隣の席キラーバトル2
「と、得意なものって言ったらそれは……もちろんお笑い?」
「え? 唯李ちゃんってお笑いが得意なの? へ~」
意外そうな反応をされてしまうぐらいには得意に見えないらしい。
「じゃあ先に相手を笑わせたら勝ちっていうのは?」
「いや笑わせるっていうか……ハハっ」
やれやれ、と呆れた笑みをこぼす唯李。まるでお話にならないとでも言いたげだ。
そしてなぜか悠己に同意を求めるような視線を送ってくるが、それはなんの合図か。
「ならオーソドックスに大喜利勝負でいこうか? それでいいね?」
急に乗り気になった唯李が、自分から勝負を提案していく。
よほど自信があるのか、一発で黙らせてやると言わんばかりの勢い。
すると今度は萌絵が首をかしげ気味に、
「なんでもいいけど……オオギリってなぁに?」
そう聞き返され、唯李はこれみよがしにわざとらしくため息をついてみせる。第三者の悠己ですらちょっとイラっとくる仕草。唯李は得意げに解説を始める。
「だからたとえば、『こんな担任の先生は嫌だ』っていうお題があって、それに対して『ハゲメガネ』とか『ピーマンを残す』とかっていうのを答えていくっていう」
「あ、それのことねわかった! テレビで見たことある!」
「頼みますよ~? 本当に」
ゴミみたいな例を挙げた唯李がやたら上からいくので、確認の意味を込めて一度悠己が尋ねる。
「いいの? そんな勝負なんて」
「いやもうね、さっさとこの茶番も終わりにしてやろうかなって」
唯李はそう言って得意げに息巻くと、おもむろにカバンの中から手帳を取り出した。言わずと知れた例のネタ帳である。
もしかしてこれは勝負とか関係なしに自分のネタを披露したいだけなのかもしれない。
「え~っとそれじゃあお題は……」
唯李がネタ帳をペラペラとめくっていると、すかさず萌絵が近づいていって横から覗き込んだ。
「それ何見てるの?」
「いやちょっとネタを……」
「え~なにそれいっぱい書いてある! そこから選んだらずるいじゃん! 唯李ちゃんずるいずるい!」
「ず、ずるいもなにもあたしが考えたやつだから? 実力ですから?」
「でもそれ、唯李ちゃんが自分で考えたって証拠ないよね~?」
「し、証拠? い、いやこれパクリじゃないし? 自分で考えたやつだし?」
大喜利手帳を持ち歩いている時点でずるいとかそういう次元の話でもない気がするが、萌絵の指摘ももっともだ。
その手帳のネタすらどこかからつまんできたもので、自分で考えていないかもしれないという、まさかの丸パクリ疑惑。
あくまで自分で考えた、というなら堂々と構えていればいいのだが、その当人はめちゃめちゃ挙動不審で怪しい。
「ってことは今までの唯李のネタも全部……」
「いやいやいやさすがにそれはないそれはない。それこそキャラ崩壊よ? 宇宙の法則が乱れるわ」
そんな超絶面白キャラみたいな属性はもともとない上に、やっぱりそうかと妥当ですらある。
そもそもそのネタ帳のネタもそこまで面白いわけではない。
「じゃあゆっきーがお題考えて! そうすればフェアでしょ」
ここで萌絵からまさかの無茶振り。
正直火傷しそうな予感しかないので絶対にやりたくないが、「そうまで疑うならやってやるよ!」と、唯李もやる気を見せてきた。
まさかのダブル隣の席キラーに挟まれるという最悪なケース。早く早くと、とてつもない圧を両側から感じる。
逃げ場がなくなったので、気が進まないままに一つお題を上げてみる。
「えっと……何でも食べる食いしん坊のマキちゃんには、唯一嫌いなものがあります。それは何?」
二人に向かってそう問いかけると、すぐさま萌絵が元気よく手を上げて答えた。
「はい! 激辛カレーライス! チリホットドッグ!」
マキちゃんはチリホットドッグが嫌いらしい。意外なところで繋がった。
萌絵の答えを聞くやいなや、隣でにやりと唯李が笑う。
「やはりその程度か……ふっ」
「唯一なのにいきなり二つ言うっていうボケかと思った」
「なっ……? い、いや絶対そこまで考えてないでしょ」
軽く焦りだした唯李の視線の先で、萌絵が不思議そうな顔をする。確かに何も考えてなさそうだ。
