個人の感想です
「ええと、萌絵が……藤橋さんがやっと今の席に慣れたばかりだというので、ここで席替えはかわいそうだと思います」
そう告げると、小川は驚いたように二度、三度目を瞬かせた。
そしてわずかに目線を伏せて、低い声で唸った。
「それは……そうですよね。先生そこまで気が回っていませんでした」
「※個人の感想です」
「成戸さん……。この前も唐突に課題をやってこなくて、正直言うとあなたのこと、よくわからない感じだったのですが……少し印象が変わりました」
「そうなんです。根はいいやつなんですよ」
「転校生をきちんと気にかけてて……。あっ、それかもしかして成戸さん藤橋さんのこと……いいわねぇ青春って感じで。まぁ彼女かわいいものねぇ」
「エモエモ教は永遠に不滅です」
「……なんですかそれは?」
不穏な空気を感じ取ったので、一度姿勢を正してかしこまる。少しやりすぎたか。
小川は呆れたようにふぅ、と小さく息を吐くと、
「わかりました、そういうことなら今回は見送りましょうか。みなさん席替えよりテストが気になるらしいので、きっといい点取ってくれるんでしょうし。それと藤橋さんにも謝っておいてください」
「おう任しとけ」
「敬語を使ってください」
「お任せくださいスモールリバー教官」
小川は眉をひそめるがここはすでに職員室であるからして、必殺の職員室呼び出しも使えない。
どこか悔しそうな顔の小川に向かって慇懃に頭を下げると、悠己はくるみとともに職員室をあとにする。引き戸をゆっくり閉めるなり、くるみは表情を緩めた。
「ねえねえ机の上にあった本見た? 子供を育てる本みたいなタイトルの。めちゃめちゃ付箋ついてたけど」
「勉強熱心でえらい」
「もしかしてそれで最近のこの感じ? 悪魔の経典じゃん」
くるみはケラケラと笑って、さっそく面白おかしそうに悪態をつき始める。
「はー途中まじで焦った。小川ちゃん今回はそれで許してやるみたいな感じだったけどさ……ヤバイでしょあれ。ていうかさ、真面目なとこで笑かすのやめてくれる? 『僕もそう思います』が完全にミッ●ーだったよね」
「そこはちょっとゆっきー出ちゃったね」
「でも助かった~。成戸くんも急に何言い出すのこの人ってハラハラしたけど」
「ヘイトを俺のほうに向けさせる作戦だよ。我ながら完璧だった」
「そうなの? 普通に頭がおかしいのかと思った」
なかなかに手厳しい。たしかに紙一重ではあったが。
くるみはまた声を上げて笑ってみせると、今度はしっかり悠己の目を見て言った。
「ありがとね。でもそうまでするって……そんなに席替えしたくなかった?」
「いや、それは……。ちょっと、自分でも何をやってるのか……」
「なにそれ中二病的なやつ? でもまぁそりゃそうか、窓際うしろのいい席だし。隣がちょっとアレかもしれないけど」
くるみの言うとおり、窓際一番うしろはいい席。ちょっと隣がアレだけども。
それは間違っていない。席替えをするかしないか選べるのなら、しないほうがいいのはきっと誰だってそうだろう。
だけど本当は、どこの席だって関係ない。席替えだって我関せずに、ただ受け入れて、いつもと変わらず、そう振る舞ってきたはず。
それがどうしてあのとき立ち上がって、わざわざこんなことをしているのか。これ以上なく自然な形で、終わりにすることもできたはずなのに。
「やぁやぁ奇遇だね」
そのとき聞き覚えのある声がして、悠己たちの前に影が寄ってきた。誰かと思えば園田だった。よく見れば背後に慶太郎の姿もある。
悠己よりも早く、くるみがじろりと二人に視線を走らせる。
「え、何?」
「いやぁ、その……結局席替えはどうなったのかと思ってさ」
「なしになったけど? なんか文句ある?」
慶太郎の問いにくるみが仏頂面で答えると、「あぁ~なるほどなるほど」と二人は顔を見合わせて、そのまま去っていった。くるみが見送りながら渋い顔をする。
「なんなん? あれ」
「ふたりとも尾行は得意なんだよね」
「いや聞いたのよ? 席替えどうするってあいつらにも。そしたら二人して目配せしあって、よくわかんないウザい反応されたから放置した」
それは悠己も今日さんざんやられた。
こそこそするわりに何か言ってくるわけでもなく、相手をするのも面倒になったのでガン無視を決め込んでいたのだが。
過去に隣の席キラーであれだけ騒いだ手前、席替えが気になると言えば気になるのだろう。
「でもあんたら仲良しでしょ?」
「え、そうなんですか?」
「いやそうなんですかって……」
自分たちゴミクズの集まりなど眼中にないかと思ったが、意外に見られている。やはり伊達に委員長をやっているわけではなさそうだ。くるみは廊下を歩きながら、一度背伸びをしてみせると、
「さて帰るか~……。ねえ、成戸くんって家どこなの?」
「駅のほうです」
「ふーん……。アタシも駅行くから途中まで一緒に帰る?」
「げっ」
「げって言った今?」
「げこっ。カエルです」
「頭大丈夫?」
すかさず真顔で返された。愛想笑いだとかそういうのは気持ちいいぐらいに一切ない。
「ええと、四つぐらいセリフの候補が出てさ、一番下とかに明らかにふざけた選択肢あるじゃん」
「何それ?」
「要するにそれを選んだみたってこと」
「要されても全然意味がわからないんだけど」
唯李ならたぶんわかってくれると思うのだが。
それただのおふざけ選択肢じゃん絶対好感度下がるやつじゃん、とどのみち顰蹙を買うのは間違いないだろうけども。
「やっぱこうクラスのドンと二人きりだと、少しでも面白いことを言って楽しんでもらわないと」
「なにそのクラスのドンって」
「殺される」
「人のことなんだと思ってるの?」
なんにせよ、これまでにあまり関わりのないタイプではある。攻略難度で言うと相当高め。
「成戸くんってやっぱ変なやつだよね。なんかウケる」
「ほっ、首がつながった……」
「じゃあさ、なんか面白い話してよ。超面白いのね」
「余計なこと言わなきゃよかった……」
楽しみ~と言って、くるみはご機嫌で昇降口のほうへ向かっていく。
どうやら一緒に帰ることが決まってしまったらしい。後ろで縛られたくるみの髪がひょこひょこと揺れるのを眺めながら、悠己はそのあとを追った。
一章の最後に追加してます。