ほのぼのギャグ漫画
「ふふっ……わぁ、すごい……」
「ね、ね? すごいでしょ~?」
「なんていうかこれ……すごく、不愉快ですね」
「そうそう、すごく不愉快……って、え?」
得意げだった唯李の笑顔がピシっと固まった。
ロボットのような動きでノートを手元に戻しつつ、
「ま、まあ文字だけだとね。こういうの絵が肝心だから、キャラの顔で笑い取るみたいなところあるから……」
やたら早口で弁解を始めた。
不愉快になるほのぼのギャグ漫画というのも逆に興味が湧いたので、
「ちょっと見せて」
悠己は唯李の手からノートを引っこ抜いて開いていたページを眺める。
4コマらしく4つの枠に、下書きのような適当な絵と、吹き出しに台詞が書き込まれていた。
『クラス発表』
一コマ
主人公(元気いっぱい天然)「みんな一緒のクラスになれるといいね~! 何組だった~?」
二コマ
ツンデレ「あたし四組よ!」
クール 「私はA組」
のんびり「わたし赤組ぃ~」
三コマ
主人公「わぁみんなバラバラかぁ~……って一学年何組あるのこれ! 統一感! ていうか赤組て! 運動会か!」
四コマ
のんびり「うるせえ」
「……何これ? 唯李の日常?」
「違うわ。誰が元気いっぱい天然だよ」
「いやそこじゃなくて」
問題はそこではない。
唯李は好感触とでも思ったのかなんなのか、「じゃあこれは?」と得意げに次のページをめくって見せてくる。
『お弁当』
一コマ
主人公「お昼休みだよ! みんなで一緒にお弁当食べるよ~!」
二コマ
ツンデレ「何勝手にそこ座ってるのよ? 違うクラスでしょあんた」
主人公「固いこといいなさんなって! うわぁ、ツンデレちゃんのそのからあげおいしそ~、あたしのひじきと交換しよ交換しよ~」
三コマ
ツンデレ「え~嫌よ」
主人公「またまたツンデレちゃんったらもうほんとツンデレなんだから! ほらほら一個!」
四コマ
ツンデレ「嫌だっつってんだろ」
「……どのへんがほのぼのなの?」
「文字だけだとわかりづらいけど、これ全員笑顔だからね。終始笑顔」
「余計わかりづらいけど。やっぱりこの主人公って唯李だよね?」
「だから違うっつの」
「似たようなやりとりを隣でやってるの前に聞いたことあるんだけど」
黙り込んだ唯李は悠己の手からノートをひったくると、瑞奈を手招きして、
「まったく君たちセンスのかけらもないね。ねえねえ瑞奈りん、見てよこれ」
「ボツ。おもしろくない」
「せめて見てから言え」
瑞奈は一瞥もくれずにひたすらゲームに集中している。
すると瑞奈と唯李のやり取りを見ていた小夜が、
「瑞奈りん……。二人とも、仲良さそうですね」
果たして今ので仲がいいと言えるのかどうか。
謎の闘志を燃やしたのか、小夜は急に唯李をまっすぐに見つめて尋ねた。
「あの。鷹月さんは……そもそも、成戸さんたちとはどういう関係なんですか? 今日は何をしに?」
「ど、どういう関係って、それは……ねえ?」
唯李はちらっと悠己のほうに小夜の視線を受け流してくる。
どうやら答えに窮して丸投げしようとするつもりらしい。
「それはあれだよほら……唯李が」
「いやほら、ここは悠己くんが」
「唯李が言っていいって」
「いやいや、やっぱり悠己くんが」
しかしここでうかつに下手なことは言えない。
瑞奈の手前、彼氏彼女の関係、というのは間違いないのだが、ここでそれを言っていいものなのかどうなのか。
それは唯李も同様らしく、負けじと押し付けてくるので謎の譲り合い合戦が勃発している。
「なんだか、お兄さんとも仲よさげですしね」
「え、え~そっかなぁ、そんなことないけどなぁ」
