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一緒に帰ろ

 授業が終わって、放課後。

 唯李は萌絵とともに駅への道のりを歩いていた。

 というのも、授業が終わるやいなや「唯李ちゃ~ん、一緒に帰ろ!」と萌絵が行く手に立ちふさがったせいだ。

 今日は帰りに寄り道をしようと思っていたのだが、とりあえず駅まで、ということで唯李は最短ルートを選ぶ。

 こんなことになるのでは……と薄々していた嫌な予感があたってしまった。そんな唯李の思惑をよそに、萌絵は能天気に笑いかけてくる。

 

「へ~こっちからも駅行けるんだ~。唯李ちゃんはいっつも歩きなの?」

「き、今日は歩きだけど、駅からは自転車が多いかな~……」

「へー。じゃあわたしも自転車にしようかな~」

「ま、まぁ最近は歩きだったり……」

「え? どっち?」


 急に真顔で詰めてくるの怖い。

「駅からはうさぎ跳びかな」って言ったらわたしもそうしようかな~とか言いそうな雰囲気。

  

「なんていうかその、正直群れるのはあまり好きじゃないんでね……ふっ」

「蒸れるのやだよねー」


 非常に手強い。そこでなぜか話題がぷっつり途切れた。

 本来なら久しぶりの再会ということで過去話に花を咲かせるところであろうが、意外にも萌絵は過去の話を振ってこない。さほど接点がなかったせいかそもそも話題がないとも言えるが、とにかく気まずい。

 

(出た~自分で誘っといて黙るやつ……もしやこれは無言の圧? 面白トークができるか試されている……?)

 

 かといって下手に触れると何が飛び出してくるかわからない。こちらから地雷原に突っ込むようなことはしない。

 落ち着かずに歩いていると、じーっと横顔を見つめてくる萌絵に気がつく。


「な、何?」

「ふふ、やっぱり唯李ちゃんはかわいいなーって」


(何を企んでいる……? 褒めて落とす作戦か……?)


 今でこそ言われることは言われるが、自分としてはそこまで実感というか、自信があるわけではない。

 小さい頃は学校での存在感の薄さはもちろん、親戚の集まりなどでも姉の真希が褒めそやされる一方で、唯李はいつもその影に隠れていた。

 そういう萌絵だって昔から男子にはちやほやされていた印象があって、教室の隅で縮こまる唯李とは対称的に、クラスの中心でキラキラとしていた。そんな相手が隣を歩いていると、なおさら気後れしてしまう。

 お返しとこっそり萌絵の横顔を盗み見る。ぱっちりした目元は言わずもがな、鼻から口、顎にかけてのラインが美しい。そして何より愛嬌。

 自分が男子なら、至近距離でニコッとされたら即落ちする自信がある。


(遠回しにわたしのほうがかわいいアピール……? 読めぬ……なにを考えている……?)

 

 萌絵は唯李の視線に気づくやいなや、にやりといたずらっぽく口元を歪めて、背中のほうへ手を伸ばしてきた。

 

「うぇ~い」

「ち、ちょっと! な、なにしてんすか!」

「それ~い」

「だからちょっと!」

「だって唯李ちゃんちょっと顔が怖いよ?」

 

 悪びれもせずに答える萌絵の手を払いのけて、手のひらでスカートを抑える。

 表情が硬いからと言って、ケツを触ってスカートをまくろうとしていいなどという決まりはない。教室の隅っこでやるならまだしも、こんな公衆の面前とはいかがなものか。やはりスキンシップが激しい。

 さっきも教室で、思いっきり背中に胸を押し付けるようにして抱きつかれたばかりだ。

 唯李も見よう見まねで多少なら心得はあるが、さすがにここまではできない。


(めちゃめちゃいい匂いするし、しかも結構胸もある……)


