ラブコメ神唯李
観覧車を降りたのち、他のみんなの様子が気になるということで、唯李がくるみに電話をする。しばらく何事か話していたが、「なんか電話切れた。切られた?」と言って眉根を寄せた。
話によればくるみは偶然近くのエリアにいるらしい。ツリーがいっぱい並んでいるところ、とのこと。
観覧車に来る途中、遠目にそんな場所を見かけた。とりあえずくるみと合流すべく、戻っていくことにする。
時間が遅くなるにつれ、人の数は減り始めていた。
光る道筋をたどって道を折れ、色とりどりのアーチをいくつかくぐる。目的の場所が見えてきた。
ちょうど悠己の背丈ほどのツリーが、光を発して立ち並んでいる。
合流のことも忘れて、しばらくあたりを散策した。唯李はやみくもにスマホのシャッターを切っている。
悠己もそれにならってスマホ越しにツリーを眺めていると、不審な動きをする小さい影を見つけた。
迷子の子供か、と思いきや見覚えのある姿かたち。近づいていくと、どうやら彼女で間違いない。くるみはツリーの陰に隠れるようにして、奥の様子をうかがっていた。
「くるみ? 何やってんの?」
背中に声をかけると、くるみは猫のように素早く振り向いた。
すぐに唇に人差し指を当てて、手招きをしてくる。黙ってツリーに身を隠せ、という意味らしい。
近づいて中腰になると、今度は悠己が唯李を手招きして呼ぶ。やってきた唯李は不思議そうにあたりを見渡した。
「くるみんなにしてんの? 速見くんは?」
「ちょっとトイレ行くって言って撒いた」
「彼ピ撒いちゃったよ」
くるみは人さし指を立てながら、目配せをしてくる。
『Merry Christmas』の文字がライトアップされた、大きな輪っかの飾り。その下では数人の男女が向き合って、何やら言い合っているようだ。
行き交う人からも注目を浴びていて、景観上あまりよろしくない。
「え、なんか修羅場ってる……? ようやるねぇあんなとこで。メリークリスマスの前でバトってるのなんかウケるんですけど」
他人事のように唯李は言うが、よくよく見るとあれは身内だ。翼と他二名の女子で間違いない。
遅れて唯李も気づいたらしく、いきなり口を押さえて吹き出した。
「ぶふっ、ちょ翼さん! ダメでしょあんなとこで……とりあえずあたしはミカちゃんに1000ペリカ」
「あれ? 髪長いほうがマミちゃんじゃ?」
「もうどっちでもいいわ」
面倒になったのか急に投げやりになる。やはり賭けごとはよくない。
「これはついに手が出るか~?」と唯李が前のめりに観戦を始める裏で、こっそりくるみが耳打ちしてくる。
「で、そっちはどうだったの?」
「いや、どうも何もないって」
「あー……何も言えなかった? そかそか。ま、ドンマイ」
ヘタレだなんだと罵倒されるのかと思いきや、意外にもくるみは優しく肩を叩いてきた。それきり追求してくることもなく、唯李とともに盗み聞きを再開する。
悠己も二人の背後から耳を澄ましていると、翼たちが何事か言い争う声が聞こえてくる。
「ふ、二人の好意はわかったけども、そんな今すぐには決められないよ」
「どうしてよ! ならいつ決めるの? 今でしょ!」
「だ、だってどっちも似てるし……」
「は? 何言ってくれてんの? 全然違うでしょ?」
翼が禁句を言ってしまったのか、急に女子二人がヒートアップ。
状況を察するに二人が告白をするも、翼が決めきれずグダっている、というところだろう。
しかしあまりの剣幕に、翼は今にも押し切られそうな勢いだ。
「何やってんのよまったく……こうなったら速見を呼び寄せて特攻させて……」
ぶつぶつ言いながらくるみがスマホを操作しだした。まだまだ邪魔する気満点のようだ。
もう翼がどっちと付き合おうが知ったことではない、と言っていたのはなんだったのか。
くるみは画面をタップし、スマホを耳に当てる。しかしそのとき、突然横から唯李の手が伸びて、くるみのスマホを取り上げた。
「ちょっと、唯李なにすんの?」
すぐさまくるみが睨みつける。
唯李は薄く目を閉じると、ゆっくりと首を左右に振った。優しく諭すような声で言う。
「くるみん、いい加減あきらめなよ」
「何が?」
「お兄ちゃんと付き合いたいブラコン妹はラブコメならありだけど、リアルでやられるとやっぱりちょっと引いちゃうから」
「……は? 何言ってんのあんた?」
くるみの冷めた声で一瞬変な間が起きた。
が、唯李はなおもゆったりとした口調で続ける。
