番外ネタ 羽ビーーーム!
グダグダのまま花火練習試合の日程はなかなか決まらなかった。
場所だけは近所の公園と決めていた。小さいときに家族でやったことがある。
しかし軽く下見すると花火禁止と思いっきり張り紙がしてあった。昔はなかったはずなのだが。
その後リサーチの末行き着いたのは、花火大会のときの河川敷だ。ようやくそこでの決行を決める。
当日、悠己は瑞奈とともに駅へ向かった。電車でやってくる唯李と合流するためだ。
時刻は午後三時前。まだまだ夏真っ盛りの暑さ。外は傾きかけた陽が、容赦なく照りつけている。
冷房のきいた駅構内の一角で待っていると、唯李はいつものように微妙に遅れて現れた。瑞奈の顔を見るなり神妙な面持ちをする。
「瑞奈ちゃん残念だったね、この前は」
「ごめんねゆいちゃん、花火行けなくて」
「いいよいいよ、しょうがないって」
「うん……」
せっかく誘ってもらったのに、という思いが瑞奈にもあるのだろう。
珍しく出会い頭から空気が重たい。唯李はゆっくりと瑞奈の頭に手を触れる。
「だから気にしないでいいって。よしよし……と見せかけてくらえ鼻ビーーーーム!」
「鼻ビーム返し!」
「鼻ビーム返し返し!」
かと思えばいつものようにじゃれ合いが始まった。
真面目かと思いきやすぐこれだ。とはいえこれも唯李なりに気を使ってのことなのだろう。きっと。そう思いたい。
鼻ビーム合戦が一段落したところで、悠己は唯李の背中を指さして尋ねる。半袖ショートパンツ姿の唯李は、見慣れないリュックを背負っていた。
「それ何入ってるの?」
「鉄の金庫」
「途中でやられても大丈夫なように?」
「瑞奈ちゃん、今日サンドイッチ作ってきたからね。タコさんウインナーも」
唯李は話の途中で瑞奈に向き直った。なぜか無視された。
返しがお気に召さなかったらしいが正解はわからない。
「わぁやったぁ! 料理できるアピールだね」
「そう。料理超できるアピール」
ドヤ顔を決めると、唯李はきょろきょろとあたりを気にしだした。
首をかしげながら悠己に聞いてくる。
「あれ? 小夜ちゃんは?」
「旅行で来れないんだって」
「なんだ、ビビって損した」
なぜビビっているのか。
実は前々から家族で旅行に行く予定があり、それと日程がかぶったらしい。こちらは急遽予定を変更したりでグダったので仕方ない。
「慶太郎のぶんざいで沖縄だって」
「親友を下に見てるね」
「親友……?」
「疑問符付いてるね」
昨晩も宿題に頭を悩ませているところに、慶太郎から海の写真が送られてきた。
ネットから海の画像を拾ってきてやり返そうかと思ったがむなしくなったのでやめた。
悠己は懐からスマホを取り出して構える。
「向こうがその気ならこっちも送りつけてやるよ、夏休みベストショットをね」
「やり合う気なんだ? 向こう沖縄だと勝ち目ないかもね」
「はい唯李ちゃん笑って~」
「やめい勝手に撮んな」
拒否られた。どのみちこんな風情もない写真では張り合えない。
やがて一行は目的地に出発。夕暮れ前には河川敷に到着した。
祭りのときは別として、平時は静かなものだ。花火当日に屋台のひしめいていた広場は、まっさらな芝生地帯になっている。
水辺でたわむれる親子連れが数人見える。。
その少し離れたところに、大学生ぐらいの男女グループがひとつ。はしゃぎ声が川べりに響く。
「パリピがいるからもっとあっちいこ」
瑞奈の提案に唯李もうんうん、と頷く。
そうは言うがあからさまに危険というわけでもない。何も取って食われるようなことはないだろうに。
土手の上のアスファルトをより人気のない方へ。遠くに浮かぶ夕日が沈むにつれ、暑さがいくぶん和らいできた。
しばらくするとチリンチリンと背後でベルが鳴った。自転車が悠己たちのわきを追い越して、前方で止まる。スポーツバッグを肩にかけた黒髪少女がこちらを振り返った。
「あ、りおだ」
瑞奈が手を上げると、凛央は無言で親指を立てて答えた。謎のキャラ。
自転車のカゴの中には小型のバケツが入っていた。花火を始末するためのものらしい。準備万端だ。
「いえーいリオリオいえ~い」
ペダルに伸びた足の太ももをぺちぺちし、唯李がうざ絡みしていく。すぐさま腕を取られて変な方向にねじりあげられている。
「凛央ちゃんも来たんだね。別に花火とか興味ないかと思ってたけど」
「まあ、私は別によかったんだけど。成戸くんがぜひっていうから」
「そのわりにガッツリ準備してるね」
「あとこれ、バドミントンセット」
「なんでバドミントン?」
「この前買ってそれっきりだったから。みんなやるかと思って」
「いややらねえよ?」
頭ごなしに否定。バドミントンにトラウマでもあるのか知らないが辛辣だ。
やりとりを聞いていた瑞奈が手を上げる。
「バドミントンやりたーい、ゆいちゃんマトになって」
「どういう遊びだよ」
土手から斜面を下って芝生地帯へ。
