学園祭
学園祭二日目。一般公開の日。
当日は天候にも恵まれ、催しもののひしめきあう校門からの通りは、多くの人出でごった返している。
宣伝任務を与えられている悠己は慶太郎とともに校内を回ったあと、校舎を出て立ち並ぶテントの間を右往左往していた。
「なんかとことん負け組感あるなオレら」
宣伝ダンボールを装着した慶太郎がそうぼやく。
ダンボールの表には『二年一組 たこ焼きVSエモエモジュース』などとめちゃくちゃに書き足されていた。
さらに誰かにいたずらされたのか、慶太郎の額にはマジックで『内』と書かれている。
同じくダンボールを装備した悠己は、軽く自分の胸元を叩きながら、
「まぁでも、もしテロリストが乱入してきてもこれで平気」
「いや死ぬだろただのダンボールだぞ」
「ここにチョバ●アーマーって書いてあるし」
「知らねえよ誰が書いたんだよきったねえ字で」
渾身のギャグを仕込んだのにウケなかった。これでは唯李のことを言えない。
フェイスペイントやコスプレもどきの格好をしている生徒も多々見受けられるので、実はこの格好もそれほど浮かない。逆に言うとそこはかとなく滑っている感じ。
今日はスタートからかれこれ二時間は歩きづめで、そろそろ疲れてきた。なんだかんだ意外に真面目。
一度小休止のため、昇降口への小さい階段の隅っこに腰掛けていると、小学校低学年ぐらいの子供が二、三人集まってきた。
悠己たちのなりをじっと見て、
「エモエモジュースってなに~?」
「エモエモ味のジュースだよ」
「なにそれ~?」
「市販のジュースを混ぜただけの詐欺ジュースだよ」
そう答えると、子どもたちは首をかしげながらも走り去っていった。
隣で黙って聞いていた慶太郎が、肘でつついてくる。
「おいやめろお前、バラすな」
「まぁ嘘教えたらかわいそうじゃん」
「真実のほうが残酷なこともあんだよ」
顔に似つかわしくないセリフを言う。
珍しいと言うか単純に謎なのか、みんなエモエモジュースにはわりと食いつきがいい。
「てか子供の相手じゃなくてさ……考えようによってはチャンスだぞ? こういうとき警戒心が薄れるわけ。学園祭で偶然出会って~みたいなのって自然じゃん? そのつもりで来てるヤツだっているだろうし」
慶太郎の言うとおり、これまでも他校の女子生徒らしき姿や、男女で盛り上がっているグループがいくつか見受けられた。
このダンボールもエモエモジュースも話のきっかけになるといえばなる。
「エモエモを餌に釣るんだよ。もうこうなったら恥ずかしいもクソもないだろ」
慶太郎はまるで自分に言い聞かせるようにして立ち上がると、声を張り上げながら再び人の群れのほうへと歩いていく。
「二年一組ジュース販売やってま~す、エモエモでーす!」
むやみやたらと声をかけていくが、基本相手にされていない。なんというか場を盛り上げるだけの景色と化してしまっている。
「そこのおねーさんたち! どうですかエモエモジュース!」
ならば個人攻撃だと言わんばかりに、慶太郎は先を歩く女性二人組を呼び止める。
が、やはり無視される。引き下がれなくなったのか、「ちょっとおねーさん!」としつこく声をかけると、ようやく相手がくるりと振り返った。
「あっ」
「あ……」
見合ったまま、お互い固まっている。
いったいどうしたのかと慶太郎の背後から相手の顔を覗き込むようにすると、そこにはよく見知った顔があった。
「……おひさしぶりね」
「ど、どうも……」
縮こまる慶太郎に、張り付いたような笑みを浮かべていたのは、唯李の姉の真希だった。
まさかの偶然。慶太郎が無意識のうちに選別したか。
それはいいとしても、二人の間にとても気まずいムードが流れているのはなんなのか。
「え、えっと真希さんがどうして……あ、そっか。鷹月が……」
「私が来たら悪いかしら?」
「い、いえめっそうもない!」
にこやかに威圧された慶太郎は、「お、おいほら真希さんだぞ」と無理やり悠己の腕を引いて、自分は背後へ。まだ体力が残っているのに交代とは情けない。
真希は悠己の顔に目を留め、やがて体に視線を落とすと、
