ラブコメ遊園地デート
「はぁ……」
「二人になったとたんにクソでかため息やめてもらえる?」
悠己とともにその場に残された唯李が不満げに口を尖らせる。
くるみと慶太郎の怪しげな仕草に気づいて、何か察した……ようなそぶりは微塵もない。
「いや俺と唯李が付き合い出したとか、くるみがそんなこと言い出すとは思わなかったからさ」
「それはいくら嘘だとしても、悠己くんが寝取られみたくなるのはよくないと思ったんじゃ? なんでまたいるの? ってあたしも疑われてたし、ならくっつけとけみたいな」
くるみは唯李を誘う時点でそこまで決めていたに違いない。唯李もおとなしくしていたところを見るに、あくまで脇役に徹するつもりか。
「それによく考えたらさ、あたしたちってすでにニセ恋人みたいなことやってるわけじゃん? そんな騒ぐこともないかなって」
「え? あ……それもそうか」
「おいおいまた忘れてたな~?」
そっちは気を抜くと忘れそうになる。
ただ瑞奈の前限定で、という話なので、ちょっとわけが違う。
「でもこれだとさ~、なんか本当に本当のクリスマスデートみたいね~? んふふ~?」
ここぞとお得意のからかい顔が炸裂。なかなか久々な気がする。
彼女からするとたまたまそうなった、のかもしれないが、実はくるみにそう仕向けられてのことだ。
「ねえちょっと、聞いてる?」
「……と唯李はお得意のからかいドヤ顔を作って言った」
「おっ、また新技来たね」
「唯李はこれでノルマ達成とでも思っているのだろうが、悠己はいい加減このくだり飽きたなと思った」
「ナレーターもしっかり煽ってくるね」
何もやらなかったらやらなかったで、「普通か」「ボケろよ」だとか言われるこっちの身にもなってほしい。
「でもこうなるとなんか俺たち浮いちゃってるよね」
「悠己くんがふわっふわ浮いてるのは元からだけど、あたしには最後かましてやるっていう使命があるわけ。ちゃんと役目があるの」
最後に何かをかます気らしい。ほぼ部外者の唯李にはたして出番はあるのか。
「まぁもしかしたら今回、あたしの出番はないかもしれないけども」
「え? どっち?」
「とりあえずはせっかく遊園地来たし遊ぶかぁ~」
唯李は周辺を見渡しながらぐっと伸びをする。
そのかたわら、悠己はふと思い出してスマホを取り出した。
クリスマスには一足早いが、園内は完全にクリスマス色に染まっている。
赤、緑、白を基調とした装飾があちこちで見られた。悠己はその中でもひときわ目立つ、入り口広場正面にある大きなクリスマスツリーにスマホを向ける。
カメラを起動してツリーを中央に入れようとすると、画面端にダブルピースをした唯李が写り込んできた。
「唯李ちょっと邪魔」
「はいはい」
カニ女がすごすごといなくなる。
ツリーを正面に捉えて、写真を数枚カメラに収める。写りを確認していると、唯李が不思議そうに手元を覗いてきた。
「何? 写真?」
「うん、瑞奈が唯李ちゃんとクリスマスデートは? ってうるさいから、今日はデートだって言ってきたんだよね。そしたら証拠として写真撮ってこいって」
「めちゃめちゃ疑われてるじゃん」
唯李のほうに確認の連絡こそいかなかったようだが、まさか証拠写真を要求さ
れるとは思わなかった。
「じゃあ、あたしがツリーと一緒に悠己くん撮ってあげるよほら」
「いや写真はちょっと……」
「どうせ魂抜けるんで~とか言うんでしょ? いいじゃんもとから魂入ってないんだから」
「さっきからいい感じに煽ってくるね」
やられたぶんはやり返すと言わんばかりだ。
どうせ撮るなら日が落ちてからのほうがいいのでは、と唯李に言われ、スマホをしまう。
本格的にクリスマスイルミネーションが始まるのは夕方からだ。まだ時間は早い。
「困ったな……それまでやることがないぞ」
「いや腐るほどあるでしょなにしに来たのよ。ねえ、ちょっとあれ見よ」
唯李は広場にある園内の案内板を指さした。
返事も待たずに勝手に歩いていってしまう。ついていって一緒に案内板を眺める。
