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朝からドヤ顔

早朝の教室。悠己はひとり自分の席で英単語帳をたぐっていた。

 目前に迫った実力テストの対策だ。とはいえテストの範囲が決まっているわけでもなく、やれることは限られている。

 登校してからこのかた、周囲の席は無人で静かだ。それなりに集中できていたが、隣でガタガタと椅子が動く音がすると、

 

「おやおや朝からお勉強ですか~~」


 唯李がこちらを覗き込んでくる。第一声から気持ちドヤ顔。

 

「おやおや朝からドヤ顔ですか~~」


 視線を落としたままそうやり返す。唯李は席に座り直すと、今度はわざとらしく首を傾げてきた。


「なんかさ、聞くところによると席替えなくなったみたいね~?」


 やけに声が弾んでいる。「うん」とだけ頷くと、


「や~どうしてなくなったんだろうね~?」


 唯李はなにか言いたげに、にまにまと笑いかけてくる。

 またもわざとらしい語尾の揚げ方。特に反応はせずに黙っていると、


「なんか悠己くんも先生のとこに一緒に行ったって聞いたんだけど? ってことは、もしかして……席替えしたくなかった感じ~? ありぇりぇりぇりぇ~~?」


 一面に笑みをたたえながら、身を乗り出してしつこく顔を覗いてくる。かつてないほどの上機嫌っぷりだ。


「あの、唯李……」

「ん~? 何かなぁ~~?」

「ちょっと一回ビンタしてもいい?」

「いやなんでだよ」


 いくらなんでもウザ度合いが限界値を超えてしまっている。彼女の今後の人生を考えると、ここでしっかり修正してあげるのが優しさだ。


「人様に向かってそんな顔したらダメだよ」

「誰の顔面が放送禁止だよ。たまには悦に入らせてもらってもいいじゃん! ていうか悔しがれよ、頬赤らめろよ」

「その席替えがどうたらって、いつの話してるの?」

「昨日の今日だよ。精神と時の部屋から出たてか」

「そんなことよりまいったよ。昨日は委員長にニセ彼氏してくれって言われて」

「ブシュバッ!!」


 謎の破裂音を発した唯李は、そのまま口元を抑えて激しく咳き込む。


「どうやったらそんな音出るの?」

「ゴホッ、ガハッ……。そ、それって……ど、どういうこと?」

「俺もよくわからないんだけど、そう頼まれたから」

「そ、そう頼まれたって……なにがニセ彼氏だよマンガの読みすぎか!」

「あれ、彼女のフリしてあげよっかっていつかの誰かさんも……」

「あたしはいいのマンガ読みすぎだから」

「えぇ……」


 堂々と言われると反論のしようがない。

 唯李は余裕そうにふん、と鼻で笑ってみせて、


「まぁそれニセ彼氏って言ったって、どうせテキトーなやつでしょ例によって」

「くるみは俺が守ってみせる」

「めちゃめちゃやる気じゃん。あたしのときそんなやる気なかったやん。ていうか進行形でないやん」

「ま、本当はあんなやつなんとも思ってないけどね」

「それ前フリじゃん。いつの間にか好きになっちゃうフラグじゃん。何真面目にラブコメしてんのよ」

「そうするとクリスマスもなんとかごまかさないと……くそぉなんだって俺がこんなこと」

「何その抑揚ゼロなのやっぱ下手くそじゃん。国語の授業で音読当てられたときの読み方じゃん」

「いやほら、俺も名女優唯李に張り合ってみようかと」

「ああ、そんなこともありましたっけねぇ」

「あの頃は楽しかったなぁ」

「ほんにねぇ」


 しみじみ。どうしてこうなった。

 

「ってやってる場合じゃねえんだよ、二人してぐるみんかよ! おいどうなってんだよくるみぃ!」

 

 荒々しく席を立った唯李は、前方の自分の席でスマホをいじっていたくるみに向かって吠える。

 すると「あぁ!?」とドスの利いたくるみの声が返ってきた。あっちもあっちで考え事をしていたのか、だいぶご機嫌斜めらしい。

 くるみも席を立ち上がって近づいてきて、まさに一触即発……かと思えば、

 

