風邪
「七度八分。ダメだね」
花火大会当日の午前中、瑞奈の部屋。
悠己はつい先ほど瑞奈にはからせた体温計を見ながら言った。
「大丈夫だよ、もうそんなに熱っぽくないし」
「ダメ」
自分のベッドから立ち上がろうとする瑞奈を、ただ一言そう切り捨てる。
昨日の朝からやたら鼻をぐずぐずやっているなとは思っていたが、夕食もあまり手を付けなかったので、熱を測らせたら案の定だった。
薬を飲ませて夜早めに眠らせて半日、というところだが、現在も熱はあまり下がっていない。
瑞奈が風邪をやるのは珍しいことではなかったが、ここ数ヶ月はまったくなかったのですっかり気を抜いていた。
よりによってこのタイミングかとも思うが、こうなると当然花火にも行かせるわけにはいかない。
「……でも、ゆいちゃんと約束したし」
「いいよ、唯李には行けなくなったって謝っておくから」
「じゃあゆうきくんだけ行けばいいじゃん」
「行かないよ」
体調の悪い瑞奈を家に置いて、自分だけ行くなんて気にはとうていなれない。
憮然とする瑞奈を再度ベッドに横たわらせて部屋を出ると、悠己は一人リビングに戻ってくる。
とりあえずお粥でも作ろうとキッチンに入って、冷凍してあったご飯を取り出し、軽くネギを刻んで卵を溶いて、下ごしらえをする。
鍋を火にかけて米を煮詰めている間、唯李に連絡を入れようとスマホを手に取ると、ちょうど着信があった。
凛央だった。
「今からそっち行くわ。私が代わりに瑞奈の面倒見てるから」
電話に出るなり、凛央はいきなりそんなことを言ってくる。
話が飛んでいて理解できず、そのまま聞き返した。
「……どういうこと?」
「瑞奈が泣きながら電話してきたの。ゆいちゃんが、せっかく誘ってくれたのにって。瑞奈のせいでゆうきくんも花火行けなかったら、ゆいちゃんがかわいそうだって」
そう返され、とっさに言葉に詰まる。
だからといって、凛央が代わりに面倒を見る、というのもおかしな話だ。
「でもそれだと、凛央も行けなくなるわけだし……」
「私は唯李に直接誘われたわけじゃないから」
「そうだっけ」
「私は唯李に直接誘われたわけじゃないから」
「今二回言ったね」
少し思うところあるらしい。
凛央のことはあのあと悠己が独断で誘ったので、唯李まで話がいっているかどうかは知らない。
「唯李にはあんまり心配をかけさせないように、急に用事ができたって言っておくから。だから行ってあげて」
「いや、でも……」
「いいから、行きなさい」
最終的には怒られてしまった。
まったく怒られるいわれはないはずなのだが、こうなるとこれ以上口ごたえはしづらい。
最後にありがとうと礼を言って、電話を切る。
「どういたしまして」と凛央の声はなぜか弾んでいた。こちらもどうにも読めない人だ。
(押し切られたけど、どうしたものかな……)
電話を切ったあと、出来上がったお粥を見つめてまだ少し迷っていると、物音がして瑞奈がリビングに姿を現した。
何も言わずにキッチンに近づいてくると、まるで怒られるのを待つかのように、上目に見つめてくる。少し目が赤い。
「瑞奈……今、凛央から電話があって」
「……ごめんなさい。勝手なことして」
瑞奈はうつむいて、軽く唇を震わせた。
そんな妹を見てやはり責める気にはなれず、代わりに別の言葉をかけた。
「凛央が来たら、ちゃんとお礼言うんだよ」
「うん」
瑞奈はこくりと頷く。
その頭に手を触れると、悠己は優しく髪を撫でつけてやった。
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