コマキン
くるみとともに校門を抜け、駅への道のりを行く。駅までのルートはいくつかあるが、選んだのは裏路地。だんだんと周りに生徒の姿はまばらになっていく。
こうして改めて並んで歩くと、くるみの背丈は普段より一層小さく感じる。近くで動く頭の位置は、瑞奈と同じかそれより低い。慶太郎に言わせるとクソチビだという小夜とどっこいか。
悠己はくるみの期待にそうべく、その昔存在したという全身が真っ白な恐竜「尾も白い話」を披露する。しかし「で面白い話は?」となかったことにされたので「また今度」でごまかした。その後早くも沈
黙が漂っている。
何かご機嫌を、と観察すると、くるみのカバンにつけられたぬいぐるみのキーホルダーが揺れているのに気づく。
キャラ的にそういう小物には興味がなさそうに見えたが、ちょっと意外である。そこはやはり女子か。こういうときは持ち物を褒めるといいと聞いたことがあるので、悠己はぬいぐるみを指さして、
「かわいいねそれ」
「……え? へへ、これモビルカーかわいいっしょ」
「ああ、モビルスーツに変形するやつね」
「違うけど」
いまいち会話が弾まない。適当なことを言うのはやめたほうがよさそうだ。
くるみはこれ以上くだらないネタをされてもたまらないとでも思ったのか、自分から話題を振ってきた。
「そういえばさ、さっきの小川ちゃんのって案外当たってたり? 萌絵にゆっきーなんて呼ばれてるし、仲良さそうじゃん」
「エモエモ教って学園祭のときは勢いで盛り上がってたけど、今冷静に振り返るとうすら寒いよね」
「それ言っちゃう? ていうか普通に寒かったけどねあのときから」
今となっては誰も口にする人を見かけない。早くも黒歴史として闇に葬られたのだろう。
「成戸くんって唯李とも仲よさげだよね。まあでも、誰とでも仲いいかあいつ。仲よさげにするのはうまいし」
「というと?」
聞き返すと、何か思い出したのかくるみはおかしそうに口元を歪めて、
「いつだったか偶然休みの日に駅前で会ったのよ。アタシ友達といてさ、『なにしてんの一人で?』って話しかけたらめちゃめちゃ挙動不審でさ。なんか本? 買いに来ただけとかって言ってこそこそしてて」
「それは普通に気まずいやつかも」
「そう? でも結構バリア張るのよあいつ。なんか波があるっていうかさ、たまに遊び誘っても断ってくるし。知らない子がいるのが嫌なのかもだけど」
なんとなく光景が目に浮かぶ。
そうは言うものの、悠己の印象からすると唯李はくるみにはずいぶん気を許しているようにも見える。
「唯李とはいつから知り合いなの?」
「んー去年委員会だったっけな? 保健の。最初に集まったとき隣に座ってて、知り合ったんだよね。で今年同じクラスになって」
くるみは若干顔をかたむけながら、記憶をたどるように話す。
「初対面からだいぶフレンドリーではあったんだけどさ。なんかこう、笑顔に上っ面感があるっていうか……ぶっちゃけあんま得意じゃなかったんだよね。こういう子が男子にモテるんかな~みたいな。でも最近はなんかな~……そういうの感じなくなったかも」
「それはよくなったってこと?」
「アタシ個人的にはね。まぁ唯李のこと、よく知らなかっただけかもしれないんだけど……。この前の学園祭もさ、急によくわかんないことやりだして……ちょっと変なやつだけど、今
は普通に好きなんだよね~。……あ、内緒ねこれ」
くるみは恥ずかしそうに笑う。
はたから見ているぶんには、二人の仲はあまりよろしくないようにも映るが、なるほどツンデレ委員長という噂は伊達ではない。
くるみの広い交友関係の中でも、唯李は一目置かれているようだ。
それに前に聞いた凛央の唯李評なんかよりは、はるかに的を得ていると感じる。
「にしてもようしゃべりますね。僕なんぞに」
「んー……成戸くんの面白い話を聞かされるぐらいならね」
「あれ? みんなに言いづらいこと、成戸くんには話せるのってなんでだろう……?」
「なにそのキモい芝居。いやなんか、こいつには何言っても大丈夫だろうみたいな感じかな? 安心感っていうか、要するに無害」
「だったら壁にでも話してろよ」
「いきなりめちゃめちゃ辛辣じゃん。もしかしてさっきの話流したの根に持ってる?」
温めていたネタをスカされて初めてわかる唯李の気持ち。今度からもうちょっと優しくスカそうと思った。
「でもやっぱ観察力が違うね。さすがは委員長」
「あのさ、その委員長って言うのやめてくれない? アタシも好きで委員長やってるわけじゃないから」
「じゃあコマキンは?」
「殴られたいの?」
「コマキン・スカイウォーカー」
「よし歯食いしばれ」
くるみは握りこぶしを自分の手のひらに打ち付け、じろりと睨みつけてくる。
「言っとくけどアタシこう見えてもね、小学生のとき空手やってたから」
「なるほど、それでそんなイキっちゃってるんだ」
「おい」
「頭押さえつけたらぐるぐるパンチ届かなそう」
「どんな絵面想像してんのよ? じゃあ今やってみる? ガチで殴りに行くけど」