「あっ、そのええと……悠己くんがニセ彼氏とかって、どういうことなのかなと思いまして……」


 あっという間に勢いを失うのがこの女。

 しかし唯李の言葉に、今度はくるみのほうがあわてふためき出した。掴みかからん勢いで悠己のほうに迫ってきて、


「ちょ、ちょっと! な、なんで唯李に言ったの!」

「え? 言うなって言ってたっけ?」

「そ、そりゃ言ってないけど! そんなのわざわざ人に言うと思わないでしょ! ただ口裏合わせるだけでいいって!」

 

 ニセ恋人のニセ彼氏となるとややこしくなるので、一応唯李には話しておくべきかと思ったのだ。というかくるみが本気で続けるつもりなのか、半信半疑でもある。

 

「だいたい教室でそんな……」

「ちょっと待った、なに二人で勝手に盛り上がってんだよ。唯李ちゃんそっちのけでラブコメっぽい会話してんだよ」


 くるみを遮って、唯李が割って入ってきた。こちらも怒り心頭のようだ。

 少し怒りポイントがズレている気もするが、ここはひとつ彼氏っぽく場を制していく。

 

「そうだよくるみ、そうやって周りにとばっちりはよくない」

「だから人をその他大勢にするのやめてもらっていい?」

「鷹月は関係ないんだから、巻き込むのはやめよう」

「出たモブ特有の上の名前呼び」

「だってサブキャラがあんまりしゃしゃり出るとあれだよ? こいつうぜぇから読むのやめるってコメントとかで嫌われるやつ」

「だからサブキャラじゃねえよ。ガチガチのメインキャラじゃん」


 これだけぎゃあぎゃあうるさいメインヒロインはあまり聞いたことがない。ガヤ役のモブとしては高得点。せいぜいサブヒロインで、意外に人気出ちゃった止まりだろう。

 グチグチやっていると、「あんたらちょっとうるさいからこっち来て」でくるみに腕を引っ張られ、教室の隅っこへ。

 唯李がくるみを隅に追い詰めるように立ちふさがった。


「どういうことか話してみろくるみん。さもなくばカーテン巻きつけの刑に処すぞ」

 

 相手が弱っていると見るや、また上からいく。今度はさすがのくるみも分が悪いのか、一向に話しだそうとしないので、代わりに昨日の出来事をさらりと唯李に説明する。


「好意に気づいてなくて二人の女の子が取り合い……? 兄貴ガチのラブコメ主人公じゃん。それでいきなり彼氏ですって……ていうかなんで悠己くんなわけ?」

「べ、別に~? 成戸くんかっこいいじゃん? 前から超狙ってたし?」


 くるみの目は泳ぎまくっていた。全力でバタフライしている。

 口ではそんなことを言っているが、実際はちょっと前までろくに存在を認識されていなかったレベルだ。それは唯李もわかっているはず。

 

「くるみんそれってもしかして、彼氏ができた~って言ってお兄ちゃんの反応が見たかったとか、超くだらない理由じゃないよね」

「そ、それは違う! だからその……いきなり変なのと付き合ってるって兄貴に言ったらどう反応するかなって……」

「違わないじゃん、合ってるじゃん。悠己くんこれキレていいんじゃないかな」

「やめろっ、くるみの悪口は言うな」

「いやあんたの悪口だよ」


 ボロクソに言ってくる彼女の彼氏のフリというのもなかなか難しい。

 あのときはすぐに立ち去ったため、その肝心のお兄ちゃんのリアクションは拾えなかった。くるみに聞いてみる。

 

「それであのあと家に帰ってお兄さんの反応はどうだったの?」

「や……おめでとうって」

「でなんて返したの?」

「それは……ありがとうって」

「終わっちゃったね」


 いたって普通の反応だったらしい。

 なんとなく呆れムードの唯李と目が合うと、くるみは腕を振って声を荒らげた。


どうしてこうなったいやまじで

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりこの掛け合い最高。
[一言] よかったね 兄公認だよ
[良い点] >こいつうぜぇから読むのやめるってコメントとかで嫌われるやつ なんか作者さんが血の涙流してそうなイメージ浮かんだ
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