花火2
人の流れに乗って、河川敷のほうにある広場へ降りていく。
ここは出店がとなりあってひしめきあい、屋台が最も集中している場所だ。
歩きながら唯李は右に左に視線をきょろきょろとさせつつ、
「お好み焼きにたこ焼き、焼きとうもろこし……あっ、じゃがバターもある! どれもおいしそ~。悠己くんは? なにか食べたいのある?」
「う~ん、迷うなぁ……」
「わかるわかる、これだけあると目移りしちゃうよね。ちなみに何で迷ってるの?」
「あのフランクフルトか……アメリカンドッグ」
「どんだけソーセージ食いてえんだよ」
「それかホットドッグは……ないか。あの喫茶店で買ってくればよかったかな」
「どんだけ気に入ってんだよ」
そんなやりとりをして、いつもの調子が出てくる。
これで調子が出てくるというのもおかしいのだが。
悩んだ末、悠己は結局フランクフルトとアメリカンドッグの両方を買ってきた。
現れたソーセージ二刀流野郎を見て相変わらず自由な……と思っていると、悠己は両腕を唯李の前に差し出しながら、
「どっちがいい?」
「え? ど、どっち?」
「ふふ、唯李ってこういうとき優柔不断だよね」
「は、はぁっ? だ、誰がよ? じゃあこっち!」
軽く笑われたのでムキになって手前のフランクフルトを指さす。
すました顔で「じゃあはい」と手渡されてしまい、なんだかはめられた気がする。
「ありがと……あ、お金」
「いいよいいよ、今日は無礼講」
「それ使い方おかしくない? しかもなんで部下扱いよ」
すかさず咎めるが、悠己は気にせず手元のアメリカンドッグにかぶりついてるので、唯李もそれにならって口に運ぶ。
「唯李は何か食べたいのある?」
「え? ん~あたしはねぇ~……」
早々にアメリカンドッグを平らげた悠己が尋ねてくる。
選択肢が多すぎて悩んだが、少し思うところあり、「じゃああれかな」と言って屋台に続く列に並ぶ。
列の長さから言って一番人気は間違いない。
「や~こういうときの焼きそばの匂いって反則だよね」
「結局焼きそば? 面白くもなんともないね」
「なんでここで笑い取りに行かないといけないわけ?」
「せっかく俺はボケてあげたのに」
「素なのかボケなのかすごいわかりづらいんですよね。ていうかさっきのは天然でしょ」
屋台のお兄さんにお金を渡して、パックに入った焼きそばを受け取る。
そのあと悠己が二人で食べられそうな焼き鳥とたこ焼きを買うと、
「一回どこかに座って食べようか」
とりあえず一度これを食べようということで、屋台のある一帯を離れ、土手のほうへ歩いていく。
なだらかな土手の上であちこち広げられているレジャーシート地帯から、なんとか二人座れそうなスペースを発見すると、悠己は背負ったカバンをごそごそとやりだした。
珍しくリュックを肩にかけていると思ったら、中から折りたたんだ小さめのレジャーシートを取り出した。
それを草むらの地面に広げると、さらにタオルを取り出してその上に敷く。
完成すると悠己が「どうぞ」と手で指し示しながら、座るよう促してくる。
「おっ、準備がよろしいですね。……ん? もも組なりとみなって書いてあるぞこれ」
「まあまあ」
ずいぶん使いまわしているようだ。
腰を落ち着けるなり、悠己はいそいそとアルミホイルに包まれたおにぎりと水筒をリュックから取り出す。
おにぎりはしっかり保冷剤つきで、勝手にカップに注ぎだした水筒の中身はお茶が入っているらしい。
「意外に女子力高いね……」
「これ、おにぎり唯李も食べる?」
そう言われて、これなら自分も何か作って持ってくればよかった、と少し後悔する。
浴衣やら髪型ばかりで、そっちのほうはまったく気が回っていなかった。
そんなことを思っていると、悠己が少し怪訝そうな顔をしながら、
「大丈夫、ちゃんと手洗ってから握ったから」
「当たり前だよ」
悩んでいたのはそんな低レベルな問題ではない。
その間も悠己は、「これは梅、しゃけ、おかか……」と次から次へとおにぎりをゴロゴロと出してくる。
「こんなに? どんだけ作ったのよ」
「みんな食べるかなって思って。いっぱい食べていいよ」
「ドジっ子彼女が作りすぎちゃったみたいな感じになってるけど」
「おむすびころりんすっとんとん」
「どうした急に」
