隣の席三銃士
男子たちの注意が向いているのは悠己ではなく萌絵のほう。
萌絵はそれに対してにこっと笑顔でもって応えて、そのまま横を通りすぎる。
「どうかした?」
「ん、目があったから」
目があっただけで知らない人にも笑顔を配っているらしい。
そうでなくとも、先ほどから廊下をすれ違う生徒たちから妙に視線を感じる。
やはり転校生……見覚えのない子と一緒に歩いていたら、そうもなるか。
「萌絵はなんかすごいフレンドリーだよね」
「そうかなぁ?」
「ちょっと分けてあげたいね。熱血硬派の人に」
おもに凛央とか、凛央とか。
最近はずいぶんおとなしくなってはいるようだが、さっきのように視線を浴びたら「何見てるのよ?」と絡んでいきかねない。
「でもわたし、昔は引っ込み思案で、人見知りで……」
「へえ、そうなんだ?」
「うん。でも頑張って、みんなと仲良くなりたいなぁって思ってて……」
そんなことを話しながら、渡り廊下を歩いて別棟のほうへ。
特別教室の並ぶ通りを抜けて、奥の図書室の前で立ち止まる。
「萌絵は本とか好き?」
「んー本はちょっと苦手かも。あんまり読まないかなぁ」
「ふうん。漫画とかも?」
「漫画なら読むよ。えっと萌絵はね……」
そう言いかけて、萌絵はあっ、と手で口をふさぐ。
「どうしたの?」
「えっと、ときどき自分のこと名前で呼んじゃうの、治そうと思ってるんだけど……」
「ああそれ、妹と似てるかも」
前に瑞奈にそれを指摘したとき、「学校だとちゃんとしてるから!」と言われたが、本当かどうか定かではない。
萌絵は少し恥ずかしそうにはにかんだあと、
「あ、ゆっきー妹いるんだ? お兄ちゃんなんだ、へえ~」
「まあ一応お兄ちゃんなのかな。超兄貴じゃなくて」
「わたしも妹なんだ、お兄ちゃんいるんだよ~。結構年離れてるんだけど」
「まーた妹か……」
「なんでそんな嫌そうな顔するの」
「いや別に、いつもこんな顔ですけど」
萌絵はむっとむくれ顔を作ったが、すぐに口元をほころばせて、
「でもゆっきーってなんかすごい話しやすいかも!」
「ふぅん? そんなの産まれて初めて言われた」
「そうなんだ……かわいそうに」
「全然そんなふうに思ったことなかったけど今ので傷ついた」
「仲良くなれそう! ライン交換しようよ!」
そう言ってスマホを取り出すが、悠己は現在スマホを持ち歩いていない。
カバンに入れっぱなしか、そういえば家に置いてきたかもしれない、と記憶をたどっていると、突然背後から甲高い男子の声がした。
「ちょっと待ったぁ!」
影がいきなり悠己たちの間に割って入ってくる。
いったい何者かと見ると、くどい顔の黒縁メガネをかけた男子……園田だった。
そしてさらにその背後から、「ちょっと待ったぁ!」と慶太郎が同様に飛び出してきた。
「え、なにこの人たち」
「成戸くんが藤橋さんに対し不審な動きをしないか見守らせてもらった」
「オレはこの変態メガネが変なことしないか見張らせてもらった」
「暇すぎでしょ」
つまり二重尾行。
隣の席キラー解放同盟というのは、基本騙し騙される間柄らしい。
いきなり暑苦しくなって場がわちゃわちゃとしはじめるが、状況がよくわかっていないらしい萌絵がのんきそうな顔で園田を見た。
「あ、園田くんだ。へぇ、みんな仲良しなんだね~」
「う、うむ……」と目をそらして眼鏡を押し上げ、中途半端なリアクションをする園田を、慶太郎が不審者を見るような目で冷やかす。
すると萌絵が今度は慶太郎に向かって笑いかけて、
「髪型決まってるね、かっくいぃ、なんかイケイケだね!」
「い、イケイケ……」
「園田くんも学年トップなんでしょ? すごいよねぇ、見るからに頭よさそうで、参謀って感じ」
「さ、参謀……」
萌絵の言葉に、慶太郎と園田が毒気を抜かれた顔で固まる。
悠己はなんともなしにその様を眺めつつ、
「なるほど物は言いよう」
「そしてゆっきーは冷静にそれを見守る……影の総帥的な?」
「影の総帥……?」
突然そんなことを言われ、いよいよ悠己も二人と一緒になって、おのおの顔を見合わせる。
「見抜かれたか……」
「ついにオレらの時代が来たな……」
「ふふふ……にじみ出てしまうものなのだね」
ただの三馬鹿じゃん、などと水を差す輩もいない。
ほんわりといい気持ちになったあと、三人で萌絵を囲むようにして、校舎の案内を続行する。
それから一通り校内を回って、教室前の廊下に戻ってきた。意気揚々といざ凱旋。
萌絵が「三人ともありがと~」と言うと、ところどころで解説を入れて始終得意げだった園田が、
