お膳立て
週明け。
悠己が登校していくと、校門を入ったあたりで、背後からやってきた自転車が隣に並んだ。
「チリンチリーン」
誰かと思えば慶太郎だった。
口でベルを鳴らしながら、悠己の周りをぐるぐる回るようにしてついてくる。朝から変なノリがうっとうしいので、「何?」と尋ねる。
「何? ってことはねえだろ、見かけたから止まってやったんだろ」
「それヘルメットは?」
「中学生じゃねえっつうの」
といつもどおりのやりとり。
「下駄箱のとこでちょっと待っとけよ」と言い残し、慶太郎は駐輪場のほうへハンドルを向ける。
一方悠己はまっすぐ昇降口へ。下駄箱で靴を履き替える。
特別待つこともせずそのまま廊下を行くと、後ろから走ってきた慶太郎が追いついてきた。
向こうも予想通りなのか、いちいち咎めることはせず隣に並ぶ。
「いやー最近さ。お前の妹がちょくちょくうちに来たりしててさ」
「らしいね、お邪魔してます」
休日に速見宅でお料理教室にとどまらず、お勉強会などもしているらしい。実際のところ何をしているかまでは不明だが。
「なんていうかさ、聞こえてくるわけだよ声が。とにかく落ち着かねえんだよ部屋にいると。この前なんて三~四人いた気がするんだが」
話を聞くに小夜と瑞奈二人きり、というわけでもないらしい。
小夜の友達だった子とも仲良くなった、というような話を前に瑞奈がしていた。今のところはうまくやれているようだ。
「あとそういえばそうそう、小夜がお前んちでクリスマスパーティやるとか言ってたんだけどマジ?」
「そういうことなってるね」
「マジか、聞いてねえんだけど? それってお前も?」
「まあ一応」
そう答えると慶太郎は歩きながら宙を睨んで、腕組みを始めた。
「ふ~ん……。オレも本当は夏休みに彼女作って、みたいな予定だったんだけどなぁ。こりゃもしかして今年もクリぼっちかぁ? ふはは」
「ははは」
「いや~しかしもうクリスマスか~。予定まだ決まってねえんだけどなぁ~」
「そっか。決まるといいね」
「さすがに今から彼女ってのもキツイし、誰かの家でまったりとかでもいいかもな」
「あ~それもいいかもね」
「いや誘えよ」
慶太郎が急に立ち止まって、真顔でこちらを見た。
「お前が誘えばすぐ解決するだろ。なんでそうやって引き伸ばす?」
「最初から素直に言えばいいのに」
いちいち回りくどいから乗っかってみただけだ。
だいたいこのくだりも、お約束を自分で振ってきている感がある。
「一応聞いてみるけど、みんながダメって言ったらダメね。ていうかダメって言われそうだけど」
「お前立場弱いな、やる前からあきらめんなよ」
「だって俺が主催じゃないし」
悠己自身、「やっぱり女の子だけだからゆうきくんはダメ!」とやられる可能性がないとも言い切れない。
話が途中のまま、教室に到着する。よほどパーティが気になるのか、慶太郎はしゃべりながらしつこくひっついてきた。
話を聞き流しながら席に向かうと、窓際で唯李とくるみが何やら揉めているのが目に入る。
唯李はカーテンで巻きつける準備をしながら、くるみを教室の隅っこに追いやっていた。
「ふたりとも幼なじみだとか言ってたけど……ちょっと話が違うようですねぇ? ええ? タイガーマスクさんよ」
前回のこと、朝っぱらから問い詰めているらしい。
ただ周りからしてみたらなんのことやらで、二人がじゃれているようにしか見えない。
「それはまあ、たしかに二人とも昔から近所に住んではいるけど」
「いやいやどこぞの得体のしれない馬の骨みたいな、そういう話じゃなかった?」
「そ、それは……逆に聞くけど、幼なじみだから何? 変な女じゃないという保証は?」
負けじと言い返していくくるみ。しかし焦りを隠せないのか、だんだんと早口になっていて見るからに劣勢。
唯李はこちらに気づくなり、「悠己くんも言ってやって言ってやって!」と無理やり話に巻き込んでくる。
何を言えというのかはわからないが、ちょうど聞きたいことがあったのでくるみに尋ねる。
