リオリオカーニバル
続く大喜利バトルも、あまりにもひどい内容だったので割愛。
あとがうるさいのでとりあえず勝ち負けは五分にしておいた。
「悠己くんの審判には納得いかないんだけど……」
「でも唯李ちゃん得意って言ってたわりにはそうでもなかったね。ふふっ」
その言葉でピキっと唯李の顔色が怪しくなる。悪気はなさそうなのだが一言多い。
しかし圧倒的勝利を収めると思っていた唯李にとっては、敗北と言ってさしつかえないだろう。いよいよアイデンティティ崩壊の危機。
当然そこまで気が回っていなさそうな萌絵は、さも楽しげに声を弾ませる。
「じゃあ次のバトルは……」
「つ、次?」
「だってまだ決着ついてないよ~?」
余裕の笑みを向けられ、唯李は二、三歩後ずさる。
「ち、ちょっと待って……」と言って唯李はカバンからスマホを取り出すと、それを耳に当てながら背を向けて、教室の隅っこにうずくまった。誰かに電話をかけているようだ。
突然の奇行に萌絵と顔を見合わせていると、唯李はすぐに電話を終わらせて戻ってきた。
「何? どうしたって?」
「アシストキャラを呼んだ。隣の席ブレイカーがボッコボッコにしてやるってね。もう凛央カーニバルよ。リオのカーニバルよ」
「え? 凛央を呼んだの?」
つまり本物に敗れた偽物が仲間を呼んだ構図。
なんと言って呼びつけたのかは不明だが、こんなくだらないことでわざわざ凛央が来るのかどうか。
「来たわよ?」
そう思った矢先にすぐ背後で声がした。
驚いて振り向くと、すました顔で凛央が立っている。
「「はやっ」」
「ちょうど話し合いが終わったところだったのよ」
悠己と唯李の声がハモった。
聞けば凛央はクラスで文化祭の打ち合わせをしていて、少し教室に残っていたのだという。
はたしてこちらは遊んでいていいのだろうか。
「わ~リオリオだ~! いぇーい!」
するとすぐさま萌絵が凛央へ近づいて両手を上げ、ハイタッチを要求していく。
凛央はというと、戸惑いながらもそれに応える形で手を合わせた。
それがまったく予想外の光景だったのか、唯李はあんぐりと口を開く。
「え? り、凛央ちゃん? 知り合い?」
「ああ、萌絵は凛央とも初日に会ってるからね」
「なん、だと……?」
さらにラインも交換済み。
となると、悠己も知らないところでなんやかや仲良くやっている可能性もある。
「うぇ~いパンツ見せろ~うぇ~い」
「う、うぇ~いうぇ~い……」
ノリノリで凛央にまとわりついていく萌絵。
凛央はそれに合わせようとしているが、恥ずかしいのかいまいち乗り切れていない。
「いつの間にか凛央ちゃんがウェイ系キャラに!?」
こちらもいちいちリアクションが大きい。
唯李は盛り上がる二人を尻目に、ぶつぶつと文句垂れる。
「ていうかリオリオってなんだよ、なんで二回言うんだよ。ああ、かわいそうなリーオー……。勝手に変なあだ名つけられて……」
こうなるとリーオーのほうがよっぽどひどい気もするが、言い出しっぺは悠己自身のような気もしたのであまり言えない。
「それで何の用?」
一旦場が落ち着いたところで、凛央が唯李を振り返って尋ねる。
ろくに用件も告げずに呼び出したらしい。
唯李は凛央の腕を引くと、耳元に顔を近づけて声をひそめる。
「あのさ、藤橋さんってちょっとスカート短いよね」
「んー……まぁそうね」
「校則違反だよね」
「そうかもしれないけど……それが? 私が口を出すことでもないじゃない?」
「どいつもこいつもなに成長してんだよ」
「どういうこと?」と凛央に睨まれ、唯李は悠己の影に隠れた。
どこぞで見たような流れに既視感を覚えていると、凛央が悠己ごしに唯李を追撃する。
「そうやって都合のいいときだけ私を呼び出してるでしょ?」
「だめだよ凛央。そんなふうに怒ったらきれいな顔が台無しだよ」
「何なのよそれは」
唯李が悠己の背後から、悠己の真似なのかよくわからない声音を使う。