 ちょっとドキドキ。男子なら確実に死んでしまう。

 次は何を仕掛けてくるかと警戒していると、萌絵はにへら、と笑いかけてきた。


「唯李ちゃんモテるでしょ。きっと」


 言いながらいちいち顔を近づけてくる。

 唯李は軽く上半身をのけぞらせつつ、


「そ、そっちこそ、モテるんじゃないの?」

「好きな人とかいるの~?」


 オウム返しを試みるが、無視されてさらに追撃を受ける。

 顔を覗き込まれて返答に窮していると、萌絵は何か思いついたように視線を上向かせた。


「あっ、もしかして……」

「えっ?」 

 

 まさか悟られた……いやそんなわけがない。

 だがもしや、陽キャラ特有の勘のようなもので……。


「もしかして……藤木くんとか?」

「誰だよ」

「え?」


 全然関係ない名前が出てきて素で突っ込んでしまった。慌てて取り繕う。


「あっ、えっと、ちょっとわかんないんだけど……いっつも唇が青紫の人?」

「なにそれ違うよ! え~ウソだ唯李ちゃん知らないの? かっこいいんだよ、歌も上手でさ~。この前ドラマ始まったのも見てない?」

「あ、ああ~あの人ね、なるほどなるほど……」


 アイドルグループの中心メンバーのことを言っているらしい。

 せいぜい顔と名前が一致する程度で、当然ファンだとかそういうわけではないが、ここは話を合わせていく。

 

「か、かっこいいよね~。かっこかわいいみたいな?」

「そうそう! 笑ったとき超かわいいの~」

「うんうん、目と目も離れてないしね~」


 女子トークをなんとかそれっぽく乗り切った。

 だが早くもしんどい。この調子で話しているといずれボロが出る。

 

「あ、あのさ、藤橋さん家ってどこなの? 駅からどっち方面?」

「第一坂上小の近くだよ。昔住んでたお母さんの実家に帰ってきたの」


 唯李も通っていた小学校だ。となると家もわりに近い。電車で一駅前ぐらいまでは帰りが一緒になってしまう。このままがっつりマンマークされていくのは辛い。

 駅周辺までやってきたところで、唯李は一度立ち止まって、わざとらしくスマホを取り出してみせる。


「えっとあたし、ちょっと寄る所あるからこのへんで……」

「え? どこ行くの? わたしも行く!」


 しかし回り込まれてしまった。さらに自分を追い込んでいく。

 とはいえ普通ならここは相手が引き下がるところのはずで、昨日の今日でここまでグイグイ来られるとは思わなんだ。

 言い出した手前やっぱりやめる、というわけにもいかず、書店のある近くのビルに入っていく。

 階段を上ってコミック本のフロアへ。本が平積みになっている新刊本のコーナーで立ち止まると、すぐ後ろをついてきていた萌絵がひょこっと顔を出した。

 

「マンガ買うの?」

「うん、まあ……」

「マンガってスマホで見れるじゃん。わざわざ買うの?」

「そ、それは……見てるけど本も買うの」

「へ~。唯李ちゃんって結構オタクなんだ~」


(おいおいちょっと漫画買ったぐらいでオタク呼ばわりされたらたまったもんじゃねえぜ……)


 実際はちょっと漫画買ってるぐらいではなく、アニメを見て気になったから原作も買いたいのだがそこは伏せておく。

 

「あ、でも実はわたしもオタクなんだよ~」

「へ、へえ~そうなんだ? なら『自己破産フラグ』知ってる?」

「うーんと、それは知らない」

「じゃあ『いぬサル雉ベアハッグ』は?」

「ちょっとわかんない」


(出たよにわかが!)


