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お家で発見みなっち


「うおおおおおお!!!」


 キッチンで晩御飯の洗い物を終えた悠己が、食卓の上に置きっぱなしだったスマホの着信に気づいて電話に出たとたん、第一声で慶太郎の叫び声がした。

 あまりにやかましくて思わず切ると、すかさず再度着信する。

 手元で鳴り止みそうにないスマホをしばらく眺めたあと、悠己はしぶしぶ通話をタッチした。


「おい切るなよ、聞け。なんと、なんとだ! またも真希さんからお誘いだ!」

「また? またどうせドタキャンされるんじゃないの?」

「いやそれはない、今度こそマジだって! 『前回はごめんなさいね、それの埋め合わせするわ』ってきたんだからよ!」


 前回もそうだったが、今度こそ慶太郎の声の張り具合が尋常ではない。

 あまりにうるさいのでこっそり受話音量を下げる。


「それに聞いて驚け、『暑いからプールなんてどう?』だってよ! プールっつったらお前あれだよ! あれ!」

「水中メガネ?」

「水着だよ!」

 

「もちろんお前もメンツに入ってるから!」と言って、何日の何時から……とすでに決まった体で慶太郎が勝手に話を始める。

 

「いやちょっと待った。たしかその日は、小夜ちゃんがうちに遊びに来るって言ってたような……」

「はあ? なんであいつが出てくんだよ、こっち優先に決まってんだろ。ていうかどっちにしろお前はいらんだろ」

「うーん、うちで二人だけで遊ばせるのはちょっとなぁ……。帰ってきたらマンションが燃えてなくなってるかもしれない」

「なんだよそれ、なんでそうなんだよ」


 テンパってお湯をこぼす程度なら平和なものだ。 

 さすがにそれはもうやらないとは思うが、二人だけはまだどうも不安な気がする。


「まあ、大丈夫だとは思うけど……ていうかまた俺? 他に誘う友達いないの?」

「お前に言われるとなんかムカつくな。それはな、また向こうが指定してきてんだよ。そもそもが前の埋め合わせだからって話」

「ふぅん? しかし水着かぁ……」

「な? いろいろと妄想が膨らむだろ? なんだかんだ言いつつお前も!」

「水着あったかなぁ……」

「誰もお前の水着の心配してねえよ」


 学校の授業以外でプール、となるとそれこそいつ行ったかどうか。

 さすがに学校の水着では恥ずかしいので、用意しなければならないかもしれない。


「でもプールかぁ。瑞奈もずっと家で……っていうのもあれだし、小夜ちゃんと一緒に連れてってあげられたらいいんだけど」

「待て待て。そんな子供を連れてったら趣旨変わってくるだろ」

「自分だって子供じゃん」


 悠己がそう返すと、受話口の向こうで少し沈黙があった。

 それから少しふてくされたような声で、


「ちっ、わかったよ。ちょっと聞いてみるわ。妹勢も連れてっていいかどうか」

「えっ……マジで?」

「なんだよ?」

「いや、まさかそんなこと言うと思わなかったから」


 てっきり「そんな余計なお荷物連れていけるわけねえだろ」で軽く突っぱねると思ったのにだ。

 というか悠己自身ちょっと言ってみただけなのだ。

 またも沈黙のあと、今度はやや早口で、


「いやお前、それはあれだよあれ、演出だよ。妹思いなところを見せて警戒心を解きつつ、ギャップで落とすみたいな? むこう着いたら適当に放置して遊ばせときゃいいだろうし。だからお前は逆に、妹をないがしろにするキャラってことにしてオレのことを引き立ててくれ」

「なにそれウケる」

「笑うとこじゃねえんだけど? オレが壮大なギャグ言ってるとでも?」

「でも慶太はけっこう妹思いだよね実際」

「はぁ? 何がだよ? ……とりあえず切るぞ」

 

 慶太郎も慶太郎で、あまり妹のことには触れたくないようだ。

 その後、しばらくして慶太郎からメッセージで連絡があり、妹二人も連れて行ってオッケーということになったらしい。

 ただオッケーと言われても、こちらが勝手に話を進めただけなので、肝心の瑞奈本人の了承が取れていない。


 悠己はスマホをしまうと、テレビのあるソファのほうへ近づく。

 背中を丸めてソファの上に乗りながら、手元のゲームに集中している瑞奈に声をかけた。

 

「瑞奈、プールだってプール。行く?」

「……プールぅ? ふっ、そんな子供じゃあるまいし」


 瑞奈はちら、と目線を上げたきり、すぐ元に戻す。 

 どいつもこいつも自分は子供ではないと思っているらしい。


「小夜ちゃんも来るって」

「それは行かないフラグ」


 まあそうなるだろうな、と予想を裏切らない反応。

 ただずっとこの調子だと、こちらもいい加減苦言の一つでも呈したくなる。


「あのさ、君せっかくのチャンスを当然のごとく拒否ってるけど……友達作り頑張るって言ってたのはどうなったの?」


 そう言うと、せわしなくボタンを押していた瑞奈の指の動きが止まる。

 瑞奈はゲームから目を離して、ぐっと顔を上げると、


「そ、それは……わかってるけど!」

「小夜ちゃんがどうしても嫌ってこと?」

「べ、別にそうとは言ってないでしょ!」

「じゃあ何」

「そ、それは……じ、自分の胸に聞いてみろい!」


 急におかしなことを言うな、と悠己は首をかしげる。

 そう言われても、自身特に何も心当たりがない。


「胸に聞いてもなんにも言わないな」

「それ本気で言ってます? お兄さん」

「だからその呼び方は何? 気持ち悪いなぁ」


 瑞奈はレロレロと舌を出したかと思うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 いったいなんだというのか。

