ツンデレ
教室の真ん中には、唯李たちメイド服を着る組が集められていた。
わからせメイド爆誕からあれよあれよと話は進み、晴れて唯李もメイド組の仲間入りに。
これから発案者である園田から、いろいろとレクチャーがあるらしい。
集まったメイド組は唯李、萌絵の他に三人。
二人は二組の生徒で、園田がスカウトしてきたらしい。
何か弱みでも握っているのか、また土下座してきたのかはともかく、そこまでやる気満々というふうには見えない。
そして残りの一名というのが、まさかの一組委員長の小牧くるみ。
唯李がメイドをやることにした、という話を切り出すと、「しょうがないからアタシもやってやる」と突然言い出したのだ。
唯李は隣に立つくるみの顔を改めて見て、
「しかしツンデレすぎんだろくるみん……」
「ま、まぁあれ。学校行事にも積極的に参加して、内申上げとこうかなって……」
「ツンデレじゃねえかよ!」
「だ、だからうるさいわ!」
と言いつつもお手本のようなツンデレ。これには思わずニヤニヤである。
「にしても意外ですなぁ~。もしかして誰か意中の方でもおられるのですかね」
「は、はぁっ!? そ、そんなわけないっしょ、てか唯李こそ急にどうしたわけ?」
秒で戻ってくるブーメラン。
やけにうろたえ気味でくるみのリアクションが怪しかったが、とりあえずこの話題の掘り下げはやめておく。
「唯李ちゃんくるみちゃん一緒に頑張ろうね!」
すかさず横から萌絵が首を突っ込んでくる。
この前は『望むところだよ!』と盛り上がってしまったが、寝て起きたらわりと熱が冷めていた。スマホのやりとりならともかく、いざ本人目の前にするとあまり強く出れないパターン。グイグイ来る萌絵に腰が引けていると、
「じゃあ……またバトルだね」
「え?」
萌絵はそう耳打ちすると、にやりと笑った。圧倒的強者の笑み。これはわからされる。
弱者の愛想笑いを返していると、園田がやってきて「よし揃ってるね」と偉そうに一同を見渡した。
「君たちには主にカウンター業務……お金のやり取り、商品の渡しをお願いしたいのだが……」
そしてプリント片手に話しだした。紙には何やら長文でずらずらと書き連ねてある。
慣れていないのか何度も話が前後してややグダグダ。
そのプリントを渡したほうが早いと思うのだが、やりたいだけか。
萌絵は早くも話を聞くのに飽きたのか、解説をする園田をよそに話しかけてくる。
「唯李ちゃんジュースとたこ焼きどっちやる?」
「え? あたしは別にどっちっていうか……」
「じゃあわたしジュースやる~。そしたら唯李ちゃんたこ焼きね?」
ね? と言われても何がなんだか。どうあってもバトルの構図にしたいらしい。
するとやりとりを聞いていた園田が慌てだして、
「いやあの、勝手に決めないで……僕は交代でどっちもやってほしいのだが」
と割り込んでいくが、そこに腕組みをしたくるみが横からずいっと圧をかけていく。
「てかさ、たこ焼きにメイドっておかしくない?」
「ま、まあそれはいいじゃないか。ギャップがあって」
「そもそもすっごいグダグダなんだけど大丈夫なわけ?」
くるみはよこせ、と園田の手からプリントを奪うと、しばらく文面に目を通していたが途中で変な声を上げた。
「うぇっ、なにこれは……。『お帰りなさいませご主人さま……?』いや帰ってきてねえし」
「エモエモジュース作成方法だ。マニュアルを作ってきた」
「……このエモエモキューンって何?」
「エモエモキューンはエモエモキューンだ。とりあえず全員研修は受けてもらう」
「研修?」
くるみの表情が険しくなっていく。
メイドといっても周りの目を引くように単純に服を変える、というだけで、メイドの真似事をするという話ではなかったはずだ。
「なにそれ聞いてないんだけど!」
「話が違うでしょ」