「みてみて、結構広いんだねぇここ」
「ずっと眺めてると初心者のカッペだと思われるよ」
「別にいいでしょ。ところでさ~見た? さっきのノリノリなくるみん。案外まんざらでもないんじゃないの?」
ちょいちょいくるみが小声で威圧していたのを聞いていなかったらしい。
唯李は楽しげに言うと、わざとらしく両手で頬を押さえてみせる。
「もしかして本当にくっついちゃったりして? きゃー」
「そういうのはてしなく似合わないね」
「なんでや」
リアクションがベタというか古くさいというか嘘くさい。
唯李は表情を素に戻して口を尖らせる。
「こうやってあたしがラブコメを盛り上げようとしてあげてるんでしょ? ラブコメ神として」
「なんでラブコメの神なのに本人はラブコメっぽくならないんですか?」
「それはわからぬ。唯一それだけはどうしてもわからぬ」
何度聞いてもわからないものはわからない。
「いや言うてね? あたしたちもなんだかんだでクリスマスデートっぽいことしちゃってるっていう、ラブコメ的状況にいるわけ。つまり原因が他にある気がするの」
「原因……。それっていったいなんなんだろう……?」
「そのすべての元凶が気づきそうにないからね」
これみよがしに人の顔をガン見してくる。ニコっと笑うと「なにわろとんねん」が返ってくる。
「それにひきかえ翼さんを見なさいよ。幼馴染二人でラブコメして妹でラブコメして……。悠己くんもちょっとは見習ったほうがいいんじゃないかなって思うね」
「おうラブコメ上等だよやってやるよ」
「そこだけはいつも突っかかるね? ライバル?」
翼関連の煽りには即ギレしていくというただのネタだ。そういう流れになっているので。
ただこの漫然とした状況、メリハリのために少しは乗っかってやってもいいかと思う。
「ラブコメラブコメって言うけど、じゃあたとえばどうすれば?」
「たとえば? それはほら……『黙って俺についてこい』みたいな? 急に強引になってみたり」
「俺が黙って先に行くと『勝手にどこ行くんだよ』っていつも文句言うでしょ」
「今は言わないって。ラブコメヒロインっぽくおとなしくついてくから」
「そう? よしじゃあ、あそこの建物行くぞ。黙ってついてこい」
「いやあれお土産物屋だから。最後に行くやつだから」
「ほらそうやって言う」
そもそもラブコメ主人公は「黙って俺についてこい」とはあまり言わないように思う。
まあラブコメといえどピンキリだろうから、唯李のラブコメと悠己のラブコメに多少の齟齬があるのは仕方ない。
「よし、じゃあとりあえずトイレ行くぞ」
「だからなんでだよ。いきなりトイレシーンのラブコメある?」
「トイレ大丈夫? と気遣いを見せるラブコメ彼氏だよ」
「もっとさりげなくやってもらっていい? とにかくトイレは大丈夫だから」
「ああ、そう? じゃとりあえずジェットコースターいこうか」
お望み通り余計なことは言わずに、黙ってついてこいとさっそうと身を翻す。
が、服の裾をはしっと掴まれた。振り向くと、がっつり上目遣いをした唯李が体をもじもじとさせている。
「何? やっぱりトイレ?」
「違うわ。……あのね? 唯李ちゃん高いのダメなの。怖いの」
「黙って俺についてこい」
「だからね、ジェットコースターはちょっと……」
「いいから黙ってついてこいよ」
「サイコパスかよ」
ぶりっ子スタイルから一転して真顔に戻る。切り替えが早い。
「いやだって、こういうのがいいんでしょ?」
「高いとこ怖がるゆいにゃんかわゆい~でしょそこは。だいたいこの前プールでもさんざんやったよね? もう忘れた?」
「え? あれで克服したでしょ? はやくアプデしてバージョンアップして」
「誰が不具合山盛りだよ」
なんやかや言い合いをしているうちに、どんどん時間が過ぎていく。
唯李も乗り物全部が全部ダメというわけではないらしい。実際見てみないことには、というので、ひとまず見るだけ見て回ることにした。唯李が乗れそうなものを探す旅だ。
忘れた頃にやってくる申し訳程度のからかい要素