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唯李と萌絵

「だ~れが騒いでるのかと思いきや、負け犬の萌絵さんじゃありませんか」


 戸口から入り込む西日を背に、立っていたのは唯李だった。

 唯李は戸を全開まで押し開けると、まっすぐこちらに向かってつかつかと歩いてくる。

 

「唯李……」

「なんか必死な顔で走ってきた園田くんと行きあってね。モエモエが試合放棄して逃げたって言うから、トドメさしに来たよ」


 そう言って、唯李は不敵に笑いかける。

 笑みを向けられた萌絵は、その場に縮こまるようにして、視線を床に落とした。

 悠己は二人の間に割って入る。


「それはもういいからさ。とりあえず……」

「悠己くんは判定係でしょ? 黙ってて」


 唯李は何か言うよう萌絵を促すが、萌絵はじっと黙ってうつむいたままだった。

 今ここで話をさせるべきか、萌絵は話をする気があるのか。

 どうすべきか……それは萌絵が決めることであって、自分が強制することではないのかもしれない。

 何も口を挟めないまま、沈黙が続く。

 その間、学園祭の終了を告げるアナウンスが響いて、また静かになった。

 萌絵は意を決したように、面を上げて口を開いた。


「あのね、唯李ちゃん、その……わたし、隣の席キラーとかも、全部ウソで……。その、昔のこととか……よく知らなくて、怒ってるかなって、傷つけちゃったかなって……。だから、あの……」


 萌絵の言葉はとぎれとぎれで、話も飛び飛びで、事情を知った悠己ですら何を言っているのかはっきりとしない。

 唯李を目の前にして、うまく言葉が出てこないのだろう。話は意味をなさないまま、萌絵の声は徐々に小さくなり、完全に消え入りそうになる。その寸前。

 唯李は萌絵を遮って口を開いた。


「なんかよくわかんないけど、昔のこと? それなら別に大丈夫だよ、そんなのあたし全然気にしてないから」


 そう言い放った唯李の顔には、微笑が浮かんでいた。

いつもの世間話でもするような口調で、そのまま話は軽く流れてしまいそうだった。

 けれど、やはり萌絵の表情は浮かない。それは萌絵が危惧していたとおりだった。


「唯李、あのさ……」

「なーんて言うと思ったか!!」


 悠己が口を挟もうとしたその瞬間、唯李は突然ひときわ大きな声を上げた。

 そしてくわっと目を見開いて、表情を一変させると、

 

「よくもやってくれたなおらあぁぁっ! あたしのお絵かきノート、勝手に見せびらかしやがったの今でも忘れてねえよ!! あんときあたしの書いた絵見て笑っとったやろ男子と一緒になって笑っとった!!」

 

 唯李の怒涛の剣幕に、驚いて顔を上げた萌絵が慌てて弁解を始める。


「ち、違うの! あ、あれは……唯李ちゃんクラスで目立たなくてなんか暗いけど、絵は上手なんだよって、みんなに教えてあげたくて!」

「言うねぇ! 君らみたいな人にはわからんのかもしらんけど、あれは第三位ぐらいにやっちゃいけないことなの! だいたいなによ、いっつも朝からハイテンションであいさつしてきて、『今日元気ないね~?』とかこっちはデフォじゃいボケぇって思いながらも愛想笑いさせられて! からの流れるような『宿題見せて』攻撃! 『今日ふでばこ忘れちゃったからえんぴつ貸して』って言って貸したはいいけど忘れてこっちが言うまで返してこない! 『その髪留めかわいいね見せて~』からの『これつけてみてもいい?』はいめんどくさいめんどくさいやつ! そういう細かいのチクチクね……チリも積もればってね!」


 あまりに早口に萌絵はただただ呆然として、返す言葉もないようだ。

 唯李はそんな萌絵もおかまいなしに、烈火のごとくまくしたてる。


「そんで久しぶりに会って、ちょっとは成長したかと思いきや全然変わってない! そこの人だってなんだかんだで嫌でも成長するわけ! それが全然変わってないプークスクス! 小学生のときから止まってるわけですよ成長が! ザ・ワールドしちゃってるわけですよずっと! 考えるのをやめちゃってるわけですよ! かと思えば急に『わたしも隣の席キラーとかって呼ばれてた~』とかわけわからんこといい出すし!」

「だ、だから! 隣の席キラーだとかも全部嘘なの! でもそうしたら、唯李ちゃん楽しそうだったし仲良くなれるかと思って……」

「そんなもんとっっくの前に気づいてたわこの大嘘つきが! なにが隣の席キラー勝負だよ楽しくも面白くもなんともないわ! 隣の席キラーかたろうなんざ百万年早い!」

「で、でも、唯李ちゃんこの前、あたしは隣の席キラーなんかじゃないし、そういうおふざけもうやめようって……」

「偽物が調子づいているのがあまりに惨めでね! もうやめとけって最終警告したんだよ! でも全然聞いてないみたいだから、本気でわからせたるわってね! なーにが『わたし本物なの。本当に……隣の席キラーだから』だよカッコつけて! あたしが本物なんだよこの偽物! こんの偽物めがっ! とんだ勘違い野郎だよ本当に!」


