てへっ
くるみとともにやってきたのは、時計台のある駅前の広場だ。
いつぞや唯李とニセ恋人デートのために待ち合わせをした場所でもある。
付近にはスマホ片手に時間を潰す人の影がちらほら。くるみがここでしばらく待つ、というので言われたとおりにそばに控えているのだが……。
「で、何のために俺は付き合わされてるわけ?」
「それはねぇ……あのね、アタシを守ってほしいの。悪人から」
「え? 悪人に襲われるの?」
くるみは黙ってこくりと頷く。襲われるために待っているというのか。
謎でしかなかったが、くるみはそれ以上語らず、やや緊張した面持ちで周囲を警戒している。
思ったより面倒ごとの予感。これは安請け合いしたか、と悠己が早くも後悔しかけていると、
「じゃじゃーん!」
突如はしゃいだ声とともに現れた二つの影が、くるみを取り囲んだ。
女子の二人組だ。片方は長い黒髪、もう片方はややくせっ毛の茶髪。
見た感じ悠己たちよりいくらか年上のようだが、もちろん二人とも見覚えはない。
「ひっ!?」
二人に囲まれたくるみが、見たことのない形相になって固まっている。
驚き……いや恐れの表情に近いかもしれない。
かたやお姉さんたちはご満悦の笑みを浮かべながら、くるみの頭を撫で腕を取ってもみくちゃにしていく。
「くるみちゃん久しぶり。元気にしてた?」
「やだほっぺたぷにぷに~。かーわーいーい~!」
「ちょ、ちょっとやめてください!」
くるみは決死の抵抗を試みるが、二人とも身長が一回り高いこともあり、まるで子供が駄々をこねているようだ。
先ほど悠己が睨んだとおり弱点は頭だ。くるみは頭を押さえられると何もできない。
「ねえねえくるみちゃん、どっちのお姉さんが好き~?」
「私のほうが好きよね~? どっちかというと。断然」
「ど、どっちっていうか、そういうの全然……」
かわいがられていたかと思えば、今度は若干威圧気味に迫られている。
くるみは必死に笑顔を作っているようだが、あきらかに頬が引きつっている。それこそいつもは威圧する側のイメージがあるだけに意外だ。
悪人から守ってほしい、とくるみは言っていたが、現れたのは悪人というか美人であり、どうすべきか判断が難しい。
いまいち話が見えないまま傍観していると、さらにひとりの男性が目の前に立ちふさがった。不思議そうな顔で尋ねてくる。
「えっと……君は?」
相手にあわせて目線の高さを少し落とす。茶髪に軽くパーマがかかっている今風な髪型。男性は小柄な体型に、小ぶりな顔のパーツと輪郭をしている。目尻が若干たれ気味で、終始笑っているような印象。
この流れからして、彼がくるみの兄なのだろうと察せるぐらいにはあちこち似ている。非常に不審者がられているようなので、こちらはあくまで無害なモブを装うことにする。
「いえ自分のことはお気遣いなく」
「さっきから見ているけど……何か?」
「ぶきやぼうぐはそうびしないといみがないよ!」
「……それが何か?」
「という具合にただの親切なモブですのでお気になさらず」
それでもくるみの兄と思しき人物は、訝しげにジロジロと視線を送ってくる。
ただのモブのはずがものすごい怪しまれている。くるみに目線で指示を仰ぐが、あっちはあっちでそれどころではなさそうだ。
「どうする? ゲーセン行こっか?」
「くるみちゃんにぬいぐるみとってあげるね~」
くるみは二人に両脇を固められ、早くも拉致られそうになっている。
いよいよ連れ去られる宇宙人のような構図を呈してきた。くるみが助けて助けて、と言わんばかりの視線を送ってくるので、
「ちょっとやめてあげてください、彼女はここで悪人に襲われるのを待ってるんです」
そう言って助けを出すと、女性二人はきょとんとした顔で悠己に目を留めた。
まるでくるみが変態女のような物言いになってしまったが、十分こちらに注意を引けたようだ。
品定めをするような視線を一身に浴びる。二人はひそひそと耳打ちしあっていたが、やがて片方が手を叩いて、わざとらしく声を上げた。
「あ、わかった! もしかしてくるみちゃんの彼氏とか!」
