ラブコメクラッシャー
翼は「どうぞ」と仰々しい仕草で唯李に乗車を促す。
セダンタイプの車は表面に光沢を放っていて、スーツ姿ということもあり様になっている。
「わぁなんかお姫様みたーい」
唯李が嬉々として車に乗り込む。が、断じてお姫様ではない。
それを尻目に悠己が助手席のほうに回ると、ボンネットに初心者マークが貼ってあるのが目に止まった。
「なんだ初心者か」
「夏休みに免許取り立てなんだよ、しょうがないだろう」
悠己が助手席につくかたわら、翼が運転席へ乗り込む。
翼がエンジンをかけると、女性ボーカルのキラキラした曲が流れ始めた。
慌てた翼はすばやく音楽を止めるが、後ろで唯李が声を上げる。
「あっ、今の曲彼女VS彼女のやつだ」
「なにそれ?」
「今やってるアニメの主題歌」
ちらりと横を見ると、翼は無言で車を走らせだした。
「なんだオタクか」
「雑にオタクって言うのやめてもらっていいかい」
雑なオタクはお気に召さないらしいが、否定はされなかった。
しかし見た目からするとまったくそんな感じはしない。
「その髪型イケメン風ですね」
「そ、そうかい? 僕もちょっと前までこんなんじゃなかったんだけどね。もう大学生なんだし染めてみたらって美容師さんに言われて断れなくて」
「なんだ脱オタか」
またも否定はされなかった。風貌からするとむしろ怪しげなネットワークビジネスでも勧誘してきそうなものだが、ラフな格好をしていた昨日ともだいぶ印象が違う。
「その格好、今日はエア出勤な感じで?」
「エア出勤……? 今日は午前中で大学の講義が終わりだったんだよ。この格好は、このあと塾講師のバイトがあって……」
暇なように見えてその実忙しいらしい。それが妹のことでわざわざ出張ってくるとは、ご苦労さまなことだ。
ハンドルを握りながら、翼は急に黙り込んだ。これが彼女の兄からの無言の圧……かと思いきや、どこか様子がおかしい。
翼はときおり体を揺すったり、視線をきょろきょろとしたりで落ち着かない。
表向き余裕ぶっているが実は緊張している、的な雰囲気が嫌でも伝わってくる。
ここは一つ空気を和ませようと、雑談がてら話を振ってみる。
「ところで翼くんさんはやっぱりサッカーとか得意なんですか?」
「いや僕はサッカーはやらないけど」
「ちょっとボールに謝ってもらっていいですか」
「ごめんなさい」
ちゃんと謝ってくれた。ノリがいいのか話半分でワケがわからなくなっているのか。
最初は強気だったのがこの押しに弱い感じ、早くもボロが出てきている。こいつはいけるとでも思ったのか、後ろからも唯李が、
「歌聞きたいです歌~」
とせかしていく。
しかし翼は「も、もう到着するから……」と言ってごまかした。
いったいどこに連れて行かれるのかと思いきや、やってきたのはわりと近場のチェーン店の喫茶店だった。駐車スペースは狭かったが、翼は危なげなく車を止める。
「なんだ運転はうまいか」
「……どうも」
車を降りて入店。セルフサービス方式らしく、悠己は来たことがない。
翼が先陣をきって注文カウンターへ。
「二人とも、コーヒーでいいかい?」
「あ、俺超絶体に悪そうな色したメロンソーダで」
「あたし女子力低そうな生クリーム山盛りのやつ」
「わかった、それっぽいの頼んでおくよ」
翼お兄ちゃん優しい。
お兄ちゃん全おごりらしいので何か軽食も頼もうかと思ったが、ここは空気を読んでやめた。
注文を翼に任せて先に唯李と席につくと、「見てこれ」と唯李がスマホでラインのメッセージ画面を見せてきた。
『ごめん急用できちゃった☆ やっぱ今日ナシで』の下に『え~なんで~! マスブラでゆいちゃんボコボコにするの楽しみだったのに!』と返信がある。相手は瑞奈だ。
「さすが愛されてるね」
「そうそう困っちゃうよ本当に」
唯李は得意げだが、はたして本当にそれでいいのかは知らない。
なんとなく悠己も自分のスマホをチェックしてみると、くるみからラインが来ていたのに気づく。
