タコ月さん
唯李がメリーゴーランドから降りてきたあと、来た道を逆戻りする。
これまでたいしたことはしていないが時間だけは過ぎていて、あたりはそろそろ日が暮れ始めていた。
「なんか寒くなってきたね」
隣で唯李が息を吐きかけながら、顔の前で手をこすり合わせる。
なんとなくその仕草を見ていると、唯李の目と視線が合った。にやりと笑いかけてくる。
「いいね、なんか今のラブコメのラブっぽい」
「今のふーふー息吐くのが?」
「違うね、それラーメン冷ますときだね」
「いやこれは焼き芋食べるときだって」
「どっちも一緒だよ」
小腹もすいてきたし何か軽く食べようということになった。フードコートのある建物へ向かう。
中は壁に沿って売店が軒を連ね、テーブルと椅子が室内外にずらりと並んでいる。外にもいくつか屋台が見られ、選択肢は非常に多い。
唯李が目移りさせながらあたりを見回す。
「う~ん、何がいいかな~?」
「あっ、唯李たこ焼きあるよたこ焼き」
「誰がタコ女だよ」
たこ焼きというワードに敏感になっているようだ。条件反射的に突っ込んでくる。
学園祭以降、タコ女として一部の間で勇名を馳せているのは悠己も知るところだ。
「あ、そっかたこ焼きは……ごめん」
「深刻ないじめを受けてるふうにするな」
「でもくるみが実はあいつおいしいと思ってるって言ってたよ。タコ月さん気に入ってるって」
「鷹月だよ!」
「ほら気に入ってる」
ツッコミだけは素早いが何を食べるかなかなか決まらない。
唯李のあとについて軒先のメニューを眺めつつ、うろうろと歩き回る。
「あたし結構お腹へってるんだよねぇ。ここはカツカレーが……いやしかしラブコメ的には……」
「何? 好きなの食べなよ」
謎のポイントで悩んでいる。
「なら悠己くんも好きなの買ってきなよ」と言われ、一度別れる。
数分後、おのおの購入した食べ物を持って落ち合う。
唯李は割り箸と白いトレーを持って現れたが、すぐに手元を隠すようにして背を向けた。そのまま室内を歩き、隅に見つけた空席に腰をかける。
「さ~て食べるか~」
唯李はこちらの視線を気にしつつ、テーブルの上でトレーを開けた。
中に入っていたのはたこ焼きだった。唯李は無言で割り箸を割ると、何食わぬ顔で食べ始める。
「おいしそうだねそれ」
「いや突っ込めよ!」
唯李はべん、とテーブルのふちを叩いた。
「結局そっちいっちゃったんだ」
「『って結局たこ焼きかい! ドカーン!』っていうの欲しかったんだけど」
「ラブコメは捨てた?」
「ラブコメっぽいの何も思いつかなかったの。ていうかラブコメっぽい食べ物って何よ?」
最低限笑いの取れる安牌を選んだらしい。ただそれも失敗に終わっている。
唯李はたこ焼きをむしゃむしゃと頬張りながら、
「ここのたこ焼きはどうですか鷹月さんって聞いて」
「ここのたこ焼きはどうですか鷹月さん」
「タコ月だよ!」
無理やりやらせてくる。けれどこれで気は済んだだろう。
悠己も手元のトレーから食べ物を取りだして口に運ぶ。
「悠己くんのほうこそそれ何よ? 焼きおにぎり?」
「これはラブコメのコメの部分をね」
「かーっ、こりゃ一本取られましたな! まあコメは十分足りてるんだけどね!」
悔しいのか何かしらないがテンションがやかましい。
唯李はあっという間にたこ焼きを平らげると、じっと悠己の焼きおにぎりを見つめてくる。
「それおいしそうね。一個ちょうだい」
「一個ちょうだいって二個しかないんだけど。じゃあ半分にするから食べる?」
「うん食べる~。……ねえ、もしかしてあたしヒロイン力負けてる?」
なにかに気づいてしまったらしい。
悠己がおにぎりを半分に割ると、「あっ、ちいさいほうでいいよ?」と変な遠慮を見せてきた。しかし渡したら渡したで秒で平らげてしまった。
「なんか微妙に足りないかも。あのジャンボフランクでも食うか」
「好きにしたら? あんまりラブコメヒロインっぽくないけど」
「あっ、外にクレープある~やだおいしそ~」
急に女の子を取り繕ってきた。
悠己が食べ終わるなり、唯李は「よし行くぞクレープ行くぞ」と立ち上がる。
建物の外に出て、クレープの屋台の前へ。唯李とともに脇のボードに貼ってあるメニューを眺める。
「どれもおいしそうなんですけど~。やだ超迷う~」
「あっ、唯李たこ焼きクレープあるよ」
「いやないから。もういいよそれ目ん玉たこ焼きかよ」
「俺チョコバナナにしよっと」
「え~? あたしもチョコバナナがいいなって思ってたんだけどな~」
「ダメ、絶対俺がチョコバナナ」
「いや譲れよ。ラブコメなら全力で女の子に譲るでしょ普通」
「唯李はイチゴがいいじゃん。俺がお金払うからさ」
「え? あ、悠己くんおごってくれるんだやった~。ごちそうさまです!」
「唯李財布どこにしまってるの? 出して」
「誰の財布から払おうとしてんだよ。新手のカツアゲか」