「本当はお兄ちゃんが好きだから、他の女に取られたくない~っていうんでしょ? いいよわかってるから」
「いや別にそういうんじゃないけど?」
再度あっさり否定される。
唯李は「ん?」と一度目線を上げたあと、悠己を振り返って耳打ちしてきた。
「今回ちょっと手強いですね」
「何? 大丈夫?」
「大丈夫任せて、決めてくる」
自信ありげにこっそり親指を立ててくる。
前々から最後に決めるだのかますだの言っていたのは、どうやらこれのことらしい。
いきなり雲行きが怪しかったが、任せてというのでここは見守ることにする。
「ねえ二人で何こそこそやってんの? いいから早くスマホ返して」
「いやダメだね、これは返せない。また邪魔するつもりでしょ? これ以上あれこれ無茶言うのはよくないよ。こうやってみんなにも迷惑かけて」
「あれ、今日楽しくなかった? 迷惑だったらゴメンだけど」
「え? めっちゃ楽しかったけど……ダメだよほら、そこはちゃんと反省しないと」
「だから何をどう反省するって?」
反論を受けて唯李は固まる。
「ち、ちょっとストップ」と手を上げて、悠己を振り返ってくる。
「何だと思う?」
「さあ?」
具体的に何をどう、と言われると即答は難しい。
悠己自身、話がややこしくなりすぎて整理できてない部分がある。
唯李は「え? ヤバイ?」とでも言いたげな目をしたが、何か閃いたのか再びくるみに向き直った。今度は迎え入れるように、ゆっくり両手を広げてみせる。
「でも大丈夫。あたしはそんなくるみんも好きだよ」
「何その両手は」
「ほら、遠慮なく胸に飛び込んできなさ……おうっ」
胸を手で押された唯李が、よろめきながら悠己のほうへ逃げてくる。そしてまたも耳打ち。
「あれ? このへんでいつもなら相手が泣き崩れて解決するんだけど」
「今回イマイチだね。なんか足りないんじゃない?」
「ち、ちょっと待って、おかしいおかしいもう一回」
いよいよもって焦りだす。先ほどまでの余裕ぶった表情はどこへやら。
しびれを切らしたくるみが唯李に詰め寄っていく。
「だからなにゴチャゴチャやってんの? いいから早くスマホ!」
「う、うるさいこのラブコメ脳が! 今までの流れを壊すな!」
「なに今までの流れって? なに言ってんのあんた?」
「そ、それは……今までみんなの重たい過去を、隣の席キラーがズバズバ解決してきたんだよ! ほら泣き崩れろ! 改心しろ!」
「はあ? 何が隣の席キラー? そんなしょうもないギャグなんの関係ないでしょバカじゃないの? ふざけてると泣かすよ?」
威圧感たっぷりに言い返され、唯李がまたも逃げてきた。
どうするこれ? と目配せをして、悠己を巻き込もうとしてくる。
「たしかに今回隣の席キラー関係なかったね」
「え? 隣の席キラー補正ないとこんな感じ? なんかなかったですかね? トラウマ的な引っかかりというか」
「いや別に、みんながみんなトラウマばっかりでもないんじゃ?」
「あ、そういう感じ? そっちのパターン? いやいやなんかあるでしょきっと」
何をそんな無理やり人のトラウマを掘ろうとしているのか。
唯李はそれでもめげずに、しつこく食い下がっていく。
「大丈夫大丈夫、くるみんがここで重たい過去持ってきても引かないから! たぶん!」
「だからそんな重たい過去なんてないわ! 勝手に決めつけんな!」
「なっ……そ、そんなキャラペラッペラでいいと思ってんのか! ラブコメだからって許されると思うなよ!」
「あんたさぁ、ラブコメがどうたらってずっと言ってるけどなんなの? はっきり言ってそれ全然面白くもなんともないからね? まったくこの鈍感女が!」
「ど、ど、鈍感!? 嘘やろ? 言うにことかいて誰が鈍感だよ! こちとら敏感だよ知覚過敏だよ!」
「うるさいわ静かに!」と、しまいにはくるみに尻をひっぱたかれている。
唯李はよろよろと悠己のそばに近づいてくると、その場に崩れ落ちた。
「ううっ……。ラブコメが……したいです……」
「何? それは」
「しょうがないからあたしが泣き崩れといたよ」
「今回邪魔しただけだったね。それかこれまでがうまくいきすぎたか」
「ひ、ひぐぅっ……どうして……」
「よしよし」
これで唯李も改心したかもしれない。
頭を撫でてやると、くるみが近づいてきて優しく唯李の肩に手を触れた。
何話か前のくだりで
「つらい喉の痛み。そんなときに」
「それは隣の咳キラー」
っていうの入れそこねた