絶対無理の大丈夫
中央広場を出てアトラクションのある方面に足を運ぶ。進むにつれ、遠くに聞こえていたマシンの音と乗客の絶叫が近づいてくる。
まず目を引くのは奥にそびえるジェットコースターだ。長い順番待ちの列ができているのが遠目にもわかる。
「うわぁ~何あれ逆さになってるじゃん。あんなん死ぬでしょ」
人が乗っているのを見るだけでも怖い、と唯李は目を背ける。
その先でも「エグい回り方すんな~」「拷問機やん」などと、アトラクションを目にするたびにそんな反応だ。他人事のように素通りしていく。
「やっぱり無理な感じ?」
「や~このへん強烈なの多いじゃん? スピードと高さを兼ね備えてるやつ」
「あの上行って下降りて繰り返してるやつとか?」
「ああ、あれは完全に殺しに来てるね」
付近には目玉とも言える人気アトラクションが多く、あちこちで順番待ちの列ができている。悠己の目からしても、激しそうなものばかりだ。もう少しマイルドなものはないかと、奥へ足を進める。
「あれは?」
悠己が足を止めて指をさしたのは、海賊船をあしらった大きな船の形をした乗り物だ。支点を中心に、振り子のように前後している。高さもスピードもさほどではない。
これならどうかと振り返ると、唯李は揺れる大きな船を見上げて固まっていた。
「あっ……こ、こいつだ!」
何かに気づいたような声を上げる。呆然とした面持ち。
「何が?」
「あたし、思い出したの。なんであたしが高いとこ苦手か。子供の時ね、家族で遊園地行ったの。最初にあんなふうなの乗ったの。そして気づいたの。あ、これあかんやつって」
「あれ? 高い高いされてそのまま落とされたからって言ってなかったっけ?」
「うんそれは絶対に言ってないね。完全に捏造だね」
「ってことはあれに乗れれば克服できると」
「や~そういう問題でもないと思うけども……」
「ダメじゃん、船に乗れないんじゃ海賊になれないよ」
「いや海賊になろうとはしてないけど」
「うるせえ行こう! ドン!」
「どんって何よ押さないでよ、だから行かないっての」
せっかく因縁の相手を見つけたというのに、リベンジしてやろうという気概が見られない。しかし無理に乗せて、変なトラウマを発動されても困る。
「しょうがない、他に唯李にゃんが乗れそうなの探そうか」
「悠己くんに唯李にゃんって言われると煽られてるように聞こえるんだよね」
結局ここも素通りし、さらに奥へ。次に足を止めたのは、ブランコのアトラクション。
真ん中の支柱を中心に、その周りを複数のブランコがぐるぐると回転している。これも先ほど見てきたアトラクションに比べたらだいぶマイルドだ。
乗っているのも子供が多いように見える。唯李にうかがいを立てる。
「あれは?」
「あ~……まあ、あれは大丈夫っす」
「それはどっちの大丈夫?」
「絶対無理の大丈夫」
ややこしい言い方はやめてほしい。
唯李に言わせると、あれは見てると余裕そうだけど実際乗るとヤバイ、だそうだ。経験済みらしく見た目に騙された、とも。
またも乗ることができず、広場を練り歩く。行く先々で唯李は、あれはいかんこれはあかんと繰り返してばかりで、一向に踏ん切りがつかない。
そのうちにぐるりと一周して、最初の海賊船のところまで戻ってきてしまった。ここにきて立ち止まった唯李は、睨むようにして船を見上げていたが、やがて意を決したように悠己を振り返った。
「あたしやっぱりあれ乗る!」
「え? ほんとに大丈夫?」
「だってこのままだとさ、悠己くんもいつになってもなんも乗れないじゃん? ごめんねあたしのせいで」
「いや、いいんだよ俺は。唯李が楽しそうにしてるのを見てるだけで楽しいから」
「……へ? ど、どうしたのかな急にそんな……」
「唯李がやらかすの見てるだけで楽しいから」
「言葉って難しいね」
唯李は驚き顔からにっこり笑顔になる。
しかしせっかく因縁の相手にリベンジすると決めたところに、水を差すのもどうかと思い、
