……。この前の学園祭でもさ、あんたがはっちゃけててさ、めっちゃ楽しかった。すごい頑張っててさ、いいやつだなって思った」
気恥ずかしそうに微笑む。唯李はまるで救いを得たかのような目で、くるみを見つめ返した。
「それとこの前さ、一人で抱え込まないであたしに頼ってもいいんだよって言われたとき……うれしかった」
「くるみん……」
「でもそのあとすぐ『それとこれとは話が別』とか言われたけど。カーテンで巻かれそうになったけど」
「くるみーん!」
立ち上がった唯李が、ひしっとくるみの体に抱きつく。最後のは聞かなかったことにしたようだ。
唯李は無理やりくるみの胸元に顔を埋めるようにしながら、
「あのね、あたしもくるみんのこと前から知ってはいたけど、なんか怖って思ってて。あんまり近づかんとこって避けてたんだけど……。同じクラスになっちゃって、嫌われたらヤバいって必死で……でも今は、なんかかわいく見えてきたかなって。もっと怖い人いっぱいいたから」
怖い人とは誰のことを言っているのか。
悠己の知る限りでも、凛央、小夜、萌絵……と過去の対戦相手が思い浮かぶ。
「そうだったんだ。でもよかった、アタシも、唯李と仲良くなれて」
くるみが唯李の体に手を回し、背中をさする。
そして宙を見上げながら、誰にともなく語りだした。
「アタシさ、なんで今こんな、バカみたいなことしてるんだろうって、ずっと真面目に考えてたんだけど……。なんか、急に気づいたの。学校でもおせっかいツンデレ委員長とかって、陰で言われてるの知ってる。でもそれも案外悪くないなって……なんだかんだでアタシは、今が楽しいんだって。だからこのまま……兄貴にも、みんなにも。変わってほしくないって。変わりたくないんだって」
吐いた言葉は真に迫っていた。今度は唯李もくるみを見つめたまま、口を挟めないようだった。
「兄貴がどっちかと付き合いだしたら、きっと変わって……そしたら、アタシも変わっちゃうのかなって。変わらないといけないのかなって。だからさ、あんたたちのことも、結局何もなくて……実はホッとしてたりする」
「ん? あたしたちのことって何が?」
「こっちの話」
いい加減離れろ、とくるみは唯李の体を突き放す。
そして黙って聞いていた悠己を、まっすぐ見つめてきた。それはまるで、悠己に意見を……同意を求めているようでもあった。悠己は答える。
「くるみの言ってること、よくわかるよ」
くるみの顔に喜色が浮かぶ。見開かれた瞳に、よりいっそう周囲の光が映りこむ。
「だよね、だから……」
「けどそう望んでも……何もかも、変わらずにはいられないよね」
今感じていること、思っていること。素直に口にしていた。
ただくるみに同調して、この場を収めるだけでもよかった。けれどもそうはしなかった。
「たとえそれがどんなに身近な人だとしても、他人にそれを引き止める権利なんてないって……。受け入れないといけないんだなって、そう思うよ」
くるみはうつむいた。
言い返すことはせず、うなだれたまま黙ってしまった。
「それは、わかってるけど……でも」
くるみは視線を合わせないまま、手首の袖をぎゅっと握った。まるで拗ねる子供のように何か言いかけるが、明確な反論はなかった。
そのとき彼女の背後で光るツリーの陰から、人影が現れた。伸びてきた手が、くるみの頭の上に優しく乗せられる。
くるみがはっと面を上げて、振り返った。その顔に笑いかけたのは、彼女の兄だった。
翼はさらに自分の後ろを振り向いて言った。
「そういうわけだから、今年もクリスマスは家族と家でケーキ食べるよ」
その視線の先、ツリーの陰からもう二つの影が姿を現す。
女子二人はお互い顔を見合わせると、声を上げて笑いだした。
「ふふ、うまいこと逃げたわね」
「まぁ、それでこそ翼よね」
足取り軽くやってきた二人は、くるみを囲むと「そっかそっか~、ごめんねくるみちゃん」と面白おかしそうにからかいだした。
どうやら翼含め、彼女たちにもくるみの話は聞かれていたらしい。くるみは恥ずかしそうに顔を赤くして何事か喚いているが、まるで子供扱いだ。
盛り上がる三人をよそに、翼が近づいてくる。
「聞いてたんですね」
「うん、なんか唯李ちゃんのうるさい声が聞こえてきて」
あれだけ騒いだら見つかるのも当然だろう。
翼は一度くるみたちのほうを見て、頭をかきながら、
「もう変な気を回すのはやめるよ。くるみに彼氏ができたら、ちょっとは落ち着くんじゃないかな、なんて僕らも話しててさ。成戸くんとくるみをくっつけようとしてたんだ。ごめん、騙すような真似をして……」
「大丈夫です元から騙されてませんので」
「あの新しい彼氏のことも、どうせまたくるみちゃんの嘘でしょって、二人に言われて……成戸くんも、全部知ってたのかい?」
「いや、全部ではないですけど……俺はどのみち翼さんを信じてましたよ。どう転んでも、この人ならたぶん大丈夫だろうなって思ってたんで」
「成戸くん……君って人は……」
正直話がよくわからなくなってきているので、それっぽくごまかしたのだが、翼は勝手に感動している。
ただ最初に翼と喫茶店で話をしたときから、さほど問題にはならないだろうと思っていたのは本心だ。
「翼さん……」
感無量、といった様子の翼に、ふらっと影が近寄ってきた。唯李だ。
こちらも何か言って欲しそうに、翼を見つめる。翼はさっと手を上げると、
「唯李ちゃん今日はおつかれ!」
「ってあたしには何もないんかい!」
「あ、ごめん! でもなんか、特に何もなくて……」
いい感じのセリフを期待していたらしい。むくれる唯李を見て、翼は楽しそうに笑った。
「でも唯李ちゃんは、くるみから聞いてたとおりだったよ。ちょっと変わってるけど面白くて明るくて、みんなを元気にしてくれるんだって」
「へ? あ~まぁ、実はあたしもかなーり闇深い部分とかあるんですけどね。隠された二面性っていうか」
「そう? 僕は感じなかったけどなぁ」
首をかしげた翼が、成戸くんもそう思うよね? と同意を求めてくる。
と同時に、わかってんだろうな? と唯李も圧をかけてくる。
どちらが正しいかどうかはさておき、もちろん答えはわかっている。唯李の求める答えもきっとそう。だから答える。
「俺もそう思います」
それが今でなかったら、答えにためらっていたかもしれない。翼のことを否定していたかもしれない。
でも今は、やっぱりこれが正解だと思った。
「誰が元気百倍アン●ンマンだよ!」
唯李の声が寒空に響き渡る。
翼が笑って、悠己も笑う。それはくるみたちをも巻き込み、やがて唯李の周りを、みんなの笑顔が囲んだ。
くるみ回と見せかけつつ実は唯李回