表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/216

ウォータースライダー

「余裕で俺の勝ちだね」


 先に反対側の壁で待っていた悠己は、遅れて泳いできた唯李に向かって言い放った。

 壁に手をついた唯李は、目も合わせずくるりとUターンして戻ろうとするので、


「ちょっと唯李、どこ行くの」

「……こ、ここ折返しだから」

「別にいいけど、もっと差がつくと思うよ」


 そう言うと唯李は足を止めてうつむいて黙った。

が、すぐにくっと顔を上げると、


「いやいやていうか、何してくれてんの? なんで普通にクロールで泳いで勝ってるわけ?」


 なぜか怒られている。

 完全なる逆ギレ。いや逆ギレですらない。


「どういうこと? 泳ぎ方は何も言ってなかったじゃん」

「だって悠己くん絶対泳ぐのとか遅いキャラじゃん。ちんたら平泳ぎして負けるところでしょどう見ても」

「唯李の中で俺のキャラってどんなの?」


 完全なる言いがかりである。

 特別運動が苦手、というようなことを言った覚えはない。

 たしかに団体競技はあまり得意ではないが、個人競技ならそれなりにこなせる自信はある。

というか天気よーいドンだとか言ってフライングしておいて怒られる筋合いもない。


「とにかく俺の勝ちだし、じゃあウォータースライダー行こうか」

「だから高いとこはダメだって言ってるでしょ鬼畜か」

「え? 勝ったほうが言いなりで相手の弱点をつけるって話でしょ?」

「なにその複合技。いつの間にそんな話大きくなった?」


 冗談のつもりだったが、唯李はここぞとばかりに言い返してくる。やけに抵抗が激しい。


「ていうかほんとの本気で高いとこダメなんだ? ギャグで言ってるのかと思った」

「そんな微妙なギャグ言わんわ。高いとこ怖い、のどこで笑うんだよ。約一名めっちゃ笑ってたけど」

「微妙なのよく言うじゃん。でもそういうのって克服したほうがいいと思うけど」

「へえ~? ってことは悠己くん、あたしが死ぬ確率下げたいんだ~? ってこれ無理あんなさすがに」


 お得意のニヤニヤ顔をしかけてすぐにやめる唯李。忙しい。

 

「だいたいそんな、たかが滑り台ごときでワーキャー言ってね、大の大人が……」

「自分は滑ったことないのに? ていうか今は夏キラーなんでしょ? そんなので夏を制覇できるんだか」

 

 そう言うと、唯李はしばらくうつむいて「む~」と唸ったあと、


「まったくどんな煽りだよ。……わかりましたよ! そんなに言うならもう滑ったるわそんぐらい」


ぱっと顔を上げて「夏キラーなめんな」と息巻くと、プールを勢いよく上がってずんずんと大股に歩き出した。

 悠己もあとについてプールサイドを歩き、スライダー手前までやってきて、順番待ちをする列に加わる。

 最初は威勢のよかった唯李だったが、階段を登り始めて少しすると、だんだん挙動が怪しくなってくる。 

 ついさっきは胸を張って大股に歩いていたのが、いつしか若干内股になって縮こまりながらしきりに下を見ては、


「ねえねえなんか揺れてない? これあれじゃん? 同じところに立ってると足場がグラグラしてきて落ちるやつ」

「いやアクションゲームのステージじゃないんだからさ。だいたいさ、毎日学校の階段登ってるでしょ? 教室だって二階だし」

「だから違うの、その気になったら飛び降りられるところがダメなの。この横の手すりのとこもスカスカだし」

「その気になったらどこからでも飛び降りられるでしょ」

「あーもうわかんねえかなこいつは」


 ぶつぶつと一人早口でうるさい。

 唯李が言うには階段の段差に隙間があり、足元も細かい格子状になっていて下の景色が見える。

 作り自体は全然頑丈そうだが、そういう部分がどうもダメらしい。

 そんな調子で階段のちょうど半分、踊り場になっている箇所にやって来ると、唯李が何か思い出したかのような顔で急に立ち止まった。

 