「やだなぁそんな怒って。ちょっとしたギャグだよ? ラブコメラブコメ」
「何がラブコメだよ笑えねえんだよ」
せっかくラブコメ要素を演出したのにお気に召さないらしい。
結局悠己が二人分まとめて払い、唯李がチョコバナナを、悠己がイチゴクレープを注文する。クレープを受け取った唯李は、ほくほく顔で歩き出す。
「や~いいよねこういうときは好き放題できて。普段クレープなんて食べて帰ったら、『なんでクレープ食ってんの?』って家で怒られるからね」
「かわいそうに」
「そうかわいそうなんだよ」
なぜかキレ気味に返される。あまりかわいそうな人の言い方ではない。
唯李とともに園内をクレープ片手に闊歩する。あたりは日が落ちてすっかり暗くなっていた。代わりにあちこちで色とりどりのライトが輝きだし、本格的にイルミネーションの時間が始まる。
先ほど通った道にもツリーやサンタのオブジェが光を放っていた。同じ園内でありながらまるで別の場所に来たようだ
「ん~おいC~! おいB~! おいD~!」
クレープを口に運ぶたび、隣で唯李が奇声を発する。
無言で口を動かしていると、顔を見て笑いかけてくる。
「こういうときさ、ラブコメって言ったらあれだよね。お互いの食べ合いっことかしたり」
「こっちを口に含みつつそっち食べればイチゴバナナ味になるね」
「それはちょっと汚えなラブコメといえど」
「あれでしょ? 顎にクリームついてるよってやるやつ」
「顎にはあんまつかないかな。シェービング前かな?」
などとやっているうちにお互い何事もなく食べ終わってしまう。クレープから周囲の景観に意識が移ったのか、唯李はあちこち指をさしながら感想を述べていく。
「ねえねえ、あの光ってるプレゼントの箱の中、何が入ってると思う?」
「作った人の人件費」
「ブブー」
「サンタの靴下」
「それただの臭いやつじゃん」
「トナカイを解放するための鍵」
「どういうこと? 不穏な感じやめて?」
「じゃあ答えは?」
「トナカイ」
「閉じ込めないで」
あてもなく歩いているうちに、足は自然と光の眩しいほうへと向く。
吸い寄せられるようにやってきたのは、イルミネーションの園内でもひときわ目立つ巨大な観覧車の下。夜空の下に七色の光をたたえてそびえ立つ姿は、まさに圧巻だ。
唯李は空を見上げながら、感嘆の声を漏らす。
「わぁきれ~……。観覧車とかラブコメだね~いいね~」
「あれ? もしかして乗る?」
「はい高いところNG~」
唯李はすぐさま顔の前で両腕をクロスさせる。
「まぁそうくるってわかってたよ」
「おや? その反応……ってことはあれれ~? 悠己くんあたしと一緒に観覧車乗りたかったのかなぁ~?」
「そのやつもういいかな」
「うん、もうやめようと思う」
すんなりと受け入れた。それはそれでちょっとさみしい気もする。
じゃあ他行こうかと踵を返すと、背中から慌てる声がした。
「あ、ちょっと待った! えぇっと、観覧車はね~……まあその、大丈夫だったような気がしないでもない」
「え? 本当に?」
「大マジよ。ていうかラブコメで観覧車乗らないでどうすんのよ」
息巻く唯李とともに、観覧車に乗る待機列に加わる。
勢い込んで並んだはいいものの、唯李は急におとなしくなった。観覧車を見上げたまま両手を組んで、小刻みに体を揺らしている。
「なんか揺れてるけど大丈夫?」
「ちょっと準備運動をね」
「口数減ってない?」
「あえいうえおあお」
「やめるなら今だよ」
「は、は? 何がよ?」
順番が近づいてくると、いよいよ落ち着かない様子。
その後も何度か念を押してみるが、そのつど「何か?」と強気に睨み返してくる。本気で乗るつもりらしい。
前に並んでいたカップルらしき男女が、流れてきたゴンドラに乗り込む。
ほぼ無言の悠己たちとは違い、手をつなぎながら終始はしゃいだ様子でおしゃべりをしていた。ラブコメ神に意見を聞いてみる。
「ああいうのラブコメっぽいね」
「ラブコメ? がどうしたって? そんなことより乗るときめっちゃ揺れてない……?」
「乗るとき変なボケとかしなくていいよ?」
「やるわけないでしょ死ぬでしょ」
さすがに死にはしないと思うが、今の唯李はそれぐらい余裕がなさそうだ。
「唯李先に乗って、なんか危なっかしいから」
「ちょ、ちょっとあたしだけ押し込んで逃げるつもりじゃないでしょうね!?」
腰を落として身構えだした。
最悪後ろからフォローを、と思ったが変な誤解をされている。ラブコメといえどそれは鬼畜すぎる。
ゴチャゴチャやっているうちに順番が来た。
係の人の誘導に従って、何事もなくゴンドラの乗り込みに成功する。あれだけ騒いだわりにあっけない。
扉が閉まるなり、唯李は早々に座席に腰掛けた。乗る前からあの調子だと先が思いやられたが、やけにおとなしい。
鷹月ってなんで実在しない変な名字にしたのかっていうとすべてはタコ月のためだったわけですね
はい伏線回収