「翼さんにデート誘われたんだけど、どういうこと?」
『二人に誘われて今度遊園地に行くことになったんだ。チケットが偶然余ってるんだけど、成戸くんもくるみと一緒にどうだい?』と昨晩翼からラインが送られてきた。
前回あれだけ言ったのにいやまさかそんな、きっと誤送信か何かだろうと思い、既読スルーしておいた。
くるみもそのことを知っているらしく、
「それは……あの二人が、クリスマスガチめに狙ってきてるみたいなの。たぶんその遊園地で、どっちとクリスマスデートするか決着するんだと思う」
「ややこしいね、もうそれ実質クリスマスデートみたいなもんじゃ?」
「でもウチは、クリスマスは毎年家族でケーキ食べるって決まってるし……まあ、決まってるっていうかずっとその流れだし……」
最後のほうはボソボソとしていて、はっきりしない。
見かねたのか、黙って話を聞いていた唯李が横から入ってくる。
「それでなんでくるみんと悠己くんが誘われてるわけ?」
「兄貴は何を考えてるのか、アタシが本当に成戸くんのこと好きなんじゃないかって勘違いしてるわけ。それでアタシたちをくっつけようとしてるみたいで……。でさ、ちょっと考えたんだけど……」
くるみは顔を上げてあたりを見渡すと、すぐ近くの席に目を留めた。
勝手に悠己の席に座っていた慶太郎は、くるみに睨まれてさっと視線をそらす。
「何見てんの?」
「え? あ、いや別に何も……」
どうやら聞き耳を立てていたらしい。
慶太郎は慌てて席を立つと、素知らぬ顔で逃げようとするが、それをくるみが引き止める。
「ああちょうどいいや。ねえねえ速見さぁ、来週の土曜ヒマでしょ? ちょっと付き合ってよ」
「え? ど、どこに?」
「いいからちょっと付き合って!」
「は、はあ……」
気圧された慶太郎がはっきりしない返事をする。そもそも質問がはっきりしていないのでそうなるのも仕方ない。
しかしそれを無理やり肯定と捉えたのか、くるみはいきなり慶太郎の手を取って、にっこりと笑う。
「はい彼氏できました~。じゃあ来週の土曜日遊園地デートね。よろしく」
「は?」と間の抜けた顔で、慶太郎がくるみを見る。それは悠己たちも同じ。
くるみは自信満々に一同を見返してきて、
「この人連れてって、『新しい彼ピできたよ☆』ってやれば、兄貴もさすがに思い知るでしょ。でそのついでに、こんだけやべー妹いるけど本当に付きあえるの? ってあの二人の本気度を試す。我ながら名案じゃない? 一石二鳥」
名案かどうかはわからないが、やべー妹がいるのは間違いない。
当然話の見えていない慶太郎が、すぐさま異論をはさむ。
「ち、ちょっと待てよ、勝手に妙な話……」
「いいじゃん、どうせ彼女どころか友達もいなくてクリスマスの予定も何もないんでしょ? それがデートできるんだよデート」
「そ、それは……いやでも、そのややこしそうな話なんなんだよ、ちゃんと説明を……」
「あっそ、じゃいいわ誰か他の人……」
「しゃあねえなぁ~まったくぅ!」
慶太郎が遮るように声を張り上げる。まさかの承諾。困るどころかうれしそうだ。よっぽどクリスマスの予定に飢えていたらしい。
それを見ていた唯李が腑に落ちない顔で、疑問を投げかけていく。
「それ大丈夫? もし妹の彼氏にチャラ男が来たら? みたいな翼さんドッキリ企画っぽくなってるけど」
「大丈夫大丈夫。そしたら唯李も来なよ」
「え? あたし? あたしが行ったらなんでこいつ来たのみたいな顔するでしょまた」
「そこは今回大丈夫だって。唯李も気になるでしょ? 兄貴たちがどうなるか」
「ん~……まぁそれはわりとどうでも……」
「遊園地のイルミネーションとかめっちゃキレイらしいよ」
「めっちゃ気になる」
こちらもゴリ押し。くるみはどうするつもりなのか知らないが、唯李が行ったらまた何こいつ扱いされるのは間違いないだろう。
乗せられて行く気満点の唯李だったが、何か気がかりなのか、首をかしげてうなりだした。
「行くのはいいんだけど、ちょっとお金がね~……。次の期末テストでやらかすとガチでおこづかいが……」
