学園祭2
その後、宣伝らしきことをしながら、慶太郎とともにぶらぶらと校舎の周りをうろつく。
昼休憩がてら、模擬店であれこれつまみ食いをしているうちに、時刻は午後一時を回っていた。
もともと宣伝係も一応午前中いっぱい、という話だったので、晴れてお役御免となる。
歩きながら慶太郎は、学園祭のパンフレット片手に唸っている。
「う~ん……この人体ストラックアウトってのが気になるな」
「あのさ、一回教室戻らない?」
「やだよ、行ったらジュース手伝わされそうじゃん。……ん? あれ鷹月じゃね?」
慶太郎が指差した先、花壇の並んだ脇道にあるベンチでは、メイド姿の女子が一人でたこ焼きを貪り食っていた。あの異彩を放つねじりはちまきは、唯李で間違いない。何か異様に近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「一人で何やってんだあれ……」
「あれって見ちゃダメなやつ?」
子供が見たらショックを受ける系統のものだ。
慶太郎は「いいからお前行ってこいよ」と言って、背中を押してくる。
行ってこいよの意味がわからなかったが、促されるがままに近付いていって声をかける。
「何やってんの?」
顔を上げた唯李は、口いっぱいにもぐもぐとタコ焼きを頬張りながら、
「人がせっかく盛り上げてたこ焼きバフかけてたのに、うるせえって言われたんだが? が?」
「追い出されたってこと?」
「違う違う、今まで朝からずっとやってて、やっとさっき交代したの。まぁ向こうがどうしてもって頭下げてきたら、またやってやらんこともないけどさ」
唯李の説明は断片的で、いまいち要領を得ない。エモエモに飽き足らず仲間内でもバトったのか。
傍らには、たこ焼き入りのトレーがビニール袋の中にいくつか詰められている。
「なにこの大量のたこ焼きは」
「早業で焼きすぎたの。冷めてるやつ持ってっていいって」
要するにやらかした分を自分で処理しているらしい。
唯李は残った一つを頬張ると、トレーを潰して袋に押し込みつつ、
「やっと交代して友達にどこか回ろうよって言ったら、『いやちょっと……』みたいな顔されたんだけど。どうなのこの仕打ち」
「まぁそんなバカみたいな格好してたらね」
「ん? 今バカっつったか? お?」
「すみません言葉が過ぎました」
すぐさま胸ぐらを掴みかけん勢いで凄んでくる。
たこ焼きメイドはいつにもまして喧嘩っ早い。たしかにこれと一緒に回るのは疲れるだろう。とりあえず謝っておく。
「だいたいダンボール装備してる人には言われたくないのよね」
「ここパンチしてみてパンチ。はい効かなーい」
「唐突な小学生やめろ」
「とか言って効いてんだろほんとは?」と言って唯李はボズっ、ボズっとダンボールごと殴りつけてくる。
通りすがった年配の女性に二度見されたので、「うわぁやられた~」とやられてあげてなだめる。
「ていうか悠己くんこそ何してるの? サボりですか?」
「いや俺もう終わったから……変な人がいるからちょっと行ってこいって」
「どういうことよそれ……ん? あれれ~? もしかして唯李ちゃんと一緒に学園祭回りたいのかなぁ~?」
「たしかに監視してないと危険かなって」
「たこ焼き口にぶち込んだろか?」
唯李はわり箸で掴んだたこ焼きを鼻先につきつけてくる。
とりあえずここもなだめて、
「たこ焼きはけっこう繁盛してたね」
「そうそう、もう勝利確定だよね。エモエモとか(笑)ですよ」
「俺一回教室戻ろうかなって。ジュースのほうはどうなってるか……萌絵のこと気になるし、このダンボールも置いてこようかと」
「ふーん……。それってもしかしてエモエモですか~?」
またもたこ焼きを目の前にちらつかせてくる。
スキあらば押し込んできそうだ。
「唯李は萌絵のこと、気にならない?」
「そりゃ気にはなるけど……バトルに情けは無用なの。とりあえず終わるまではね」
唯李は唯李なりの考えがあるらしいが、はっきりとは口にしない。
萌絵に迫られてどっちつかずだったときとは違い、どこか吹っ切れた感はある。
「じゃあいいもん、凛央ちゃんのクラス荒らしに行くから」
「最悪すぎる」
「たこ焼き食らわしてやっから待ってろよ~」
唯李は舌なめずりをしながら、たこ焼き入りの袋を引っ掴む。
さてどうしたものかと往来を振り返って見渡すが、慶太郎の姿はどこにも見当たらなかった。そのまま置いていかれたらしい。
「じゃあ俺も行くよ。凛央も何してるか気になるし」
「あら~? 今度はもしかしてリオリオですか~?」
「唯李も何してるか気になるし」
「ユイユイは何してるんだろうね~ってここにいるわ! ここにいますよ~! ここに!い・る・よ~!」
ベンチを手でバンバンしながら、耳元に向かって叫んでくる。このノリはやはり野放しにするのはよくないので、監視のためついていくことにする。