「えーうそー!? ってそんなわけないでしょ~!」
えーやだキモーイと二人が盛り上がっていく。
いや決してキモいとは言われていないが、このやかましいノリはそんな言葉がいつ飛び出してきてもおかしくなさそうだ。
「くすくす、でもそれだったらさ~……」
「……彼氏ですが」
「え?」
「彼氏です」
くるみがぼそっと言い放つ。
その一言で、その場にいる悠己含めた全員が、あっけにとられた顔でくるみを見た。
くるみは一度たじろぎかけたが、負けじと強気な目で見返すと、
「じゃあこれからデートなんで!」
言いながら強引に悠己の腕を取った。呆然と立ちつくす三人をよそに、その場を立ち去る。
くるみに引っ張られながら、逃げるように駅近くの百貨店へ。早足でフロアを横断し、奥手にある休憩所までやってくる。
足を止めたくるみは追手が来ていないことを確認すると、やっと悠己の手を放し、わざとらしく額を拭ってみせた。
「ふぅ」
「……あの、コマキンさん?」
「やー喉乾いたなぁ~。ジュースでも飲もか~」
こちらを無視し、自販機へ近づこうとするくるみの肩を掴む。
ビクっと背筋を伸ばしたくるみはおそるおそる振り返ると、わかりやすく上目遣いをして、ぺろっと舌を出した。
「てへっ」
「いや『てへっ』じゃなくて」
「てへへっ」
「かわいい」
かわいく首をかしげて全力でごまかしにきた。
一瞬ごまかされかけたがそうはいかない。
「俺たちっていつの間に付き合ってたの?」
「い、いやその、勢いでつい……」
くるみはうつむくと、しどろもどろになりつつ口をもごつかせる。
が、すぐにぱっと面を上げると、
「だって、アタシを守ってって言ったのに守ってくれないし!」
「清々しいまでの逆ギレ」
「そ、それにほら、さっきちょっと付き合ってってゆったじゃん。いいけどってゆったじゃん~」
「いやゆってはいない」
「ちょっとの間でいいから! 彼氏ってことにしてくれないかな! 口裏合わせるだけでいいから!」
「人はそれを事後承諾という」
「お願いします、お願い! 神様! 成戸様!」
くるみは悠己の顔に向かって、両手を合わせて拝み始めた。
悠己はその姿を見下ろしつつ頭をかきながら、やれやれとため息をつく。
「絶対に嫌です」
「うそぉ今しょうがないなぁの仕草でしょそれ? 拒絶反応やばすぎでしょ」
「わかりました、そこまで言うなら反対はしません。ただ理由を話してもらわないと」
「急に小川リスペクトじゃん。理由は、それはまぁその……」
「太陽が眩しかった的な?」
「そうそう、それ!」
「ウソつけ」
「いやだから、見たでしょ? アタシめちゃくちゃなめられまくってるから……イラッと来るでしょあんなの」
くるみは先ほどの光景を思い出しているのか、きゅっと唇を結んだ。
そしてまたもわざとらしい上目遣いをしたかと思うと、悠己の腕をとってぶんぶんと振り出した。
「ねえいいじゃんいいじゃん~。おねがいおねが~い」
「かわいい」
「やった、じゃOKね?」
甘えボイスから一転、くるみは急に素に戻って、ぐっと顔を近づけてくる。
また騙された。やり方が汚い。
「どうしておせっかい委員長がこんなことを……」
「おせっかい委員長とか周りが勝手に言ってるだけでしょ? アタシってほんとは超わがまま自己中妹キャラよ?」
「え、なにこの人開き直った」
自分で言うのは非常にたちが悪い。
なんだか周り変な人ばかりの中で、わりと分別のあるほうだと思っていただけに余計だ。
「じゃあほら、ジュースおごるからさ、ね? 何がいい何がいい?」
「なんていうか……俺の中で委員長のランクがSからBまで下がったよ」
「なんでもいいよ、それととりあえずラインも教えといてよ」
「ごめんBランク以下の人には教えられない……」
「いいからスマホ出してはやくはやく!」
くるみが体を揺すりながらせっついてくる。人の話も聞かずにやかましい。
たしかにこれはわがまま妹感あるな……と、悠己は自分の妹のことを思い出しながら、スマホを取り出した。