ラブコメボウリング
その後も尾行ごっこは続く。
ショッピングモールを横断した翼一行は、駅の反対側へと移動。
そこからまた少し歩くと、映画館やゲームセンターなどのアミューズメント施設が立ち並ぶ区画にやってくる。
翼たちはそのうちの大きな建物の一つに入っていくと、まっすぐエスカレーターを上がっていった。二階はまるまるボウリング場になっているようだ。
「もしかして球転がしちゃう感じ? ボウリングとかリア充かよ」
唯李の基準はよくわからない。
一階はゲームセンターになっていて、奥からやかましい音が聞こえてくる。
軽く周りの様子を見たあと、続けて悠己たちも二階に上がっていく。カウンターの先で、ちょうど翼がボールを抱えてレーンに向かうところを見かけた。
受付近くには待ち合わせのスペースがあり、一応そこからでも翼たちの様子を伺えないこともない。
それはそうとボウリング場なんていつぶりだろうか。カコンカコンとピンの音が響く場内を眺めていると、唯李が無言でくいくいと袖を引っ張ってきた。
「何?」
「秋田」
「は?」
一瞬何を言ってるんだこの女は。と思ったがすぐに察した。
「ああ、やっぱりもう飽きたんでしょ? 尾行とか」
「そりゃ飽きるよ。人がゲームやってるのを延々見せられてる気分だし」
「それで?」
「唯李ちゃんもボウリングやりたいよ?」
「やりたいよ? って言われても……」
「やりたいんだよ?」
かわいこぶればいけると思っているらしい。とはいえここで謎問答をしてもしょうがない。
ここまで唯李のノリに付き合ってはいたが、尾行したところでろくに観察もしていないし、この距離でなにかわかるとも思えない。
結局受付カウンターヘ向かい、申込用紙に記入をする。
さすがに翼たちのすぐ近くで蜂合わせるわけにもいかないので、できれば隅っこのほうにしてほしいと要望を伝える。
手続きを済ませて、まずは貸靴機へ。
「唯李足のサイズいくつ?」
「ヒ・ミ・ツ」
「じゃあさっさと自分でとって」
別にスリーサイズを聞いたわけでもなしに、何をもったいぶっているのか。
次にボールがずらりと並ぶ一角へ。唯李はその前で立ち止まると、両手をかざしてみせる。
「いでよ神龍願いを叶えたまえ!」
「早く選んで」
「あ、この大きさはポルンガか。呪文どういうんだっけ」
「早く」
ここでごちゃごちゃやっていると翼たちに見つかる可能性がある。まあ今さら見つかったところで、別にどうということもないのだが。
唯李は試しにいくつかボールを持ち上げると、
「う~ん、かよわい唯李ちゃんにはちょっと重たいですねぇ~……」
「あっちにキッズ用あるよ」
「誰が夏休みキッズだよ」
唯李は「せっかくだからこの赤いボールを選ぶぜ!」と言ってボールを抱えると、意気揚々と指定のレーンへ向かう。
ぶら下がっているスコアモニターには「ゆいにゃん☆」「ゆうきやさい」と名前があり場所は間違いない。どちらも申し込みのときに勝手に書かれた。
唯李はボールを置いて靴を履き替えると、おすまし顔で椅子に座っている。いつまでたっても投げようとしないので、
「唯李早く投げて」
「え? あたしが先?」
「自分で書いたんじゃん」
順番まで気にしていなかったらしい。すると唯李はここにきて恥ずかしくなったのかなんなのか、わざとらしいぶりっ子口調で腰をくねらせだした。
「あたし実はボウリングあんまりやったことなくて~。投げ方わかんないかも~」
「早く早く、十秒以内に投げないと退場だよ」
「初めて聞いたわそんなルール。ていうかこういうとき『じゃあ手とりや足とり優しく教えてあげるよ』って言うのがラブコメってもんでしょ」
「それラブコメじゃなくてただのセクハラおじさんじゃ? とにかくボールの穴に指を入れてピンに向かって投げればいいんだよ」
「それはわかってるよ、ボールわしづかみにして人に向かって投げると思った?」
「まあまあそんな怒らないで。ちょっと落ち着いてラブコメラブコメ」
多少のジョークもラブコメなら許される。実はなかなか便利ワード。
観念したのか唯李はボールを手に取ると、投げる位置の手前で一度構えをとってみせる。
が、なかなか投げようとしない。何やらきょろきょろと周りを気にしている。
いつになっても進まないので、ここは一つレクチャーしてやることにする。近づいていって背後に立つと、ぱっと唯李が振り向いた。
「わっ、音もなく立たないでよ背後霊か。スタンドか」
「影の男インビジブル・ストレンジャー」
「要するに見えないぼっちね」
「その姿を見たものは……気まずい」
「ほんとだよ。ていうかなに? 邪魔しないでよ」
「いや教えてあげようと思って。それまず持ち方が変」
「あ、そう? じゃあこう?」
「違う違う」
「じゃあこうかな?」
「ぜんっぜん違う」
「早く正解を言え。すぐ言え」
さっきは自分が遅延行為をしていたくせに、今度はせかしてくる。
ラブコメにはいわゆる遊びというものが必要、というのが唯李の持論だったはず。
「え? そこで手触っちゃうの? とかってドキドキするわけじゃん。やっぱ唯李もラブコメ向いてないね」
「いや今の違うでしょ、めちゃめちゃいじる気満点だったでしょ。言っとくけど投げ方わかんなーいとかもただのフリだから。余裕だからボウリングとか実際。ここはラブコメとかじゃなくてガチ勝負だからね?」
唯李はしっしっと手で追い払う仕草をすると、ようやくレーンの前に立った。改めてボールを構えてみせる。
「その構え繰気弾出そう」
「うるさいな」
腕の構えはカッコつけているが、微妙にへっぴり腰なのが気になる。
やがて唯李は腕を大きく後ろに振りかぶると、足を小刻みに踏み出す。
この時点ですでに怪しい。足と投げるタイミングが合わなかったのか、体勢を大きく崩した形での投球となる。案の定というかやはりボールは早々にガーターに突っ込んだ。
「まあお約束よ」
本人余裕の表情で戻ってくるが、目を合わせようとしない。
そして二投目。何ら改善することなく投げる。やはり投げ方がおかしい。
「あ、行った! これ行ったわ!」
唯李がボールを放った瞬間に叫ぶ。宣言通り、今度はボールがど真ん中を滑っていく。
しかし変な回転がかかっているせいか、ボールの軌道が徐々にそれだした。
結果、左端のピンが一本だけ倒れる。それを見届けた唯李が、振り返るなりガッツポーズをした。
「っしゃあ! まず一本!」
「いやそういうゲームじゃないから」
「一本大事に! 一本大事だよ!」
「なんの試合?」
唯李はそれには答えず席に座ると、偉そうに腕組みをする。
やがて投げる準備ができたので、悠己はボールを持って前に出ていく。
「ほら一塁ランナー飛び出してるよ!」
背後から野次が飛んでくるが無視。久々の感覚を思い出しながら、前を見据えて集中。
軽く助走をつけて、腕を振り抜く。転がったボールは弧を描きながら先頭のピンに当たり、残りをすべて弾き飛ばした。
恒例のコントスタート