ガチャ告白
学園祭も目前に迫り、学校は本番に向けての準備一色となった。
悠己のクラスも例にもれず通常授業がなくなり、丸一日文化祭準備となる。
昨日教室内の大移動を行ったため、机と椅子は解体され並び直され、クラス内はすっかり様相が変わっている。
午後の昼下がり。現在教室では細かいカウンターの配置を考える者、黒板を使ってする者、飾り付けの準備をする者と様々だ。
昼食を終えた悠己は、慶太郎とともに隅っこの椅子に座りながら、色とりどりのモールを使って星だのハートだのを作り続ける作業をしていた。
対面に座る慶太郎は、いびつなハート形をしたモールを完成済みのカゴに入れると、鼻歌交じりにモールをひねる悠己に向かって口を開いた。
「お前楽しそうだな。こういう作業好きそうだよな」
「いや全然楽しくない」
「嘘だろおい、そういうこと言うなよ」
「学園祭だよ? 楽しそうなフリしなよ」
そう言って悠己は巻グソを作ろうとして失敗したモールを、完成済みのカゴに投げ入れる。
やってる感を出してサボっていないアピールをして、目をつけられないようにする。常套手段である。
とはいえ全体的に空気がゆるっとしているので、あまり咎めてくるような者もいないのだが。
今教室にいるのは、どちらかと言うとあまりやる気のないというか仕事のない集団。
一部の生徒は、材料の仕入れに管理に仕込みに段取りだとか、もしくはおのおのクラブの方のだしもので忙しいらしいのだが、悠己はそれとは無縁の位置にいた。
催し物は二クラス合同で、ジュースを売るほうと、たこ焼きを売るほうにおよそ半々に別れている。クラブで催し物がある者は、クラスの係に参加するかは任意。その後人数調整をしたため、二クラスの生徒がそれぞれ入り乱れる形になっている。
ジュース組はここ二年一組の教室で、たこ焼き組は外にテントを立てて行う。
「しかし大丈夫なんかねこれ? なんか不安になってきたわ」
慶太郎はそう言って、近場にある白い布で覆われた机の上をバンバンと叩く。
カウンターとして使われるものの他に、休憩用の机と椅子がまばらに並んでいる。
あくまでジュースを販売するのがメインで、喫茶店を想定しているわけではない。
慶太郎が不安、というのはこれで客が来るのか、という意味もあるだろうが、根本的に大丈夫なのか、という意味あいが強そうだ。
「しかも当日これかぶって歩き回るとか、完全に罰ゲームだろ」
そう言いながら慶太郎は、壁に立て掛けてある穴のあいたダンボールを手にする。
その表面には、『二年一組エモエモジュース限定販売中!』という目立つ文言とともに、ごちゃごちゃとカラフルなペンで文字やら絵が描かれている。
さすがに何も仕事がないというわけにはいかず、悠己たちの当日の仕事は宣伝係。
ちなみにダンボールは三着分ほどある。悠己はそのうちの一つを手にとって、
「ここに『Gandam』って書いたの誰?」
「いやオレは知らんけど」
「綴りが違う」
「そこかよ」
教室の真ん中では、変に熱量のある三名の男子が一人の女子を取り巻いている。中心にいるのは萌絵だ。本番に向けて予行練習をするらしい。
何か最初は市販のジュースを冷やして売るだけという話だったが、エモエモジュースとかいう謎のメニューが加えられている。
これは販売予定のジュースを容器にあけてミックスしただけのもので、それを数量限定として客を釣る作戦なのだという。
「エモエモ教……来るところまで来たな」
慶太郎がその男子の一団を睨み据えて言う。
意外に流行らなかったエモエモ教は、それでも教祖の園田を筆頭二、三人の狂信者を抱えている。その中の一名が、つかつかとこちらにやってきた。
「君たち何をサボっとるかね」
園田だった。エモエモ教リーダー兼クラスの学園祭実行委員ということで、最近は忙しい忙しいを連呼しているが、半分以上は自業自得とも言える。
当初予定になかったメイドコスプレにエモエモジュースと、やりたい放題だ。
「超楽しいっす。頑張ってます」
「なんだねいきなり。別に成戸くんに感想を求めてないぞ」
腕組みをしてふんぞり返る園田。学園祭で一躍存在感を増したのか、やけに態度が大きい。
手裏剣状にしたモールを投げつけてみると、「わちゃっ」と水をかけれられた犬のようなリアクションをした。面白い。
園田が粋がっている理由の一つとして、なんとその後、萌絵と唯李の二人がメイド服を着てもいいと言いだしたのだという。
萌絵はともかくとして、唯李にも何か心境の変化があったのか。それか知らないところで萌絵に押し切られたか。
「そうそう、それからは芋づる式にね。みんなやるんだって、と理由をつけてやると説得もスムーズなのだよ。奴ら群れる習性があるからね」
「こいつ実は有能かもしれんな変態のくせに」
慶太郎は感心しきりに頷く。
萌絵と唯李のほか、さらに数人に勧誘に成功したらしい。