「あっ……」

「どしたの?」


 一瞬ガスの元栓が……だとかくだらないことを言い出すのかと思ったが、唯李はきょろきょろと挙動不審に目を右往左往させて、


「そ、その……と、トイレ行きたくなってきちゃった」

「え? 大?」

「違うわ! いきなり大言うな!」

「ここでしたらダメだよ」

「するか! 散歩中の犬にかける言葉か」


唯李は「誰が犬だよ」とさらにしつこくセルフツッコミをしたあと、かすかに体をくねらせながら両腕を縮こまらせて上目遣いをして、


「あのね、唯李ちゃん、やっぱり怖いの……だからね、」

「うしろ詰まるから早く上りなよ」

「それでなんでさらにやる気見せてく?」


 その手には乗らない。

 というか急に演技へたくそになるのは、根本的にぶりっ子をバカにしているフシがあるからなのかなんなのか。

唯李は負けじとかたわらにそびえるスライダーを指さしながら、


「いやだってあれうねうねってなってるよ? うねうねって」

「なってるね」

「水流れてるよ? ジャージャーって」

「流れてるね」

「そしてザッパーンだよ? ザッパーン」

「さっきから語彙が小学生以下になってるけど」


 唯李はスライダーを滑っていく人を、意識が抜けたように遠い目をして眺めていたが、いきなりわなわなと肩を震わせだした。

 

「うぅう~~……お前のせいだ! お前のせいだ! だいたいなんであたしがこんな超特大罰ゲーム受けないといけないの!」

「そんぐらい滑ったるわって自分で言ったんじゃん。いっつも滑り倒してるから楽勝でしょ?」

「今そうやって言ってくるわけね人が弱ってると思って」


 唯李はジロっと睨んでくると、泣き落とし作戦は効かないと思ったのか、今度は強気にふんぞり返っていく。


「まあ言うてね。こうやって登ってみると思ったより高くない……ってたけえよばか! 高床式か! 高松塚古墳か!」

「ちょっとうるさいんだけど。ていうか今高いの怖いって降りてったら恥ずかしいよ?」

「今の私は羞恥心すら凌駕する存在だ」


 前に後ろに人で列が詰まっている中、これだけ騒いでいる時点で羞恥心はすでになさそうだ。

 悠己もまさかここまでとは思わなかったので、このままだと少しかわいそうだと思って、


「じゃあほら、手つないでてあげるから」

 

 そう言ってひょいっと唯李の手を取る。

唯李は「あっ」という顔をして即座に腕を振りほどこうとするが、その拍子に軽くバランスを崩してばたばたと地団駄を踏む。

そして謎のへっぴり腰ポーズのままその場に固まった。


「あっぶね、あぶね! 今落ちるかと思った!」

「いや落ちないでしょどう見ても」


 何も落ちる要素なし。

 それより早いとこその情けないガニ股ポーズをやめていただきたい。

 唯李はこほん、と咳払いをしてやっと姿勢を正すが、手を離すどころか逆に強く握ってきて少し痛いぐらいだ。

 ちょっと痛いな……という意味を込めて唯李の顔を見ると、向こうも視線に気づいてじっと目が合う。 


「なっ、何よ?」

「顔も赤くなってきてるね」

「そ、そうなのよ。高いところに来ると自動でトラ○ザム発動しちゃってトイレに行きたくなるっていうか」

「それ高速でトイレに駆け込むだけじゃん。でもほんとに体全体が赤くなってきてるような」

「ちょ、ちょっとあんまり見ないでよ! せ、セクハラよそういうの!」


 唯李はぱっと手を離すと、胸の前で両腕をクロスさせて隠しながら体を横にひねった。

  