「悠己くんその格好、似合ってるじゃない。うふふふ……」
「え? チョバ●アーマー面白いですか? やった」
「何よそれ何がよ」
余裕たっぷりお上品笑顔が一瞬崩れたが、すぐに持ち直す。ネタが面白かったわけではないらしい。
そのとき、ふと真希の手元に視線が行く。よくよく見ればその手にあったのは、ストローを刺した透明なカップ……エモエモジュースだ。
「あ、それ……」
「そうそう、さっき行ってきたわよ。エモエモ~」
「え? 真希さん?」
「男の子たちが『エモエモ~』って盛り上がってて、楽しそうだったわよ」
ジュースのほうはそれなりに盛り上がっているらしい。
真希は「ちょっとこれ持ってて」とカップを手渡してきて、うれしそうにカバンからスマホを取り出すと、
「見てこれ。私好みのかわいい子がいたから、一緒に写真撮っちゃった」
スマホに映った写真を見せつけてくる。
画面には真希とメイド姿の萌絵が、二人一緒にピースサインをしていた。
「えっ……何してんですかそれ」
「いいでしょ~? 萌絵ちゃんすごくいい子なのよ~。ジュース買うから写真撮ってもいい? って言ったらいいですよ~って」
「めちゃめちゃ脅してるじゃないですか」
「でもなんかちょっと元気なさそうだったのよね~。ニコニコってしてるんだけど、ときどき陰があるっていうか……まぁそういうとこもなかなか、私的にはポイント高いんだけど」
たしかに昨日悠己が話した感じでも、萌絵の様子は少しおかしかった。
とはいえ大半のクラスメイト……園田なんかはまったく意に介していないようで、初対面でそこに気づくのはさすがというべきか。
「ところでうちの唯李はどこで何してるの? 教室に見当たらなかったんだけど。ラインしても返事ないし」
「唯李は向こうのテントでたこ焼き売ってますよ」
「……なんでたこ焼き? 騙したわね……」
騙したらしい。が、気持ちはわかる。
ふと隣で黙って話を聞いていた女性に目が止まる。
真希の連れらしく、笑顔で軽く会釈をされた。肩にかかった長めの黒髪が揺れる。
カーディガンにロングスカート、と服装こそ真希と似たようなものだが、こちらはよりすらりとした体型で、身長もある。真希が手を差し向けて、
「ああこの子、ここの卒業生なの。だから今日一緒に」
「へえ、真希さんってけっこう顔が広いんですね」
「誰が顔デカ女よ」
確かに隣の女の人がしゅっとしているぶん大きく見えるが、そんなつもりは微塵もない。
被害妄想もたいがいだ。
「清楚ぶってるけど体育会系なのよ、実は結構オラオラで……」
「えっ、ちょっと! やめてよ真希!」
「陸上部で部長やってたって。優等生でね、先生からの覚えもよろしいらしく~……」
真希がわざとらしく語る横で、彼女は顔を赤くしていく。いじられポジションらしい。
しかし「も~やめてよ~」と背中を叩かれた真希が「ゴホっ」と怪しい咳き込みをした。弱そうに見えてパワー系か。
「陸上……いいですね」
するとかたわらの彼女が目を輝かせ気味に、
「陸上興味あります? あ、もしかして陸上部とか?」
「いや、俺は別に……」
「あ、いいっすよね~陸上! オレ五十メートルならそこそこ速いっすよ、速見だけに!」
「そうそう、逃げ足も速いものね」
割り込んできた慶太郎は、真希に睨まれすぐさま引っ込むと、
「じ、じゃあオレらは重要な役目がありますんで、このへんで!」
しゅたっと手を上げて、あさっての方角へ歩き出した。
真希は難しい顔を作って、その後ろ姿を見送っていたが、すぐにふっと頬を緩ませた。
「じゃあ、俺も……」
「あら? なんだか今日は悠己くんのわりにやけに素直ね? いつもみたいにもっとボケないの?」
「人を何だと思ってるんですか」
「ん~……? まぁ実を言うと私、案外嫌いじゃないのよあのノリ。なんかクソ真面目で面白くないよりいいじゃない?」
「これまでの数々の非礼をお詫びします」
「もう遅いわよ」
真希はわざとらしく低い声でツッコミを入れる。
しかしそれで満足したのか、すぐおかしそうに笑うと、
「じゃ、頑張ってね」
悠己の肩のあたりを軽くとん、と叩いて、波のほうへと飲まれていった。