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隣の席キラーの戦いはこれからだ!


 その日は、朝から担任の小川がやたらにご機嫌だった。

 早めに教室にやってきていた小川は、登校終了のチャイムが鳴るなりSHRを始め、開口一番に言い放った。


「学園祭が終わって一段落しましたので、そろそろ席替えをしようかと思うんですけども」


(え!?)


 はっとして唯李は顔を上げる。

 教室内もかすかにざわつくが、すぐに収まった。その一方で唯李は落ち着くどころか、ドキドキドキと心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。

 まったくの不意打ちに頭が混乱を始める。表向きは平静を装いつつ隣を盗み見ると、悠己は黙ったまま、じっと教壇の小川を見つめていた。

 その小川はクラス全体を見渡したあと、唯李の席の二つ前に座っているくるみに向かって、


「じゃあ、小牧さんよろしくね」

「はっ?」


 くるみが間の抜けた声を上げる。こちらも完全に不意打ちだったらしい。


「席替えって……またくじ引きですか?」

「それも皆で話し合って決めてください。これからはみなさんに、自分たちでやってもらおうと思って。なので小牧さん、委員長として取りまとめてください」

「はい?」


 首をかしげ気味に聞き返すくるみに対し、小川はにっこりと笑みを返す。そしてどこか宙を見つめるようにしながら、


「この前の学園祭、先生感動しました。みなさん、頑張って盛り上げていましたね。私が余計な口を出さずに、みなさんを信じてよかったって思いました」


 うんうんと感慨深げに一人頷く小川。一方で生徒側にはひたすら沈黙が流れる。


「なので席替えも、やり方含めてすべて任せます。決まったら教えて下さいね」


 そしてまたも満面の笑顔。

 言うだけ言って気持ちよくなったらしい小川は、それでその話は終わりと連絡事項に移った。

 やがてHRが終わり、小川が去っていって室内が騒がしくなる。余韻を残すのはやはり席替えの話題。

 唯李もその例にもれず……どころか、先ほどからずっと頭が軽いパニック状態である。

 

(やばいやばいやばい……いやヤバイどころじゃなくてバヤイでこれ……)


 もし席替えになったらどうしようか、という危惧は以前からあった。

 二学期になったらそのうちくるかもしれない、という予感もあるにはあったのだが、まぁなんとかなるでしょで先送りにしていた。

 その楽観視がアダとなった。それがまさかこんな唐突とは。現状ガチのノープランである。

 しかし隣の席キラーが席替えに直面して、まったくのノーコメントというわけにもいかない。この最強にテンパり状態を悟られまいと、唯李は必死に余裕の笑みを作って、悠己に声をかける。


「は、はは……せ、席替えだってね~」


 どういうわけか悠己はなおも教壇のほうを見つめたままだった。

 唯李の声に反応してか、ゆっくりうつむきがちになって、


「席替え、か……」


 そう小さくつぶやいて、押し黙った。どこか険しい表情だった。その横顔からは何も読み取れない。悠己はいったい何を思って……どんなことを言うのか。

 またも胸の鼓動が高まっていく。期待と不安、その両方が入り混じって、目が離せなくなる。

 やがて顔を上げた悠己は、にこりと笑って言った。

 

「今までありがとう隣の席キラー」

「最終回やん」

「隣の席キラーの戦いはこれからだ!」

「打ち切りやめろ」


 いつもどおりだった。

 なんとなくそんな予想が五割……いや八割ぐらいはあったので、すぐにツッコミにも対応できた。

 高速で突き返してやると、悠己はわざとらしく怪訝そうな顔をした。

 

