わからせメイド
その数日後。
夕食が終わってお風呂も済ませた唯李が、自室でスマホゲームをしていると、唐突に萌絵からラインが届いた。
『すんごい面白いお笑い動画見つけたの!』
スタンプのあと文言とともに、萌絵が動画のリンクを送ってくる。
仕方なしにタップして動画を流してみる。声入りの簡素なアニメ動画だ。
「こういうのじゃねえんだよなぁ……イマイチセンスが合わないんだよな~」
と言いながらもしっかり最後まで見る。
どこで見つけてきたのか、まぁまぁ光る部分もあった。吸収できるものは吸収する。一応チャンネル登録しておく。
しかし認めてしまうとそれはそれで負けた気がして、
『まあまあ面白いね~』
とだけ返信し、ゲームに戻る。
が、やはり気にかかる。
(いったい何をお考えでいらっしゃるのか……)
いきなりの隣の席キラー宣言。
そしてバトルを挑んできたと思いきや、ここ数日はやけにおとなしい。
前回のバトルは名目上引き分けということに終わったが、大喜利も知らない初心者といい勝負をして五分とは、プライドずたずたである。
(にしても誰だ? 誰が隣の席キラーチクりやがった……?)
しかしよりによって萌絵に伝わるとは。
きっと萌絵は「もと陰キャラのぶんざいで隣の席キラーだ、なんて何を生意気言っちゃってるの?」と内心あざ笑っているに違いない。
前回つっかかってきたのも、得意なものを聞き出してそれを潰して心を折るという……一見何も考えてなさそうで巧妙に考えられた罠。
(それにあたしの凛央ちゃんまで……寝取られはNG)
危うく凛央との友情にヒビが入るところだったがなんとかなだめた。
それにしても凛央があれだけガンガン来るとは思わなんだ。人は変わるものだ。
「プリプリプリオ言ったらキレるしなぁ~。わがままな子よ」
リオリオ危機一髪よろしく、そのすれすれを攻めるのが楽しい部分もある。
凛央も何を考えているのかよくわからないところがあったが、今はそんなことはない。以前より格段に付き合いやすくなったと思う。
ふと思いついて「今度プリンおごって~」と凛央にラインをしようとすると、再度萌絵からメッセージが届く。今度は画像つきだった。
『みてみて~』
(うっ、これは……)
画像を見たとたん、思わず声が漏れそうになる。
メッセージとともに送られてきたのは、なんとメイド……服を着た萌絵の自撮り写真だった。
映っているのは胸元から上。笑顔でカメラにピースサインを向けている。
『試しに着てみたの。まず唯李ちゃんに見せたくて』
そういえばこの前、「文化祭でメイドやらなくてもいいから着てみてほしい」と園田から服だけ渡された。というような話していた。
あいつなかなか根性あるな……とは思っていたが。
(いやなんであたしに見せてくんのよ……。いきなりキメ顔自撮り写真送ってくるとかやべえだろまじで……)
かつて悠己に同じことをした自分を全力で棚に上げていく。今なら少し悠己の気持ちがわかる。
唯李がスマホを握りしめて写真に見入っていると、もう一枚送られて来た。こちらは姿見の鏡に全身を映した図だ。
服は白と黒のオーソドックスな色調だが、スカートの丈は裾が膝上の短いタイプ。ご丁寧にニーソックスまで履いてくれて、この女ノリノリである。
(キィィィかわいいぃぃ……! いやこれ修正だわ絶対修正してるわ)
だが普段の姿を見ているだけに、そこまで詐欺とも言えない。
多少は修正効果がかかっているようだが、服が違うだけでこうも破壊力が増すものかと。
『きゃ~超かわいい似合う~~』
自分を押し殺し、若干震える指でそう打ち込んで送る。
間違っても『どういうつもりだ貴様』などと本心を送ってはいけない。
『やったぁ! やっぱり文化祭でメイドやってみよっかな~~』
『いいんじゃないの~やってみたら』
(はいはいかわいいよかわいいねどうぞお好きにどうぞ)
それは構わないが、自分とは関係のないところでやっていただきたい。
唯李があくまで他人事を装っていると、
『でもそれじゃ隣の席キラーバトルにも差ついちゃうかな~』
そう返信が来て、ひくっと頬がひきつる。
やはり謎バトルはまだ続いていたらしい。
『いやバトルはいいでしょもう』
ここは絵文字もつけずにあえてそっけなく送る。
変に迎合するような中途半端な態度がよくないのだ。調子に乗らせるだけ。
するとしばらく間があったのち、
『ゆっきーって別に唯李ちゃんに惚れてる感ないよね。唯李ちゃん隣の席キラーなのに、まだ落とせてないってこと?』
突然の返しにぶばっと口から鼻から勢いよく吹き出す。
ティッシュで顔面とスマホの画面を拭っていると、唯李の返信も待たずに立て続けに、
『じゃあ先にゆっきーを惚れさせたら、わたしの勝ちだね』
(な、な、なによそれは!? どういう理屈やねん!)
