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ダブル隣の席キラー

 午前の授業が終わって昼休みになる。

 悠己は軽く伸びをしたあと、ちらりと隣の唯李へ視線を送る。

 今日はなんとなく様子が変だ。いつもは授業合間の休み時間にも一言二言くだらないことを言って絡んでくるのだが、珍しくおとなしかった。

 不意に目が合う。が、さっと視線をそらされた。やはりおかしい。 


「今日、どうかした?」


 何か面倒に思ったので直球で尋ねる。

 唯李は一瞬うろたえるような動作をしたあと、若干顔を赤らめて、


「あの……あ、朝」

「朝?」

「あ、ありがと……」

 

 朝ありがとう。

 朝バナナ的なアレかと思ったが、朝のできごとのことを言っているらしい。

 特別お礼を言われる筋合いもないので、


「いや別にそんな、礼を言われるほどのことじゃないよ」


 と返したものの、「う、うん……」と唯李はどこか挙動がおかしい。

 少し調子が狂うなと思い、一言付け加える。


「態度でそれなりの誠意を見せてくれれば」

「からの土下座強要かよ」


 もとに戻った。これでいつもの調子。

 唯李はふん、と息をついて机の上の教科書類をしまうと、小声でブツブツと恨み言を始める。


「まったくどいつもこいつもすぐ土下座しやがって……」

「みんなに土下座させてるの? さすが元帥」

「ん? 君もゲザるかね?」

「ははーっ」

「それバカにしてるでしょ誰が黄門様だよ」

「でも唯李のメイド姿もちょっと見てみたい気もするけど」

「は、はっ?」


 唯李が目を丸く見開いてこちらを見る。

 が、すぐに取り繕うようにして余裕ぶった笑みを浮かべてきて、


「……へ、へ~、そうなんだ~? 悠己くんあたしのメイド姿見たいんだ~?」

「面白そう」

「形容詞が違うんだよなぁ」

「かわいそう」

「ほんとかわいそうだよ」

 

 かわいいではなくかわいそうで正解らしい。突然の自虐。

 そんなやりとりをしていると、「二人とも何しゃべってるの~?」と萌絵が唯李の席にやってきた。

 最近はよくある展開だが、日に日に唯李の顔にげんなり感が増してきているのは気のせいか。

 それでも萌絵はおかまいなしに「飲み物買いに行こ~」と唯李を引っ立てるようにして、教室を出ていった。

 静かなうちにさっさと昼食を済ませようと、カバンから持参したおにぎりを取り出す。すると二人と入れ替わりに慶太郎がやってきた。やはり避けているのかなんなのか、唯李がいなくなると近づいてくる習性がある。

 慶太郎は空席だった前の席に勝手に座りこむと、

 

「朝あれだけやって園田のやつ、まだあきらめてないらしい。やっぱやべーやつだろあいつ」

「慶太は完全に空気だったね」

「いやあれさ、お前は平気そうだったけど、実際雰囲気やばかったぜ? 藤橋の。オレ傍で見てて怖って思ったもん」


 慶太郎は我関せずと自分の席に着席していた。派手な見た目とは裏腹に情けない。

 要するに萌絵は唯李と一緒にメイド~というのをやりたかったらしく、それが思い通りいかずに不機嫌そうではあった。

 しかし今はご機嫌で唯李を連れて行って、ケロっとしていたのでよくわからない。

 悠己がおにぎりを頬張りながら話を聞いていると、慶太郎も持ってきた惣菜パンの封を切って食べ始める。

 無言の間ができたところで、机の上にすっと影が落ちた。 


「やはりあの二人が並ぶと相当な破壊力。さしづめダブル隣の席キラーというところか……もしあの二人に挟まれでもしたら、とんでもないことになるだろう」


 見上げると、すました顔の園田がブツブツ言いながら脇に立っていた。

 悠己と慶太郎はそろって首をかしげるが、ダブル隣の席キラーとは二人がどうも似ている、という部分にかけているらしい。

 

