花火
そして花火大会当日の夕方。
真希とともに電車で最寄り駅に到着した唯李は、花火大会の会場へ向かう人の流れに乗る。
もともと駅近くで集合予定だったのだが、唯李の浴衣の着付けに髪の結わえ方にメイクと、真希が張り切りだしてしまい、思いのほか時間がかかってしまった。
遅れるかも、と連絡すると、悠己たちは先に会場のほうへ向かっているということらしい。
毎度毎度遅刻癖のようなものができてしまっているのはよろしくないが、今回はほぼ姉のせいである。
ただ時間をかけたぶん、我ながら身なりの完成度は非常に高い。
同じく浴衣ルックで身を固めた真希が、隣を歩きながらかけてくる。
「かわいくできたし、天気もいいし、そこまで暑くもならず、もう絶好のアレよね」
「だからそれ何よ」
「わかってるくせに~」
折を見ては真希がちょいちょい圧をかけてくる。
何かというとつまり、なぜか唯李が告白をする、という流れになっている。そう仕向けられている。
「何か余計な人もいろいろ誘ってくれちゃったみたいだけど」
「知らないよ、あたしじゃないし」
「でも大丈夫よ、お姉ちゃんがある程度いい状況にしてあげるから」
悠己と瑞奈だけを誘ったつもりが、悠己があちこち勝手に声をかけたらしく、いろいろと話が大きくなっている。
そこで私の出番とばかりに、真希が誘われてもいないのに出張ってきた。
様子を見届けたのち、真希は途中で友達と合流する予定らしい。
そんな話をしながらしばらく歩くこと数十分、会場のある河川敷の近くにやって来た。
ちょうど陽が落ちかけて、あたりは暗くなり始めていたところだった。
行く手に吊るされた提灯と屋台がちらほらと見うけられ、お祭り独特の匂いと雰囲気が漂ってくる。
通りの人の流れに飲まれてしまう前に、一度脇へそれて電話で連絡を入れて、悠己たちと落ち合うことにする。
「え? どこ? 屋台の手前のほう?」
「そっちじゃなくて林があるほう」
「だからどっちよそれ」
などと電話で悠己とグダグダやりつつも、いくつかたむろしている群れの中から、大きく手を振っている慶太郎の姿を見つけてようやく合流する。
「うぉ~、浴衣姿最高っす~! いよっ美人姉妹!」
唯李たちの姿を見るなり、慶太郎が食べかけの焼きとうもろこし片手に囃し立ててくる。
そういう本人もバッチリ浴衣姿でちょっと洒落たふうだ。
その脇で悠己と小夜はいつもの私服。こちらの二人は慶太郎とは対照的にやけにおとなしい。
真希はひたすら慶太郎から褒め称えられ、まんざらでもなさそうだったが、顔を合わせるなり悠己が、
「……え? なんでいるんですか?」
「絶対言うと思ったわ」
といつもどおりのやりとり。
悠己にしたらお前は誘ってねえぞということらしいが、すぐ慶太郎にたしなめられ押しのけられる。
はじき出された悠己は向き直ると、改めて唯李のほうへ視線を送ってくる。
真希によると今日の唯李はもう最強かわゆいマックスらしいが、悠己の反応は普段どおりのようだ。
どうせまた遅刻をなじってくるのだろうと構えていると、悠己は何も言わずにじっと視線を送り続けてくる。
もしやこの浴衣姿効果が……と内心ドキドキしつつも気づかないふりをしていたが、とうとうやりきれなくなって自分から声をかけていく。
「あ、あれぇ~? 悠己くんどうしたのかなぁ~? そんなにジロジロ見て」
「ゆいはかわゆい、だね」
「バカにしてない? その半笑い」
何がゆいはかわゆいだよ、と思ったが最初に言い出したのは自分だった。今思えばこの前はかなり恥ずかしいことをした。……でも正直言うとうれしいはうれしい。
唯李は顔がにやけそうになるのをごまかすようにして、
「この浴衣かわいいでしょ~? 花柄になってるの」
「へえ、どれどれ」
「はいお触り厳禁!」
ちょいちょいお触りを差し込んでくるから油断できない。
だけどこれも場を和ます意図があってのことなのだろう。きっとそのはず。たぶん。
手を払いのけてなんとなく調子が出てきたかと思った矢先、急に悠己が顔を近づけてきて耳打ちしてくる。
「ごめんね、瑞奈来れなくて」
「へ? あ、うん……」
うってかわって真面目なトーンで言われて、またも調子が狂いかける。
瑞奈は昨日から体調を崩していて来れなくなった、というのを先ほどラインで連絡はうけていた。
おそらく今は寝ているだろうから瑞奈に連絡をすることはしていないが、気がかりではある。
「どうしよう……お見舞い」
「いいよ、そういうの嫌がると思うから。ちょっとした風邪で、そんなたいそうなものでもないし」