拭った矢先にまた鼻水が吹きこぼれた。
この期におよんでいったい何を言い出すのかと。
思わず電話をかけそうになったがここは冷静に。萌絵の戯言はあくまで相手にしない、そして悠己には興味ない、いやちょっとは興味ある素振り見せとかないとやばいのかいやそんなことはない。
(いやいや待て待て焦るな。そもそも相手はあの男だぞ)
あの不沈艦を落とせるものなら、ぜひ落として見せてほしいものだ。
ちょっとかわいい格好をしたところで、奴にそういう攻撃はいっさい効かないはず。大小に関わらず。「ふーん、で?」で終わりそう。何も焦ることはないのだ。
とにかくその旨クールに返してやればいい。それこそ悠己っぽく。
『ちょっと服着替えたからどうとか、あの人そういう感情はないからムダだと思うよ』
『さっきゆっきーにも写真送ってみたんだけど超かわいいって。メイドは超好きだって』
(ここにきてまさかのメイドフェチ!?)
お嬢様風にインテリにデビルに水着に浴衣にこれまで何をやってもいまいちハマらなかったのに、ここでメイドとはあまりにもベタすぎる。
ああいうのは一周回ってベタなのがいいということなのか。
頭が混乱し始めていると、またも萌絵から追撃のラインが。
『唯李ちゃんコンバンワ!』
なんと今度は短い動画つき。
何かと思えば、メイド姿の萌絵がクマのぬいぐるみを抱え、腕を振らせながら変な声真似をしている。
もしやこのあざとさ満点の動画を悠己にも送りつけたのか。
唖然と動画を繰り返し眺めていると、メッセージが送られてくる。
『唯李ちゃんもなんかカワイイ写真送ってよ~』
(カワイイ写真だぁ……?)
わざわざカワイイ、とつけるところ、どうせそんなものないでしょ的なニュアンスが多分に含まれている。気がする。
こんな舐められきったままでいいのか? いやよくない。
かわいいかわいいと褒められて気分よくなっているのかしらないが、なんやかや言っても唯李も自撮りには定評がある。それもただのかわいいではなくかわゆい。上位互換。あの悠己からもすこぶる評判がいいのだ。
唯李は一度スマホをベッドの上に放ると、よれよれTシャツにおじさんスウェットズボン姿から、クローゼットにしまってあるかわいいパジャマに着替える。
かわいいパジャマは厚手なので今時期は暑い。しかしこの場合そんなことは言ってられない。
そして続けて拾い上げたるは、やや年季の入ったパンダのぬいぐるみ。
中学のときいつぞやのプレゼント交換でもらったこのパンダ、かわいらしい顔で卑猥な発言を繰り返すキャラだと後で知ったのだが、それはこの際関係ない。
マスブラで負けてイラついてるときに目に入って、「なに笑ってんだよ」でぶん投げたら耳がもげて鼻が取れた。片目の位置もちょっとずれている。これは不慮の事故。かわいそう。
中の綿がちょっと出てしまっているので、これ以上出ないようにとりあえずガムテープを貼り付けて応急処置をしてある。
そのぬいぐるみを抱え、萌絵の動画と同じ構図をとって見栄えを調整する。
これはパクリとかそういうわけではなく、あえての真っ向勝負。
何枚かスマホで写真を取ると、もうお前は用無しだとぬいぐるみを放り投げ、完成したかわゆい写真を確認する。
虐待を受けてそうなぬいぐるみを抱いて、首をかしげ気味に満面の笑み。見ようによってはややアレな人感。
しかしそれはかなり穿った見方だろう。そんなぬいぐるみなどよりも、この百万ドル、いや百万ボルトのかわゆいスマイルに目がいくに違いないのだ。
いい加減にこのエモっ子を黙らせるべく、てやっと写真を送信。
『やばいかわいい! ゆいちゃんかわいい!』
(ふ……勝ったな)
案の定大反響。わかっていたことだ。
にんまりと笑みを漏らしていると、
『じゃあゆっきーに判定してもらおっか』
(え? ちょっと?)
