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花火6

「……何やってんの?」


 その一声で、わちゃわちゃとしていた場が静まった。

スマホ片手に現れた悠己のもとに、唯李、小夜、慶太郎からの視線が集まる。

 今まさに小夜の顔面に掴みかからんポーズで固まった唯李が、


「い、いやこれは今ちょっとヒートエンド……じゃなくてヒートアップしてて」


 しどろもどろになりながら謎の言い訳をする。

 最後はまさか腕力で解決しようとするとは。だけどなんだかそんな予感はしていた。

 唯李が慌てて手を引っ込めると、スマホを耳に当てたままの小夜が悠己に向かって声を上げる。

 

「あ、あのっ、き、聞いてください悠己さん!」

「ちょ、ちょい待ち! 奴との戯言はやめろ!」

「とりあえず落ち着け」


 目の前から耳元から同時にキンキンとうるさいので、小夜との通話を切ってスマホをしまう。

 そしてものすごい勢いで迫ってくる小夜と唯李の頭にぽん、と同時に手を乗せた。

「恥ずかしいですよみっともないよ」という意味を込めてベンベンと雑に頭を叩くと、二人は我に返ったのか顔を赤らめたのち、一緒におとなしくなった。


「すげえな悠己お前……猛獣使いか」


 すかさず「誰が猛獣だよ」と慶太郎が二人から寄ってたかられ、土で汚れた浴衣をさらによれよれにされている。

 仕方なく悠己がもう一度頭ベシベシで落ち着かせて仕切り直し。

 

「もう大丈夫だ、とりあえず解決した。そんで悠己、もうお前も鷹月のこと、隣の席キラーだとかなんとかって、アホなこと言うのやめろ」

「だからちょっと!!」


 慌てだした唯李がまるでシュートをふせぐように、慶太郎の前でわたわたディフェンスを披露する。

しかしその隙に小夜が横から口を出してきて、


「ごめんなさい悠己さん、違うんです、わたしの勘違いでした。隣の席キラーは……」

「大丈夫、わかってるわかってる。唯李は隣の席キラーなんかじゃないよ」

「えっ?」


 小夜がきょとんと首をかしげ、慶太郎が目を見張らせる。

 唯李は目の前でシュートをうたれた人のような変なポーズで固まった。

 悠己は一同を見渡して言った。


「今の唯李は、夏キラーだから。夏を制する夏キラー」


「は?」という空気が場に漂う。

 だが悠己はおかまいなしにそう言いきって、唯李へ目線を送った。

 すると天の助けを得たかのように目を瞬かせた唯李は、急に余裕たっぷりに笑みを浮かべて、

 

「ふっ、ただ今ご紹介に預かりました……。こちとら、泣く子も黙る、夏キラーよ! あ、飛んで火にいる夏の虫! いよぉーっポンポン!」


 芝居がかった口調で言いながら、歌舞伎役者が見栄を切るような妙なポーズを取った。

何か場に凄まじい冷気が走った。

 じっと三人から無言の視線を浴び続けた唯李は、突然くるりと身を翻すといきなり逃げ出した。


「あっ、逃げた」


 どうやら「どうすんだよこの空気……」という圧力に耐えきれなかったらしい。

 一連の流れにあっけにとられていた小夜が、悠己に向かってぺこぺこと頭を下げてくる。


「あの、悠己さん……。すみません、わたし、いろいろと勘違いしてたみたいで……」

「そう、勘違いしてるよ小夜ちゃんは」

「へ?」

「小夜ちゃんのことこれっぽっちも気にしてない、なんて言うけど、俺はそんなことないと思うよ。慶太は口では文句ばっかり言うけど、それはちゃんと見てるってことだと思うから。素直じゃないけどさ、今だって小夜ちゃんが心配なお兄ちゃんだよ」


 小夜はぼうっとした顔で、その場に立ちつくす。

 遊び相手のいなかった小夜を、最初に瑞奈に引き合わせるよう言い出したのは慶太郎だ。

 愚痴を言いながらもプールに連れ出したのも慶太郎で、結果、二人は仲良くなれた。


「さっきはちょっとびっくりしたけどね。でも勘違いでもなんでも、人のことでそんな前のこと、本気で食ってかかってくるって……それぐらいお兄ちゃんが好きなんだろうなって。だって本当にどうでもよかったら、普通はそんなことしないよね」


