ラブコメボウリング2
「えっすご、ストライクじゃん」
唯李は声を上げて立ち上がっていた。その横を素通りし、悠己は着席する。
「ふぅ……」
「あの、無言で着席やめてもらっていいかな」
「え?」
「なんか足りないよね? イエ~イみたいな、ハイタッチ的なの」
「いやほらよくあるじゃん、順番にハイタッチしてって一人だけ無視するっていう」
「あ~なるほど。今あたし一人しかいないから、それをやるとこうなるってことね」
「わかってくれてよかった」
「理屈は理解したけど納得はできないね絶対に」
「やっていいよほら、『ちょ待ってくださいよ~』って」
「なにそのクソ寒いやつ。まあでも、そういうのやるキャラじゃないよね。わかってた」
「イエーイイエーイストライクストライク~」
「うわうざっ、くっそうざいんですけど」
唯李は「顔面ハイタッチしたろか」と手を振りかぶってみせる。どうせこうなると思ったからやらなかった。
そして次の順番、唯李は立ちあがってボールを手にするなり、
「ねえねえあたしあれやりたい、よくマンガとかでさ、非力キャラがぽいってやってコロコロコロ……でストライク取るやつ」
「やったらいいじゃん」
「やったるよ」
ここは放任主義。
宣言通り唯李はとことこと歩いてレーンに近づくと、腰をかがめてぽいっと軽くボールを転がした。
ボールは半分もいかないうちに、ゆっくり曲がってガーターへ落ちた。振り返った唯李がかわいく首をかしげる。
「やーんガーター。てへっ」
「かわいいかわいい」
「棒読みぃ」
そして次の投球。唯李は懲りずにもう一度コロコロスタイルで投げる。
同じようにボールはゆっくり弧を描くと、何事もなく溝に落ちた。
「あれ~? やっぱ曲がっちゃうなぁ。中にでけえ磁石入ってんなこれ」
「邪念があるから曲がるんだよきっと」
「あ、そういう感じ? 邪念にまみれてる? や~でもやっぱあれはマンガだよね~」
「あのさ、そうそうに勝てないことが発覚したからってすぐ遊びに走るのやめてもらっていいかな」
「そうやって急所を突き刺してくるのやめてもらっていいかな」
負けじと真顔で言い返してくる。図星らしい。
ラブコメではなく勝負と言っていたのに、一投目で歴然とした実力差を目の当たりにして、やる気をなくしたようだ。
なぜかケンカ腰の唯李だったが、急に口をへの字に曲げたかと思うと、握りこぶしを上下に振り出した。
「だって勝てないのにやってもつまんないだもんつまんないつまんなーい」
「ほんと負けず嫌いだよね」
「いやだって、スコアに差がでて気を使う感じになって微妙な空気も辛いでしょお互い」
「そう? どんどんスコア開いてくの楽しいじゃん」
「雑魚専かよ。サブ垢で格下狩りしてそう」
さんざんな言われよう。自分で雑魚という自覚はあるらしい。
再度悠己の番になる。今度はストライクこそ取れなかったものの、二投目でピンを処理してスペアにする。
席に戻ると、唯李はどこか不満そうな顔で見上げてくる。
「ていうかさ、なんでそんなうまいわけ? 体育の授業でやるわけでもないのに謎なんだけど。実はこっそり修行してる?」
「うちの親がボウリング好きでさ、子供のとき家族でよく来たりしてて」
「ふ~ん……? ほんとかねぇ」
今もガンガンやってんじゃねえかと怪しまれている。
しかし悠己自身、本当に久しぶりだ。最後に来たのは中学に上がる前だったか、もっと前だった気もする。記憶が定かではない。
「それだけ得意なくせに、悠己くん今までボウリングのボの字もなかったよね」
「得意ってそんなでもないよ。それに俺、あんまりボウリング好きじゃないのかも」
「え? なんで? あっ、一緒に来る友達が……」
「いや一緒に来る友達がいなかったとかそういうの関係ないから」
とは言ったものの、それは大いに関係があるだろう。こうして強引に誘われでもしない限り、来ることはなかったわけだから。
どのみちこのままでは勝ち目がないと悟ったのか、唯李はその場で地団駄を踏みだした。