「それで唯李の答えは?」
「いやちょっと待って」
こちらは何をもったいぶっているのか持ち時間が長く、なかなか答えようとしない。
が、「唯李ちゃん早く早く!」と萌絵に迫られ、唯李は意を決したように口を開く。
「す、すき焼き!」
「は?」
「いやその、嫌いなだけに……」
「え?」
もにょもにょと口ごもっているので聞き返すと、唯李は慌てて言い直した。
「す、酢豚に入ったパイナップル……」
「……が?」
「あっ、今のナシ今のナシ!」
必死に待ったをかけてくる唯李。
そのうちに横から萌絵が元気よく割って入ってくる。
「はーいはーい! チンジャオロースーに入ったパイナップル!」
「入ってないよ」
「あれ?」
きょとんと目線を上に向ける萌絵。
それを聞いた唯李がきっと萌絵を睨みつけて、
「くっ、やるな……ていうかずるいぞそれ天然でしょ天然!」
なぜか悔しがっている。
そして「もうお題がダメ次! 次のお題!」と騒ぎ立て始めた。
何がダメなのかわからないがここは逆らわず、悠己は次のお題を出す。
「えーっとじゃあ、酢豚に入れたら意外にイケたやつ」
「はーいはーい! りんご! みかん! もも!」
お題を出すなり、すぐさま萌絵はためらいなく答えを出してくる。
「スイカ!」
「スイカはやばいと思う」
「フルー●ェ!」
「それはダメだね、商品名は」
そのやりとりの脇でまたも唯李が悔しそうな顔をするが、特に悔しがる要素はない。
またもシンキングタイムの長い唯李を促すように視線を送ると、唯李はわずかに目を泳がせたあと、悠己の顔色を窺うようにして、
「ま……マンゴー?」
「は?」
「いや今の違う違う! ま……まごころ」
「え?」
「を君に」
「なにを言ってるの?」
聞き返すとプイっと顔を背けられた。
唯李が「私は何も言ってませんが?」的な態度を取ってくるので、
「人の顔色探り探り言うのやめてくれる? ダメそうだから付け足すみたいなの」
「い、いやていうかね、もう全部言われてんの! そうやって先にいっぱい言うのずるいでしょ!?」
「唯李がいつになっても答えないからでしょ? だいたい全部言われてるって正解なかったよ」
「正解っていうか大喜利ってそういうんじゃないし、そういうんじゃないでしょ?」
なぜかキレられている。
謎の勢いに押し切られそうになっていると、唯李を押しのけてきた萌絵が声を上げた。
「はい、じゃあゆっきー判定して!」
さあどっち? と二人から圧をかけられる。
とはいえなにをどう判定すればいいのかわからない。
「ここはゆっきーのセンスだよね」
「まぁあたしの答えはちょっと高度だからな~」
そしてふたりとも自信満々。
悠己は二人の手前一応悩む素振りを見せるが、考えたところで何もない。
一瞬引き分けという言葉が頭をよぎったが、それをやるとエンドレス極寒大喜利が始まってしまう恐れがある。
そのうちに「さぁ判定は!?」と二人に詰め寄られてしまい、観念して答える。
「うーん、萌絵かなぁ……」
「やったー!!」
萌絵が軽く飛び跳ねてバンザイをするかたわら、やはりというか案の定、唯李が怒涛の勢いで詰め寄ってくる。
「は、はぁっ? な、なしてよ? なんでよ!?」
「萌絵のほうが回答が早かったから」
「いや意味がわからん意味わからん! テスト早く終わったら百点なんですか!? ならないでしょ!? 完全に審判買収されてますよこれ!」
「……なにそのたとえ? 意味がわからないのはこっちだよ」
どっちも意味不明なら早いほうが勝ち。という単純明快な審査基準。
唯李はどうにも納得がいかないらしく、
「そもそもやっぱりお題が悪いよ、お題がもうダメなやつ。悠己くんにやり直しを要求する!」
「うふふっ、オオギリって楽しい! じゃあゆっきー次のお題ね!」
「え、まだやるの? なにこの地獄」
まさかの恐れていた事態に発展するも、すっかり乗り気になってしまって逃げられそうにない。
それでもどこかぎくしゃくしていた二人が、今は楽しそうに見えた。
ならまぁいいか、と悠己は次のお題を考えることした。
↓コミカライズ第二巻が3月29日に発売になります。
よろしくお願いします!