「ほらまた、そうやって暴れると余計危ないよ」

「あっ、ちょっと今肩触ったでしょモロ出しの肩を!」


 やけに恥ずかしがるくせにモロ出しだとかワードチョイスが汚い。

 高い高いうるさいと思ったら今度はセクハラだのでやたら忙しい。


「ぜんぜん羞恥心凌駕してないけど」

「はいはいもうわかりましたよかないませんよ、羞恥心ゼロの男めが」

「でも唯李がこれだけ取り乱してるのもなんかかわいいね」

「だから今かよ、今じゃねえんだっつの。さっさとかわいいセンサー修理してきてもらってどうぞ」


 かわいいセンサーというワードが気に入ったらしく、やたら繰り返してくるがそんなものは知らない。

 そうこうしているうちに階段を登りきって、スライダーの開始地点が見えてくる。

前の人が滑っていってついに悠己たちの順番になると、すかさず唯李が手を前へ広げて、


「どうぞどうぞお先に」

「俺が滑っていったら逃げる気でしょ? いいから早く先に行きなよ」

「じゃあジャンケンジャンケン! 最初はグー……」


 じゃんけんにも勝った。

 唯李はスタート地点が筒状になっているスライダーを覗き込むが、すぐにうねるように曲がっていて先はよく見えない。

 

「いやいやこれ死ぬって。死ぬに決まってるじゃん」

「すみません、あとがつかえるので……」


 あまりにも持ち時間が長いので係員の人に注意されている。

唯李は「あ、すいませ~ん」などと笑いながらごまかしつつ、やっとスライダー部分に腰をつけるが、座りながらじっと悠己をしつこく睨みつけてくる。


「早く行きなよ」

「早く行ってください」


 悠己と係員のダブル攻撃を受け、唯李はとうとう覚悟を決めたのかスライダーへ身を躍らせた。


「ぬおおおおーっ!」


 ボスの断末魔のような奇声を上げながら滑っていく唯李を見送る。

 といっても傍で見ている分には、そこまで大したスピードは出ていない。

 

 唯李が流れていったあと、少しして悠己の番になる。

 初めはまっすぐ滑っていって、途中ぐるぐるぐると蛇行したあと、視界が開けてざぶんと着水。

 唯李があれだけ騒いでいたわりにあっけない。

 まあ無料のスライダーだしこんなものか、と立ち上がって水から出ると、唯李が近づいてきた。


「そんなつまらなさそうに滑る人初めて見た」

「え?」

「もっときゃーとかわーとか言いなよ」

「わー」

「今じゃねえよ。なにその棒読みおどかすの下手な人か」


 かたや唯李はあれほど騒いでいた姿は見る影もなく、すっかりいつもどおりのようだった。

  

「どうだった? 初すべりは」

「ふっ、余裕よ。なんていうか見かけだおし? 案ずるより生むがやすしきよしってね」

「じゃあもう一回行く?」

「行きまてん」


 唯李はくるりと踵を返して、あさってのほうに向かって歩き出す。

 一見平静を装ってはいるが、なかなかにこたえたらしい。

 

「でも滑れたね。ちょっとは克服できた?」

「ま、まあね……」

「よかったね、これで長生きできるね」

「う、うん……」


 唯李は何か言いたげな視線をチラチラしてくるが、実際は歯切れ悪く答えるばかり。

 そういえばさっきトイレがどうこうと散々騒いでいたのを思い出して、


「ところでトイレは行かなくて大丈夫なの?」

「……ん? そういえば下に降りたらそうでもなくなった」

「えっ、滑りながら漏らしたの?」

「も、漏らしとらんわ! なんてこと言うか貴様!」


 とたんに唯李が顔を真っ赤にしてやかましくなる。

「スライダーはもういいから行くよ!」などとわめきながら、またも大股にプールサイドを歩き出した。


コミカライズも本日更新されております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

i000000
― 新着の感想 ―
[一言] ラブコメ…? いや、もはやこれはラブコント、略してラブコン
[一言] 「押すなよ!絶対に押すなよ」みたいなことしてるぜ… 普通のラブコメならラキスケしたりなんかある場面なのに、滑る前も滑った後もコントしかしてねぇ…!!
[一言] 物凄く濃度の濃いラブコメ回や…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