ミナミナの帝王
学園祭が一段落し、後片付けと、祝日代休を挟んで久方の登校。
教室もすっかり元通りなって、この前までのお祭りムードは見る影もない。目前に迫っている実力テストのせいか、クラスの空気は若干重め。
唯李は自分の席でそんな雰囲気を感じ取りつつ、隣に着席する悠己にこっそり視線を送る。悠己は一人黙々と、英単語帳を眺めている。
こうして近くで顔を合わせるのは、あの学園祭の屋上以来だ。
よくよく思い返せば、あのときの悠己はどこか様子がおかしかった。
――俺は、太陽にはなれなかったんだよ。
そのときのことが頭をよぎり、声をかけるのをためらってしまう。登校してきたおりに一言挨拶したきり、お互い言葉をかわすことなく、時間が過ぎていく。変に気まずい。
「……何?」
悠己が不意にこちらに視線をよこした。盗み見ていたはずがバッチリ目があってしまい、どきりとする。とっさにごまかそうと、なにか話題を……で浮かんだのは、昨晩姉の真希とした会話だ。「ところでクリスマスはどうするつもりなの?」と唐突に話を振ってきた。
「いや~、昨日お姉ちゃんが急に『クリスマスどうするの?』って話してきて」
「あぁ、クリスマス何も予定ないの?」
「そうやって言われると煽られてるように聞こえるんだよね」
姉には別にどうもしない、と返して終わったものの、考えてみると瑞奈の手前、悠己とは付き合っているということになっている。さすがに恋人同士がクリスマスに何もしない、というわけにはいかないだろう。
そのあたりどうするつもりなのか、悠己にも尋ねようと思っていたところだ。
「もうクリスマスって気が早すぎない?」
「そ、そうかな? みんなけっこう早めに計画立てたりしてるじゃん」
「いやでもその前に実力テストがあって、マラソン大会とか期末テストもあるし」
「それわざと言ってるでしょ? 嫌なイベントばっかり」
「あとは年末の大掃除とか」
「クリスマス終わっちゃったよ」
飛ばすぐらいなので悠己のほうから「ああそういえばクリスマスは……」という話には当然ならない。ここはあらかた予想通りではある。
「テストなのにクリスマスとか言ってる場合なの? 勉強は?」
「今回は凛央ちゃんとお勉強するから大丈夫ですぅ!」
「また凛央? こういうときだけ都合よくってまたひねくるよ」
「そんなことないし? 自由行動タイムにちゃんと凛央選んで親密イベントこなしてるから。今ハート二つぐらいはあるね」
「この前はマックスハートとか言ってたくせに? 親密度下がってるじゃん」
「そりゃランダムで好感度マイナスイベントも起きるからね」
たまたまよくない場面を見られているだけで、悠己のいないところではきちんとフォローしているのだ。実際はめちゃめちゃ仲良し。マジのガチで。
「定期テストはできるけど実力テストがボロボロってなんかダサいみたいな風潮あるよね」
「そうかな? よくわかんないけど……」
「塾行ってる人に勝つと優越感あるよね。ま、そろそろ俺も本腰入れてこうかな」
「それは……ていうか何? なんで急にガリ勉イヤミキャラみたくなってるの?」
「学生の本分は勉強だよ? たかがクリスマスごときで……」
「ウザいタイプのモブじゃんそれ」
ニセ彼女のことを切り出せないままに、どんどん話がそれていく。
話題が話題だけに、ここであまり騒ぎ立てるわけにもいかない。
唯李は一度周囲を見渡し、声をひそめる。
「ま、まぁ別にあたしはいいんだけどさ。いやほら、一応さ。彼女ってことになってるんだから、クリスマスなにもしないってなると瑞奈ちゃんに怪しまれるじゃない?」
そう言うと、悠己はきょとんとした顔で何度かまばたきをしたあと、ぽんと手を叩いてみせて、
「あぁ〜なるほどそういえば」
「そのリアクション絶対忘れてたやつじゃん」
「瑞奈ももう忘れてるかもね」
たしかに。と返しかける。
瑞奈からはちょくちょくラインが飛んでくるが、その件については何も言ってこない。夏休み明け以降はなんだかんだ忙しかったので、あまり顔を合わせていないというのもあるが。
「なんなんだよみんなして忘れてるとか。ちゃんとラブコメしろラブコメ~」
「何? そのラブコメしろって」
「いやニセ恋人とかやってたら、嫌でももっとラブコメ的イベントが起こるもんでしょ普通は」
こういろいろとハプニング的なものもあるかなと、内心期待していたにも関わらずだ。
わかっているのかいないのか気の抜けた返事をした悠己は、急に窓の外へ顔を向けて、遠い目をする。
「クリスマスかぁ……」
ため息混じりに、何か思い返しているようだ。
こういうイベントごととなると、もしやいつぞやの花火のように、母親絡みで思うことがあるのかもしれない。
これは軽いノリで触れていい案件ではなかったかと、おそるおそるに尋ねる。
「クリスマスも、もしかしてその……お母さんと?」