二組の女子二人も声を荒らげて園田に詰め寄っていく。聞いていなかったのは唯李も同じだ。
その勢いに園田が後ずさりを始めると、
「お帰りなさいませご主人さま!」
突然そんな声がして、みながいっせいにそちらを振り向く。クラス全体の注目が集まっていた。
お帰りなさいませしたのは萌絵だった。さらに笑顔でうやうやしくお辞儀をしてみせる。
場に流れる謎の沈黙。しかすぐに園田が拍手を始め、それにつられてあちこちでもまばらに拍手が。おそらくエモエモ教男子のものと思われる。
「……え、何これ? 何この儀式」
「んふふ、上手に言えてた?」
唖然とした顔のくるみをよそに、萌絵が唯李に向かって笑いかけてくる。
とりあえず笑い返してそのままくるみに笑顔を受け流すと、尻を叩かれた。理不尽。
「君たちも藤橋さんを見習って、各自励むように!」
園田がそう言うと、萌絵を除く女子一同が、返事の代わりに鋭い眼光を向けた。
それにビビったのか「はー忙し忙し」と園田は逃げるようにしていなくなった。
その後逃げた園田に代わり、くるみが場を取り仕切って、簡単に当日のシミュレーション。
ああでもないこうでもないとやっていたが、別に難しいことはないしまあなんとかなるっしょ、で一段落した。
ちなみにエモエモキューンは却下となった。
それから一度その場は解散。唯李も教室の飾り付けに加わる。
とはいえ装飾の大部分はもう終わっており、簡単な工作をしながら、おしゃべりに興じている生徒が大半だ。
唯李もその輪の中の一つに加わって、色付きの薄い紙で花を作る作業をしていたが、トイレ休憩がてらいったん教室を離れる。
校内はすっかり学園祭用に様変わりしていた。
廊下側の壁にでかでかとエモエモジュースの文字。
窓にカラーテープで文字が起こされていたり、足元に目印が貼られていたりだとか、見慣れた場所の普段は見られない光景に、なんとなく心が弾む感じがする。
(凛央ちゃんのクラスは占いやるとか言ってたっけ……)
冷やかしに行こうかと凛央のクラスがある四組のほうへ歩いていくが、入り口で忙しそうにしている数人の生徒の姿を見て引き返す。外装からしてかなり凝っているようだ。暇そうな唯李たちのクラスとはだいぶ温度差を感じる。
トイレからの帰り道、何気なく渡り廊下の窓に近づいていって、中庭を見下ろす。
庭ではいくつか小型プールに水を張っていて、何か催しものをやるようだ。
なんとなしに様子を眺めていると、唯李の背中、反対側の窓のほうから女子生徒の話し声が聞こえてきた。
「そもそもメイドみたいなことするとか、そういう話じゃなかったじゃん。衣装着るっていうだけでさ」
「でもさーなんかめちゃめちゃやる気な人いるよね。約一名」
「えー誰のことそれ~?」
高めの笑い声がする。
声に聞き覚えがあると思ったら、先ほど一緒だった二組の子たちだ。
いくらか会話のトーンを抑え気味にしているようだが、唯李は知らず聞き耳を立ててしまう。
「なんか男子がやってるじゃん。エモエモ教とかって寒いの」
「でもあれいかにも~な奴らばっかりじゃん。やっぱ基本嫌われるタイプっていうか、客観的に見て」
「それ超主観じゃん。きゃははは」
「なんか、自分のこと世界一かわいいって思ってそうっていうか」
「ん~まぁ、少なくともチエよりはだいぶかわいいし?」
「うわそういう事言う? 最悪なんだけど~~」
何やら盛り上がっているようだ。
唯李があくまでモブキャラを装い、微動だにせず庭を見下ろしていると、二人はケラケラと笑いながら去っていった。
(ん~~……これはちょいとなかなかにあれですなぁ)
とりあえず聞かなかったことにしよう。
そう思いながらもあれこれ考えてしまっていると、いきなり何者かに脇腹をつつかれた。
「ひゃあっ」と体を捻って振り向くと、下手人と思われるくるみが悪びれる様子もなく立っていた。
絶滅危惧種ツンデレ