 ひたすら偽物を連呼し、一方的に怒鳴りつける唯李。

 反論できなくなったのか萌絵はうなだれて、黙りこくってしまった。

  

「唯李、それぐらいで……」

 

 悠己が見かねて間に入ろうとすると、今度は萌絵が手で制してきた。

 そして一歩大きく唯李の前へ踏み出すと、


「そうなの! わたし、小学生のときからずっと止まってるの! 自分勝手の自己中で……いつになっても全然変わらなくて、成長しなくて……!」


 そう叫びながら、さらに唯李へ詰め寄っていく。

 そのまま目と鼻の先まで距離を詰めると、萌絵は腕を伸ばして唯李の二の腕を掴んだ。

 萌絵の目が据わっている。ただならぬ気配を察したのか、今度は唯李のほうが慌て出して、


「ち、ちょっ、何よ? 直接攻撃するつもり? 物理は反則でしょ物理は!」

「唯李ちゃん! わたしのことぶって! そしたらわたしもやり返すから!」

「は、はぁ!? なによそれは!?」

「だって……本気でケンカしたあとは、真の友達になれるんだよ!」

「いやいやいやないわ普通に痛いだけだわバトル漫画かよ!」

「ケンカするほど仲がいいって! リオリオとはケンカしてたのに!」

「いやいやケンカじゃないから、あれはそういうネタっていうかコントみたいなもんだから!」

「じゃあわたしともネタ! コントして!」

「痛い痛い指食い込んでる食い込んでる! いやあんたとはやっとられんわ! 冗談通じなさすぎなんだよ!」

「なんでわたしのときだけそうやって言うの!? だいたい唯李ちゃんだって、しょっちゅうあたし面白いオーラ出してドヤってくるけど全然面白くない! すぐふざけるし話通じてないし! 変なネタばっかり言って意味わかんないし面白くない!」

「はいネタが通じないのが悪い~! にわかの分際でオタクぶってるのが悪い~!」

「この前も唯李ちゃんが送ってきたぬいぐるみの写真ほんとは全然可愛くない! なんで耳もげてるのキモい!」

「あ、あーそれ言う? 今言っちゃう? かわいい~とか言ってたくせに? ならこっちも言わせてもらうけどね、ぬいぐるみとか使いやがってあざといんだよ! そんでメイドフェチがどうたらって嘘つきやがって!」

「そ……それは、唯李ちゃんだって嘘つきじゃん! ちょくちょく面白くもないくだらない嘘つくし!」

「いやいやいやあたしのはかわいい嘘なの! そっちはガチのやつでしょ、ガチで人に迷惑かける系のやつ!」

「なんで! わたしだってそういう嘘がカワイイって言われたりするんだよ!」

「でっ、出た~カワイイで許されてきた悪魔! このぶりっ子! デカ眼鏡! にわかオタク! あーあと隠れ巨乳! じゃなくてニセ巨乳!」

「な、なにさ唯李ちゃんだって、ギャグが面白くない! 変な言葉遣い! 隠れオタク! 胸のわりにお尻が大きい! 面白くない!」

「誰がケツデカ女だよ! ていうか今面白くない二回言ったでしょ! 面白くないサンドイッチ作っちゃったよ!」

「そういうのもつまんない!」


 最初は優勢だったはずの唯李が、いつの間にか押され気味になっている。

 いい加減タオルを投げようかと思っているうちに、二人は両腕を絡めあい、取っ組み合いの状況に。

 はたから見ても明らかなぐぬぬ顔になった唯李は、ここぞと悠己を振り返ってきて、


「悠己くんもほら、黙ってないでちょっと言ってやって言ってやって!」

「すべり芸ですらないすべり具合!」

「そっちじゃねえよどっちに加勢してんだよ」

 

 違ったらしい。

 いずれにせよこのままではよくないと、二人を引き剥がそうと近づくと、 


「うふっ、うふふふ……」

 

