マキマキデート講座
成戸宅からの帰路。
乗員の少ないバスに揺られながら、小夜は座席からぼんやりと窓の外を流れる景色を眺めていた。
(今日もあんまり仲良くなれなかったなぁ……)
はぁ、と一人ため息をつく。
二年生になってクラスが変わって、仲の良かった子と別れて今は一人。
周りを見渡すと、すでにあちこちで手堅くグループができていて、いまさら入っていけるような余地はなさそう。
もともと、大人数のグループの中に混じったりするのは苦手なのだ。
それでも同じクラスに一人でも仲のいい子がいれば、なんとかなる。去年もそれでやってこれた。
そんな中、自分と同じようにいつもクラスで一人でいる瑞奈のことを見つけた。
今年同じクラスになってからずっと気になっていて、もし彼女も自分と同じ余りのものなら、余りもの同士仲良くできたら、なんてことを思っていた。
だけどちょくちょく観察をしているうちに、どうやら彼女は自分とは少し違うようだった。
なぜだか皆からちょっと一目置かれていて、気づけば教室のどこにもいなくなっていたり、何かと謎な部分が多い。
陰で眠り姫、などと呼ばれていることを噂で知ってからは、やはり自分などが仲良くなるなど畏れ多い、と一度考え直す。
だけども今回、思わぬところから繋がりができた。
家での彼女はわたわたと感情の変化が忙しく、意外にドジな面もあったりで、学校での寡黙な姿とはまるで別人のようだった。
信頼を寄せているであろう兄が近くにいることが大きいのだろうか。
だけどそれが悪いということはもちろんなく、むしろ好感。
小夜は得意げに料理をしてみせる瑞奈の姿を思い出して、軽く口元をほころばせる。
(それにあんな優しいお兄さんがいて……いいなぁ)
悠己は今日も途中まで送ってくれて、帰りを気にしてくれた。
妹のためにニセの恋人をしている、なんていう話は正直驚きだったけども、それだけ妹のことを大切に思っている。
あえて突き放すような態度をとったりもするが、大事なところでは注意して見ているのだ。
(でもそれが、よりによってどうして、また……)
悠己と唯李。
二人で言い合いをしている姿が、ふと脳裏に浮かぶ。
いつも妹のことを、気にかけてくれる優しい兄。
記憶の片隅で、面影がちらつく。本当なら、それは自分にだって……。
気づけば小夜は顔をうつむかせながら、唇を噛み締めていた。
「隣の席、キラー……」
◆ ◇
その日の晩。
唯李は自室にて、スマホ片手にテーブル上のネタ帳にペンを走らせていた。
「うふふっ、やばい超面白いこの漫画……よっしゃこのギャグもーらい」
ネットで見つけた漫画を参考に創作ネタのブラッシュアップを図る。
今日悠己たちに公開したネタは少し早すぎたらしい。まだ時代が追いついていない。
「やっぱギャグのキレが悪いから、小夜ちゃんの当たりも強いんだよなぁきっと……」
なんとかそう思いたい。本来ならネタを見せた時点で、「わぁ面白い最高!」となるはずだったのだ。
そうでもなければ、初対面であれだけ冷たい態度をされる覚えがないのだ。
「……それか、また知らないうちに何かやっちゃいましたかな~~?」
「まーたなんか変なの書いてるの?」
ビクっと背筋が伸びると同時に、唯李の手は横から覗き込んできた顔面を掴んだ。
鼻先を押さえられた真希が、変な声を上げながら手を引き剥がす。
「痛いわね、いきなり何するのよ! 妙に反抗的じゃないの」
「うかつに近づくとこのフルオート唯李フィンガーが光って唸るぜ?」
「くっ、いつの間にそんなものを……」
「……え、なんでノリノリ?」
「何よ? 優しいお姉ちゃんが合わせてあげたんでしょ」
ぶつくさ言いながら真希がすぐ隣に正座する。
無駄に近いので腰をずらすが、真希は機嫌がいいのか普段の二割増しでニコニコとしながら、顔を近づけてくる。
「この前だって、せっかく優しいお姉ちゃんがデートのお膳立てしようとしてあげたのに、唯李が『その日はちょっと……』って逃げるし~」
