大元帥と影の総帥
翌朝、登校した悠己が自分の席で本を読んでいると、唯李がやってきて席についた。
あいさつもそこそこに、唯李はキョロキョロとやたらに教室内を気にしている。
昨日に引き続きやはり挙動不審なので、悠己は一度読書を中断して尋ねる。
「どうかした?」
「え? どうかしたって何が? 別にどうもしないよ? 全然なんでもない」
必要以上に否定するところが逆に怪しい。
そういえばこの女は昨日萌絵の案内を放棄して逃げて、それきりだったことを思い出し、
「唯李って、萌絵と知り合いだったんだ?」
「へ、へっ? し、知り合いっていうか……ま、まあ」
非常に歯切れが悪い。昨日の今日でいったいなんだというのか。
またも萌絵の席をチラチラしているようだがそちらは現在空席で、萌絵はまだ登校してきていないようだ。
「せっかくの再会なのになんでコソコソしてたの? 整形がバレるからとか?」
「やってねえよ」
「わかった、借りてたゲーム他の人に売ったとか」
「鬼畜じゃねえかよ」
「じゃなんでおどおどしてたの? 昨日も逃げるように帰ったし」
「お、おどおど~? そ、そんなしてますかね? 木の精じゃ?」
そうは言うが明らかに様子がおかしかった。というか現在進行形でおかしい。気のせいの発音が木の精になっている。
唯李は若干頬を引きつらせていたが、急ににやっと表情を作ってきて、
「あ、あれれ~? ってことは悠己くん気になるんだ? 唯李ちゃんの過去が気になってしょうがない?」
「そういえば今日英語の小テストあるんだっけ」
「小テストのほうが気になっちゃってるよ。唯李ちゃんの過去小テストに負けちゃってるよ」
「え、何? ってことは、そんな大変な過去があったの?」
「ん? 別に? 過去ないっすよ? 過去も未来もないよ」
「じゃあよくない? どうでも」
「なんでそうやって余計な四文字つけるかな?」
と唯李は腕まくりをせんばかりの勢い。相変わらず喧嘩っ早い。
わざわざこんな面倒な人を相手にするより、萌絵に聞けば実際のところはすぐにわかることだ。
そう思って本に視線を戻そうとすると、唯李はしつこく身を乗り出してきて、
「ていうかさ、何? なんで萌絵とかって、いきなり馴れ馴れしく呼んじゃってるわけ?」
「いや本人としゃべってそう決まったから。昨日あのあと萌絵に学校案内させられてて……」
「は、はぁっ? な、なにを初日に転校生と打ち解けてんのよ? なんで謎コミュ力発揮してんのどこの陽キャラだよ」
「いや唯李が逃げたせいじゃん。けどそういうのって、俺より唯李のほうがずっと得意でしょ?」
「え? んー……まぁね、もう陽キャラ通り越して太陽みたいなところあるからね。太陽系女子ってね、みんなにエネルギーを分け与えてるわけ。必殺技太陽拳! つってね、いや誰がハゲだよ」
一人でごちゃごちゃとうるさい。少し褒めるとすぐこれだ。
楽しそうにしゃべっているので遮ることはせずに、一通り聞き流したあと、
「でもちょっと聞いたよ。過去の話」
「え、うぅえっ? な、な、なんて?」
「いや唯李のことじゃなくて萌絵の……なにをそんな焦ってるの?」
唯李は得意げな顔から一転、いきなり目を見開いて口半開きになる。
やはり過去に後ろめたいことがあるようにしか思えない。
「か、過去の話って……どんな?」
「萌絵は今でこそ明るいけども、昔は引っ込み思案で友達もいなくてっていう……」
「いや待った。かぶっとるやんけ」
「何が?」
「キャラかぶってんだよって言ってんの」
「誰と?」
悠己は首をひねるが唯李はそれには答えずに、
「ていうかそれ、やつは嘘をついているね。昔からなんかこうイケイケグループだったね」
「へえ? それほんとに?」
「何その疑いのまなざし。唯李と萌絵どっちを信じるって?」
「それは、う~ん……」
「え、迷う? そこシンキングタイム発生する? 昨日初対面だった人に負ける? 今までの積み重ね的なものは?」
「だって唯李ってちょいちょいしょうもない嘘つくじゃん」
「は~? 嘘ついたことない人なんていないと思うんですけど~? 悠己くんは一回も嘘ついたことないんですか~?」
小学生レベルの反論をしてきた。
どうも唯李と萌絵の間には認識の食い違いがあるようだが、人によって見えている景色が異なるということもあるかもしれない。
とりあえずは唯李の言うことも聞き入れることにして、
「というと、唯李はイケイケグループじゃなかったの?」
「ま、まぁそのときはまだちょっとね……」
「今は元帥なのに?」
「そうだよ今は大元帥だよ」
いつの間にか階級が上がっている。悠己の見えないところで戦果を上げているのか。
やはり上からくるので、悠己も昨日萌絵に言われたことを思い出して対抗していく。
「まぁ俺も、影の総帥だからね……ふっ」
「なにが影の総帥だよ。カニの雑炊の間違いでしょ」
唯李に心底バカにしたような顔をされた。
せっかくいい気分でいたのにあんまりだ。
「いやカニの雑炊はおかしいでしょいくらなんでも」
「じゃあいいよカニの総帥で」
などと言い合いをしていると、背後からふっと人の影が落ちた。
「ゆ・い・ちゃ~ん。おっはよ~」
振り返ると萌絵が悠己たちの席のうしろで、満面の笑顔を浮かべながら立っていた。
どうやら登校するなり一目散にやってきたらしい。
昨日はあのあと、萌絵が教室で他の生徒と話し込みだしたので、もう付き合いきれんと悠己はさっさと帰ってそれきりだ。
隣では「ひっ!?」と小さく悲鳴を上げた唯李が、のけぞって椅子から転げ落ちそうになっている。大元帥にあらざるべき情けない動作。
なんとかバランスを持ち直したところに、萌絵がぐっと顔を近づけていく。
カニ総帥「あえて言おう、3巻発売中であると!」