「それは兄貴が出してくれるよたぶん。きっと」
「神、降臨。しゃあねえラブコメの神が見届けてやるか~」
「よっし、じゃあ頼んだよラブコメの神」
「おう、最後はきっちり決めたるから任しとけ」
何をどうするのかわからないが、最後は決めるつもりらしい。
何よりタダで遊園地行けるならラッキー感がすごい。それにしてもこんな強引に誘って、くるみはいったいどういうつもりなのか。
そんな悠己の視線に気づいたくるみは、こちらに向かってこっそりウインクしてみせた。何か企んでいるのか、この上なく不気味だった。
◆ ◇
実は本日、全校あげてのマラソン大会の日である。
妙に熱の入った小川のHRのあと、生徒たちはグラウンドに集合となる。女子は更衣室へ、男子は教室で着替えを済ませ、ぞろぞろと教室をはけていく。
「トイレ行くからちょっと待っとけよ」という慶太郎を置いて先に外へ。慶太郎は朝の興奮冷めやらぬのか、テンションがやたら暑苦しい。
昇降口を出たあたりで、背中からぐい、と体操服を引っ張られた。
振り返るとくるみが仏頂面でこちらを見上げていた。さっきから呼んでるのに無視するな、という。周りがうるさいせいか気づかなかった。
くるみは隣を歩き出すなり、にやりといたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ってわけで、ね? デートのお膳立てしといたから」
何かと思えば、先ほどの話の続きらしい。きっと何か裏があると思ったので、あえて口は出さなかった。
ただ誤解を解くだけなら、こんな回りくどいことをする必要はないし、わざわざ翼たちの遊園地デートを待つ意味もない。
「何が? ていうか俺は行くともなんとも言ってないんだけど」
「いやそりゃないでしょ。唯李も行くって言ったし」
「何? どういうこと?」
「またまたしらばっくれて。実はさ~前に萌絵から聞いたんだけど……」
くるみはそこで一度声をひそめる。
「成戸くんって、唯李のこと好きなんでしょ? でなんか、お互いグダグダしてるって」
返事がないことを肯定と取ったのか、くるみは胸の前で両手を合わせてみせる。
「ごめんね~? ニセ彼氏とかめちゃくちゃ言って、なんか変なことに巻き込んで。でもそんときは知らなかったの。ファミレス行く前の日? ぐらいに聞かされてさ。だからそのお詫びっていうかお礼っていうか……」
悠己が口を挟む間もなく、くるみは早口でぺらぺらとまくしたてる。
「萌絵にはナイショねって言われたんだけど、見てらんなくてさ。まぁアタシがさ、唯李にうまいこと言ってくっつけてあげてもいいけど、でもやっぱ成戸くんがかっこよく決めるとこが見たいかなって。そういうほうがいいじゃん? よくない? 遊園地でいい感じに二人にしてあげるからさ、今回メインはそっちだから」
「いやメインって……お兄さんのことは?」
「それはもうおまけじゃん? さっきはあんなこと言ったけど、もうアタシは兄貴がどっちと付き合おうが別に……って感じだし」
軽い口調で言い切るが、くるみはどこか強がっているようにも見えた。
それは半分諦めにも近い……けれども踏ん切りがつかずに、まるで今の状況をわざと引き伸ばしているような、そんな印象を受けた。
「唯李って人のことごちゃごちゃ言うわりに、けっこう鈍感でしょ? ていうかいざとなったらビビって逃げそう。アタシの見立てだと全然いけると思うんだけど……ちゃんと言わないとダメだと思うよ? というわけだから、まぁ頑張って」
それで決まりね、と言うだけ言って悠己の背中を叩くと、くるみは先に歩いていってしまった。異論を聞く気はないらしい。
前回の不機嫌なときとはまるで違って、とても生き生きとしている。
なんとなくその後姿を観察していると、くるみはさっそく手近な女子グループの群れにまぎれて、おしゃべりを始めた。
ケラケラと楽しそうに笑うその横顔を眺めながら、悠己はひとり呟く。
「おせっかい委員長ねえ……」
二章のけつにヒロインのほのぼの日常回をぶちこみました