地獄からの使者
「うふふっ……唯李ちゃんって面白い!」
その言葉にはっとした唯李は、萌絵を振り返っておそるおそるに尋ねる。
「そ、そう?」
「面白いよ~」
にっこりとそう言われて、急に口元をにやつかせる唯李。
萌絵に対してどうもはっきりしない態度だったが、褒められてうれしいはうれしいらしい。
「よかったね、面白いって言ってくれる人がいて」
「はいはいよかったですよ地獄に仏ですよーだ」
「どのへんが面白かったのか俺にも教えてほしいな、わかりにくいから」
「え~~? これだから素人は……。藤橋さん言ってやって言ってやって」
「なんか意味わかんないけど、唯李ちゃん昔と全然イメージ違っておもしろい! ギャップが笑える!」
「ただの地獄やん。地獄からの使者やん」
昔とイメージが違うところが滑稽で面白いのであって、今の唯李が面白いというわけではないらしい。そこを勘違いしてはいけないようだ。
「へえ、昔の唯李ってどんなだったの?」
「ん? えっとねぇ~」
「いいから小テストだよ小テスト!」
さっきは文句を垂れていたくせに、今度は自分から小テストに振っていく。
そんな唯李を改めてじっと見つめた萌絵が、
「昔は全然面白い感なかったのになんでなんだろう?」
とあごにひと差し指をあてて首をかしげる。
ものすごく煽っているようなセリフではあるが、本人そんなつもりはなさそうだ。たぶん。
さすがの唯李もリアクションに困ったのか、
「い、いやぁ、面白い感っていうかなんていうか……」
「どうしてこうなってしまったんだろう」
「貴様は黙れ」
悠己には当たりがきつい。
唯李に突っ返されたところを、萌絵が手招きをしてきて、
「ねえ聞いて聞いて、唯李ちゃんってね、そのころ……」
「あっ、鳥だ! 飛行機だ! いや小テストだ三浦先生だ!」
唯李が突如窓の外を指差しながら叫ぶ。
英語教師を勝手に空に飛ばしているようだが、うるさい上にネタが異常に古い。
「唯李ちゃんちょっとうるさい」
「はい」
しかも萌絵に怒られ、逆らえないのかわりと素直におとなしくなった。
萌絵は唯李の頭を軽くよしよしと手でなでながら、
「今の唯李ちゃんはこんな感じなんだ~ふぅ~ん……」
「今の唯李は元帥らしいよ」
「ゲンスイ? 何それ?」
「まあ実質クラスのボスみたいなもんだよね」
「へ~そうなんだ~……」
萌絵はしきりに頷いては感心している。
かたや唯李はふんぞり返って……ではなく、なぜか悠己に向かって「余計なこと言いやがって……」とでも言わんばかりの目つきする。さんざん自分で言っていたくせにこれだ。
「唯李ちゃん昔はなんかこう、一人でお絵描きとか……」
「ま、まぁね! あの頃はオールドタイプだったから? 今はちょっと強化入れた感じかな」
「でもかわいかったよね、そのときから~。唯李ちゃんのことかわいいって言ってる男子結構いたんだよ」
「え、え? まじすか? そんなの全然聞いたことないしむしろ逆に……」
「あ~それって、もしかしてあれじゃない? 好きな子いじめちゃうみたいな。くすくす」
「いやクスクスじゃねえよ、マジで笑えねえし」
何か譲れないものがあるのか唯李の口調が荒くなると、さっと萌絵の顔色が変わる。
「えっ……唯李ちゃん怖い」
「あっ、ち、違うよ? 今のは3人目の人格ちょっと出ちゃっただけから。気にしないで」
余計に気になることを言って、唯李はなんとか萌絵をなだめていく。
過去の唯李が今とは違うキャラなのだとしたら、突然そんなキツイツッコミをされて驚くのも無理はない。
「もーびっくりした! ダメなんだからねそういうの! それより唯李ちゃん早く出して」
「ええと、今ちょっと持ち合わせがなくて……お小遣いが……」
「違うスマホ! ライン交換するの!」
ごまかしきれなくなった唯李は観念したのか、携帯をカツアゲされ結局ラインを交換させられている。
そのうちにチャイムが鳴ると、連絡先の登録を終えた萌絵が「またね~」と自分の席に戻っていった。
唯李も一応笑顔で手を振り返してはいたが、萌絵の注意が別のほうを向いた途端急にガクッと肩を落とす。
気を張ってどっと疲れた、とでも言わんばかりなので、
「やっぱり過去になんか嫌なことでもあったの? 『唯李ちゃんはドラ●もんに似てるからグーしか出せないんだよね?』って毎日ジャンケンで荷物持ちさせられてたとか」
「いやそれゴリゴリにいじめられてるじゃん。無駄にリアルっぽい感じやめて? 全然そういうんじゃなくてだね……」
「あ、ごめん……嫌なこと思い出させちゃったね」
「だから違うって言ってるでしょグーで一発いっとくか? もうこれで終わってもいいするか?」
唯李はこちらを睨みすえて握りこぶしを作ってみせて、途端にイキりだす。
かと思えばどこかに不満げに口を尖らせて、
「それにしても、悠己くんともライン交換ねぇ……」
チラチラと何か言いたげな視線を送ってくる。
といってもIDの交換をしたのは凛央も一緒で、その後特に何かやり取りをしたわけではない。
「でもよかったね、萌絵だって転校してきて友達もいなくて不安だろうし」
「友達もいなくて不安ねぇ……ええそうですねぇはい」
「え? なんか不満? ……あ、カニ雑炊ごときが余計なことだったね。元帥様はそんなことお見通しだろうし」
「そうだよカニ雑炊ごときが。もうカニじゃなくてあのかまぼこのやつにしてやろうか。それをカニと言い張ってやろうか。そして高値で売ってやろうか」
「悪魔的だね唯李閣下」
「デビル元帥だよ」
突然のデビル化。何か物言いがお気に召さなかったらしい。
勢いよく突っ返してきた唯李は、いーっと歯を剥いてみせたあと、ぷいっと明後日のほうを向いてしまった。
三巻…