かと思えば今度は凛央の背中に取り付いて、萌絵のほうを向かせると、
「コードユイ・ユイシステム起動。リーオー私に勝利を見せてくれ!」
「ちょっとやめてくれる? そうやってまたふざけて……」
「動けリオ、なぜ動かん! どうしたんだよ荒ぶっていた頃を思い出せ」
などと言いながら凛央の肩を揺すっていくが、凛央からは冷めた視線を返されている。
「さてはすでに頭エモエモだなきさま」
「何よ? もう知らないんだからね」
凛央がぷいっと顔をそむけてみせる。
操縦をあきらめたのか凛央から離れた唯李は、今度は悠己に耳打ちしてくる。
「……凛央ちゃんどうしたのなに? この感じ……自分のキャラブレイカーしちゃった感じですか?」
「かわいいに目覚めたらしいよ。今の流行りはプリオだから」
「何それ? いや怖い怖い意味がわからない」
唯李がぶんぶんと首を横に振る。
経緯を説明しないことにはプリオは難解である。
そうこうしているうちに萌絵が近づいてきて、
「唯李ちゃんもリオリオと仲いいんだ? へえ~」
「そうそう、ここだけきらら枠よ」
「……キキララ? あ、わたしげろっぴ好き!」
「誰がカエルの化け物だよ」
やはりどこか噛み合わない二人。
唯李に突き放された萌絵は「いいもーん」と言って、凛央の背後からタックル気味に抱きついていく。
対する凛央も顔を赤らめつつも笑顔を作って、なんとか調子を合わせようとしている。
するとそれを見た唯李が、
「あれはかなり無理してるね。放出系だけど具現化しようとしてるね」
言うとおり若干凛央の顔が引きつっている。
萌絵に乗っかって陽キャラっぽく頑張ろうとしているのはわかる。
「凛央ちゃんそんな無理しないほうがいいよ。こっちに来るんだよこっちに」
そこはかとなく負のオーラを発しながら、唯李が手招きをする。
が凛央はそれには答えず、チラチラあてつけのようにドヤ顔をしてくる。
これはまた何かやったのかと悠己は唯李に尋ねる。
「え? 何? なんかあったの?」
「いや別に~……この前も一緒に洋服見に行ったらさ~。凛央ちゃんスタイルいいしなに着ても似合うからムカつくんだもん」
「はあ? なによそれ許さんわ今日という今日は」
ポロッと言ったのが聞こえたのか、凛央が身を翻して唯李に迫り、壁際まで追い詰めていく。
ガミガミとお説教を始める凛央を、謎言い訳でのらりくらりとかわしていく唯李。非常にうるさい。
「私がファッション詳しくないと思ってテキトーに似合う似合う言ってたでしょ? 私だって勉強したんだからね」
「でっ、出たオベンキョウ~。女子なんて『きゃ~超かわいい似合う~~っ』て言っときゃいいのよ」
「唯李の服装も無難って感じで唯李のわりに面白くないわよね」
「い、いやあたしってそういう出落ち芸人みたいなことしないから? 凛央ちゃんこそ、この前荒ぶったとき、変なTシャツ着てて笑いこらえるの大変だったんだよ?」
だんだんと聞くに耐えなくなってくる。
その一方で、悠己はいつの間にかおとなしくなっている萌絵に気づいた。
萌絵は無言で二人の言い合いを眺めていた。その横顔からは、先ほどまでの楽しげだった表情は失せていた。悠己の視線に気づくと、萌絵は口元を緩ませて笑顔を作った。
「何? ゆっきーどうかした?」
「そっちこそどうかした?」
「ん? 別に?」
萌絵は笑顔のまま、なんともなしに答える。
あまりのバカらしさに呆れているのかと思いきや、そうではなさそうだ。
萌絵は押し問答をしている唯李たちを一瞥すると、急にくるりと踵を返した。
「……わたし、帰るね」
声はほとんど聞き取れなかった。
悠己が聞き返そうとする前に、萌絵は自分の席でカバンを拾うと、足早に一人教室を出ていった。
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ラストであの人も…。