悠己はここにきてなんだかやけに楽しそうだ。
たいていは手ぶらのノープランでいるくせに、今日はこうしてきちんと用意をしてきていることに驚き。
さらに悠己はアルミをめくったおにぎりの上に、先ほど買ったたこ焼きを乗っけてみせて、
「見て、これがほんとのタコライス」
「今日どうした本当に、大丈夫か」
「いやほら、今日は花火だからさ」
「だからなに? 花火で頭スパークしちゃった?」
「頭ゆいならぬ頭ゆうきだね」
「やっぱり頭ゆいディスってんだろ」
やはりちょっと様子がいつもと違う。
お祭りで浮かれるだとか、そういうキャラではないと思っていただけに意外だ。
それに乗せられてか、唯李は購入した焼きそばを箸で掴み上げると、にやりといたずらっぽい笑みを浮かべて、悠己の顔の前にちらつかせていく。
「ほら焼きそばに入ってるキャベツだぞくらえくらえ~。食えるもんなら食ってみろ~」
この前プールのときに悠己が自白した弱点攻撃だ。これをやりたいがために焼きそばを選んだ。
「うりうりうり」と目の前で揺らしてやって悦に入っていると、いきなり悠己はためらいなくぱくっと食らいついた。
「おいしい」
「弱点って言ってたのなんだよ。嘘かあれ」
「苦手って言っただけだよ。ないほうがいいかなって思ってるけど別にあったらそれはそれで……」
「もういいわその話。リアルまんじゅうこわいやられたの初めてだよ」
「リアルまんじゅう……? なんか怖そう」
「リアル鬼ごっこ的なやつじゃないからね? 切るところがおかしい」
本当汚い。やり口が汚い。
この男一見弱点だらけのように見えて、案外弱点という弱点が見当たらないような気もする。
「でもそういうの、いちいち覚えててくれてるんだ」
「へ? ま、まあね……相手の弱点はね、夏キラーするのにも必要だから」
「へえ、キラーするのも楽じゃないね」
まさにお前が言うな案件だが、悠己は他人事のようにおにぎりを口に運び出す。
唯李も負けじと「そうよ大変なのよ」と返して、パックの焼きそばに箸を突っ込む。
(でも、やっぱり楽しいな……この感じ)
いつしかそんなふうに思っている自分に気づく。
そりゃまあ多少イラつかせられることはあるが、そのぶん好きにツッコんでやって帳消しにできる。それがすごく楽しい。
今のはちょっとキツかったかも、と思っても、悠己はそれで本気で怒ったりはしない。
考えこそ読めないが、もし向こうだって同じように、思っていてくれたなら……。
(いやていうかこの流れで告白って……やっぱりそりゃないですよね)
いくら真希に肩を押されようと、それはさすがに無理というものだろう。
姉も半分ふざけているのだろうけども、だけどもし告白して、断られたら……今の関係はどうなるのだろうか。
それか万が一、仮に成功したとしても、今のこの関係は……。
ふとそんな思いが頭をよぎると、急に緊張がこみ上げてきて、いつしか話す言葉も少なくなってきた。
考えを振り払うように、焼きそばを口に運ぶ。
ヤバいこのお箸さっき悠己くんが口に入れたじゃん、とあとになって気付くも、時すでに遅し。
やがてそのまま無言で焼きそばを食べ終わると、悠己が不思議そうな顔をした。
「唯李のほうこそ、なんか今日ちょっと変じゃない? どうかした?」
「ど、どこが? 普通よふつー? いつもどおり」
一瞬どきりとした。
もしや微妙な焦りが顔に出てしまっていたか、単純に急に口数が少なくなって変に思われただけか。
慌てて笑顔で取り繕うとすると、悠己が何かひらめいたような口ぶりで、
「あ、もしかしてトイレ?」
「だからトイレネタやめろ」
反射的にそう返したはいいが、遅れ気味で急いでいたのもあり家を出るタイミングもゴタゴタしていて、実はトイレに行けていない。
まだ急を要する、というレベルではないが、最悪のタイミングでトイレに行きたくなるというのはよろしくないだろう。
「うんまあ……そ、そうね。ちょっと、トイレに……」
「うん、行ってきな」
「なんでそこだけ妙に優しい?」
トイレ向こうのほうにあったよ、と悠己が手で方角を指し示す。
何か子供扱いされているようで腹が立つが、本人はいたって悪気のない顔で調子が狂う。
やはりこれはいろんな意味で一度リセットしたほうがいいと、唯李はシートから立ち上がった。