「なら唯李一人で乗ってきなよ。ここから見てるほうが楽しそうだし」
「じょうだんはおよしなさいなゆうきさん」
「一句詠めたね」
「なめてるとぶちころがすぞいいかげん」
「もう一句詠んだね」
これは言葉のエキスパート。
笑顔から般若顔になった唯李を、笑いながらなだめる。
「だからいいよ、別に無理しなくて」
「んー……そしたらあたし待ってるから、悠己くん好きなの乗りなよ」
「いや、それはいいって」
遮るように答えていた。唯李が不思議そうに見つめてくる。
「え? 別に気遣わなくていいよ? あ、もしかして悠己くんも本当は乗り物怖いとか? 何だよ仲間じゃ~ん」
「いやそういうんじゃないけどね」
聞いているのかいないのか、唯李は馴れ馴れしく肩を叩くような仕草をする。
「まぁ悠己くんあんまり遊園地ではしゃぐタイプでもなさそうだよね。やっぱり遊園地ってあんまり来ない?」
「んー……そうだね」
思い起こせば、遊園地には子供の頃に一度だけ家族で訪れて、それきり。ここに来るのも実は初めてだ。
もともと人混みが嫌いというのもあって、瑞奈は遊園地のたぐいがあまり好きではない。
唯李のように高いところがダメというわけではないが、乗り物系は苦手でジェットコースターなんかは乗れない。
なので家族で出かけることになっても、瑞奈が乗り物に乗れないから、という理由で遊園地は敬遠されるようになった。
今も遊園地行きたい、というような言葉は瑞奈の口からは出ない。言われなければ、悠己も来ることはない。それだけのこと。
「悠己くん絶叫マシンとか真顔で乗ってそう」
「どうかな。俺そういうの乗ったことないし、そこまで乗りたいとも思わないし」
「冷めてんねぇ相変わらず。でもさ、悠己くんが『きゃー!!』とか言ってるとこ見てみたい気もするな~」
「きゃー」
「願い叶ったわ。すぐ叶うわ」
唯李はもういいわこのくだりと歩き出す。
まだ行ってないところに、ということで一度入り口付近の広場に戻ってきたのち、これまでとは反対側の方面へ。
こちらは休憩や子供が遊ぶ用のエリアのようだ。あちこちで小さい子を連れた家族の姿が見られ、かわりに乗り物系のアトラクションは見当たらない。
一つだけ目に入ったのは、飛行機や動物をあしらった乗り物が、真ん中の支柱を中心に低空をゆっくり回り続けるというもの。小さい子供も乗れるらしい。
「あ、ほらあれなら唯李も乗れるじゃん」
「はい? このあたしにあれに乗れと?」
それはプライドが許さないらしい。唯李はふいっと背を向けるが、その矢先にすっとんきょうな声を上げた。
「あっ、あれは……伝説のパンダカー!」
「伝説?」
「うっわ超乗りたい」
唯李の口から初めて「乗りたい」という言葉が出た。
柵で囲われた小さい広場の中に、ぬいぐるみパンダにハンドルのついた乗り物が数台まばらに並んでいる。
「なら乗りなよほら」
「え? 行く? ほんとに乗っちゃう?」
半笑いで返してくる。半分ネタで言っていたらしい。
周りは子供ばかりだったがお構いなしに広場に入っていくと、唯李もあとをついてきた。
ちょうど空いていた一台の前で促すと、「ちょマジすかマジ~?」とにやにやしながらも、唯李はパンダにまたがる。
「こいつ……動くぞ」
「ちょっと待ってまだ」
まだ動いてない。先走りすぎ。
悠己がお金を入れると、メロディーが流れだして、ゆるゆるとパンダカーが動き出した。
すると唯李はそれにかぶせるように、謎のテーマを口ずさんでいく。
「タ~ラ~ララ~ララ~。オラオラどけい道を開けい、余の顔を見忘れたか」
いきなりイキりだした暴れん坊唯李はハンドルを回し、そのままこちらへ突っ込もうとしてくる。
ならばと邪魔にならないよう早足で遠ざかっていくと、
「待って待ってうそごめん行かないで一人にしないで」
唯李は慌てて手を振って、手招きを繰り返す。