「挟まれたら隣の席キラーになっちゃうね」

「いやオセロじゃねえよ。わかりづらいボケすんな」


 慶太郎にすかさず突っ込まれると、園田がふんぞり返って謎の高笑いをして、


「ふははは、ところで僕も一緒にお昼いいかい?」

「人に物を頼むときはそれなりの態度ってものがあるよね」

「僕を土下座キャラにするのやめてくれないか」


 そんなことをやっているうちに、隣の席に唯李と萌絵が戻ってきた。

 萌絵は椅子とお弁当箱を持ってきて、これから仲良くお昼ごはんらしい。

 隣が騒がしくなる一方で、こちらのメンツはなぜか急に黙り込んで縮こまる。

 

「唯李ちゃん行儀悪いよ? そうやって食べながらスマホ~。ねえねえ何見てるの?」

「や、ちょっとゲームを……」

「何のゲーム何のゲーム?」


 スキあらばガンガン距離を詰めていく萌絵。唯李はやりづらそうにしていて、傍からも二人のチグハグ感が否めない。

 やがてその様子を盗み見ていた園田が、


「これはさすがの隣の席キラーも型なしのようだな……」


 ぼそりとそう言ったとたん、急にくるっと萌絵の顔がこちらを向いた。

 

「あっ、そう忘れてた! それ!」

「ひっ!?」


 突然大声を上げた萌絵がびしっと園田を指差す。

 まるで見えない魔法でも食らったかのように、園田はのけぞってバランスを崩した。


「わたしも前の学校で、隣の席キラーって言われてたの!」


 萌絵のその一言で、場に戦慄が走る。

 動きを止めた慶太郎が、目線だけを悠己によこした。

 園田の背中を支えながら、悠己はその視線を受けて、唯李へ流した。

 そのとき唯李は……。


「……ちっ、ゴミばっかりじゃんしけてんな。やっぱイベント開始直後はダメだな~」


 スマホゲーのガチャを引いていた。


「唯李……」

「え? あ、これ瑞奈ちゃんもやってるんだって。限定引いてマウントとってやろうかなって」

「いやゲームの話じゃなくて」


 ガチャに夢中で本気で聞いていなかったらしい。

 いちおう声をひそめ気味にして告げてやる。

 

「萌絵も前の学校で、『隣の席キラー』……って呼ばれてたんだって」

「ブフッ!!」


 唯李は変な声を上げて吹き出したかと思うと、ガタっと勢いよく席を立ち上がり、すぐさま慶太郎に詰め寄っていく。

 

「ん? どうなってんだ? ん?」

「ち、違う! 知らねえよオレは!」

「またゲザるか? ん?」


 まさに胸ぐらをつかみかけん勢いで土下座を強要していく。これはさすがの元帥。

 慶太郎は唯李には頭が上がらないらしく、ひたすら首を横に振るだけでお話にならない様子。というか大抵の女子に頭が上がっていない。

 唯李に凄まれ窓際に追い詰められた慶太郎は、「あっ、急用思い出した!」と言って立ち上がると、脇目もふらずに逃げていった。

 そしてその様子を見ていた園田も、唯李の剣幕にビビったのかつられて一緒に逃げた。

 成り行きを見守っていた萌絵が、ぽかんとした顔をする。

 

「あれ? ふたりとも逃げてっちゃった……」

「と、隣の席キラーって……ど、どういうこと?」

「唯李ちゃんも陰で『隣の席キラー』って呼ばれてるんでしょ? ほんと偶然! おそろいだね!」


 萌絵はウキウキとうれしそうだが、突然の告白に驚きを隠せない。

 悠己と唯李が揃って言葉を失っていると、萌絵は一人脳天気な調子で、

 

「ねえねえ、ゆっきーちょっと席貸して」


 今現在席についている人に向かって席を貸してとは、なかなかの傍若無人っぷりだ。

 こちらはそれどころではなかったが、「早く早くちょっとどいて!」と無理やり席を追いやられた。

 萌絵は悠己の席に座るなり、隣の唯李に向かってにやりと笑いかける。

 

「ふふん、これで隣の席だね唯李ちゃん」

「な、何か?」

「隣の席キラーだぞ~。惚れさせちゃうぞ~」


 などと言いながら身を乗り出し、唯李の顔を覗き込んでいく。


(これは、隣の席キラー同士の直接対決……?)


