謎の女
「やあどうだい? くるみとは」
「いやどうもこうも……そっちこそ楽しそうじゃないですか、美女に囲まれて」
「どこが。飲み物とサラダ持ってきてって二人にパシられてるんだぞ」
翼は忌々しげに自分たちの席のほうを振り返る。そういう扱いらしい。
たしかに傍目にはイケイケな姉たちにパシられる弟、とかのほうがしっくりくる。
「まあ早いところ謝ってもらってもいいけどね。俺たちの勘違いでしたって」
翼はにやりと不敵に笑う。そういえばそんな話だったか、と思い返すが微妙にめんどくさいノリだ。
コップを手にして席に戻ると、唯李とくるみは特に会話もなく二人してスマホをいじっていた。
「二人してスマホ? これだから今どきの子は……」
「いやくるみんがスマホいじってるから、こっちもいじってやるかってなるでしょ」
スマホいじりバトルが勃発していたらしい。
コップを置くと「ありがと」と言って、唯李は窓際の翼たちの席を見やる。ちょうど何事か盛り上がっているのか、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「なんかあっちは楽しそうね~」
唯李がちらりとくるみを見る。くるみはコップを手にしてぐっと口に傾け、氷をガリガリとやりだした。「子供か」と唯李が突っ込むが、くるみは無言でスマホいじりに戻った。
「ダメだこれ、反抗期の娘みたくなっちゃってるよ」
唯李もこれはお手上げとばかりに呆れ顔。
翼いわく、くるみは本当に悠己のことが好きでニセ彼氏を頼んだのでは、というがそんな気配は微塵も感じられない。
しばらくして料理が運ばれてきた。「お子様ランチのお客様」と言われても反応がないので、悠己がくるみのほうを手で指し示してやる。まったくもって今のくるみにはふさわしい料理だ。
「ほぉらくるみん、プリン乗ってるよプリン~。よかったね~」
そう言って唯李があやしていくのを尻目に、悠己は目の前のハンバーグに手を付け始める。
一方くるみはなかなか食べ始めようとはせず、翼たちの席をチラチラと気にしている。
「何? あーんしてほしいの~?」
「ほら食べなよ翼~」
「ち、ちょっと、ふたりともやめてくれよ~」
ちょうどそちらの席のほうから、女子二人のはしゃいだ声が聞こえてくる。
くるみがこれみよがしに、ウインナーをぐさっとフォークで突き刺した。逆手に持ったまま口に運ぶ。
「あっちはラブコメしてるなぁ~。それにひきかえこっちはひとり半ギレで、もうひとりは無言で食べてるし」
文句を言っているうちに唯李の料理が運ばれてきた。
唯李は「わ~きたきたぁ~」とわざとらしくはしゃいでみせると、さっそくエビをスプーンですくってみせて、
「エビ食べたい~? ほらあ~ん……うそで~す、あげな~い」
ケタケタとひとり笑っている。
しかし悠己もくるみも自分の食事に集中していて、唯李のほうをいっさい見ていない。つまり唯李の完全なる一人芝居。
「無視かよ。誰かなんとか言ってよ」
「まずいこのままだとライスが余る」
「なんか一人で焦ってるよ」
「ハンバーグ、ライス、ハンバーグ、ライスライス、ぐらいでいかないと」
「そうね、大変だね」
なんとか言ったら言ったで冷めた反応。あきらめたのか唯李も無言でスプーンを口に運び始めた。
周りが騒がしいぶんある種異様とも言える光景。が、悠己としてはこのほうが食事に集中できていい。
やがてそれぞれの器が空になる。くるみはふてくされた態度のわりに、きちんと完食。
「くるみちゃん全部食べられましたね、偉いでちゅね~」
唯李がくるみに向かって頭を撫でる仕草をするが、やはり無視されている。張り合いがないのか、今度は悠己の皿のほうに目線をやって、
「悠己くんもきれいに食べたねコレ」
「ふぅ、なんとかやっつけたよ」
「なんなんだよこのテーブル」
こうして全員無事完食。