『逃げて逃げて! 相手にしちゃダメボロが出るから』
くるみは自分が逃げた直後にメッセージを送ったようだが、悠己は今の今までスマホを見てすらいなかった。時すでに遅し。
お互いスマホを見せあっていると、翼がお盆に飲み物を載せてやってきた。対面に座り、飲み物を配る。
おのおの飲み物に手を付けて一息つくと、翼は不審げに悠己たちの顔を見比べ出した。
「くるみと唯李ちゃんはわかるんだけど、ところで悠己くんと唯李ちゃんはどういう……?」
先ほどから唯李との距離感が少し近かったかもしれない。
妹の彼氏がこれでは、翼が不審に思うのも無理はない。悠己は正直に答える。
「唯李とはクリスマスパーティの打ち合わせをしようと思ってたんですけど」
「……ん? 唯李ちゃんは二人が付き合ってること、知ってるんだよね? それなのにくるみをほったらかしで二人で一緒に……それにパーティとは?」
「えっ? あっ、いやそれは……」
悠己の代わりに唯李が慌てふためき出す。
その疑問もやむなし、というか今になって言うのもどうかと。くるみが懸念したとおり、いきなりボロが出そうになっている。
「というか昨日、そちらの妹さんからニセ彼氏してくれと頼まれまして」
すかさず悠己が言うと、隣で唯李がブフっと吹き出した。
「え、なんでいきなりバラしたの今」
「え? ダメだった?」
「いやラブコメ的にはここはもっとこじれるとこかなって。ラブコメクラッシャーじゃん」
唯李はまあそれならそれでいいけど、とつけたす。ラブコメだかなんだか知らないが、変に話をこじらせたくないだけだ。
案の定翼が不思議そうな顔で聞き返してくる。
「それは……どういうことだい?」
「くるみは『彼氏は彼氏は?』って周りから言われるのに嫌気が差していたみたいですが」
「えっ……」
思い当たるフシがあるのか、翼は軽くうなだれて目を伏せる。
「そうか……。それは僕もあまり考えなしだったな……」
急にラブコメらしからぬ重たい雰囲気になってしまった。ちょっとは取り乱して取り繕ったりしてみたらよかったかなと思っていると、
「いや待てよ……それって、あれじゃないかい? 気になる相手にニセ彼氏してくれって言ってアプローチをする……」
「え?」
「つまり成戸くんのほうにまだその気はないと。するとくるみの片思い……?」
「え、なんですか?」
「いやぁ、こっちの話」
わざと聞こえなかったふりをしてみたが、非常に不吉そうなワードが聞こえた。すぐに訂正を入れる。
「いや勘違いですよ。そんなことはないです、あなたすべてが勘違いです」
「あはは、成戸くんのほうこそ勘違いじゃないか。なんとも思ってない相手にニセ彼氏なんて頼むかい? それに頼みを聞いてもらっているうちに好きになってたなんてのはよくある」
「それは絶対にないですね。好きな人に『歯食いしばれ』とか言わないし」
思えば今日もわりと暴言を吐かれたのだ。
これなら全部録音しておけばよかったか。
「いやいや歯食いしばれだとか、くるみがそんなセリフ言うわけ……」
「はい! あたしもこの前『いい加減泣かすぞ』って言われました」
スプーンで生クリームをほじくっていた唯李が手を挙げる。
被害者二人が声を上げるが、翼はなおも首をかしげる。
「学校だとそんな感じなのか……? ごめん、妹が迷惑かけてるみたいで……」
「くるみんは家だと違うんですか?」
「んー……そういう言い方はしないけど、くるみはいつになってもわがままだからさ。たぶん頭の中が子供のままなんだろうね、部屋にぬいぐるみとかもいっぱいあってさ」
学校でのくるみとはだいぶかけ離れている。むしろそういう子をなだめる側のはずだ。
大学生の兄からしたら子供ということなのかもしれないが、そんな論調でもない。
くるみがわがままを言いだしたのも本当に昨日の今日だ。悠己もくるみのこと、そこまでよく知っているわけでもないので、唯李に聞き直してしまう。
溢れ出るクソウザカップル臭