『待った!』と送るが返信なし。
代わりにしばらくして、悠己からメッセージが来た。
『大丈夫?』
(ん? 安否確認かな? 特に地震とかはなかったけど)
『大丈夫だよぉ? どうかしたの?』
とかわいい首を傾げ絵文字をつけて、素知らぬフリで返す。
心配されることなど何もない。何もないのだ。
『前の写真と比べるとちょっと表情が固いかな。やり直し』
『凄腕カメラマンかよ』
『俺は唯李の自撮りにはちょっとうるさいよ?』
『評論家になっちゃってるよ。写真マジで消せ』
『今回のはゆい(病)SSかな』
『(病)ってなによ誰が期間限定キャラだよ』
『また父さんが持ってきた石があるんだけどいる?』
『新商品いらんわ誰がお得意様だよ』
怒涛のツッコミを入れて事なきを得る。
つっこんでおけば失態はなかったことになる。これ常識。
『今回は唯李の勝ちかな』
そしてなぜかメイド萌絵を押しのけて勝った。なんで勝つんやというツッコミは置いておく。どうせインパクトの勝利とかふざけているだけだろうが。
しかし悠己も悠己で、なんやかや萌絵の謎バトルに付き合っているのが納得いかない。
何を考えているのやら、というのは平常運転ではあるが、やはりエモエモに毒されている……。
(いや待てよ、よくよく考えるとこれは……)
本物を決める隣の席キラーバトル。
ということは本物を萌絵に譲ることにより、自分はもう隣の席キラーではなくなる。
つまり一発逆転、隣の席キラー脱却のチャンスでもある。
萌絵がどういうつもりかしらないが、とっとと負けを認めて、いっそ隣の席キラーなぞ譲ってやればいいのだ。勝負に負けて試合に勝つ的なアレ。
(でもそしたら……どうなるんだろう。そうなったら、今までみたいには……)
勘違いが解消して、それで仮に、自分の気持ちが知れたとして。
悠己は応えてくれるのだろうか。
隣の席キラーだったからこそ相手にしてくれていただけで、そうでなければ態度が豹変する可能性もある。
今のように冗談を言い合えるような関係ですらなくなるかもしれない。
そんなことになるぐらいなら、いっそこのままで……。
『もしあたしが、勝負に負けたら、偽物ってことで……隣の席キラーじゃなくなるわけじゃん?』
尋ねるべきか迷った。
だけど聞かずにはいられなくなって、そう送っていた。
こちらは悩んだ末だったが、返事はわりとすぐに来た。
『そしたら……ただの唯李?』
『誰が無料のフリー素材だよ』
とりあえず突っ込んでおく。今はふざける流れじゃなかったはず。
ちゃんと答えろとばかりに無言の圧をかけていくと、しばらくして返信が来た。
『それはしょうがないよね。ちょっとさみしい気もするけど』
しょうがないってどういうこと? と頭が混乱を始める。
何か補足が来るかとスマホの画面を見つめて待っていると、
『唯李の好きにしたらいいよ』
(なんだその頭かわいそうな子を優しく受け止める感じ。進路相談で見放された生徒か?)
いよいよ脳内ツッコミが止まらなくなる。
こっちは今の感じが楽しいかな、とか思っていたのに、そこはかとなくわりとどうでもいい感。
相手の声も顔も見えないだけに、より一層読めない。
いやきっとテレビでも見ながら、片手間にポチポチ返信しているに違いない。
(え、ちょっと待って。そしたら今までの全部チャラ? 経験値なくなる感じ? タダの唯李?)
するとどうなる? 「どうも~タダの唯李です~はじめまして~」みたいなところから始まる?
フリー素材的な扱い? それは隣の席キラーである今より悪化するのでは?
わけがわからなくなってきた。オールリセットで出荷状態に戻されるのはよろしくない。
そして今後は隣の席キラーである萌絵の攻めを、悠己がのらりくらりとかわすラブコメマンガ的展開へ……。
(え、なにそれ面白そう買うわ。って誰が失敗作のヒロインだよ)
『ねえねえやっぱり文化祭で一緒に唯李ちゃんもメイドやろうよ~。そうじゃないとバトルもフェアじゃないよね』
そんな葛藤の真っ最中に、萌絵から空気の読めないラインが来た。
フェアではない、つまり同じ条件なら自分が負けるはずがないとでも言いたげ。
もういい加減にわかった。萌絵はこうして自分をからかって楽しんでいるのだと。
要するに人を自分が楽しいのダシにするという、そういうことだ。昔からずっとそうだったのだ。
『どうする?』
そして悠己のほうは、今日の晩飯どうするみたいなノリ。
隣の席キラーは二人の間でそれなりに大切な、重要な意味を持ったものだと思っていた。が、「どうでもいいし好きにすれば?」的なこの反応はいかんともしがたい。
「どいつもこいつも……わかったよ、じゃあやってやるよ! ヒロイン交代じゃねえよ続投に決まってんだろ! あんのニセモノいい加減わからせたるわ! 悠己の野郎もメイドで冥土への引導渡したるわ!」
『もうわかったよ! わからせメイド爆誕だよ!』
悠己にそう送ると『?』と返ってきたが無視。
続けて萌絵に『望むところだよ!』とやると、『ほんと? やった~! 楽しみ~!』と来たので画面を勢いよくスライドしアプリ終了。
やってやった。やってしまった。
もはやバトルなどという生やさしいものではいけない。
とにもかくにもさしあたっては……。
「完膚なきまでに偽物を滅する……」
↓コミック第二巻本日発売です。よろしくお願いします。