小牧翼
放課後。悠己は唯李とともに帰路についていた。
クリスマスは成戸宅でパーティをすることに決まり、ならばと久しぶりに家に集まって、瑞奈も含めてみんなで相談しようという話になったためだ。
わざわざ顔を合わせることもないのだが、久しぶりにそういうのも悪くないとのこと。
みんなと言っても、なんだかんだで今日のメンツは悠己と唯李の二人。
凛央には先約がある、ということで断られてしまった。
学園祭以降、凛央はクラスでなにやら魔女的な扱いを受けだしたのだという。
学園祭で凛央の占いを見た小夜が「ま、魔女の目じゃあああ!」と謎テンションで騒ぎだし、その直前にタコメイドがあれこれ騒いでいたのもあり、その後人が集まってきて最後の最後で盛り上がったらしい。瑞奈も凛央の占いめちゃめちゃ当たると絶賛していた。
実際この目にするまでは嘘か本当かよくわからない話だったが、先ほど凛央のクラスに立ち寄ったときも、凛央は自分の席で何人かに質問攻めに合っていて忙しそうにしていた。
その質問も「実力テストはどこが出ますか?」とちょっとズレてきていたが、凛央からしたら得意分野ではある。
「凛央ちゃんじゃなくてRIOさんになっちゃったよね。まったくどいつもこいつも学園祭で株上げやがって……だいたい実力テストとかノー勉がデフォでしょ」
唯李は恨めしげに言うが、凛央のことは無理には誘わなかった。
取り囲まれる凛央を眺めながら、唯李はどこかほっとしたような優しい表情を浮かべていた。口ではこうだが凛央のこと、気にかけているのだ。
「それで結局萌絵は来ないって? わたしも行きたい行きたい妹ちゃんに会いたいって言ってたけど」
「家族と学校も落ち着いてきたから、習い事を再開したとかなんとか。今日あるの忘れてたんだって」
「習い事って何?」
「さぁ? そういうのあんまり言うの嫌なんじゃない? 出たよお嬢様とか言われるから」
「誰に?」
「あたしに」
自分でわかっているなら苦労はない。やめればいいのに。
そんな会話をしながら校門を出ると、数分もいかないうちに唯李がつと立ち止まった。
「ん? あれくるみんじゃない?」
唯李が指さした先、進行方向から左手の路地、路肩に停まった車の近く。
小柄な女子生徒と黒のスーツ姿の男性が、何やら言い合いをしている。片方は言うとおりくるみで間違いない。
「もしかして絡まれてる? スーツで怪しそうな人……」
「ほんとだ、ああいうのは関わり合いにならないほうがいいね」
「おい彼氏はどうした名男優」
こういうとき彼氏は他人のふりをしてはいけない。
くるみには話を合わせるだけにしろ学校で変なことは言うなするな、と釘を差されている。
今は学校の中ではないがこの場合は判断が難しい。結局このまま続けるのかそのあたりもうやむやなままだ。
悠己の見立てでは、本当にその場のノリで彼氏宣言をしてしまい、今さら後にも引けなくなって、くる
み自身迷っている、というところだろう。
「一応学校の敷地は出たから、俺が彼氏らしく助けに行こうか」
「大丈夫? 先生とか呼んできたほうがいいかな」
「いや大丈夫」
手で制し、悠己は早足で二人に近づいていく。
「やめろ、くるみに手を出すな!」
ここぞと彼氏っぽくかっこよく言い放つ。
案の定二人からなんだこいつ的な視線を浴びた。が、スーツ男の注意がこちらにそれた隙に、くるみは身を翻して一目散に逃げ出した。
「彼女逃げちゃったよ。彼氏置いてガン逃げしちゃったよ」
背後から唯李の声がする。こちらも最初スルーしようとした手前お互い様か。
残されたスーツの男性はくるみを追うことはせず、こちらに向かって軽く手を上げた。
「やあ」
男性は一歩、二歩と近づいてくると、フレンドリーに話しかけてくる。
「よかった、君に用があったんだよ。くるみが呼びたくないって言うから困っててさ。ちょっと乗りなよ、一緒にドライブしよう」
そう言って彼は傍らに止まっている車を親指で指さしながら、不敵に笑いかけてくる。この口調といい仕草といい、だいぶ上から目線の態度だ。