 突然、萌絵が口元を歪めて、笑い出した。

 それと同時に、その頬を一筋の涙が伝った。


「好き。唯李ちゃん、大好き」


 萌絵はそう言って腕の力を緩めると、前に倒れ込むようにして、唯李の胸元に顔をうずめた。


「ごめんなさい……」


 萌絵は何度も小さく嗚咽を漏らし、肩を震わせる。

 唯李も始めこそ戸惑っていたようだが、やがて頬を緩めると、優しくその頭に手を触れて撫でつけた。

 あれだけやかましかった場に静寂が戻り、萌絵のすすり泣く声だけが響く。

 悠己は唯李とともに、ただ黙って萌絵が泣き止むのを見守っていた。

 ちょうど日が落ちたのか、急にあたりが暗くなり始めた。後夜祭が始まる旨を告げるアナウンスが流れ、そのままゆったりとした音楽に切り替わった。。

 やがてゆっくり頭をもたげた萌絵に、唯李は頷いてみせた。何も言葉はなかった。さんざん言い合ったあとだ。それでもう、全部伝わったのだろう。

 萌絵は唯李に体を支えられながら、悠己を見上げた。


「ゆっきーも、ごめんね。わたし……うざくて、めんどくさくて……」

「いや俺は萌絵のこと、別にそんなうざいとかめんどくさいとか思わないけどね。妹で慣れてるし、それにうざいめんどくさいで言ったら唯李だって……」

「誰が無自覚クソめんどウザ女だよ」


 しっしっと唯李に手で追い払われた。

 ここは二人共お互い様、ということで収めようとしたが、お気に召さないようだ。

 それならもう自分はここには必要ない。いや、最初から必要なかったのかもしれない。

悠己は二人を残したまま、一人踵を返してその場を去った。


「あれ?」


 教室の敷居をまたいだ先で、奇妙な光景に出くわす。

 何事かと思えば、廊下では園田とエモエモ教の男子数名が、肩を寄せ合って目元を押さえていた。

「尊い、尊い……」「エモォっ、エモォ……!」などと不気味な鳴き声を発している。

 

「なんで泣いてるのこの人たち……」


 この戸口の陰から、一部始終見ていたのだろうか。

 彼らに混じって、呆れ顔で腕組みをしているくるみの姿を見つける。


「あれ、委員長も……」 

「いやこの人らが、『萌絵に土下座するから失敗したら仲裁を頼む』って連れてこられたんだけど……もう大丈夫なんでしょ? なんかよくわかんないけど」

 

 一度教室を覗き込んだくるみが悠己を見て、園田へ視線を流す。

 目元を拭っていた園田は、眼鏡をかけ直して咳払いをすると、


「うーん、正直言うと僕もいまいち話が見えなかったのだが……萌絵ちゃん告白大成功の『ゆいもえ』しか勝たんということで、丸く収まったようでよかった」

「いやそれは誤解だと思う」

「エモエモ教は……解散だ。今だけは許す、最後に成戸くんも一緒にエモろうじゃないか!」

「いや一回頭冷やしたらとしか……」


 そう言うと園田は急に真顔に戻った。

 かと思えばすぐにふっ、と口元を緩めてみせる。


「たしかにエモエモ教はちょっとやりすぎたが……。学園祭……楽しかったよ。いつもは脇役にすらなれないその他大勢だったからね……僕も青春したかった。夢がかなったよ」

「えぇ……これで?」

「それなりに盛り上がっただろう? 当初みんなやる気がなかったからね……僕は必要だと思ったのだよ。成功の裏で、泥をかぶらなければならない人間が……」

「普段から泥まみれだからノーダメだね」

「藤橋さんには申し訳ないことをした。今後ゴミを見るような目をされても、いたしかたないが……」

「それもノーダメだね」


 正直なところ、その行動力は称賛に値すると思った。たしかに園田がいなければ、クラスの出し物はなんの盛り上がりもなく終わっていただろう。

ただあまり褒めるとまた調子に乗るので、軽く笑みを返すだけにとどめておく。

 するとその横で、黙って話を聞いていたくるみが髪をかきあげながら言った。


「ま、アタシはよくやったと思うけどね。園田にしては」

「な……? ツン、デレ……だと……?」


園田が「これはくるみん教、あるぞ……?」と眼鏡を指で上げるが、くるみはさっさと身を翻して歩いていってしまった。

その後姿を見送りつつ、園田は馴れ馴れしく悠己の肩に手を乗せてくる。


「にしても、意外なところからライバル登場じゃないか。まぁせいぜい頑張りたまえラッキーボーイ。僕は黙って見守らせてもらうよ、仲間が一矢報いるのをね」

「仲間?」

「そこで引っかかるかね君は」


 園田は一度空き教室の中へ視線をやったのち、こちらを振り返ると、「さぁみんな、邪魔者は黙って去ろう」と一同を促した。

 去り際、窓際で静かに語り合う二人の姿を見届けると、悠己は一緒にその場を後にした。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ただの「自分勝手の自己中」で終わりにしたんだろうか? 今後どう生きるつもりなんだろう
[良い点] やっと本音をさらけ出し合った。これで得体の知れない感はほぼ解消したでしょうし、これからは仲良く… [気になる点] でも唯李だしな… [一言] 園田くんは確かに功労者なのは間違いないですね。…
[一言] >いやあんたとはやっとられんわ! お前とはコントできねぇよ!というのをコントでいう…無いアル、有るアル、有るのか無いのかはっきりしろに近い矛盾を感じる…
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