さすがに一人だと周りの目に耐えられないらしい。
「ねえねえ、ちょっと撮って撮って」
唯李が上着のポケットから自分のスマホを取り出して渡してくる。パンダカーに乗っている姿を撮れ、ということらしい。
受け取ったスマホを構えると、唯李はカメラに向かって笑顔でピース……ではなく、正面を向いて背筋を伸ばした。そして謎の真顔。
とりあえずその絵面を写真に収めてやるが、唯李は何か気に入らないのか首をかしげる。
「ん~いまいちかな……。あ、わかった動画にしよう動画!」
あっちでカメラ構えて立ってて、という唯李の指示に従い、動画を録画にしたまま待機する。
やがてその画面を右から左へ、唯李の乗ったパンダカーがゆっくり横切っていく。またも真顔だ。前を向いたまま背筋を伸ばし、微動だにしない。
通りすぎたあと、ウキウキでこちらを振り返ってくる。
「ねえねえ撮れた? 絶対ウケるでしょこんなん」
「ちょっと狙いすぎじゃ? ていうかなんか普通に怖いし」
「おやおや嫉妬かな? 唯李ちゃんの天才的センスに」
そのうちにパンダカーが時間切れになり、動きを止めた。
地面に降りた唯李は、パンダカーの顔に向かって丁寧に頭を下げる。
「じゃどうも、お疲れさまです」
「え? 何?」
「いやほら中の人にあいさつをね」
唯李は改めて撮った動画を確認し、「いや~いい絵が撮れた~」と満足げ。それから悠己にも乗るように強要してくるが、そこは固辞して広場をあとにする。
その後人の流れに沿って進んでいくと、急に開けた場所に行き当たった。
円形状に柵が張り巡らされている。その中心には、遊園地の定番とも言える巨大なメリーゴーランドが陣取っていた。
西洋風のメルヘンな装飾に、沈みかけた西日が反射して光っている。
「よかったじゃん、唯李が乗れるのあったよ」
「ここに回転木馬がいたか……どちらかというと木馬は乗るより落とすほうなんだけどね。じゃあ悠己くんも一緒に乗ろっか」
「う~ん……俺はいいや。あんな女子供に混じって乗れないし」
「え? 何? いきなり中二病始まっちゃった?」
「俺写真撮ってあげるからさ。唯李乗ってきなよ」
それでも唯李は「本当に乗らないの? なんだよビビリかよ」としばらく文句をたれていたが、結局一人で入り口へ並んだ。唯李と別れた悠己は、その周りの柵の近くに移動する。
なんにせよ、唯李がまともに乗れそうなものがあって一安心だ。
いつだったか家族で来たときもこんな調子だった。まだ小さかった瑞奈は来る途中からぐずってしまっていて、遊ぶよりもみんなで瑞奈の機嫌を取るのに手一杯だった。
やっとメリーゴーランドに乗ると決まったとき、そのときも悠己は乗らない、と言って瑞奈が母と一緒に乗るのを、柵の前に立って見ていた。
なぜ乗らなかったのかはよく覚えていない。本当はジェットコースターに乗りたかったけども、そこは長い行列ができてしまっていて、瑞奈は乗れないから言い出せなくて。
それからどうしたんだっけ、と記憶をたぐっていく。たしか隣で父が楽しそうにカメラを構えていて、自分はただ、その邪魔をしないように……。
気づけば唯李の乗ったメリーゴーランドは回り始めていた。
慌てて目線を上げて、唯李の姿を探す。ちょうど向こう側から、派手な白い馬にまたがった唯李が、やたらに手を振っているのが目に入った。
こちらも手を振り返すと、唯李は急にむくれ顔になって中指を立ててくる。どうやらすでに何周か無視していたようだ。
その後唯李は一周するごとに、悠己に向かってポーズを決めてくる。
笑顔でピース。あえて真顔。にやりとサムズアップ。姿勢よく真顔。キラッと横ピース。ス●シウム光線。
本人は非常に楽しそうだが、こっちは少し恥ずかしい。
けれどもそんな姿を見ているうちに、おかしさがこみ上げてきた。取り出したスマホのカメラを構えながら、いつしか考え事はどこかに吹き飛んでいた。
唯李お前もうパンダ降りろ船乗れ