脱いでもすごい姫
「ほらほら、どう? 唯李の水着姿もかわいいでしょ~?」
「ちょ、ちょっとやめてよお姉ちゃん……」
引っ立てられた唯李の白い肌が、首筋のあたりから赤くなる。
唯李が身につけているのは、フリルのついたワンピースタイプの水着だ。
一瞬水着に見えなかったので、本当に水着なのか? もしや体を張ったボケなのか? などなど悠己がじっと見極めようとしていると、
「ほら見てる見てる~……っていくらなんでも見すぎよ。ちょっとは目をそむけなさいよ」
真希にたしなめられた。どうやらボケではないらしい。
唯李がちらちらとこちらの顔色をうかがうようにして、何か感想を求めているような気がしたので、
「意外に胸がある……」
「い、いきなり何……そ、それ、心の声漏れちゃいけないやつでしょ!」
「みたいなことを言えばいいのかな? よくわかんないんだけど」
「プールに突き落とされたい勢かな?」
意外に胸がある……のかどうなのか。
標準のような気もするが、そこまで人の胸の大きさを気にしたこともないので標準がよくわからない。
漫画やアニメなんかではよく登場人物が胸を気にするので言ってみたが、実際初めて直面する状況だけにどうリアクションしたらいいのか困る。
すると慶太郎がここぞとばかりに声を上げて、
「水着かわいいじゃん! いいねいいね!」
「あ、あははー……、どうもどうも」
そう褒めていくが、唯李の笑顔が引きつっていていまいちぎこちない。
微妙に変な空気になると、慶太郎がこそっと耳打ちしてくる。
「二人とも思ったより露出が少ないな……警戒されてんじゃねえのかお前」
「俺?」
「お前がいやらしくガン見してるからだろ」
「いやなんかリアクションに困って」
いやらしい気持ちはないのだが、そういうふうに見られるらしい。
そのうちに、唯李たちの背後からとことことやってきた小さい影に目を向ける。
瑞奈と小夜だ。
二人とも下がスカート状になったセパレートタイプで、偶然にも似たような水着。
ただ瑞奈の水着はかなり前に買ったものを引っ張り出してきたので、サイズがどうなのか心配だった。
「それ、大きさ大丈夫だった?」
「大丈夫だ、問題ない。ただちょっと、胸がね~。きついかなぁって……」
答えながら、瑞奈は隣の小夜の胸をチラチラしてにやりとする。
「なにを笑ってるの?」
「ふっ……」
なにやら得意げな顔だ。どうやら胸の大きさでは勝ったと言いたいらしい。
なるほど確かにちらりと見た感じでも、胸の大きさでは明らかに勝っている。
唯李が瑞奈の全身を眺めるようにしながら、
「瑞奈ちゃんの水着かわいいねぇ」
「ん~でもやっぱりちょっと胸がキツイかなぁ~」
「さっきからそれしか言わねえな」
どうやら出てくる前からずっとやっていたらしい。
そんな調子ではよっぽど小夜の反感を買うのではと思ったが、小夜は横で小さくぱちぱちと手を叩きながら、
「さすが、脱いだらすごい姫」
「ちゃうちゃう、脱いでもすごい姫」
などと謎の持ち上げ方をしている。
瑞奈はご満悦にふんぞりかえっていたが、ふと真希の胸元に目を留めると、じっと直視を始める。
こちらは瑞奈ではとうてい勝ち目がないほどに、相当なボリュームがある。
「あそこまでいくとちょっとね」
「なにか言ったかしら? かわいい妹さん」
「ちょっと……ですよね~」
「二人とも、帰りは歩いて帰る?」
真希に睨まれ、二人がぱっと散らばる。
真希はふん、と大きく息をつくと、
「ホントどうしたものかしらねぇ、あのおチビちゃんたちは」
「そうなんすよ、ホントかわいくなくて困ってるんですわ」
「でもそこは慶太郎くんが、ちゃーんと面倒見てくれるのよね?」
「へ?」
「二人の相手してあげるんでしょ? いいお兄さんよね~」