 見た目の上ではそうなっているが、いきなりのことで何が何だか。

 余裕の笑みの萌絵に対し、唯李のほうはうげっと言わんばかりの困惑顔だ。


「うりうり~」

「ちょ、ちょっと!」


 萌絵が腕を伸ばして、つんつんと指先で唯李の脇腹をつついていく。

 唯李に腕を押しのけられると、今度は身を乗り出してぐっと顔を近づけていく。

 

「だ、だから近いんだって!」

「唯李ちゃんかわいい~。ほっぺぷにぷに」


 そして今度は指で唯李のほっぺたをつんつんとつつき始めた。

 唯李は「ぬあっ」と奇声を上げながら体を反らして逃げる。

 

「ちょ、ちょっとどういうつもりで……」

「いいよいいよ? 唯李ちゃんもやり返して」


 萌絵はにんまりとしながらほっぺたを差し出していく。

 そう言われて唯李も人差し指を立てたはいいが、いつになっても動き出さないので、悠己が横から尋ねる。


「……どしたの? どどん波打とうとしてる?」

「そうだよ鶴仙流なめんな」


 気を溜めていたらしい。これはプロの殺し屋。

 やりとりを眺めていた萌絵が、今度は荒々しく唯李の頭をなで始める。

 

「恥ずかしいの? 唯李ちゃんかわいい~」

「ち、ちょっ、やめ、やめなさい! なんなのいきなり隣の席キラーって……!」

「なんなのって、唯李ちゃんも隣の席キラーなんでしょ?」

「え? そ、それは……」


 言いかけて唯李はちらりと悠己のほうを見た。

 やたらにこちらの顔色を気にしているようだったが、


「ま、まぁ、そんなふうに言われたりしてるのかな~?」


 なぜかどや顔風の疑問風で返していく。挙動が怪しくとにかく中途半端。

 それを受けた萌絵も、負けじと腕組みを始めて不敵に笑い返した。


「へえ、やっぱりほんとなんだ。隣の人をすぐに惚れさせちゃう隣の席キラー……今はそうやって人気を得ているんだ……ふぅん」

「いや人気を得てはいないけど。人気を得るってなによ」

「そうだよね、唯李ちゃんかわいいもんね。でもわたしだって負けてないよ~? くっくっく……じゃあどっちが本物の隣の席キラーか勝負しようか」

「えっ、し、勝負って……」

「隣の席キラーは二人もいらない。そうだよね?」


 そこでなぜか唐突に萌絵が悠己に話を振ってくる。前もって決め台詞っぽく考えてきたような物言い。その意図はさておき、根本的に間違っている気がする。

 

「いやあの二人も、というか一人もいらない……」

「真の隣の席キラーを決めよっか。んふふふ……隣の席キラーバトルだね」

 

 萌絵はいかにも楽しそうで仕方がないといった様子だ。

 不気味な笑いをしながら立ち上がると、いかにも気取ったふうに身を翻し去っていった……かと思いきやすぐに戻ってきて、唯李の机につけた椅子に着席。

 ご飯食べ途中だったのを忘れていたらしい。

 

「ご飯のときは休戦。仲良し。ね!」

「は、はあ……」

「おかず交換しよ!」


 そう言って萌絵は張り切ってお弁当に箸をつけ始めた。もはややりたい放題。

 かたや唯李も言われるがまま、完全に萌絵のペースに飲まれていた。


ちゃんゆい先生の新作漫才ネタ来るか

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― 新着の感想 ―
[一言] いよいよヤバさが増してきたな これは関わったら負けな人種
[一言] こういう相手の感情の機微がわからない人間って恐怖でしかない
[一言] ほとんどホラー 知らない人種
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