「並んで立ってると漫才コンビみたい」
「だ、誰が売れない芸人だよぉ~」
「……何ですかそれ?」
腰が引けているのか唯李のツッコミにもキレがなくなっている。
そんなこんなでグズグズな空気になっていると、突然瑞奈がゲーム機を傍らに置いて、
「違う! 二人は付き合ってるんだよ! 恋人同士なの!」
誰にともなく半ギレ気味に叫んだ。
悠己は思わず唯李と一緒になって顔を見合わせる。
そんな中険しい表情になった小夜が、やたら低い声を発した。
「……えっ、付き合ってる……? 本当に……? それって、うちの兄も知ってるんですか?」
小夜の言葉には妙な圧がある。
重たい口調で尋ねられテンパったらしい唯李は、またしてもコソコソと耳打ちしてくる。
「ちょ、ちょっとねえ、ど、どうするの?」
悠己と唯李が付き合っている、などということが慶太郎の耳に入ったら、凄まじく厄介なことになるのは想像に難くない。
唯李にも迷惑をかけてしまうことになるし、これ以上の延焼を防ぐには致し方ない。
「えっと……小夜ちゃん、ちょっと。来て」
悠己は小夜を手招きしてリビングを出ると、そのまま寝室のほうへと連れ出す。
部屋に二人きりになったあと、硬い表情をしたままの小夜に向かって、ぽつりぽつりと語りだす。
「まあその、これにはいろいろといきさつがあって……」
順を追って、瑞奈のために偽恋人をしている、ということを正直に話す。きちんと話せば、おそらくわかってくれるはず。
小夜は最初こそ訝しそうにしていたが、案の定すぐにキラキラと目を輝かせ出して、
「そ、そうだったんですかぁ……。成戸さんのために……。わぁ、優しい……」
「一応、このことは瑞奈には内緒で」
「はい、わかりましたぁ!」
小夜は素直にコクコクと頭を上下させて頷く。
瑞奈には少し悪いかとも思ったが、瑞奈に友達がいないこともすでにバレているだろうし、遅かれ早かれいろいろとバレるだろうし。
「でもそこまでしてあげるなんて……やっぱりお兄さんすごい優しいすごい……」
「それと唯李には無理言って手伝ってもらってるからさ。だから、あんまりいじめないであげてね」
唯李があの体たらくなので、一応そう念を押しておく。
こう言えば「わあ、鷹月さんも優しいんですね……」となって丸く収まるかと思ったが、小夜は唯李の話になるととたんに顔を曇らせた。
「ええと、その……あの人には、気をつけたほうがいいですよ」
「え?」
小夜がぼそりとつぶやくように言った。
いよいよ悠己も気にかかって、眉をひそめながら聞き返す。
「唯李のこと……なんか気に入らない?」
多少言動に問題はあれど、そこまで悪し様に言われることもないはずだ。ましてや二人は初対面のはず。
そう問いかけると、小夜はしばらく沈黙したのち、
「いえ、別に……。なんとなく、思っただけです。すみません、余計なことを」
素直に頭を下げた。
顔を上げた小夜の表情は、それでもまだどこか腑に落ちないようだったが、悠己の視線に気づくなりぱっと笑ってみせて、
「でも逆に言ったら、成戸さんに友達ができさえすれば、わざわざそんなことする必要なくなるわけですもんね! わたし、もっと仲良くなれるよう頑張ります!」
小夜はそう言って拳を握りしめぐっとガッツポーズをすると、「一緒にゲームの続きやってきます!」と張り切った声を上げて、リビングへ戻っていった。
ここで一区切りでちょっと別視点をはさんだあと、マキマキプールデート(コント)編の予定です!
そして第二巻が発売となりました! ありがとうございます!
さらなる続刊のためには……ということでぜひともよろしくお願いいたします。