マキマキストレスゲージ
「じゃあ速見くん、私たちはバスで行きましょう」
「は、はい?」
急な凛央の提案を受け、慶太郎は目を点にして固まる。
「い、いやちょっとカンベン……だ、大丈夫っす、間に合ってるんで」
「大丈夫? じゃあいいわよね」
「え? え、いやちょっ……」
いいから来い、と凛央が無理やり慶太郎の手首を掴んで引っ張る。
さすがの慶太郎も凛央には弱いらしく、何やらわめきつつもそのまま強引に連行されていった。
「すごーい、凛央ちゃん大胆……」
さながら警察官とひっ捕らえられた犯人のようだったが、何か勘違いしているのか唯李は驚きの表情。
去り際、凛央がわずかにアイコンタクトをした。
その先を追うと、瑞奈がそれに向かってこっそり親指を立てていた。
「……瑞奈?」
「ふっ、魔物を排除した。結局ココよココ」
瑞奈がドヤ顔でこめかみのあたりを指先でとんとんしてみせる。
どうやら諸葛瑞奈が裏で手を回したようだ。
「ふぅ~ん? なんか全然釣り合いそうにないけど……勝手にそういうことされるのはお姉ちゃんとしては面白くないわね。まぁいいわ、早く乗って乗って。暑くってしょうがないわ」
真希が運転席の扉を開けながら一同を急かす。慶太郎のことは心底どうでもよさそうだ。
止めてあった赤い車は、エンジンかけっぱなしで冷房がガンガンにかかっていた。
結局座席は、真希の希望により助手席に悠己。
後部座席はなぜか三人ともなかなか乗り込もうとせず、お互いを牽制し合っていたが、意外なことに瑞奈が小夜に向かって、
「げ、ゲーム、持ってきたから……」
「え? あっ……ハイ!」
そう声をかけ、先に奥へ乗り込み小夜と隣合わせに座る。
そして最後の約一名が悠己の真後ろ、小夜の隣へ。
「何のゲーム? あたしにも見せてー」
「ハイハイ邪魔です」
唯李が間に入っていこうとするが、例によって小夜に軽くあしらわれている。
そのうちに真希が車を走らせだした。
「う~ん、なんかちょっと冷気というか冷房が強いかな~……なんて?」
隅っこで放置をくらう唯李がおどけてみせるが、特に笑いも何も起こらない。
やはりどうにも唯李は小夜が苦手らしい。というか一方的に小夜から嫌われているようだ。
そしてかたや悠己の隣では、真希が駐車場を走り出してすぐに、
「危なっ、どこ見てチャリ漕いでんのよ……ったく轢かれたいの?」
ふらふらと前を横切る自転車に対し、思いっきり悪態をついている。
そういう自分もハンドルを右へ左へふらふらとさせながら、駐車場の出入口から路地へと左折をする。
するとさっそく左側の後部座席のほうで妙な音がした。
「……今後ろのタイヤごりごりって言いませんでした?」
「気のせい気のせい」
どうやら軽く縁石に後輪を巻き巻きしたらしい。これは早くも怪しい。
一つ確認を入れようと、悠己はだいぶ前のめりにハンドルを握っている真希に尋ねる。
「免許取ったのいつですか?」
「もう一年以上前よ。初心者マークついてないでしょ?」
「つけたほうがいいんじゃ……」
「どうしてそう思う?」
逆にどうしてそう思うって思います?
