隣の席キラー被害者同盟
昼休みになると、唯李が他の席の女子のところに行くのと入れ替わりに慶太郎がやってきた。
今日学食行こうぜ行こうぜ、とうるさいので仕方なくついていく。学食はたいてい混み合っているのであまり行きたくないのだ。
そして実際行ってみると案の定混雑していた。
面倒だからパンでも買って食べよう、と悠己が言うと慶太郎はすんなり従ったので、購買でパンと飲み物を買い結局教室に戻ってくる。
だがその手前で「ちょっとトイレ」と言って慶太郎がトイレに入っていった。
悠己がそのまま先に教室に戻ろうとすると、すっと行く手に影が立ちふさがった。
「やあ、成戸くん……だったよね。ちょっといいかい」
すらりと背の高い男子生徒だ。ヒョロいと言っていいかも知れない。
サラリと横に流した柔らかそうな髪に、黒縁のメガネをかけている。えらが張っていて少し唇が分厚い。
決してブサイクというわけではないのだが顔がくどい。具体的にどこが、と言われると難しいが全体的にくどい。
「ええと、なんでしょうか」
「そんな他人行儀にしなくたっていいじゃないか。僕らはいわば、同志、なのだから」
「はあ? どこのどなたで?」
「おや僕のことを知らない? 園田賢人……テストでは期せずして学年トップなどを取ってしまっていて割と有名人だと思うのだが」
しゃべりもくどかった。
悠己が早くも会話する気力を失っていると、やたら親しげに肩を叩かれる。
「わかる。何も言わなくてもわかるぞ」
「いや何なんですか」
「ふむ、こう言ったら話が早いかな。僕は前回鷹月唯李の……隣の席だった男だ」
なぜか園田はキメ顔で言った。
悠己が「ああ……で?」とやっぱり煮え切らないリアクションをすると、
「というか同じクラスなんだからそれぐらい知ってるだろうに。どうして君はそんな無関心でいられるのか」
少し納得がいかなそうな顔で見つめてくる。妙な目力。
なんだか変なのに捕まったなぁ、と悠己が露骨に視線をそらすと、
「とおりゃぁ~~!」
と声がして、慶太郎が園田に向かって飛び蹴りのポーズで突っ込んできた。
園田はへっぴり腰でなんとか身をかわした後、くわっと目を見開いた。
「な、何をするんだいきなり!」
「慶太郎キック。ウチの悠己に何か用か? ん?」
慶太郎が悠己の背中に手を回してきて、反対側の肩をぽんぽん叩いてくる。
暑苦しいのですぐ振り払うと、慶太郎は園田を指さして、
「で誰よこいつ」
「いやなんか、前回の鷹月唯李の隣の席の男だって……」
「……ん? なんだよく見たら園田じゃんかよ。そうだ、そういやお前……」
途端に慶太郎の目つきが鋭くなる。
まっすぐ園田を見据えて、やや声のトーンを落として言った。
「……コクったのか?」
それに対し、園田はゆっくりこくり、とうなづく。
すると突然、慶太郎ががばっと園田の手を取って握りしめた。
「おお同志よ!」
「ど、同志? ということは速見くん、君も……」
「おうよ、お前の大先輩だ! 中学時代……過去に隣の席キラーの餌食となった男だ」
と慶太郎がハイテンションで突然そんな事を言いだしたので、悠己は思わず「うわぁ……」という視線を送ってしまう。
「そ、そんなドン引いた顔するなよ……。そこはかとなくフラグ出してたろ」
「そんなものは知らないな」
「実はお前ってオレの話、八割方聞いてないよな? まあいい、何を隠そう最初に『隣の席キラー』の異名を付けたのはオレだ」
「それ勝手に言ってるだけじゃないの」
慶太郎はふふん、と得意げに胸を張ってみせる。
するとすかさず園田が横から口を出してきて、
「そうそう、それで僕も先輩としてね、少し成戸くんに忠告をしに来たわけだ」
「そうだったのか、そりゃいきなり飛び蹴りかまして悪いことしたな……。じゃあ改めて今ここに、隣の席キラー被害者同盟を結成する!」
そう高らかに言って慶太郎は園田の手を掴み、さらに強引に悠己の手を引っ張って合流させようとする。
「勝手に仲間に入れないでくれるかな」
「いやいや、もう仲間も同然だろ? てかお前も早く告白して振られて楽になったほうがいいぞ?」
慶太郎が真顔でそんなことを言うと、またも園田がそれに便乗してきた。
「そうだそうだ、速見くんの言うとおりだ。下手に希望を持つから苦しむ。笑顔で毎日毎日挨拶されて……頭いい人の隣だと授業でさされてわかんなかった時にこっそり教えてもらえるし、宿題とか見せてもらえるしラッキーだなぁ、なんて言われて……しかも極めつけに園田くんノートもきれいで完璧。やっぱ頭いい人は違うねって言われて……そんなもん惚れてまうやろが!」
「なんかうまいこと利用されてるね」
「勉強しててよかった!」
「勉強するのは当たり前じゃん」
「いろいろ犠牲にしてガリ勉でよかった!」
「よかったね」