「渡したメイド服をもしかしたら試しに着ているかもしれない……という想像がついに現実に! 君らも僕に感謝したまえよ」
想像というか萌絵は実際に着ていた。
なんなら写真も持っている。とまでは言わない。荒れるから。
園田が得意げにふんぞり返っていると、慶太郎が思い出したように、
「そうそう、こいつが藤橋に隣の席キラーのことを言ったんだと」
園田を問い詰めたところ、以前隣の席キラーの話をしたが、そのとき萌絵は自分も隣の席キラーと呼ばれていた、なんてことは一言も言ってなかったという。
慶太郎はどうにも腑に落ちない顔で、
「こいつに言ってもしょうがないと思ったのかもな。ただそうそうかぶるかって話だが」
「うーむ、言葉自体はわりとありがちなのではないかな?」
「いや聞いたことねえよ隣の席キラーとか」
「やけに肩を持つではないか慶太郎お兄ちゃん」
「は? なんだよ?」
慶太郎が立ち上がり、二人の喧嘩が始まりそうになる。
つまりどこの学校でも、隣の席キラーの一人や二人は当たり前ということか。
しかしどうも萌絵の後出しジャンケンっぽいのが、微妙に引っかかる。
唯李の言うとおり、隣の席キラーを騙ってふざけている可能性のほうが高い。
なぜそんなことをするのかは不明だが……いやまさにふざけているだけと言われたらそれまでではあるが。
「だいたいそれで僕を責めるのはお門違いじゃあないかい? そもそも鷹月唯李が隣の席キラーだ、というのは……」
園田がちらりと目配せをした先で、慶太郎が険しい顔になる。
すると園田はくるっと首を回転させて悠己のほうを見て、
「まぁそんなことよりもだ。エモエモジュースを作るときのセリフ、エモエモキューンかエモエモミックスで迷っているのだが」
「相変わらずエモエモだね」
「ちょっと待った成戸くん、君は金輪際エモエモ禁止だ。破門!」
「え?」
「さらに隣の席キラー被害者同盟からの脱退を要求する! というか被害者同盟はもう解散だ解散!」
急にキレだした園田に、怒涛の勢いでまくしたてられる。
「なに急に? もしかしてこの前の土下座阻止を根に持ってる?」
「違ぁああう! 僕がそんな器の小さい人間に見えるかね!? いわばこれは裏切り行為だぞ!」
やたら当たりが激しい。
いったいどうしたのかと慶太郎に助けを求める。
「なんかこの人今日輪をかけておかしくない? めちゃくちゃなんだけど」
「ま、まぁ、あるんだろいろいろと……。おい園田ちょっと来い」
慶太郎は強引に園田の肩を掴んで、教室の外へ連行していく。
それからしばらくして戻ってきた園田は、いくぶん落ち着きを取り戻したのか、笑顔で髪をかきあげながら、
「いやぁすまない、僕ともあろうものが少し取り乱した。そんなことより学園祭のキャンプファイアーの噂は知ってるかい? キャンプファイアー中に告白すると成功率が爆上がりするという……僕はそのときに勝負をかけようと思う。火が燃え燃えだけにね」
最後に何か言ったようだが慶太郎は完全スルーして、
「いやお前、成功確率が上がるって言ったって、ゼロに何かけてもゼロだからな?」
「そんなことはない。今の感じでは絶対にプラスのはず。仮に現時点での成功確率が0.005パーセントぐらいだとして、これを雰囲気で0.1パーセントぐらいにまでもっていけば御の字だ」
「お前結構冷静だな。ガチャ引くノリで告白するのもどうかと思うが」
「それぐらいの倍率だということさ」
冷静に玉砕しようとしているよくわからないノリ。
「どっちにしろキモすぎる」と慶太郎から辛辣な言葉を投げられるも、園田はまったく効いていない顔で悠己に話を振ってくる。
「いい機会だから成戸くんも誰かに告白したらどうだい」
「なにその軽いノリ」
「まあ確定ガチャを回したところで面白くはないだろうけどね!」
園田は手近にあった机をダン! と叩く。
普通にしゃべっていたと思いきや急にキレだす。だいぶ情緒不安定のようだ。
「そもそも僕はね、君たちばかりにかまけている暇はないんだよ。彼女らの指導だってしないとね。あー忙しい忙しい」
自分から突っかかってきたくせにそんなことを言って、園田は教室の中央へ戻っていく。
それにしてもキャンプファイアーで告白うんぬんは初耳だ。
となると萌絵のもとには、あのエモエモ集団が殺到するのだろうか。
「慶太も萌絵に告白するの?」
「いやしねえよ。オレはちょっと……タイプじゃないっていうか」
「意外に理想高いね」
「いや、いくらかわいいからっつったって、そのあとうまくやってけるか? って話。あれと」
「意外にまともなこと言うね」
「お前にそういうこと言われるとイラっとくるんだが?」
慶太郎はどかりと椅子に腰掛け直すと、再びモールを拾い上げていじりだす。
「なるほどキャンプファイアーで告白か……そういうのもあるのか……」
そして何事か思案するように、ぶつぶつと独り言を始めた。
ガチ告とガチャ告でだいぶ意味変わってくるね