と返したくなったが、ここで禅問答のようなことをしてもと思いやめた。
「みんなでバスで行けばよかったんじゃ……」
「なんで? 車あるのに? 運転できるのに?」
どうやら私車運転できる大人ですけどアピールをしたかったらしい。
その割に終始きょろきょろとしていて、まったく大人の落ち着きが感じられない。
「全然そんなビビらなくて大丈夫よ? ほら、片手運転だって余裕だから」
「今まっすぐしか走ってないですけど」
真希が片手をハンドルから離してみせる。
小さな路地から大きな道路に出て、しばらく走っているうちに調子が出てきたのか、車は急にスピードを上げ始めた。
「やば、赤だ。いいや行っちゃえ行っちゃえ」
しかしその矢先に危険運転をする真希。
これにはつい悠己も、
「あの、焦らなくていいんで慎重に運転してください」
「焦る? どのへんが焦ってるように見えた?」
どのへんが落ち着いているのか逆に聞きたい。
もう余計なことを言って、気を散らせないほうがいいかと思い黙っていると、
「お姉ちゃん、瑞奈ちゃんが気分悪くなってるから急ブレーキやめて」
「ふらふらで気持ち悪い……」
すかさず後部座席から唯李と瑞奈の声が飛んでくる。
「……チッ、どいつもこいつもうるっさいわね……ゲームなんかやってるからでしょ」
「ヘッタクソな運転ですねぇ」
「誰? 今の? ぼかさず言ったの誰!?」
「ちょっと、危ないんで前見てください」
いきり立つ真希が後ろを振り返ろうとするので、慌てて押し止める。
いくらそのとおりとはいえ、ここであまり刺激するようなことを言うのはやめてほしい。
「みんな、あんまり言わないでおこう? 真希さんが運転に集中できないから。もし事故ったらめんどくさいし」
「それも聞こえてるんだけど? ていうかめんどくさいで済むと思う?」
このお人はいったいどんな大事故を起こす気なのか。
一番いいのはやはり無駄に刺激しないことだと思い、悠己は無理やり後ろの唯李に話題をふる。
「唯李おとなしいね。もしかしてトイレ行きたいとか?」
「違うわ」
ドっ、と背もたれが軽く揺れる。
やけにおとなしいと思ったら、唯李はゲームをやる二人に端に追いやられておとなしくなっているようだった。
ちょっとかわいそうなので話しかけてあげることにする。
「そうそう、二人が姉妹っていうのはわかったけど、今日もともと唯李が来るっていうのは聞いてなくて」
「い、いやそれはね? なんていうかその……バーター的な? さっきも言ったけど、ノリというか流れで……」
などと唯李が口ごもっていると、いきなり横から真希がにやにやと笑いながら口を挟んでくる。
「それはねぇ、唯李が『悠己くんと一緒にプール行きた~い』っていうから」
「は、はぁぁっ!? だ、誰がそんなこと言った!? ふざけろよマキマキ!」
すかさず後部座席からドスの効いた唯李の怒声が飛んでくる。
真希はわざとらしく肩をすくめてみせて、
「ヤダ唯李ちゃん怖~い」
「いいからちゃんと前見て運転しれ!」
「『運転しれ!』って今噛んだ? 噛んだの? やだ焦ってる焦ってるぅ~」
顔を赤くしてわめく唯李に、真希はご満悦の様子。
普段からこうして溜め込んだストレスを唯李で発散しているのだろうか。ひどい話だ。
そんな二人のやり取りを尻目に、悠己はカーナビを指さす。
「あの、さっきのとこ右……通り過ぎましたけど」
「え? カーナビ言ってた? 右って?」
「言ってました」
「何よもう……あんたたちがうるさいからよ?」
なぜか意味不明にキレられる。
カーナビが再度目的地までの道のりを検索、と出て新しい経路が表示されるも、相当な遠回りになってしまっている。
「結構な遠回りのような……」
「ドライブよドライブ」
「教習ドライブ……」
「何か言ったかしら?」
ちらりと見ると、ニコニコ顔の真希と目が合う。やはり目が笑っていない。
今のでマキマキストレスゲージが溜まったのか、またも真希は唯李へ向かって、
「ん~唯李ちゃんは悠己くんの隣に座れなくてへそ曲げてるのかな~?」
などとわかりやすい煽りを入れていく。
しかし今度は乗せられまいと唯李はだんまりを決め込んでいるようだ。
その代わり、少し間があってぽつりと小夜の声がした。
「学校では隣同士の席、なんですもんね……」
「えーそうなの? そんなの初耳なんだけど? ヤダウソー聞いてなーい! ちょっと唯李ちゃんどういうこと~?」
「……なーにが唯李ちゃんだよ」
「どうして黙ってたのかなぁ? なにか申し開きは~?」
楽しくなってきてしまったのか真希の攻勢が止まらない。
その間前方とカーナビを見比べていた悠己が待ったをかける。
「あの、真希さん……」
「何よ? 今ちょっといいところなんだから」
「いや、そこの先右ってなってますけど」
「……は? いや無理でしょ、もう今これ一番左側走ってるし」
「今から右のほうへ移動していけば……」
「だからそれが無理だって言ってるんだけど? 危ないでしょ?」
「確かに危ないですね」
おっしゃるとおりなのでここは逆らわずに同意しておく。
無理なものは無理だと、しっかり身の程をわきまえているらしい。偉い。
しかしこんな調子で、到着はいつになるのやらと不安になる悠己だった。
だんだんサブタイが適当になってきてる感
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