論理クイズ
そしてプール行き当日の正午。
悠己たち一行は、派手に日が差す中を、近場のスーパーに向かって路地を歩いていた。
「あっつ……」
「オレに向かって嫌そうな顔で言うなよ」
額に汗をにじませながら、慶太郎が隣を歩く。
聞いていた計画によると、とりあえず一度悠己宅に集合し、真希が車で家の前に迎えに来てくれてそのままプールに向かう。
という話だったが、やっぱり近くのコンビニの駐車場で。やっぱりその先のスーパーの駐車場で。と場所が立て続けに変更になったのだ。
要するに運転がヘボくて迷ったらしい。
「ていうかさ、それよりなんで花城がいるんだよ……?」
「俺も聞いてなかったんだけど、唯李と瑞奈に誘われたって。聞いてないの?」
「いやオレ聞いてねえから。どうなってんだよマジで……」
集合場所に来た、と言ってしれっと凛央が一番最初に家のインターホンを鳴らした。それから小夜、慶太郎という順で二人はわざわざ別々に来た。
凛央は妙にウキウキなので、悠己としては微笑ましい限りであるが、慶太郎はどうにも凛央が苦手らしい。
「それになんで唯李がでてくるわけ?」
「いや、だからそれはな……」
慶太郎が後ろを歩いてくる凛央へちらちらと視線を送っていると、小夜と仲よさげに談笑していた凛央が、つかつかと早足に追いついてくる。
そして慶太郎の横につくなり、派手な色をした頭にじっと目を留めて、
「ねえ速見くん、その頭……」
「い、いやぁこれは、仲間をやられた怒りで突然こうなったっていうか……」
凛央はしどろもどろに弁解をする慶太郎を訝しそうな顔で見ていたが、急にふっと表情を緩めて、
「似合ってないわね」
「ええはい休み終わりにはちゃんと戻しますから……ってエッ?」
「別に……好きにすれば? 怒られるのは自分なわけだし」
それだけ言うと、凛央はくるりと踵を返して小夜との会話に戻った。
すると慶太郎が安堵したような戸惑ったような、複雑な表情で耳打ちしてくる。
「なんか今、笑顔ですげえ見捨てられた感あるんだけど……何? 逆にこれはこれでダメージが……新技か? 北風と太陽的な」
「実際どうでもいいしね」
「なんでお前もそういうこと言う?」
それから一人だけ遅れ気味に歩いていた瑞奈を待って、スーパーへ到着。
駐車場を歩いていると、スーパーの袋を下げた人影がパタパタと小走りにやってきた。唯李だ。
「はいはいみんなごめんね~。ジュースどうぞどうぞ~」
唯李が「どれがいい?」とやりながら各々へ飲み物を手渡していく。
そして最後に悠己の前にやってくると、空になった袋をバサバサとやって、「お客さん売り切れです! 残念!」とやっていたずらっぽく笑う。
かと思えば、背中に隠していたペットボトルを一本取り出してきて、
「はい、悠己くんにはド○ペだよ~。大好きだもんね~?」
「うーん、今はド○ペっていう気分じゃないな」
「何なんだよせっかく人が用意したのに。いいからおとなしく飲め」
「ていうかなんで唯李がいるわけ?」
「へ? べ、別にそれは……な、なんとなく? 流れで?」
「流れ?」
唯李がごまかすようにペットボトルを押し付けてくると、ふと隣に影が落ちた。
胸元の開いたブラウスに薄手の羽織物をして、小さめの麦わら帽子をかぶっている。
女性は悠己と目が合うなり、にっこりと微笑んだ。
「どうも。こんにちは」
「あっ……はじめまして。あれ? 鷹月さんのお母さんですか?」
「誰が人妻よ」
一瞬頬が引きつりかけたが、やはり笑顔で、
「自己紹介、したわよね? ついこの間、喫茶店で」
「喫茶店……チリホットドッグ?」
「食べたものしか覚えてないのかしらこの人」
「ええと……でも微妙に顔が違うような?」
「なんでそこ疑うわけ? 顔認証システムか何か?」
ホットドッグの向こう側にいた顔を思い出すと、確かに似ている。
あのときも顔をまじまじと見ていたわけではないので、実は記憶がおぼろげなのだ。
「ああ、マキマキさんですか。ちょっとこの前とも印象が違って気づかなかったです」
「マキマキさんではないけどね? それやめようか? 金輪際。というか、それよりも前に会ったことあるわよね? 唯李と一緒に。そのときも、『唯李の姉の真希です』って自己紹介したと思うんだけど」
「……姉? ああ、そういえばあったような……そういうことか。じゃあなんでこの前はそれ言わなかったんですか?」
「そ、それは……わ、私もすっかり忘れててね~。ごめんなさいねぇ~」
「じゃあお互い様ですね」