「ねえねえハンデハンデ~! ハンデちょーだい!」
「もっとかわいく」
「いいからハンデよこせよ」
これが唯李なりのかわいい。つまりかわゆい。奥が深い。
「じゃあ唯李は投げるとき両目をつぶるっていうハンデあげるよ」
「ハンデもらったよ。さらに不利になっちゃったよ」
「あれ? ハンデってあげるほうが有利? もらうほうが有利……?」
「どうでもいいとこで引っかかるね? とにかくあたしが勝ちやすいようにしてもらっていい?」
「まぁいいけど……。ゲームとかでも難易度イージーにした時点である種負けな感じあるよね」
「なんでそうやって遠回しに煽ってくるかな? まったく楽しませろよな~? そこは翼さんを見習えよ」
そういえば翼はどうしたかと、奥のほうの様子をうかがう。
遠目に見た感じ女子二人がハイタッチなどして、わりと盛り上がっている模様。そして唯李は本来の目的をすっかり忘れている模様。
「ならわかった、俺が唯李の一投目を投げてあげるよ」
「わぁやったぁ! ……あれ、でも冷静に考えるとそれってどうなの? あたしが残飯処理するみたいな感じになってるけど大丈夫?」
「そこは勝ちたいんなら我慢しないと」
悠己も自分で言っておいてそれはどうなのかとは思ったが、物は試しだ。
きちんと唯李のボールを持ってレーンに立つ。しかし球が軽いためか、ややリリースのタイミングがずれた。ボールはほとんど回転せずに、中央のピンにぶつかる。
「あっ、くそ両端が残ったか。じゃあ唯李二投目よろしく」
「うんやっぱおかしいよねこれ。やるならせめて逆だよね」
そんな調子でお互い投げ続け、やっとのことで最終フレームへ。唯李が毎回グダグダやるために、一ゲームにやたら時間がかかっている。
「最後ってストライク取ったら連続で投げられるんだよね? まだ逆転あるなこれ」
と唯李は言うが、これまで一回もストライクは出ていない上に、どう転んでも逆転不可能なほどに点差が開いている。
とりあえずその壊滅的なスコアを、最後に少しでもマシにしてもらいたいところ。
唯李が気合を入れていると、悠己たちの右隣のレーンに、小さい女の子がボールを抱えて入っていく。まだ小学校上がりたてぐらいだろうか。母親らしい女性が、すぐ後ろに立って見守っている。
「すご~い、あんな小さい子もやってるんだ」
唯李もその様子を眺めながら、隣が投げ終わるのを待つ。
女の子が放ったボールは、ゆっくりながらもまっすぐに転がり、ピンを五、六本倒した。
その後ろに控える家族らしき一団から、歓声と拍手が沸き起こる。
悠己もその一部始終を見ていた。最初はなんとなくだったが、気づけば目が離せなくなっていた。
いつか見たような光景だった。父も母も手を叩いていて、そこに笑顔の女の子が飛び込んでいく。
――お~倒れた! やったじゃないか瑞奈すごいぞ~。
けれども瑞奈はピンを二、三本倒しただけ。全然すごくなんてない。なぜなら悠己はその前にストライクを取った。ストライクを取れたのは、そのときが初めてだった。だけど父も母も、瑞奈がピンを倒したときのほうが、ずっとうれしそうだった。
「39点でフィニッシュ! サンキュー! みんなありがとう!」
無事気合のガーターをかました唯李が戻ってくる。
唯李はモニターに映ったスコアを眺めながら、
「や~序盤遊びすぎたからな~。じゃあもう1ゲーム行くか~次は本気出す」
「いや、もうおしまいにしようか」
「おやおや勝ち逃げですか? 逃げ勝ち? つまり負けを認めると?」
「だってほら、翼さんたちいつの間にかいなくなってるし」
先ほどまでいたところに、翼たちの姿がない。
どうやら向こうも早々に撤収したらしい。唯李は当初の目的を完全に忘れているようだ。
悠己は手早く最後の投球を済ませる。中心をずれたボールはえぐるようにピンを残した。
二投目、残ったピンを倒せずに、最終フレームはあっけなく終わった。
さすがに39の人はちょっと…まあ途中遊んだから多少はね。