気合の入ったはちまきメイドとともに、校舎入り口へ向かって人ごみを闊歩する。
途中、似たようなメイド姿の女子生徒数人とすれ違う。どこぞのクラスでもメイドのコスプレをやっているようだ。
唯李がにやっと笑いかけてアイコンタクトを送るが、仲間と思われたくないのかガン無視されている。
その本人はどこかご満悦げに、
「ふっ、勝ったな……」
「今日過去最強かもしれないね。いや最低か」
「タコメイドがすべての唯李を過去にする。さあふるえるがいい」
「今はそんなやる必要ないでしょ。俺しかいないし」
「いやもう完全にモード入ってるから。この格好といい周りの雰囲気といい」
みんな浮かれているのでそれにつられている、との言い分。
たしかにはしゃいでいる生徒は多いのだが、他人に絡んでいく系はあまりよろしくないと思われる。
結局そのノリのまま、校舎の中へ。
廊下を歩いていくと、早くも唯李が足を止めて声を上げた。
「あーお化け屋敷だ! ここ気になってたんだ!」
唯李が指差した教室の壁には、おどろおどろしい文字で『ビックリハウス』と書かれている。
廊下側の窓はカーテンや暗幕で覆われていて、部屋の中は一切見えない。
「あーお化け屋敷だ! ここ気になってたんだ!」
「二回言わなくていいよ聞こえてるから」
「聞こえてないリアクションしてるからでしょ。あ、もしかして……ビビっておられます?」
「いやいや、凛央のとこに行くんでしょ?」
「凛央ちゃんは最終目的地だから。直で魔王のとこ行ったらボコボコにされるでしょ」
それなりに人気らしく、隣の教室のあたりまで列ができていて、待ち時間が長そうだ。
だがそれもおかまいなしに、唯李は勝手に待機の列に並びだして手招きしてくる。
「あのー最初にこっちで受付してもらっていいですか?」
すると案内役の女子生徒が飛んできた。
女子生徒は唯李の顔を見るなり、
「あっ、鷹月さん……」
「よっ、やってるね」
知り合いらしく唯李と何事か言葉をかわす。
彼女はかたわらに立つ悠己の顔をジロジロと見たあと、意味ありげに唯李の顔へ向かって笑いかけた。
「二人で? へ~……」
「い、いやこの人は従者っていうか、ほらあのメイン盾ね」
「メインタテ?」
唯李はペシペシと悠己のダンボールを叩いてくる。
そして手にした袋から、たこ焼きの入ったトレーを差し出して、
「どうぞこれ、つまらないものですが」
「え? いいの? ありがと~。あ、そうやって宣伝して回ってるんだ」
「そうそう、宣伝宣伝。エモエモたこ焼きよろしくね~」
勝手に名前を混ぜていくが、今は宣伝も何も関係ない。
完全にダンボールを脱ぐタイミングを逃した。
しばらくして、悠己たちの順番がやってくると、唯李は勢い勇んで一足先に教室の中へ。。
悠己がそれに続くと、背後で引き戸が閉まり、一気に視界が暗くなる。
「わっ、暗……。けっこう本格的じゃん……」
暗闇に包まれるやいなや、唯李の声のトーンが落ちる。
うっすらと浮かぶ唯李の影が、立ち止まって一向に動こうとしないので、
「ん、もしかしてビビってるの?」
「はあぁあ? お化けが怖くてタコが焼けるかい!」
いちいち声が大きい。
行く手には進行方向を示す矢印が、赤い照明に当てられぼんやりと光っている。
とりあえずそれを目印に、唯李の影が先を進む。
最初の矢印を折れると、ついたてて両側が仕切られた狭い通路に差しかかる。
ゆっくり二歩、三歩と進んだところで、前方の唯李が足を止めて声を上げた。
「おわっ! いま足元ブヨってしたブヨって! この感じタコじゃね? タコじゃね!?」
「さすがにタコは置かないと思う」
やや遅れて、悠己の足にも同じように柔らかい感触が伝わる。
足元は暗くて何を踏んだかまではわからないが、おそらく小型のジェルクッションか何かだろう。
床にタコが横たわっていたらさすがに怖い。
「許せタコ……敵は取る」
「どういう関係なの?」
「よくもやりやがったな~。そんなんでビビると思ってんのか焼くぞオラァ!」
暗がりに向かって威嚇を始める唯李。
きっとやべーやつ来たと周りに思われているに違いない。
だが威勢よく言い放った矢先、唯李は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
「どしたの?」
「い、今! お、お尻触られた!」
「あ、ごめんそれ俺かも」
「はあああ? なにしれっとしてんのよ? お触り料払いなさいよ」
「いやわざとじゃないよ? ちょっと手があたっただけで騒ぎすぎじゃ?」
「よし今すぐ表出ろ」
そうは言うが簡単には出られない。
ここは素直に謝るが「メイドのケツとか割り増し料金だかんな~?」とブツブツうるさい。
狭い通路が終わって次の矢印を曲がる。足元の一部が妙に明るいと思ったら、新聞紙が少しめくれているのが目についた。
唯李もそれに気づいたのか、