「あ、違った?」

「違うね、だいぶ違う」

「ごめん、ちょっとやり直させて」


 そう言って悠己はこほん、と咳払いをすると、


「この席で過ごした時間は、短いようで、あっという間でした。今となってはすべてがかけがえのない思い出です」

「卒業式で言うやつじゃん。短いようであっという間って超短いやつじゃん」

「初めてこの席についたときのことが、走馬灯のように蘇ります。いま目の前が、だんだんと暗くなっていきます」

「しっかり成仏してどうぞ」


 もっとやりたかっただけらしい。それもいちいち変なタメをいれてきて、普段よりもいっそう磨きがかかっている。おかげさまで先ほどまでの緊張もどこかに消し飛んだ。

 冷静さを取り戻した唯李は、いつもどおり呆れ気味に息を吐く。

  

「まったくしょうもない茶番だよ本当に……」

「じゃあ真面目に聞くけど、この場合隣の席キラーはどうなるの?」

「へ? ど、どうなるってそれは……」

「生霊となって現世をさまよう?」

「それ隣の席ホラーね」

「←注意」

「それは隣の席ミラー」

「あっとここで鷹月選手落とした~! まさかの逆転サヨナラ負け!」

「はいはい隣の席エラーね。致命的エラーしてるじゃん」


 真面目になったかと思えばすぐに話がそれていく。すぐだ。

 でもちょっと楽しそうなので、こちらも乗っかっていく。


「ねえねえじゃあこれは? ……あ~涼しいなぁ、なんかこっちの席は涼しい」

「ん~……あまりにも自分の言動が寒すぎることに気づいたけど涼しいでごまかしてる人?」

「違うわそして長いわ。隣の席クーラー。隣の席だけクーラー」

「ああ人間クーラーね、うまいこと言うね」

「誰がクソ滑り人間冷却器だよ。えっとそれじゃあ~……」

「ああもういいです終わりで。ふざけてすいませんでした」

「なんでよ、あたしにもやらせてよ」


 そうやって自分だけずるい。

 すぐに態度を切り替えてきて、悠己は妙に落ち着いた雰囲気を出してくる。


「さみしくなるね」

「本当に思ってるかそれ」

「これからも汗水垂らして死ぬ気で頑張るんだよ。ちゃんとうちに仕送りするんだよ」

「そんな娘の送り出し方あるか」


(いやでもどうするまじで……? 仕留め損なったから追撃~とか? さすがに寒すぎんかそれは……)


 能天気にふざけているが、隣の席でなくなったらいろんな口実が立たなくなる。

 こうなったらいっそのこと、隣の席キラーうんぬんはなかったことにしてしまうのも手だ。

 この前のやりとりで、悠己が太陽系女子フェチだというのはもう割れているのだ。

 

「こうなったら……技を借りるぜ!」

「……なんで急にアヘ顔ダブルピース?」

「あれ? 太陽拳ってこうじゃないっけ?」


 必殺技不発。目をくらませるどころか隙を晒してしまった。

 よくよく考えると、前回の騒動で「あたしが本物の隣の席キラーなんだよ!」とさんざん連呼しておいて、それを全部なかったことにするのは厳しいのでは。

 なにか別の手はと考えを巡らせていると、突然悠己が勢いよく席を立ち上がった。

 ビクっとして思わずそちらを振り向く。

  

「な、何……?」

「ちょっとトイレ行ってきていいですか?」

「勝手に行け」


 意味もなくビックリさせるのはやめてほしい。

 どこまで平常運転なのか、本当に空気の読めない男だ。緊迫感のかけらもない。

 突如降って湧いた問題に、ひとり残された唯李は頭を抱える。

 

(どうなる隣の席キラー……? 続・隣の席キラー……。隣の席キラーPart2? 帰ってきた隣の席キラー……? 隣の席キラーデスティニー……いや根本的に違う気が……)


カクヨムでも投稿始めました。ちょい別バージョンになってます。

ボツネタとかものせてくかも?

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― 新着の感想 ―
[一言] >隣の席キラーデスティニー 隣の席キラースーパーとか、隣の席キラーZというのもあるぞ。 ふうむ…しかし、タイトルとは状況が変われどもタイトル変更せず続けるケースは多々あるので、別に最終回…
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