翼たちはまだちんたら食事をしているようだったが、こちらは早く出てけとばかりに皿を下げられてしまったので、先にお会計をして店を出る。
「すごいよね、なんでラブコメで待ち時間発生するんだか」
軒下から少し離れた路地でたむろしていると、唯李がブツブツと文句を言っている。さっさと食べるだけ食べて終了したのがお気に召さなかったらしい。
しばらくして翼たちが出てきた。こちらは食事中に何事かハプニングがあったのか、ちょっと女子二人の空気が怪しい。ただ食べるだけ食べて出てきた悠己たちとは違う。唯李の言葉を借りるならラブコメっぽい。
「さてどうしようか……」
改めて集合したところで、翼が一同を見渡す。何か焦っているのか、若干汗で顔がテカっている。翼はぐるっと視線を泳がせたあと、隣の唯李に目を留めた。
それを受けて唯李はおかしそうに笑う。
「もしかして、このあとノープランな感じなんですか~? あ、そうだカラオケとか? 翼さんアニソン縛りしましょうよアニソン!」
「あ、あはは……」
唯李がノリノリで提案を始めるが、翼は愛想笑いでごまかす。
妙な沈黙が流れたあと、やりとりを眺めていた女性二人がほぼ同時に口を開いた。
「ところで、その子は何者なの?」
その一言で、場に緊張が走った。
どうして謎の女が我が物顔をしているのか、ということなのだろう。疑惑の視線を向けられた唯李は、両手を振りながら朗らかに答える。
「あっ、あたしはただの友人Aですので! 全然お気になさらず!」
「えっ、でもくるみちゃんとその彼は付き合ってるんでしょ? なんで友達が?」
「今日二人がデートするから一緒に、っていう話だと思ったんだけど」
変な気を遣っていたのか高度な読み合いが起きていたのか不明だが、女子二人の疑問がここにきてついに爆発した。むしろよくここまで我慢した。
「だってさ」
捌ききれなくなったのか、唯李は二人の質問をくるみの顔に受け流した。こちらも軽くふてくされている。しかし唯李を呼んだのはくるみらしいので、たしかに責任はそちらにある。
悠己含め、いよいよ場の注目がくるみに集まる。
くるみはうつむいたまま黙っていたが、急にぱっと顔を上げた。
「ていうか……か、彼氏とか……嘘に決まってるでしょばーか! みんな騙されてやんのー! やーいばーかばーか!!」
くるみは大きくあっかんべをすると、すばやく身を翻してダッシュで走り去っていった。
その場にいる全員が呆然と立ちつくし、後姿を見送る。
「くるみちゃんかわいい……」
「なんだ、やっぱりそうよね~うふふ」
しかし呆れているのかと思いきや、女の子たち二人は微笑ましそうに笑い合う。
それを見た唯李が首をひねりながら、
「かわいいかあれ……? ねえどう思う?」
「かわいい」
「まじ?」
ということにしておこう。しておかないとただのヤバイやつ。
そんな中、ひとりあたふたしているのが翼だ。悠己に近づいてきて、こそこそと耳打ちをしてくる。
「な、成戸くんいいのかい追いかけなくて、ほら」
「いやもう見失ってます」
「い、いやでもきっとくるみは成戸くんのことが……」
「だから無理ですってそれは」
まだ言ってる。こうなってはさすがにもうそれは通らないだろう。
一応くるみに電話をかけてみるが出ない。その代わり、
『帰ります。いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした』
とくるみから不気味なほど丁寧なラインが来た。おそらく今のでニセ彼氏の茶番も終了、ということなのだろう。思ったより早かった。
おろおろとする翼とは逆に、女子二人はある程度予想していたのか、どこかほのぼのムード。
どうする? と話し合っていたが、当初の予定通りこれから三人で遊びに行くという。
結局翼は二人に挟まれるようにして、連行されていった。
かわいい