「ねえ見て、あそこからめちゃめちゃ光射してるんだけど」
「そういうの言わないほうがいいよ」
「まぁ学祭のお化け屋敷なんてそんなもんかぁ~~」
あとで恨まれそうなことを大声で。
暗闇に目が慣れてきたせいか、唯李の声にも余裕がでてきた。
「ねえねえ、もしかして悠己くん、『キャー怖い!』で抱きつき、みたいなの期待しちゃってる~?」
「う~ん、たまにはそういうベタなのやってみてもいいんじゃないかな。頑張って」
「からかいアドバイスされちゃったよ。もう一周回って味方についちゃってるよ。だいたいね、素人のお化け屋敷ごときでキャーキャー言ってられなアアアーッ!!」
そして響き渡る唯李の悲鳴。
前フリを即座に自分で回収していく芸人根性を見せていく。
しかしこちらは反転して突っ込んできた唯李に軽く頭突きをされただけで、何もいいことはない。
「何? 今度は?」
「か、顔に冷たいのが当たった! 今度こそタコだよタコ!」
「だからタコはないって。こんにゃくとかじゃないの? よくありそうなやつ」
「こんにゃくだぁ? なんだよこんにゃくか~食いちぎったろかい」
唯李をどかして目を凝らすと、なにかぶら下がっているのが見える。
触ってみると冷たくブヨブヨとした感触がする。おそらく冷やした保冷剤のようだ。
「あーやだやだ、こんな原始的な手に引っかかるなんてエエエッ!?」
しゃべり終わらないうちに唯李は次の悲鳴を上げる。
今のはパァン! と風船が割れるような音がしたせいだ。
「タコが破裂した……?」
「風船だと思うよ普通に」
唯李の想像通りだとするとさっきから怖すぎる。
目の前でフラフラと唯李の影が揺れる気配がすると、
「ちょっと待って、さっきからあたしだけ被害受けてるんだけど! 悠己くん先行って先!」
ここにきて前後交代を要求してくる。
というか唯李が勝手に下がったので前に出ざるを得ない。
仕方なく悠己が先を進むと、行く手がトンネル状になっているゾーンにさしかかり、極端に視野が狭まる。
軽く身をかがませながら、そろりそろりと歩いていく。
そして特に何事もなくトンネルを抜けるかと思ったその間際、急に目の前に何かが落ちてきた。
「おっ」
何かと思えば、巨大なクモのシルエットが三つ四つ揺れている。
もちろん本物ではなくおもちゃか何かのようだが、この暗さでは見違えるかもしれない。
「びっくりしたー」
「絶対にびっくりしてないよねその言い方。何? 何かあったの?」
「クモがいっぱい落ちてきた」
「ぎぃいいいやああああ!?」
「うるさいな」
見てもいないのによくそんな騒げる。先に行かせていたらヤバかった。
クモを手でのけながらさっさと行こうとすると、背後から唯李の慌てふためく声がした。
「えっ、えっ? ちょっと待って後ろからなんかかさかさ音する! 近づいてくる! はっ、もしかしてタコが!? さっき踏んだタコが追ってきてるのでわ!?」
本当にそうならとんでもない恐怖だ。タコは味方ではなかったのか。
唯李がぐいぐい背中を押してくるので、バランスを崩しかけながらもトンネルから出る。
行く手には、暗幕の隙間を縦に明かりがこぼれていた。出口のようだ。そのまま暗幕をくぐると、教室の外に出た。
明るさに目を慣らしていると、すぐ後ろから出てきた唯李が手で額を拭う
「あっぶな~。危うくタコられるところだった」
「うんまあ、無事でよかったね」
「にしてももう終わり? 短っ。まぁ~こんなもんだよねしょせん。ていうかタコばっかりでお化け出てきてなくない? これでお化け屋敷とか詐欺じゃん?」
断じてタコも出てきてはいない。
それに実はお化け屋敷とはどこにも書いてないし、唯李以外誰も言ってない。
「では隣の教室へどうぞ~」
案内役の女子生徒にそう促される。まだ終わりではないらしい。
隣の教室は長机とパイプ椅子が何セットか並んでいるだけで、特に脅かし要素は見当たらない。机の上に、小型のスピーカーが何台か置いてある。
言われるがままに椅子に座って待っていると、少しして教室に現れた男子生徒がスマホを操作し始めた。すると、スピーカーから音が流れ始める。
『この感じタコじゃね? タコじゃね!?』
『そんなんでビビると思ってんのか焼くぞオラァ!』
『今度こそタコだよタコ!』
『タコが破裂した……?』
『びっくりしたー』
タコタコうるさい。そしてあんまりびっくりしてない。
これは先ほどの唯李と悠己の声で間違いない。
二人であっけにとられていると、音声を止めた男子生徒が気取ったふうな口調で、
「ふたりのビックリ度は……もっと頑張りましょう! あはは、お疲れさまでした!」
「くすくす、終わりです~。お疲れさまでした」
案内役の女子生徒からも退室を促される。どうやらここまでが催しものらしい。
かたわらの唯李を見ると、客観的に自分の声を聞いて恥ずかしくなったのか、まさにタコのように顔を赤くしてうつむいていた。