なるべく草が短いところを選んで、悠己は花火大会のとき同様にレジャーシートを敷く。
その上に唯李がお弁当箱を広げた。中にはきれいに切りそろえられたサンドイッチが詰められている。タコさんウインナーつき。凛央も負けじと手作りのクッキーをカバンから取り出した。賑やかにおやつタイムが始まる。
「なんだかんだでいっぱいだねぇ。よかったね瑞奈ちゃん」
「うん。でもゆいちゃんたち花火のとき屋台でいっぱい食べたんでしょ? 焼きそばとたこ焼きとお好み焼きとイカ焼きと」
「そんなに食ってねえよどんだけ焼くんだよ。なんかあの日ゴタゴタして、あんまり食べなかったんだよね」
「少食アピール?」
「違いますが? ていうかパンにクッキーに口パッサパサなんですけど。これやらかしたね」
唯李が荒々しくクッキーを頬張りながら言う。準備不足が裏目に出た。
ここは空気を読んで飲み物を買いに行くことにした。悠己はひとり立ち上がって、さきほど来た道を逆戻りする。
朱色に染まった空を見上げながら歩く。途中立ち止まって、夕日を斜めにスマホカメラのシャッターを切った。切り取ったのは誰も映らない夕焼け空だった。なんとなくで特に意味はない。
スマホをしまうと、風がそよいで夏草の匂いがした。少し涼しい。
気温はまだ真夏のようだったが、夏の終わりはすぐそこまで迫っている。そんな感じがした。
道端に立つ自動販売機で何本か飲み物を見繕って戻る。芝生では宙を舞うシャトルを追って、唯李と瑞奈が交互にラケットを振るっていた。
「落ちろカトンボ!」
「まだだ、まだ終わらんよ!」
飛び交うシャトルはへろへろだがいい勝負をしている。
シートの上では行儀よく座った凛央が二人の戦いを眺めていた。悠己はその隣に腰を下ろして、飲み物を手渡す。
「悪かったねこの前は。瑞奈の面倒見てもらっちゃって」
「え? ああ、まあそれはいいってことよ」
「いやさすがに申し訳ないなって」
「そのぐらい気にすんなって」
「……さっきからそのキャラ何? うざいんだけど」
「私なりに気を遣ったんだけど?」
非常にわかりにくいので普通にしてほしい。
「まあ、そのお詫びというとなんだけど、凛央も今日は花火楽しんでもらって」
「花火楽しんでって……そんな子供じゃあるまいし」
「そのカバンから花火セットはみ出してるけど凛央も買ってきたの?」
「量が足りないかと思って」
「ガッツリ遊ぶ気じゃん」
「日も落ちてきたし、そろそろ頃合いかしらね」
「まだ明るくない? 待ちきれなくなってるじゃん」
「川の水くんでバケツに入れといたから」
頼んでもいないのに準備はオッケー。
落ち着いた口ぶりとは裏腹に、凛央はどこかそわそわとしている。
渡した飲み物も一気に半分以上飲み干した。保護者のように唯李たちを見守っているふうだが、チラチラ時間を気にしている。
「きゃはは、瑞奈ちゃんからぶり~! へたっぴじゃん」
「むぅ……。瑞奈はそういう体育会系とかじゃないから」
「じゃあなに系?」
「そりゃもちろん特質系ですよ」
「厨二系じゃん。鎖持ち歩いてそう」
「くらえ羽ビーーーーム!」
「甘いわ!」
瑞奈が手で投げつけたシャトルを唯李のラケットが叩き落とす。
再度瑞奈がシャトルを拾って投げつける、と見せかけてフェイントを繰り返す。そのたびに唯李はラケットを振り回し、変な踊りをした。せっかくなので悠己はス マホを向けて動画に収める。
「ふっ……あたしの間合に入ったら斬る」
唯李は二つ同時に飛んできたシャトルを切り払った。得意げにラケットを構えてみせるが、瑞奈は飽きたのか踵を返して近寄ってきた。
「ゆうきくん何撮ってるの?」
「ふたりとももっと楽しそうにやっていいよ。常夏の島でキャハハウフフみたいな」
「なにそれ」
やはり唯李のタコ踊りもどきでは沖縄組に張り合えない。
「もうバドミントン飽きた。りお交代」
「うし」
ラケットを渡された凛央が気合を入れて立ち上がった。
「いや凛央ちゃんとはやらんよ? 金輪際。未来永劫」と早口になる唯李に向かって、大股に近づいていく。
入れ替わりに座った瑞奈が、口を開けて小さく顔をかたむかせた。
「ゆうきくんジュース」
「赤ん坊か。自分で飲みなよ」
瑞奈はかたわらのペットボトルを開けて飲み始める。
「ふぅ生き返ったぁ~」とすっかり上機嫌な様子。ウインナーを貫いたつまようじに手を伸ばし、口に頬張った。
「いやぁ楽しいねぇ」
「そう? よかったね」
「人いっぱいでうざい花火大会よりこっちのほうが楽しいよね」
「まだ根に持ってるね」
「ほらゆうきくんも飲みなよ食いなよ」
自分で用意したわけでもないのに偉そうだ。まだ花火が始まってもいないのに酔っ払って騒いでいるおじさんを連想した。
とはいえ瑞奈は花火に行けなくてかわいそうだったのだ。半分自業自得ではあるが。
とりあえずそう思うことにした。
花ビーーーム! につづく