 

「あのさ、ちゃんと言わないと……わからないよ?」


 だんまりしている瑞奈の背中に向かってそう呼びかける。

 すると、少し間を置いてからゆっくり振り向いた瑞奈は、一度口元をモゴモゴとさせたかと思うと、観念したかのように口を開いた。

 

「……さよにお兄さんって呼ばれるのは、気持ち悪くないんだ?」


 ん? とまたも悠己は首をかしげかけたが、瑞奈はじっとなにか言いたげに上目に顔色をうかがってくる。


「いやお兄さんは別にいいじゃん。そりゃあ小夜ちゃんに『お兄ちゃん』って呼ばれたらいやそれは……ってなるけど」

「ふ、ふぅん……?」


 強張っていた瑞奈の表情が少し緩む。

 それでも瑞奈は目線を離すことなく、ぱちぱちと何度かまばたきをして、


「……つまり、お兄ちゃんって呼んでいいのは世界で瑞奈一人だけ?」

「うーん……? まあそうなるかな、普通に考えて。でも義理の妹とかができる可能性はゼロでも……」

「ゼロです」


 いきなり可能性を閉じられた。

 何にせよ、瑞奈がひねくれている原因がなんとなくわかった。

 

「わかったよ、それが気に入らないっていうんなら、小夜ちゃんには呼び方変えてもらうように言うから」


 悠己としてはどうでもいいところだと思ったが、瑞奈にとっては大事なことだというのであれば、もちろんそれぐらいは譲歩する。

 すると瑞奈は胸の前でぎゅっと両手を握りあわせ、キラキラと目を輝かせ出した。


「おゆきくん……」

「それで結局呼ばないんかい。誰それ」

「だ、だってぇ……お兄ちゃんお兄ちゃんって、なんか恥ずかしいじゃん子供っぽくて」

「別にそんなことないでしょ? ていうかそのゆーきくん、っていう呼び方のほうがよっぽど子供っぽいよ? 直すならそっちを直したら?」

「何をおっしゃいますかゆうきさん」

「普通に言えるんかい」

「興奮してなければ言える。冷静なら」

「毎日エキサイティングだね」


 どうどう、ととりあえず落ち着かせる。

 何事も練習が必要だ。


「ほら言ってみて、ゆ・う・き」

「ゆ……ゆ……うヴォエエエッ!!」

「なぜそこでえづく」

「ゆ、ゆ、ゆアアアーッ!!」

「ふざけてるでしょ?」

「そんなことありませんよゆうきさん」

「だから言えるんかい」

「チャラララッチャッチャッチャーン! みなはレベルがあがった! ゆうきの呪文を覚えた!」


 瑞奈は急にソファの上に立ち上がって、両手バンザイを繰り返し始めた。

 ひとしきりレベルアップの余韻に浸ったあと、すっかりご機嫌でにじり寄ってくる。

  

「まあある種育成ゲーかなって。やっぱりそういうの直していかないとね」

「お家で発見みなっち! 愛情たっぷりに育ててね」

「育成失敗してもリセットしてやり直せたらいいんだけど」

「なんてこと言うの」

「お出かけ先が少なすぎて成長しないから。だからプールにお出かけだよみなっち」

「しょうがねえなぁ。まあ行ってやってもいいけど」

「今度こそ小夜ちゃんと仲良くしなよ」

「その保証はできかねる」


 かと思えばまた腕組みを始めてしまう。

 またも堂々巡りしそうだったので、悠己が真面目な顔でじっと見つめてやると、瑞奈は力なく首をうなだれた。


「だって、また失敗して、笑われるんじゃないかって……」


 不登校の時期があったせいで、周りの同級生に比べて、遅れをとっている。

 きっと瑞奈はそう思っていて、それで引け目があるのだろう。ダメな部分を見せてはいけないと、失敗を恐れているのだ。

 

 だけども、瑞奈が実際そこまで劣っている、とは思わない。

 この前だって、自分を必要以上によく見せようとして、焦って自爆しただけ。

 それなりに料理だってできるようになりつつあるのだ。悠己だって母がいたころは、料理なんてろくにしたことがなかった。

 だから要するに気持ちの問題なのだと、悠己はそう思っている。


「いくら失敗したって、俺は笑ったりしないよ。本当は瑞奈が頑張り屋だって、わかってるから」


 手を伸ばして頭を撫でてやると、瑞奈は肩の力を抜いて目をつむった。 

 しばらくされるがままにしたあと、ゆっくりと目を開けて、わずかに頬を赤らめながら上目遣いに悠己を見て言った。


「おゆきちゃん……」

「だからそれ誰よ」

「ゆうき……」

「今度は呼び捨てかい」

 

 指でおでこをつついてやると、瑞奈は恥ずかしそうに笑って、ごまかすように腕に手を絡めてきた。

 恥ずかしくて呼びにくい、というのならそれでもいいだろう。呼び方だってなんだって、好きにすればいい。

 たとえお兄ちゃんとは呼ばれなくても、世界に一人。やり直しも、替えもきかないたった一人の妹なのだから。


―完―


完結ブーストあります?

……ではなく続きます。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] プールデートの怖いところは、ヒロインが他の男に視姦されることなので、瑞奈と唯季に関してはそういう描写をしないでもらえると幸いです。
[良い点] コントが面白い。 [気になる点] コメディーは面白い。 ラブ、どこいった? [一言] もうちっと、シリアスやラブを見たい気がする。
[良い点] 更新はよ〜 [気になる点] にゃーん [一言] にゃーん
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