表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/216

お弁当

 その翌朝。

 悠己が時間ギリギリに登校し席につくと、早速隣の唯李が笑顔を向けてきた。


「おはよ」


 しかも軽く手のフリフリつきだ。えらく上機嫌のように見える。

 昨日の別れ際は顔真っ赤にして軽くブチギレの様相だっただけに、この行動には少し面食らってしまう。

 

 こちらは半ば無意識とはいえ、勝手に頭を撫でてしまって悪かったかなと思っていたところだ。

 悠己はあいさつもそこそこに、改めて謝罪の意を告げる。

 

「昨日はごめんね。なんか」

「昨日? 何のこと?」


 唯李は笑顔のまま小さく首を傾げた。

 一瞬ぴくっと口元が引きつったように見えたが気のせいだろう。


 もしかして三歩歩いたら物事を忘れてしまう人種なのかもしれない。

 向こうが覚えていないというのならわざわざ蒸し返すのも良くないだろうと思って、それきり会話を切り上げカバンの中身をしまい始める。


「はい。これあげる」


 あの後も兄の日記念で瑞奈にさんざん邪魔されたため、結局予習が終わっていない。

 今日の英語は三時限なのでまだ間に合う。唯李に怒られないようにこっそりノートとテキストを取り出して予習を始めた。

 

「これ!」

「え?」


 顔を上げると、唯李が物凄い目力でこちらを見ていた。

 早速やってないのがバレたか、と思ったが違うらしい。自分に話しかけているのだと思わなかった。


 唯李がこちらに差し出してきているのは、柄付きの布で包まれた長方形の箱。

 見るからに怪しさ満点だったが、唯李の勢いに気圧されてついつい受け取ってしまう。


「なにこれ?」

「さて、なんでしょう~?」

「うーん……パンドラの箱的な?」

「誰の弁当があらゆる災いの詰まった箱じゃい」

「弁当?」

「そ、お弁当。成戸くんのために作ったの」


 言いながら唯李がコロっと笑顔になる。その変化たるや不自然極まりなかった。

 実は少し嫌な予感はしていたのだが、もしやこれは……。

 

「成戸くんって、いつも購買でパンとか買って食べてるでしょ?」

「よく知ってるね」

「うん、ずっと見てたから」


 そしてどうよ? と言わんばかりのしてやったり顔。

 どうやら同じ席になる前から見られていたということらしいが、どうせ「あいついっつも一人で食べてるきもーい」とみんなでヒソヒソやってたというオチだろう。

 

「どう? 女子の手作り弁当だよ。うれしい? テンション上がる?」

「……まぁ味を見ないことにはなんとも」

「味ですか……手厳しいねぇ」


 くすくすと笑う唯李。

 まさかいきなり弁当を渡してくるとは、さしもの悠己も少なからず驚きである。やはりどう考えてもこれは……。

 

「……もしかして、昨日言ったゲーム続いてる?」

「ん~? さあどうでしょうねぇ~?」


 唯李は何が面白いのか満面の笑みだが、こんなものどうもへったくれもない。

 席のポジション的に隅っこでやってるだけまだマシだが、どこで誰が見ているかわかったもんじゃない。


「あのさ、やめない? このゲーム」

「どして?」

「だってタネ割れてるわけだから、誰も得しないでしょ」

「そんなことないよ? あたしはすごい楽しい。いきなりお弁当渡したら、どんなリアクションするかな~って」


 どうあってもやめる気はないらしい。

 人をからかって遊ぶのが好きなんだと、そう告白されたに等しい。

 昨日は勢いでごまかされた感があったが、やはり悠己の推理は当たっていたのだ。

  

「あ、もしかしてゲームだとしても本当に好きになっちゃいそう?」

「戯言を」


 むふふふ、と唯李はまたも嬉しそうに笑う。

 こんなことをして悦に入るなんて、なんだか本格的に可哀想な子に思えてきた。

 

 しかしいくらゲームだろうと、弁当を作ってきてしまったのはどうしようもない。

 弁当自体に罪はないのだ。おとなしく受け取ることにする。


「ふふ、楽しみだねぇ~? お弁当」

「そうだね」

 