くるみは腕まくりをしていきり立つが、本当に届かなそうで実際そうなったら気まずい。
「わかったこの話はやめよう。ハイやめやめ!」
「やっぱりアタシのことなめてるでしょ? からかってるでしょ?」
「いや決してそんなことは……むしろ逆でなんとか楽しんでもらおうと必死で面白キャラを……」
「どこがよ? 名前と身長イジられるのマジでイヤだから」
意図せずコンボを決めてしまったらしい。
しかし悠己にしてみたら、そこまで気にするほどのことかとは思う。
「ごめんごめん。でも名前も似合ってるし背だって小さくてかわいいと思うよ」
「だからそれが嫌だっつってんの!」
なごやかムードからいつの間にか険悪なムードに。ことごとく選択肢を間違っているようだ。
「あのね、自分がされて嫌なことは人にするなって言うけどアレって違うの。何が嫌かなんて人によって違うんだから」
「……はい、はい。すいません」
委員長による公開お説教が始まってしまう。うなだれながらひたすら相槌を打つ。反省。
こうなったらもうおとなしくしていよう、と無言で歩いていると、くるみは何事もなかったかのようにケロっとした顔で尋ねてきた。
「ところでさー。成戸くんって妹いるって聞いたんだけど。どんな感じなの? 実際」
おそらく唯李か萌絵あたりが喋ったに違いない。それにしても尾を引くことなく別の話題を振ってくるあたり、こういう切り替えの早さが周りからも評価されているのかもしれないと思った。なんとなく。
「妹はいるけど……別にどうでもよくない?」
「なんで会話シャットアウトすんの? ほら、アタシも一応兄貴がいるからさ……」
「へえそうなんだ。どんな感じなの? 実際」
そっくりお返ししたのがお気に召さなかったのか一瞬睨まれた。
がすぐに真顔に戻って、くるみはとつとつと語りだす。
「大学に入って急にモテ期が来たんだか知らないけど、兄貴が女の人を……うちにつれてきたのね」
本当にしゃべりだしたので少し困惑する。妙に真剣な顔をしているので、茶化すのはやめたほうがよさそうだ。
「しかも二人」
「二人?」
「そう。なんか三人でごちゃごちゃやってるみたいなんだけど……」
言いづらそうに話すくるみ。口ぶりもたどたどしくなってわかりづらい。
要約すると、女っ気のなかった兄が大学に入ってからモテだして、二人の女性の間で取り合いになっているのだという。
「ええと、それが気に入らないってこと?」
「べ、別にそういうんじゃないけど?」
そう言うわりに言い方に棘がある。
どうして唐突にそんなことを言いだしたのか、話が見えない。
「なら結局何なの?」
「それは……じゃあ仮にさ、妹が彼氏を……というか男の人を家に連れてきたらどう思う? ていうかそういうのってないわけ?」
「ないね。その絵に想像がつかない」
「どういうこと?」
「男子は子供っぽいし嫌い~みたいなこと言うんだよね。そういう本人も絵書いたりゲームやったりとかそんなんばっかだけど」
「ふ~ん? そういう子ってなんかあるとコロっと行くイメージあるけどね」
実際のところはよくわからないのだが、とりあえず男子ウザイ的な感じを出していればいいと思っているフシはある。
「でも俺はそうなってくれたほうがいいかな」
「え? ふぅん……。初めて人間らしい部分を見たかも」
「ひどい。先生に言ってやる」
「それ冗談でもやめてほんとに。めんどくさいから」
たしかに今の小川はあまり敵に回したくない。
そんな話をしていると、くるみは上着ポケットを探り出して、中から振動するスマホを取り出した。立ち止まって画面を見つめるなり、悠己に背を向けると、スマホを耳に当てる。
「うん今帰り! 大丈夫だよ。うん、うん……」
電話か、と特段気にもとめなかったが、あまりの声音の違いに二度見してしまう。
ふだんの低めの声とはうってかわって、やや緊張したような高い声音。
そわそわと落ち着きなく体を揺すっていて、気味が悪いほどに頬も緩んでいる。
「えっ? 駅? い、いいけど……」
一瞬くるみの表情がこわばった。それから「うん、わかった」と一言二言して、くるみは電話を切ってスマホをしまうなり、眉間にシワを寄せて腕組みを始めた。
「う~~~ん……」
地面に向いていたくるみの視線の先は、いつの間にか悠己の顔に移っていた。
くるみはしばらくこちらを凝視したあと、体を近づけてくる。
「ねえ今からヒマ? ヒマだよね?」
「え?」
「これからちょっと付き合ってくれない? ていうか付き合ってくれるよね?」
上目に力強い視線をぶつけてくる。嫌とは言わせない剣幕だ。
ここは全力でだが断るしたかったが、さすがにこれ以上おふざけ選択肢を選ぶのはよろしくない。
「まぁ別に、いいけど……」
「やった! じゃあとりあえず駅まで行こっか」
くるみはにこりと笑うと、かろやかにターンをして、先を歩き出した。
普段教室では見ないような姿だ。難しそうな顔で腕組みしているよりも、案外こっちのほうが似合うかもしれない。悠己はふとそんなことを思った。
全員にあだ名つけていくスタイル