「うむ。何か困ったことがあれば、我ら隣の席三銃士にお任せあれ!」
などと胸を張って名乗りを上げだして、高らかに笑いだす。
楽しそうなので悠己も一緒に円陣を組んで盛り上がっていると、
「……何してるの?」
声がして振り向くと、不審げな顔をした女子生徒が立っていた。凛央だった。
凛央は一同に目線を送りながら、冷静な口調で言う。
「邪魔になってるわよ? 廊下のど真ん中で」
さっと慶太郎と園田の顔色が変わり、一気に警戒モードになる。
勇ましくも園田が萌絵を守るようにして、一歩前に踊り出た。
「邪魔だというのかね? この学年トップの参謀が……」
「この前のテストは私が一位だったけど?」
途中で凛央がぴしゃりと遮ると、園田はふらりと一歩下がった。
代わりに慶太郎が前に出て、すかさずカバーに入る。
「この前はその髪型似合ってないだの、散々言ってくれたよな? このイケイケを前にして……」
「小夜が『頭髪剤使いすぎですぐハゲ散らかしそう』って心配してたわよ」
ふらふらとよろめく慶太郎。
二人ともまったくもってだらしがない。
ここはいよいよ影の総帥の出番かと、悠己が前に出るなり、
「ねえ、瑞奈が人のことプリン呼ばわりしてくるんだけど?」
「すみませんでした」
先手を取られた。
この前の花火のとき、風邪で行けなかった瑞奈に凛央がプリンを持参してきて、それがちょっといいプリンだったらしくお気に入りになってしまい、ことあるごとにチラチラ要求しているらしい。
「もうプリオとか言わせませんので」
「プリオは別にいいわよ? かわいいじゃない」
「えぇ……」
何やら本人、怖いからかわいいへのシフトを画策しているらしい。が、方向性がよくわからない。
プリオはくるっと園田と慶太郎に向き直って、
「二人とも、そんな身構えることないでしょ? だいたいあなたたち……」
やはり小言っぽくなっている。
凛央から追撃が来そうだと察知したのか、「それじゃあ僕たちはこのへんで……」と園田と慶太郎はそそくさと逃げていった。
「じゃあ俺もこれで……」と流れに乗って悠己も逃げようとするが、すかさず凛央に進路を遮られる。
「ちょっと待ちなさいよ。唯李は? まだ教室にいる?」
「なんか急いでさっさと帰ったよ」
「帰った? チッ」
やっぱりこの人怖い。
するとこれまで黙って成り行きを見守っていた萌絵が、凛央の剣幕もものともせずに話しかけていく。
「あっ、もしかして唯李ちゃんの友達? じゃあわたしとも友達だね!」
「え、えっ? と、友達?」
急に笑顔を向けられた凛央は、たじろぎつつも「誰?」という目を悠己によこしてくる。かなり警戒しているようなので、ここは仲介が必要だろう。
「えっと、この子はウチのクラスに転校してきた……」
「わたし萌絵っていうの、よろしくね! わ~髪きれいだね! スタイルいい! 背も高いし!」
しかし途中ですごい勢いで萌絵に遮られ、凛央ごと持っていかれた。
凛央は一方的に話しかけられ、あれこれと質問攻めに合っている。
「へ~そうなんだ。じゃあ凛央ちゃんのあだ名とかは?」
「あ、あだ名? そういうのは別に……」
萌絵にグイグイ迫られ、凛央は助けを求めるような視線を悠己に送ってくる。
この感じ、どうにも既視感があるようなないような。
「あだ名ならリーオーがあるじゃん」
「だからなによそれは? そこはかとなくバカにされてる気がするんだけど」
「じゃあリオリオは?」
すかさず萌絵が差し込んでいく。
なぜ二回言うのか悠己にはちょっと理解が及ばない。
泣く子も黙る隣の席ブレイカーに、それはちょっとふざけすぎではないだろうか。
今にも怒り出して萌絵が逆襲を受けるのではないかと気をもんでいると、凛央はわずかに顔をそむけてほくそ笑んだ。
「リオリオ……アリはアリね」
「よっわ」
「な、何よ! も、文句あるの?」
「パイロット入れ替わってるね」
「ゆっきーもほら、そうやってケンカしない!」
まさかの萌絵に仲裁に入られる。
萌絵にぐっと体を押し離されると、ジロッと凛央が訝しげな視線を向けてきて、
「ゆっきー……?」
「リオリオ……」
「何よ?」
「何か?」
お互い牽制しあっていると、「だからやめなサイ!」と萌絵が再度間に入ってくる。
そして懐から取り出したスマホを手にしながら、「じゃあリオリオもライン交換しよ!」と迫っていく。
そう言われて凛央は戸惑っているようだったが、結局萌絵に押し切られてスマホを取り出した。
これは一般兵リーオー
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