 どちらも現在絶賛アニメが放送中で、こうして店頭でもガッツリ平台で展開されているものだ。

 このレベルのものを知らないとなると、まったくお話にならないというのが透けて見える。


「ん? 唯李ちゃんどうかした?」

「あ、いや別に……」


 相手が悠己なら「ただのにわか野郎かよ」で終わりなのだが、ここで萌絵に向かってそんなことを言うわけにはいかない。


(あいつとか一見知らん顔してめっちゃ詳しいからな……)

 

 こういうところに二人で来ても楽しいかも……。

 などとあらぬ妄想をしていると、


「じゃあ今度貸して! 読みたい!」


 萌絵によって腕を揺さぶられて、現実に引き戻される。


(貸したが最後返ってこなそう……しかも読まなさそう)


 完全に偏見ではあるがそういうイメージ。

 ここは必殺「また今度」でごまかしていく。


「う、うん、また今度ね……」

「やったぁ、えへへ」

「じゃあそろそろ……」

「え? 何も買わないの?」

「え、ええっと、発売日間違えてたみたい……」

「うふふ、唯李ちゃんドジっ子~」

「あ、あはは~」


 とっさに愛想笑いを返していく。

 本来なら「誰がドルジっ子だよオラァ!」と以下略。

 実はお目当ての本は並んでいたのだが、買ったら買ったで「なに買ったの~?」とやんややんや言われるのは間違いない。もうこうなったらさっさと撤収するに限る。

 本屋を出て「さて帰ろ帰ろ」と駅へ向かおうとすると、萌絵が唯李の腕の袖をくいくいと引っ張りながら、


「ねえねえせっかくだからどこか寄ってこうよ~」

「え、えぇ……? どこか?」

「喫茶店とか? なんか甘いもの食べたくない?」

「え、えっと……ご飯食べられなくなるし……」


 予告なしにそんなことをしたら、何勝手に食ってきてんだよゴラァと家でキレられる。

 それに今は正直食べるぐらいなら漫画買いたい。欲しいゲームもある。


「じゃあ駅の中ブラブラしようよ~。わたしちゃんと見てないんだ~」


 言うなり萌絵は強引に唯李の腕を引いて歩き出した。

 その後駅の中の雑貨屋などをはしごして、あちこち連れ回されたのち、やっとのことで帰宅。

 どっと疲れてごろりとソファに横になりながらスマホをいじっていると、ラインが来た。

 萌絵だ。ぎくりとしながらも、おそるおそるメッセージを開く。


『今日はごめんね……強引に誘っちゃって』


 また何か無茶振りをしてくるのかと思いきや、急に控えめ。

 多少は自覚があったのかと驚いていると、立て続けにメッセージが来る。


『唯李ちゃんとまた会えて、うれしいなって思って……』


 先ほどまでとはうってかわってしおらしい。

 こういうことをされると余計こんがらがってどう接したらいいのかわからなくなる。


(でもやっぱり勝手に決めつけるのもよくないよなぁ、あたしも……)

 

『大丈夫だよ別に~。全然気にしないで!』


 表向き仲良しを装いつつもきっとどこかで落としてくる……だとか、そういう変な被害妄想はよくない。反省。

 謝罪の意味も込めて、元気よく返信。すぐさま返事が来た。


『よかったぁ~。わたし学校の近くまだあんまり詳しくなくて……ネットで見ておいしそうなお店見つけたから、今度一緒に行こ!』 


(げっ、断りづらい! 切り出し方うめえやつ!)

 

 とりあえず『お小遣いが入ったらね~』などとお茶を濁すが、入ったら入ったで欲しい物たくさんある。

 知り合いがいなくて不安、というのならば、こちらも仲良くしてあげればいい話ではあるのだが……。

 

(やっぱりなんか疲れる……)


隣かいはもちろん知ってるよね

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気に読みました! この章のオチがどこに行き着くのかとても楽しみです ゆうきくんやらがなさすぎてすごい…朴念仁元帥ですわ
[良い点] ドルジっ子 [一言] 横綱朝唯李龍かな?
[一言] 「ゆいは逃げ出した」 「しかしまわりこまれた!」 「つうこんの一撃!」 以下無限ループ… なにそれヤダ怖いw
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