 そう言うと、小夜はちらりと慶太郎の顔色をうかがうようにしたあと、決まりが悪そうにうつむいた。

 すると当の慶太郎もバツの悪そうな顔をしながら、悠己の肩を小突いてくる。


「うるせえよお前、勝手なことぐだぐだ言ってないでさっさと鷹月追いかけろ」

「あ、俺?」

「お前だよ」


 顔をまっすぐに指さされる。

 だけでなく、小夜も悠己に向かって頷いてきて、二人一緒になって圧をかけてくる。

 やはり行かなければならないらしい。たしかに慣れない浴衣で、そのへんですっ転んでないか不安だ。

 悠己は唯李が走り去った方角へ踵を返すと、去り間際、小夜を振り返った。


「そうそう、忘れてた。小夜ちゃんに瑞奈から伝言。『お兄ちゃんと一緒に仲良く花火見てね』だって」

 

 そう言い残すと、どこかぎこちない二人を置いて、悠己はその場を立ち去った。

 


◆◇


  

 凍りついた場を逃げ出した唯李は、駅への道のりを一人とぼとぼと歩いていた。

 いきなりの急展開に焦りまくっていろいろと暴言を吐き捨て、最後は夏キラーで滑り倒して逃走した。こうなってはおめおめと戻ることはできない。

 今ごろ何を言われているかわかったものではないし、悠己とも顔を合わせづらいしで散々な結果である。

もうこのまま帰ろう。

そう思って河川敷にある会場を離れ、駅のある通りまで戻ってきた矢先、電話が鳴った。悠己だった。


(何なのよもう……)

 

 しばらく無視していたが、バカみたいに延々着信を鳴らされて、最後は根負けした。

 電話に出ると、悠己は何事もなかったような口調で、「今どこ? 行くから待ってて」とだけ言った。

 相変わらずのマイペースっぷりに力が抜けて、もはや逆らう気力も失せた。

 近くにコンビニがあったので、とりあえずそこを目印にするよう伝える。

 軒先で立ちつくしていると、しばらくして悠己が急ぎ足でやってきた。


「いたいた。大丈夫? 転んでない?」


 子供扱いな口調にイラっときて「こけてねえし」とぶっきらぼうに返す。

 実は途中サンダルが脱げて転んだが、草の上だったのでこれはノーカン。

 さっそく何を言われるかとビクビクしていると、


「ここからだと花火あんまり見えないなあ……」


 悠己は先ほどの騒動とはまったく関係のないことを言った。

 たしかに河原からは少し離れてしまったのもあり、音こそよく響いてくるものの、建物で花火はあまりよく見えない。

 もう花火どころじゃないんだよ、とよっぽど言ってやりたかったが、周囲を見渡していた悠己が、


「あそこからなら見えるかも」


そう言って、行く手にある大きな歩道橋の上を指さした。

言うやいなや、悠己はひとりでに歩いていってしまうので仕方なくあとをついていく。

段差に差し掛かると、悠己が手を伸ばしてきて、


「足元大丈夫?」

「余裕」

「高いけど大丈夫?」

「だからこういうところは大丈夫だっていうの」


 歩きづらい格好を気にしてくれているようだがつっぱねていく。

へそ曲げモード入ってるなと自分でも思うが、やはりこの子供扱いっぽい感じが悔しいというか恥ずかしいというか。


 階段を登りきると、同様に橋の上で空を仰ぐ人影がちらほら見受けられた。

 それでも会場の賑わいに比べれば静かなもので、そして花火は意外によく見える。


「ちょっと遠いけどよく見えるね」


足を止めた悠己が、花火を見上げて言った。こういう場所を見つけるのはうまい。

 しかし唯李としてはそれどころではない。

 さっきはうまいこと悠己の助け舟が……いやいつもの空気を読めないボケだろうが、あの二人には完全に感づかれていてかなりまずい。

 もしや告げ口をされてはいないかと、どうにも気になってしまって尋ねる。


「ふ、二人から、な、なにか言われた?」

「何かって?」

「べ、別に?」


もしや知らないふりをしているのか?

とも思ったが、何も言い出してこないあたり、うやむやで終わったに違いない。

いや、というかさっきのではまだバレてないバレてない……はず。


「二人、仲直りできそうでよかった」

「そうね……」


 唯李は一緒になって遠い目をして、それっぽく頷いてみせる。

 なんにせよ誤解が解けたのなら良かったが、今の問題はそっちではない。

とりあえずは全力でシラを切っていく方針でいくことにした。

 