 言われるがままに優しく同調してやる。

 こういうのはなんとなく瑞奈のあしらい方に似ていると思った。




 それからというもの、唯李はずっと落ち着きがないようだった。

 珍しく言葉少なくそわそわそわとして、授業の合間などに時おりチラチラとこちらに視線を送ってくる。


 そしていよいよ昼休みになると、唯李は逃げるように席を離れて、昨日同様に女子グループの中に混じりだした。

 その一方で悠己は、自分の席で朝渡された弁当をカバンから取り出す。

 

 弁当箱はやや大きめだった。布を解いて机の上に広げ、御開帳。

 蓋を開けてまず目を引いたのは、白米に桜でんぶでハートマーク。いきなりこれはなかなかになかなかである。


 メインに据えてあるおかずは卵焼きとミニハンバーグ。

 それから丁寧に枠を切って、きんぴらごぼうにほうれん草のおひたし、ピーマンの肉巻き。そしてタコさんウインナーと、しっかり手作り感がある。

 奇をてらったような物はなくこれぞまさにお弁当、というものがぎっしり詰まっていた。

 

(凝ってるなぁ。瑞奈にあげたら喜びそうな……)


 そんなことを思いながらいざいただこうとすると、


「……あ、箸がない」


 と気づいて固まっていると、すっ、と突然横から机の上にカラフルな箸入れが差し出された。

 ん? と見ると、唯李の後ろ姿が素早く去っていく。


(なんだ今の)


 なんだか観察されているようで気味が悪かったが、気を取り直して箸を取る。


(あ、おいしい)


 最初に卵焼きを一口食べた途端に直感した。

 味は濃すぎず薄すぎず、小さく刻んだネギが練り込んである。

 

 思ったとおり、他のおかずもどれも文句のつけようのない出来だった。

 久しぶりにこんなしっかりしたお弁当を食べられて、箸を運びながら悠己はいつしか感慨にふけっていた。

 子供の頃、給食のない日に母が弁当を作ってくれたのを思い出す。


(瑞奈にもお弁当……食べさせてあげたいなぁ)


 しかし自分のスキルでは到底このレベルのものは作れそうにない。

 弁当の日は瑞奈もよく「明日はおべんとおべんと~」と喜んでいた。

 まあ給食と違って、瑞奈の好きなものしか入ってなかったというものあるが。


 悠己がゆっくり味わって弁当を咀嚼していると、ふらふらと慶太郎がやってきた。

 もの珍しそうに机の上を覗き込んできて、

 

「おっ、今日は珍しく弁当かよ」

「まあね」

「母ちゃんの弁当か? いいねぇ、愛されてるね~」

「まあね」


 あれこれ話すのも面倒なので適当に流した。

 食べている間はあまりしゃべりたくないタチなのだ。

 

 

 その後、悠己は米粒一つ残さず弁当を完食した。普段の昼食と比べたら天と地ほどの差。大満足である。

 蓋を閉めて弁当箱を再び布で包まれた状態に戻すと、ちょうど唯李が席に戻ってきて携帯をいじり始めた。

 かと思えば、チラチラとしきりにこちらを気にしている。視線の先は、弁当箱の包みのようだ。

 

「あ、弁当箱か。返すね、ごちそうさま」

「え? あ……うん。…………そ、それだけ?」

「それだけ?」


 じぃ~っと、唯李は上目遣いにこちらの顔色を伺ってくる。どうやら何か要求しているらしい。

 悠己は仕方なくポケットから財布を取り出すと、


「わかったよ……いくら?」

「だっ、ちがーう!! お金とか要求してるわけじゃなくて!」

「別に払ってもいいよ。ゲームとか関係なしに、すごくしっかりしたお弁当だったし」

「え? そ、そう……? ってだから違う!」

  

 唯李は勢いよく弁当箱をひったくると、軽く上下させて重さを確かめながら、


「へ、へえ~全部食べたんだ? きれいに……」

「うん。まあ俺、好き嫌いとかないからね。食べ物ならなんでもうまいって言うし」

「なにその完全なる余計な一言」

「だから超うまかった」

「へっ……?」


 と固まった唯李の頬が、徐々に赤くなっていく。

 その変化がなんだか面白いのでじっと見ていると、悠己の視線に気づいた唯李ははっと目をそらす。

 そしてぐぎぎ……と歯噛みをしたかと思うと、「ふん」とそっぽを向かれてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

i000000
― 新着の感想 ―
予想通りの「美味い」の一言がわりとストレートに「超うまい」だったから?それとも家族以外に作ったことがないから耐性がなかったのかな~ 初々しくて可愛いな~
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