「だからその日は逃げたんじゃなくて、前から用事あったって言ってたじゃん。だいたいお姉ちゃん同伴とか嫌な予感しかしないし」
「いい加減直々にマキマキデート講座してあげようって思ってね。もうお姉ちゃんがそばでアドバイスしつつ」
「マキマキデートってめっちゃ急いでそう」
「しょうもないこと言ってんじゃないわよどっかの誰かさんみたいに」
ご機嫌で自分から振ってきたくせに急にキレられた。
どっかの誰かさんとはいったい誰のことか。
ぶしつけにも真希がまたもネタノートを覗き込もうとするので、唯李はばっとノートを閉じて懐に引っ込める。
「それでそんなことしてて、本当にいいの? 人生で最もフィーバーする高二の夏に無理だったらもう終わりよね。これからずっと人生の敗者」
「……何それ、どこ情報? お姉ちゃんこそ高二の夏休みって何やってたっけ?」
「もう忘れたわそんな昔のことは」
「えぇ……」
唯李自身おぼろげだが、ヒマヒマと連呼する真希にあちこち連れ回されていたような記憶がある。
「今の時代はねえ、女の子も待っているじゃダメなの。お祭りは? 花火大会は? もう誘ったの?」
「いやどうせ「暑いからいいよ」って断られるし。だいたいね、ラブコメ漫画じゃないんだからそうそうそんなイベントないっすよ実際」
実のところ学校で毎日顔を合わせているのならとにかく、間が空いてしまうとこちらからは少し連絡を取りづらい。
仮にとったとしても向こうがかなりの塩対応であるからして。
ただ強引にこちらから行くと、頼みもしないのに帰りは途中まで送ってくれたりして、つまりよくわからない。
「……なんでそんなやさぐれてるの? とにかく唯李が首を縦に振りさえすればね、お姉ちゃんがいろいろとお膳立てしてあげるわよ。なにせ今は優秀な手下がいるから」
「手下……? キーキー言う戦闘員みたいな?」
「誰が怪人よ」
はいはいおしまい、と唯李が会話を終了させて追い出そうとするが、真希はなおもその場に居座る。
いつもはこれだけめんどくさそうな態度を見せればたいてい去っていくのだが、今日はやけにしつこい。
ヒマなのだろう。
「どうもマンネリしちゃってるみたいだから。要するに刺激が足りないわけよ、露出がね。唯李ちゃんせっかくいいお尻……じゃなくてスタイルがいいんだから」
「はあ……」
「なにその気のない返事。ちょっと伝染ってきてるでしょ? そして夏に露出と言えば水着。そして水着になれる場所……いきなり海って言うとどうせ『パリピか』とかって文句言うでしょ? そこで間を取ってプール。どう名案でしょ?」
「プールねえ……」
「ボケっとした顔してても結局そこよ、男なんてね。鼻の下伸ばしてる間抜け面拝んでくれるわ」
「……なにをそんなムキになってるの?」
「とにかく、手っ取り早く水着で悩殺しちゃえばいいのよ」
「言い回しがおっさんくさい」
「……あれれ? なんか乗り気じゃなさそうだけど……もしかして唯李ちゃん、ビビってるのかな?」
真希がこれでもかというほどに、ぬっと近くで顔を覗き込んでくる。
いくらそれらしく言われても、水着で釣る、などというのは気が進まない。ていうか恥ずかしい。
「だ、誰がビビりよ。そもそも何をビビるって? 上等よ、脳みそ吸い取ったるわ」
「やった決まりね~。じゃあ日にちはいつにしようかしらっと」
「……えっあっ、ちょ、ちょっとまって今のギャグだからうそです! なしなし!」
「だめよもう遅いわ」
慌てて待ったをかけるが、真希はおかまいなしにスマホを手にして操作を始める。
何やら楽しそうな姉とは反対に、唯李はどうにも嫌な予感が拭えなかった。
1巻発売時から異例のヒットとなった『隣の席になった美少女が惚れさせようとからかってくるがいつの間にか返り討ちにしていた』(略称『隣かい(となかい)』)の2巻がいよいよ発売です!
と公式ホームページにも書いてあってなんとか頑張っておりますのでよろしくお願いします!
コミカライズも本日更新になっております。がうモンです。