「花火、きれいだね」


 それでその話題はもう終わったのか、悠己は橋の欄干に寄りかかりながら、大きく広がった花火を見てのんきなことを言う。

 正直言って、あれこれと事が起こったせいで今日は花火どころではなかった。

 さっきからバンバンうるせえんだよとすら思った。

 いろいろと慌てふためいて心乱されたが、やっぱり悠己は何事もなかったかのようにいつもどおりで……だけどそれが妙に安心する。

 その一方で、煮えきらない態度が腹立たしくもあり……とにかく複雑だ。

 そんなことばかり考えてなんとも返せずにいると、急に悠己の瞳がこちらを向いた。


「唯李」

「……なによ」

「ありがとうね」

「は?」


 突然礼を言われて、間抜けな声が出てしまう。

 いったいなんのことかと、今度はどんなボケが飛んでくるのかと身構えるが、悠己はどの予想にもなかったことを言った。


「花火、誘ってくれて」


 何のてらいもなくそう言われて、拍子抜けした。

 しかし誘ったときはあれだけしぶっていたくせに、いったいどういう風の吹き回しか。

 やはりボケているのかと再度警戒していると、

 

「花火、何年ぶりだろうな……」


 悠己は夜空を見上げて、誰にともなくつぶやくように言った。

 花火が始まったときも感じた不思議な雰囲気に、すっかり毒気が抜けて、唯李も素直に聞き返していた。


「そんな久しぶりだったんだ?」

「うん。でも前はここの花火、よく家族で来てたんだ。それこそ毎年欠かさず」

「そうなんだ? でもそのわりに、瑞奈ちゃん嫌がってるみたいだったけど」

「そうだね。俺もあのとき、瑞奈が花火行くなんて言うと思わなかったら、すごくびっくりした」


 話にいまいち要領を得ない。

 ただ唯李が瑞奈を誘ったあのとき、妙に場の空気が張りつめていたのは確かだった。


「それは……どうして?」

「母さんが花火、大好きだったから」


 その一言に、はっと息が詰まる。

 悠己は前を向いたまま、まるでそのときのことを思い出すように一人語り続ける。


「言い出しっぺはいつも母さんで、花火の日が近づくと子供みたいにはしゃいで、当日も張り切ってお弁当作って用意して……思い出しちゃうからかな。父さんも、瑞奈も……俺も。毎年、時期が来ても、花火のことには一切触れなくなって。母さんがいなくなってからは、俺も……もう二度とそんな気持ちにはなれないだろうなって思ってたけど……」


 悠己はわずかに目線を伏せた。

一呼吸置いたのち、顔を上げて、唯李を見た。

 

「今日は来れた。唯李が、連れ出してくれたから。だから、ありがとう」


 笑いかけた悠己の瞳に反射して、花火が光った。

 急に花火がきれいに映った。とてもきれいだと思った。

 それでもなぜか見ていられなくなって、唯李は目をそらしてうつむいていた。


「あっ、あのさ、その……」

「何?」


ドキドキと心臓の音が早くなる。

さきほどまでのいざこざで、すっかりそんな気は失せていた。

そのはずなのに、突然気持ちがこみ上げてきて、伝えたくなった。

思いきって顔を上げて、悠己をまっすぐに見つめた。

 

「…………花火、きれいだね」


 本当に伝えたかった言葉は出なかった。

 だけど、何も間違ってない。その証拠に、彼は笑顔で頷いてくれた。

 

「来年は、瑞奈も来れるといいな。そのときは唯李も一緒に、来てくれる?」


 じっと見つめ返されて、なんだか初めてお願いをされたような気がして、うれしくて胸がきゅっとなって、でも声が出なかった。

 なんとか首を大きく縦に振ることだけすると、悠己はまた笑った。


「よかった」


 それからはお互い、無言のまま。

 寄り添うようにして、静かにじっと夏の夜空を見上げた。





「ありがとう、夏キラー」

「だからそれをやめい」

「なんで? 唯李が言い出したんじゃん」

「いやおかしいでしょ今ここでそれ、いい感じで締めろよ。なにが夏キラーよ寒いんだよ。ダダ滑りしてるんだっての」

「夏は涼しいからいいね」

「誰が人間冷却器だよ。持ち運び可能の電源いらずで便利かよ」

「ほら涼しい涼しい」


けどすぐにうるさくなった。


……いいのかこれで? 

とりあえずここで一区切りです。お付き合いありがとうございました。

9月30日コミカライズ版が発売になります。この下に表紙があります。

こちらも超激かわゆいとなっておりますので、どうぞよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
派出に滑って転んでも悠己と一緒にいると丸く収まるね、なかなかいいペアだと思えるようになってきたよ~
[一言] 一巻の表紙で既に泣いてる⋯
[一言] あれ……涙でそうだったのが引っ込んだ……流石唯李……泣かせてくれない……さすゆい(*-ω-)
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