園田は何やら目を閉じだして少し危ない感じに回想を始めてしまったので、あまり刺激をしないように適当に合わせておく。
黙って聞いていた慶太郎が、ふっとせせら笑うように鼻を鳴らした。
「なんだ園田。お前その程度で落ちたのか? まったく情けないやつだ」
「そ、そういう君はどこで惚れたっていうんだ!」
「そうだな、まあ笑顔で挨拶は当然として、他にも数えだしたらキリがねえけど……決め手はやっぱり消しゴムかな」
「消しゴム?」
「オレがうっかり消しゴムを落とした時の話だ。コロコロと消しゴムが足元に転がるやいなや、彼女はすぐ拾い上げて、そんでふっ、て息を吹きかけてきれいにしてから、『はい、落としたよ』ってニコって渡してきたんだよ。ふってやったんだぞふって! どうだヤバイだろこれ! お前もそう思うだろ悠己!」
「うわしょうもな」
「これは行けるって思ってな。勢いでコクった。ちなみにそれが隣になって十日目の話だ」
「早っ」
「そしたら『えっ、あっ、ごめん……そ、それはむ、無理かも。ほんとごめん』ってこれ以上なく困った顔で言われたんだぞ! なんかオレのほうが申し訳なくなってきて死にたくなったぞ!」
その時の映像を思い出しているのか、慶太郎は頭を抱えて「ぬわ~」っと奇声をあげだした。
園田はその頭頂部を見下ろしながらしきりに顎をさすっている。
「ふむ、僕の時と違うな……。『そういう風には見れないかな。えへへーごめんね。気まずいから、何もなかったことにしようね』ってニコっとして……何かもう慣れている感じだった」
「つまり園田はかすりもしなかったと」
「そ、それは違うぞ速見くん、単純に時期が悪いだけだ! しかし彼女は一体どういうつもりなのか……思わせぶりな態度をとっておいて、いざ告白されればこれだ。これはきっと何かある……そこで僕は、この学年トップの君らとは出来の違う頭脳をフル稼働させて考えた末、一つの仮説に行き当たった」
「なんだよ、もったいぶらないで言えよ」
「その仮説とは……ずばり。彼女は隣の席になった男子を……惚れさせて弄ぶゲームをしている!」
園田はダダーン! と効果音がつきそうな勢いで言った。
あっけにとられた表情の慶太郎に対し、悠己は余裕の笑みを浮かべてみせる。
「なんだ悠己。珍しく笑ったと思ったら笑うところじゃねえところで笑いやがって」
「それは俺も気づいてたよ。とっくにね」
「おお、成戸くん同意してくれるか! そうだろうそうだろう!」
「同意も何も、本人に言ってやったから。まあうまくはぐらかされたけどね」
「マジか、お前勇者だな……。しかしなるほど、確かにそれだと辻褄が合うな。つまりオレたちは、からかわれて弄ばれていた……ってことか。さすが口が臭くても学年トップの男……ってそれじゃ、とんでもない悪女じゃねえかよ!」
「いや、そういうわけでもないと思うんだよね。宿題とか見せてくれるし」
「お前の中でそれでかいのな」
「いや成戸くんの言う通りだ! 彼女は、根はきっとすごくいい子なのだと思う。おそらくそうせざるを得ないような、何かトラウマになってしまうような出来事があったに違いない。いや、もしかするとそれは現在進行系で……なんにせよかわいそうに」
園田によると、唯李は何やら悲惨な過去があったせいか、もしくは現状抱えている悩みのせいで、こんな馬鹿げた遊びをするようになってしまった、ということらしい。
つまり精神的に病んでしまっているのだ、という。
なるほどさすがは学年トップの男……そう悠己が感心したのも束の間、
「そもそも僕は何も唯李たん……もとい鷹月唯李を非難しようというわけではないんだ。なぜなら……」
園田は悠己たちを手で制すと、突然カっと目を見開いて腕を突き上げ、高らかに叫んだ。
「弄ばれて一片の悔いなし!! 至福のひとときをありがとう! 夢を、希望をありがとう!」
「なっ……お前それは……。……確かにオレも同意だ! あの時のオレは、確かに幸せだった! 毎日が幸せだった!!」
うぉぉおおと二人してがっちり腕を組んで急に盛り上がりだした。
いい加減すごいうるさいので他人のふりをして逃げようとすると、ガッと強めに肩を掴まれる。
「せいぜいからかわれているうちが華と思え!」
「そうだそうだ、今のうちに幸せを噛みしめろ!」
二人雁首を揃えて迫ってくると暑苦しいことこの上ない。なんでもいいから早く飯を食いたい。
そう思ってちらっと廊下の先を見ると、通路をこちらに向かってくる三人の女子が視界に入った。
そしてその真ん中を歩いているまさに渦中の人物……唯李と目が合った。
すごくどうでもいいことですがあーっ、とか打とうとしてちょっと打ち間違えたら、
グーグル日本語入力の予測変換に唐突な「あーいとぅいまてーん」が出てきたんですが……使うタイミング? いやないっす。
……嘘です。今使いました。
しかも「あ」だけで出てくるようになってしまいました……。