悠己はそれには応えず、無言でくるりと百八十度ターンする。すぐに肩を掴まれた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
「知らない人としゃべったらダメって言われてますので」
「いやいや昨日会ったじゃないか」
やや焦りだした相手は懐からカードケースを取り出し、気取ったふうに運転免許を見せてきた。
名前は小牧翼とある。そこまでされなくても昨日会った人物……くるみの兄なのは間違いない。
実を言うとくるみと揉めているのを発見した時点で、十中八九そうだとは思っていた。
しかし実際どういう人間かよくわからないうちは警戒すべきだ。
「用があるならここでどうぞ」
「いやここだとちょっと……落ち着いたところで話をしたいかな」
翼はやけに周囲を気にしている。下校途中の生徒に絡んでいるスーツ姿は、あまり見栄えはよくないだろう。
「こっちも超重大な用事があったんですけどね。ねえ唯李?」
「いや別にそこまでじゃないよ? たぶんあたし瑞奈ちゃんとゲームやろうとしてたよ」
背後の唯李にも同意を求めるが、遊ぶ気満点だったらしい。
唯李は悠己の後ろに隠れたまま、翼に警戒の眼差しを送る。
「で、誰なの?」
「ねずみ講の勧誘」
「っぽいね」
「じゃなくてくるみのお兄さんだって」
唯李は「あぁ~……言われてみるとたしかに」と目を細めて何度か頷いてみせる。どこかで見覚えがあるようだ。
「話があるって言うから、しょうがないから俺ちょっと行ってこようかと」
「来たねラブコメ的展開……じゃああたしも行く」
「え?」
「なんか心配だから。超心配だから」
超心配されている。そのわりにどこか得意げな顔で、唯李は引きそうにない気配だ。くるみに頼まれたからか、本気で首を突っ込んでくるつもりらしい。
悠己は翼に向き直ると、唯李を手で指し示しながら、
「こちらの彼女も一緒でいいですか?」
「ええと、その子は誰なんだい?」
「はじめまして、鷹月唯李でぇす。えへ」
ここぞと前に出た唯李が、行儀よくお辞儀をし、かわいらしく首をかしげてみせる。
突然らしからぬ振る舞いに、こちらも首をかしげてしまう。
「え……どうしたの?」
「いやあいさつでしょ? こいついきなり奇行に走ったぞみたいな顔しないでよ」
「なに今のあいさつは?」
「第一印象大事よ?」
どういう印象付けをしようとしているのか。これは詐欺師の手口。
肝心の翼は唯李を見て何度か目を瞬かせていたが、何か思い出したように手を打った。
「たかつきゆい……あっ、そうか君が唯李ちゃんか! くるみからもよく聞いてるよ」
「え、そうなんですか? うふふやだ~」
「あのねじりはちまきメイドの!」
「あ、はい。そっすね。それっす」
急に素に戻った。どころか若干やさぐれている。
タコメイドの話が伝わっているとなると、いくら取り繕っても無駄と判断したのか。
しかしうってかわって、翼は好意的な笑みを唯李に向ける。
「唯李ちゃんすごい明るくて面白い子なんだってね」
「あ~まぁ、かわいいかわゆいおもろい三拍子揃ってるところはありますね」
「へぇ~、ならちょっと面白いこと言ってみてよ。一発ギャグとか」
「いきなり無茶振りやめてもらっていいですかね」
出会って十秒でいじられている。
唯李は話に噛む気満点だが、実のところこの件には直接関係はないし、正直邪魔にしかならなそう。そ
れは翼も思ったのか、
「でもまぁそしたら、唯李ちゃんは別に来なくても……」
「あたし、くるみちゃんの親友として心配なんです。超心配です」
親友ポジということで無理やり話に入ってきた。
何かその正統派ヒロインのような、普段とは違うわざとらしい口ぶりはやめてほしい。
翼は腕時計を見ると、唯李の勢いに押されたのか時間がないのかこいつめんどくさそうと思ったのか、車に近づいて後部座席のドアを開けた。
うさんくさい親友キャラに自ら成り下がっていく女