夏休み明け
夏休み明けの初日。
登校終了を告げる予鈴とともに教室にやってきた悠己は、まっすぐ自分の席にやってくるなり、椅子に腰掛けて深く息をつく。
「おはよ」
すぐに隣に着席していた唯李が声をかけてきた。
こちらも「おはよう」とあいさつだけは返すが、そのあとが何も続かない。
黙ってカバンの中身を開けていると、唯李が少し心配そうな顔を向けてきた。
「元気なさげだね? どうかしたの? なんかあった?」
「夏休み終わっちゃった……」
「……それで世界の終わりみたいな顔?」
「心配して損したわ」と唯李がむくれてほおづえをつく。
しばらく無言の間が続くが、唯李は急に何か思いついたようにお得意のにやにや顔を作って、こちらを覗き込むようにしてくる。
「でもさ、こうやって学校で唯李ちゃんと顔合わせられて嬉しいでしょ~?」
「つらみ」
「なにがつらみだよ。なに若者ぶってんだよ」
「やばみ」
「誰の顔がやばみだよ」
悠己とは違って絶好調のようで、唯李は食い気味にツッコんでくる。
休み明け一発目からお元気なことだ。
「唯李はずいぶん余裕みたいだけど、ちゃんと課題とかやったの?」
「やったに決まってるでしょ。そうやって宿題すっぽかしたりするポンコツキャラにするのやめてくれる?」
「えっ、すごいさすがえらい。ちょっと見せてもらっていいかな」
「やってねえのかよ。雑な褒め方して誘導尋問とかきたないわ」
「いやぁ、やるにはやったんだけど、読書感想文の存在をすっかり忘れててさ」
「それ写せないやつでしょ。読書感想文の感想文書いてどうすんのよ」
「ちょくちょく変えればバレないって。『とてもすごいと思いました。面白かったです』を『驚嘆に値する。非常に興味深い内容だった』とかってやれば」
「盗作のくせになにをカッコつけてるの? ていうかあたしそんな小学生の絵日記みたいな感想文書いてないからね?」
「まあまあジュースおごるからジュース」
「ジュースおごれば何でも許されると思ってる?」
しまいには「ん~どうしても見せてほしいって言うんなら~」と唯李がふんぞり返りだしたので、「じゃあもういいです」とさっさとこの話題を切り上げる。
なにかこのくだりがもう面倒になったのもあるが、ここは一つ宿題出さなくても実はバレない説を検証するのもありかと思い直す。
「はぁ……眠い。だるい。かゆい」
「一つ変なの混じってるけど」
「昨日の夜、ずっと蚊が飛んでたせいで眠れなかったんだよね。こうなったのも全部あいつのせいだ」
「よくそんな小さい虫にすべてを責任転嫁できるね? はぁ……なんていうか、たかが夏休みでこれだけ人って腐るんだなって」
「せめてあと一週間あれば……」
「まだ欲してるよ」
そのとき担任の小川が、教室前方の引き戸を開けて入ってきた。
「おはようございます~」といつものやや間延びしたあいさつをしながら教壇へ上がるが、教室内は相変わらずがやがやとしている。
「はい、静かに~。今学期から転入になります、藤橋萌絵さんです。藤橋さん、簡単にあいさつをお願いします」
その一言で、騒がしかった室内が一斉に静まり返る。
よくよく見れば小川の傍らには、見覚えのない女子生徒が一人立っている。一緒に教室に入ってきたらしい。
今度はあちこちでどよめきが起こると、隣の唯李も軽く身を乗り出して、
「えっ、ねえねえ転校生だって! どんな子なんだろ?」
「それより帰りたい」
「もういい帰れ」
怒られた。
教壇のほうを見ると、ちょうどその転校生とやらがお辞儀をしたところだった。
ふんわりとボリュームのあるやや丸みを帯びた髪型に、切りそろえられた前髪が揺れる。
背丈は唯李よりも少し低いぐらいで、体型も似ている。
「藤橋萌絵です。よろしくお願いします」
萌絵はそう言って小さく首をかしげて、にこりと笑った。
堂に入った仕草で、特段気負っているだとか緊張しているような様子もなかった。
なぜか教室内が静まり返っていたので、小川が「はい、拍手~」と言うと、ぱちぱちと手を叩く音があちこちから上がった。
「みんないろいろと、教えてあげてくださいね~。それじゃえっと、藤橋さんの席は……」
あらかじめ空席が用意してあったようで、席は廊下側から二列目の一番うしろ。
クラスメイトたちの注目を浴びながら、小川の案内を受けて転校生がゆっくり席につく。
「……ふじはし、もえ?」
一方隣で何事かつぶやいた唯李は、目を凝らすように彼女のほうを見つめて固まっていたが、急に悠己のいる窓際のほうへさっと顔を背けた。
そしてなぜかこちらを向いたまま固まっているので、
「何? どうかした?」
「あ、いや別に……」
「なんで俺のほう見てるの?」
「そ、それは……まあ、ちょっと悠己くんに見とれちゃって……? うふふ」
「はあ?」
「はあ? ってなんだよはあ? って」
みんなが転校生に注目する中、一人だけあさってのほうを見ている。そして妙に挙動がおかしい。
不審に思っていると、壇上で小川が、
「これから体育館で始業式なので、早めに行ってくださいね。えっと……小牧さん、藤橋さんの案内をよろしくね」
「え、アタシですか~? 別に誰でも……」
「えっ、小牧さんもしかして委員長が重荷に……? あとでちょっと職員室で話を……」
「はいはい、やりますやります全然」
必殺の職員室呼び出しを図るが、軽くいなされている。
それからHRが終わって小川がいなくなると、唯李の二つ前の席に座っていたクラス委員の小牧が唯李のもとにやってきて、
「はぁ、こういうとき絶対アタシだし。唯李も一緒に行こ」
「え? あ、あたしその前にちょっと、と、トイレに……」
「トイレ~? 待ってるから早くしてよ」
「ちょ、ちょっと時間かかりそうだから……や、あたしのことは忘れて先に行ってていいよ。時々でいいから思い出してくれれば、うん」
「は? 時間かかるってどんだけ?」
なんやかやごちゃごちゃとやっている。
そのうちに唯李は逃げるように席を離れると、わざわざ教室前方の出入り口から回り込むようにして、廊下へ出ていった。
↓第三巻が12月28日頃に発売予定です!
大幅加筆修正に加え、書き下ろし短編を収録しております。
今回も悩みに悩んでいろいろと頑張りましたので、どうぞよろしくお願いします。