「いやそれは関係ない」
「ないんかい」
ちょっと気を遣ったらこれだ。今の思わせぶりな仕草はなんだったのか。
「母さんクリスマス嫌ってたから。『うちにはサンタなんて来ませんけど?』って」
「……なんでそんな荒ぶってるの?」
「誕生日がクリスマスにかぶってるから、子供のときからずっとケーキとかプレゼントもついで扱いされてきたんだって。サンタよりお母さんを祝いなさいって」
「クリスマスってサンタを祝うんじゃないけどね」
一瞬「なんだと……?」みたいな顔をしたあと、悠己は無言で英単語帳をたぐりだした。
ネタなのか本気なのかいまいち判断がつきにくい。
「でもそれだと、瑞奈ちゃんとかクリスマスクリスマスってうるさそうだけどねぇ」
「いや瑞奈もクリスマスはそんなに……そういう教育を受けてるから」
「そうなの? 徹底してるねぇ。ちょっと変わったお母さんなんだね、少しイメージが……」
「そう? でも楽しい人だったよ」
悠己はかすかに笑って、それきり黙った。
どうやらネタではなく本当らしいが、悠己が自分から母のことを話すのは珍しい。
「なら悠己くんもクリスマスは別になにもないってこと?」
「そうだね、むしろクリスマスって何? って」
「いや周りが騒いでるでしょ? 逆にカップルは爆発しろとかさ、そういう感じのはないの?」
「特に何も」
「振れ幅ゼロか。無感情か」
「じゃあサンタは爆発しろ」
「サンタはあんまり悪くないと思うんだよね」
「思い出した、クリスマスって言ったらサンタ狩りか」
「何を思い出したのよ危険な連想ワードやめて」
「ひと狩りいこうぜ!」
やっぱりダメだこいつ、と頭を抱える。この前のシリアスな言動はなんだったのか。
あそこでちょっといい感じ? になったかと思いきや、全然変わっていない。どころか悪化しているフシすらある。
――唯李は俺の憧れなんだ。強い子だから。
萌絵との会話を盗み聞いたとき、悠己はたしかにそんなことを言っていた。
あのときはおっ? と思ったがこれは……。
(や~強い子に会えてよかったか~。そっちいっちゃったか~。最近ちょっとかわゆい成分足りてなかったからな~)
一方で、どこか安堵している自分がいることにも気づく。
その後の屋上での悠己は、なぜだか落ち込んでいるようで、無理をしているようにも見えたから。
「そういう唯李はクリスマスいつもどうしてたの?」
「え? あたし? んー、中学のときに友達の家に呼ばれてパーティやったりしたけど……その一回きりかな」
「あっ……」
「いやその後ハブられたとかじゃないけど」
そのときはいろいろとタイミングが積み重なっただけというか。気を使いまくりで、正直あんまり楽しくはなかった。クリスマスパーティと言ってもこんなものかと。
なのでクリスマスに変な期待はしなくなった。唯李自身、例年は家でしっぽりケーキを食すか、姉に連れられてどこぞで外食する程度だ。今回に限って真希が変なことを言い出したのが悪い。
ニセ恋人の件もふわふわしているしで、もうこの話題はなかったことにしようとすると、悠己はわずかに目線を上げて、顎に手をあてた。
「けどどうだろうなぁちょっと……クリスマスデートとなると」
「で、デート!? ってそんなの言ってないですけど!?」
突然飛び出たクリスマスデート、という単語に大きく反応してしまう。
慌ててさっと顔を伏せて、周りからの視線をやりすごす。が、周囲も騒がしいので特別注目を浴びている様子はなかった。自意識過剰か。
ここで挙動不審はなめられるので、気を取り直して余裕の笑みを返していく。
「ま、まぁ悠己くんがそんなにデートしたいなら、ノってあげないこともないけど~……?」
「今年はもしかしたら、瑞奈もクリスマスパーティやるとか言い出すかも。とりあえず瑞奈に聞いてみないと」
「あ、ああそう? ……やっぱそうだよねぇ、瑞奈にね。瑞奈に聞いてみないとね」
「何? それ」
「別にぃ?」
(まったく何かあったら瑞奈瑞奈って……ミナミナの帝王かよ)
二言目には瑞奈である。このあたりも平常運転か。しかしそこがいいところでもあるのが難しい。
なんにせよクリスマスデート、などという胸高鳴るようなワード。それが悠己の口から出たというのが、いつもとはちょっとわけが違う。
ようやく、ついに……ニセ恋人らしいラブコメ的イベントが。偽物の関係から本物へと、間違いが起きてしまうような出来事がやってくるかもしれない。
ただでさえもう一歩のところまで来ているのだ。釣りで言ったらめちゃめちゃウキ沈んでる。
強い→かわゆいへの変換に成功しさえすれば、もはや勝利したも同然。
(これはついに勝つる……ん? でもかわゆいって何?)
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