「や~はは、ああ、まあそんな感じっすかね~」
慶太郎は頭をかきながらがはがは笑うと、二人に向かってのしのしと近づいて、
「よ~し、んじゃあお兄ちゃんが遊んでやるか~」
「魔物やっつけろやっつけろ!」
「おいちょっとやめろよ~」
「かしこまりました姫!」
「いてっ、や、やめろっての!」
おのおの手にした浮き輪で叩かれ、ビーチボールを投げられボコボコにされている。
それもだいぶ殺意高めの様子。
慶太郎は二人に追いかけられながら、そのままプールのほうへ逃げていった。
その光景を眺めながら、真希は不思議そうにつぶやく。
「彼は本当何がしたいのかしら……わざわざ妹連れてきて」
「ねえねえ、そういえば凛央ちゃんは?」
「いるわ」
唯李の問いかけに、あさってのほうから声がした。
一斉にみんなの視線が向いた先には、何食わぬ顔で凛央が立っていた。
全身うっすら濡れていて、すでにひと泳ぎしてきたあとのようだ。
「……凛央ちゃんいつの間に?」
「さっきからいたけど」
というかさっきから黙って立っている人がいるなと思ったら凛央だった。
ビキニタイプのダントツで露出の高い水着の上に、髪を縛っていたので気づかなかった。
「わ、凛央ちゃんその水着……」
「これうちにあったの」
「そのパターン多いな」
などとやっていると、不機嫌そうだった真希が急に目を輝かせだした。
「ん~いいわよ花城さんいわよ~。どこかの唯李と違ってなかなかに大胆ね」
真希は体を左右に揺らしながら、凛央の全身に視線を送っていく。
どうやら凛央に興味津々な様子で、慶太郎とは対応に雲泥の差がある。
「どっか他に別の唯李がいるんですかねえ~」
「唯李ちゃんは恥ずかしがりだもんね~? こそこそ人の影に隠れて」
「べ、別に恥ずかしがってないし? だいたいお姉ちゃんより前に立つと尻狙われるし?」
「そんな守りに入ってる人狙わないわよ。ほら、そこの彼も唯李より凛央ちゃんに目線が釘付けよ」
真希がそう言うと、唯李はくるりと悠己を振り返った。
無言でこちらを見ていたかと思うと、いきなり近づいてきて視界を塞いでくる。
いったい何かとじっと見ていると、唯李は気取ったように後ろで手を組んで、下から顔を覗きこむようにしてきた。
「うふふ……ど、どしたのかな悠己くん、見とれちゃってるのかな? 唯李ちゃんの水着姿に~?」
何か言っている。
本人余裕ぶってお得意のにやにや顔をしたいようだが、頬がやや引きつっている。そして若干顔が赤い。
唯李は水着の裾の部分をつまんでさわさわとしながら、
「ほら、これひらひらになってるのかわいいでしょ~」
「へぇ~これ?」
「やめろさわんな、めくんな」
手をべしっと叩き落された。
「いきなりなにさらすんじゃい!」と素に戻って顔を赤くしている。
「ふぅ~~ん……」
するとそれを見ていた真希が、ここにきて面白くなさそうな顔をする。
「なんか……あれね、普通にイチャつかれるとイラっとくるわね」
「い、イチャつくってどこが! そ、そういうんじゃないでしょ!」
「もういいわ。私は花城さんと遊ぶから、どうぞご自由に」
なぜか唐突に不機嫌になったらしい真希は、「行きましょ行きましょ」と言って凛央の肩を押しながら、強引に連行していった。
唯李は二人を見送りながら、
「あーあ、凛央ちゃんターゲットロックされちゃったよ。しかしもうほんとに機嫌がコロッコロ変わるんだから。山の天気か」
「さすが唯李のお姉さんって感じだよね」
「いいねそのスキあらば煽ってくスタイル」
「結局みんないなくなっちゃったなぁ。じゃあ二人で行こうか」
「え? あ……。う、うん……」
少し控えめに頷く唯李。
日差しが照りつけてきていい加減暑かったので、返事を受けるなり悠己はとっととプールサイドのほうへ歩き出した。
姫の汎用性の高さよ