「そう? 残念だねぇ……凛央ちゃんも急に用事ができて来れなくなっちゃったっていうし」
「ていうかなんで凛央誘わなかったの?」
「え? あ、あぁ、そ、それはちょっとすっかり忘れちゃってたかな~って」
そもそもこんな大所帯にする予定はなかった。
というか半分姉にけしかけられたようなもので、誘う段階では何も考えていなかったのだ。
瑞奈が来れなかったせいか少し悠己の元気がなさそうだったので、唯李はやや大げさに声を張り上げる。
「じゃあ今日は、瑞奈ちゃんと凛央ちゃんのぶんも食いまくるよ!」
「はぁ……」
「なにそのやれやれ感満点のため息」
「やれやれ」
「言いやがったよ」
悠己のぶんざいで何をやれやれ主人公気取っているかと。
過去にこちらがどれだけやれやれしたと思っているのか。
そんなやりとりをしていると、横合いから真希が一同に向かって声をかけた。
「あんまり大勢でウロウロするのもあれだし、そっちのカップルはそっちでやってもらって、私達は私達で行きましょ」
「だ、誰がカップルよ!」
唯李がすぐさま声を上げるが、特に異論は出なかった。
慶太郎はもともと真希目当てなのだろう、望むところといった感じだ。
「じゃあ決まりね」と言って、真希はかたわらで黙りこくっていた小夜を促す。
そして去り際、意味ありげに唯李に向かってひらひらと手を振ってきた。
ニコニコと笑顔だが、目だけは「根性見せろよ?」とでも言わんばかりだ。
「大丈夫かな?」
三人の後ろ姿を眺めながら、悠己が誰にともなくつぶやく。
どうやら終始元気のなさそうだった小夜のことを言っているようで、それは唯李も気にかかった。
やはり瑞奈が来られなかったのはかわいそうだと思う。
「でもよかった、小夜ちゃんこの前も瑞奈ちゃんと仲良くしてたもんね。最初はどうなのかなって思ってたけど……」
瑞奈の友達の件に関しては、唯李もずっと気になっていたことだ。
だけど実際はそこまで悲観はしていなかった。瑞奈はきっとやればできる子なのだと、傍で見ていてそう思っていたから。必要なのは、なにかのきっかけだけなのだと。
なんにせよ同級生の友達ができて本当によかったと、心からそう思う。
ただ小夜はちょっと自分に対して当たりがキツイのが玉にキズだが……。
「ありがとう、唯李のおかげでもあるから」
「……へ?」
突然微笑んだ悠己が、まっすぐ唯李を見て言った。
不意打ちにめったに見せない表情を向けられて、とっさに言葉が出ずに固まっていると、パンパンパンと景気のいい音が夜空に響いた。
「あ、始まった」
そう言って悠己が顔を上げた先で、ちょうど花火が上がり始めた。
我に返った唯李は、それにならって打ち上がる花火を一緒になって眺める。
(何を考えているのやら……)
花火を見るふりをして、こっそり悠己の横顔を盗み見る。相変わらず読めない男だ。
黙ってぼうっと花火を見上げているだけなのだが、なぜだか今は妙に近寄りがたいような雰囲気があって、下手に声をかけるのをためらわれた。
花火の上がるタイミングがゆるやかになって、音が一旦収まる。
先ほどから悠己がずっと無言なので、少し不安になって再度隣へ目線を向けると、ちょうどこちらを向いた目と目があった。
ぎくっとした唯李は、とっさに適当な話をしてごまかす。
「いや~しかし、スタートからこれだけの量だと花火上げおじさんも大変だよね」
「おじさん?」
「『早く早く、次! うおりゃあああっ!!』って花火上に向かってぶん投げてる人」
「へえ」
「ツッコんでもらっていいかな」
「どうする? なんか食べる?」
完全にスカされたがなんとかごまかせた。
それでもなんとなく調子が狂うのは気のせいではない。
今は隣の席キラーでもデビルでもなければ、これと言った拠りどころがなく、ガンガン強気には行きづらいのだ。
(そうするとやはり夏キラーで押し通すしか……)
とはいっても、実はそんな言うほど夏が好きなわけではなく、暑いわ虫はいるわ夏バテするわでむしろ苦手かもしれない。
こういうイベントごともそれほど慣れているわけではないし、正直夏はあっちこっち出かけるより、ガンガンに冷房かけた部屋でアイス食ってゴロゴロするのが至高。
一瞬素がでかけたが、それだとどこかの誰かさんと同じになってしまい、何事も起こらなく終わってしまうわけで。
「よっしゃあ、じゃあ屋台行くよ屋台! ちんたら花火見てる場合じゃねえ!」
気を取り直し、威勢よく屋台の並んだほうを指さす。
悠己は相変わらずのローテンションだったが、楽しくなりそうな予感がした。
今回はもう少しちょろいほうの人の視点でいきます。