うふふふふ……と口元を歪めて笑う真希。目が笑っていないのは気のせいか。
とにかくあのマキマキさんが唯李の姉だった、という衝撃なのか割とどうでもいいのか微妙な事実が発覚した。
しかしそれこそ慶太郎が大げさにリアクションするかと思ったが、さっきから脇でやけに静かに控えているので、
「慶太は驚かないね?」
「ふっ……オレはもう知ってんだよ。あれから真希さんとはラインでいろいろやりとりしてるわけ。そのことは真希さんから口止めされてたんだけども……まあ二人で秘密を共有するみたいな? もうそういう関係なわけよ」
「ふぅん? ちょっと言ってる意味がわからないけど」
慶太郎が得意げにブツブツと語りだしたので流すと、今度は凛央がやってきて、真希の前で慇懃にお辞儀をした。
「本日はよろしくお願いします」
突然ダイナミックに頭を下げられ、真希は目をぱちくりとさせたあと、唯李を振り返って、
「唯李の友達?」
「そう、凛央ちゃん。この前話したでしょ」
「ああ、この子が……。ふぅん、きれいね……」
凛央の服装はさすがに今日も制服ということはなく、いつぞやのかっちりしたワンピース姿にサンダル。ただ少し暑そうだ。
顔を上げた凛央に向かって、「こちらこそよろしくね」と返した真希は、すぐさまじっと品定めをするような視線を浴びせはじめた。
「ほう、なかなかいい腰……足してるじゃない」
「あ、足……?」
「凛央ちゃん彼氏はいるのかしら? ん~?」
にまにまとしながら真希は凛央ににじりよっていく。
いきなり肩のあたりにソフトタッチを始めて、凛央が困惑気味に目線を泳がせると、唯李が素早く近づいて真希の手を払いのける。
「こらやめんかそこの痴漢! 現行犯だよ!」
「唯李もこんなきれいな友達がいるなら早く紹介しなさいよぉ」
「チャラ男か。チャラ男のリーダーか」
唯李がさながらガードマンのように凛央を守って立ちふさがる。
するとそこに小さな影――小夜がやってきて、鷹月姉妹に向かっておずおずと声をかけた。
「こんにちは……」
「あっ、お、おはようございます! お疲れさまです!」
なぜか小夜相手にペコペコしていく唯李。
そしてそのお尻を無言でペシペシ叩く瑞奈。
真希はそんなよくわからない光景をなんとも言えない顔で眺めたあと、悠己に視線を向けて、
「にしてもいつの間にこんな大勢に……こんなにいっぱいじゃ車乗れないわよ?」
「小さい車ですね」
「子供は黙ってなさい? ガキと書いて子供は」
「子供と書いてガキじゃないですか?」
「そうよ間違えたのよ文句ある?」
勢いよく逆ギレしてくる。さすが唯李の姉だけあって強い。
それにしても、もう秒でどんどん口調がキツくなってきている気がする。
「いや真希さん、オレも妹連れてくって言ってたじゃないすか」
「お姉ちゃん、凛央ちゃんも呼ぶって言ったじゃん」
「え~そんなの言ってた? あーはいはい、なら試しに乗ってみたらいいじゃない、ちびっこ二人なんとかごまかして」
慶太郎が唯李が口々に声を上げると、真希は相手にするのが面倒になったのか適当にぶん投げた。
口ぶりから察するに、真希も含めそれぞれ誰が来るかきっちり把握していなかったらしい。とんでもないグダグダっぷり。
真希は試しに乗ってみろというが、指さした車はファミリー用のワゴンタイプというわけでもなく、普通の乗用車だ。
後部座席は三人掛け。やるまでもなく無理な気がする。
「魔物の隣はぜったいやだ」
「あの、わたし、うるさい人の隣はちょっと……」
「あ、悠己くん助手席に乗ってくれる? 唯李だと頼りないから」
さらにゴチャゴチャと要求がうるさい。
悠己は助手席に座らなければならない。慶太郎の両隣には瑞奈も小夜も置けない。唯李と小夜を隣り合わせるのも微妙。
「となると……なんか論理クイズみたいだ」
「簡単な問題です。あの人が乗らなければいいんです」
「んだと小夜てめー!」
怒鳴る慶太郎に対し、小夜は表情一つ変えずにくるりと背を向ける。
悠己はもう一度車の席を覗き込んで、スペースの確認をすると、
「というか、試すまでもなく定員オーバーですよね? じゃあ俺留守番しますんでみんなで行ってらっしゃい」
「は? ダメに決まってるでしょ?」
キレ気味に真希に止められる。とはいえどうしろと。
すると腕組みをして何やら考えていた慶太郎が、
「しゃあねえな、こうなったら……」
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