鈍感系勘違い
「そんなキャラだっけ?」
「でも言われてみると……くるみんがカバンにつけてるぬいぐるみのキーホルダーとか、しょっちゅう変わってる」
「ああ、可変モビルスーツ?」
「何が?」
真顔で返された。さすがの唯李も拾えなかったらしい。
「にしても……どんだけ学校で猫かぶってんだか。いや猫じゃなくてトラ被ってるねこれは」
「ああ、逆にね」
「いやもう猫かぶりじゃなくてトラ被ってるよね」
「わかってるよ二回言わなくても。はいはいうまいこと言ったね」
「これがほんとのタイガーマスクやん!」
唯李がここぞとドヤ顔を決めてくる。しつこい。
「ごめん唯李がしゃべるとテンポ悪くなるから、ちょっと黙っててもらってていい?」
「うわテンポ出たよ、ちょっとした遊びも我慢できないテンポ厨が。ラブコメにはこういう遊びが必要なの、わかる?」
「いやマジで悪いから」
唯李は一瞬鬼の形相を作って見せると、ぷいっとそっぽを向いて黙り込んだ。
話を戻そうとすると、翼はフェイスペーパーで必死に顔を拭いていた。
思わず心配になって声をかける。
「よく見たら汗ダラダラじゃないですか。大丈夫ですか?」
「い、いやぁ……。やっぱり妹の彼氏とかって、緊張するじゃないか。いったいどんな人を連れてくるのかとか、仲良くやれるのかとか」
それであの謎の緊張感だったらしい。
けれども立場を置き換えてみると、気持ちはわからないでもない。
「まぁ……どんな相手か想像がつかないという意味では」
「へえ? ということは、もしかして成戸くんにも妹がいるのかい? 同じ兄として親近感が湧くね。でもこうやって話してみて安心したよ、悪い人じゃなさそうで」
「いえ極悪人です」
「はははっ、面白いね。なんだか僕ら気が合いそうだね」
「いや俺はひと目見た瞬間に、もう相容れないなって」
「その歯に衣着せぬ物言いも気に入ったよ」
「歯に衣着せぬって口で言う人初めて見ました」
翼からの好感度が謎に高い。
妹には頭大丈夫? だのさんざんな評価を受けたが、兄にはハマるらしい。
そもそも彼氏ではないと言っているのに、この人はちゃんと話を聞いているのだろうか。またもそれそうになる話をもとに戻す。
「それと妹さんは、昨日の女の人たちが気に入らないみたいですが」
何かもう面倒になったので、ついでにくるみの話を洗いざらい話す。
簡単に言うと翼は二人から言い寄られていてハーレム状態だが、鈍感なため好意に気づいていないということ。
翼はこちらの話にしばらく耳を傾けていたが、
「ははっ、いやそんなわけないじゃないか。くるみはそうやって嘘をついて困らせてくるんだよ。昔からそうだし、もう慣れたもんだよ」
鼻で笑って流された。まるで思い当たるフシがない、といった顔。非常に手強い。
この勘違い具合もくるみの話どおりだ。
「まぁとにかく、さっさとどっちか選ぶなりなんなりして、妹さんに優しくしてあげてください」
らちが明かないので無理やりそうまとめると、悠己は隣で生クリームと格闘していた唯李を促す。
「これにて一件落着。さぁ唯李さん、飲み物を頂いて帰りましょうか」
「そうですな。悠己さんが早くも全ネタバレしてぶち壊しましたし、ラブコメのネタとしても二流、いや三流以下でしたな」
「いやぁそれほどでも……」
「いや褒めてはないよ? 今回ばかりはよかったけども」
これで話は終わり。さてお開きにしようとすると、翼が引き止めるように身を乗り出してきた。
「ち、ちょっと待ってくれないか! 仮に僕が二人から好かれてるとして……それが本当なら僕はどうしたらいいんだ?」
「「いや知らんがな」」
唯李と声がハモった。さすがにそこまで面倒は見れない。自分で考えろとしか。
翼は眉間にシワを寄せてしばらく熟考していたが、
「やっぱりその、僕がマミとミクに好意を抱かれているっていうのも、くるみの嘘というか……勝手な思い込みだろう? 彼女たちとは昔から腐れ縁っていうか……とにかくそんなんじゃないよ」
「いやいや鈍感系勘違いとか、今日び流行りませんよ」
「ふっ……その言葉、成戸くんにそっくりそのまま返そう」
「おっ? やるか?」
ケンカを売られたので立ち上がるが、「やめろやめろ低レベルな争い」と唯李に止められる。
「こうなったらはっきりさせようじゃないか、どっちが真の勘違いなのか。今度の週末、また二人と遊ぶ約束をしてるからさ。くるみも誘うから成戸くんも一緒に来なよ。そうすれば嫌でもわかるだろうし」
まさに名案、とでもいわんばかりに挑戦状を叩きつけられた。
要するにくるみは本当は悠己のことが好きで、翼のハーレムもどきもくるみの勘違い、という主張らしい。
たしかに現時点ではくるみの主観によるところが大きく、それは100パーセントない、とも言い切れないが……。
「どうしよう、わりとどうでもいい。ややこしくて脳が理解を拒む」
「でもなんかラブコメっぽくていいじゃん。まったくややこしくなってきたぜぇ~」
唯李はまるで当事者のように言うが、この人はお呼びでないし話に関係ない。そもそもちゃんと状況を理解しているのか。
そのとき翼の懐から着信音がした。スマホを取り出した翼は、「ちょっとごめん電話」と言って席を立った。やはりちょっと慌ただしい。
それを見送った唯李が、のんきに飲み物をストローですすりながら言う。
「にしても全部言っちゃったね。向こうは信じてないっぽいけど」
「どうしようかと思ったけど……でも普通ここまでしないじゃん。翼さんはくるみのことが心配なんだよ、本気で。だから変に嘘はつけないなって」
下手すると不審者扱いされそうなリスクを負ってまでよくやる。
そこはかとなく漂っていたグダグダ感は、きっとこういうことにも慣れていないのだろう。
「へえ、気持ちがわかっちゃったりする感じ? 同じ兄として」
「さぁそれは……どうだろうね」
「悠己くんもいざとなったら、あんなふうに焦りだしたりね」
唯李がからかうように言って、くすくすと笑う。
相づちだけして、悠己は飲み物のグラスに手を伸ばす。
「でもなんか、ややこしいけどこういうのも楽しいよね。くるみには悪いけど」
「おっ、ついに悠己くんもラブコメに目覚めたか」
「唯李が一緒だとね」
「え? 今なんて言った?」
「おっ、出た難聴」
「いやほんとに聞こえなかったから。何? 悪口?」
「悪口です」
「よし鼻から生クリームストローで一気な」
これがほんとのタイガーマスクやん!