主役のもの
「どうも~。主役のものでーす」
悠己が出ていってドアを引くなり、隙間からぬっと不審な笑顔が中を覗いてきたので、そのままドアを閉めようとする。
しかしすぐさまガッと手がドアの縁を掴んで押し返してきた。
「なんで閉めようとした? 今」
不審者だ。いや唯李だった。
軽くフリルの付いた半袖ブラウスにミニスカート。毎度服装だけはちょっとカッコつけている。
ズカズカと中に入ってきた唯李は、靴を脱いでそのまま上がり込もうとするので、
「ちょっと待った」
「はい?」
「何?」
「ナニ?」
悠己が前に立ちはだかって問いかけると、唯李は首をかしげたまま固まる。
が、首をかしげたいのはこっちのほうだ。何のアポイントもないし用件も言おうとしない。
謎の沈黙の中お互い見つめ合っていると、バタバタと背後からやってきた瑞奈が悠己を押しのけ、慇懃に唯李の手を取った。
「これはこれはゆいちゃん様! 本日は遠いところはるばるお越しになられて……」
「ちょっとどうなってるの~? この人に『お前は通さんぞ?』みたいな顔されたんだけど」
「すいませんすいません。あとできつく言って聞かせますので」
ぺこぺことやたらへりくだっていく瑞奈。もうすでに怪しさマックス。
またも瑞奈が勝手に呼び寄せたようだが、どうせまた何かくだらないことでも企んでいるのだろう。
とりあえずとっとと通路の掃除を終わらせるべく、悠己は二人のことを放って傍らに立てかけてあった掃除機を再稼働する。
「あ、悠己くんが掃除してる~。くすくす、なんかウケる~」
「どいて」
「面白いから写真撮っちゃおっかな~」
「邪魔」
唯李は「んだよもう……」と口をとがらせながら、瑞奈とともにリビングのほうへ歩いていく。
手伝う気などはゼロのようだ。まあそんな期待など一切していないが。
掃除を再開したのはいいが、小夜と唯李が初対面ということを思い出し少し不安になったので、やっぱり一度様子を見に行くことにする。
リビングでは凛央の姿を見つけるなり唯李が、
「あ、凛央ちゃんだ~! なんか久しぶりかも~」
「久しぶりね。ほんと久しぶり」
「……あれ? もしかしてなんか怒ってる?」
「別に」
と言いつつも凛央の表情はやや固い。
続けて唯李は、ソファに腰掛けている人物に目を留めた。
見慣れない人影を見て、目をパチパチとさせながら、
「あれ? どなた?」
「ど、どうも。速見小夜といいます……」
「はあ」
唯李はどうにも腑に落ちないような顔。
その反応からすると、凛央のように事前に瑞奈から話を聞いているわけではなさそうだ。
「あ、あの、成戸さんと同じクラスメイトで……」
まるで弁解をするように小夜があたふたとしゃべりだす。
注目されて少し話しづらそうにしているので、横から助け船を出してやる。
「ほら、同じクラスに速見っているじゃん。速見慶太郎。その妹」
「えっ、速見くんの妹さん?」
唯李は驚いた顔て小夜を見ると、ポンと手を打って、
「へえ~瑞奈ちゃんと同じクラスなんだ! 偶然だね! わかった小夜ちゃんね、いいよもっと気楽にして! あたし鷹月唯李っていうの。よろしくね!」
フレンドリーに明るく笑いかけていく。さすがに距離を詰めていくのはうまい。
しかしそれとは逆に、小夜のほうはやや表情を曇らせて
「……あの。もしかして鷹月さんって……城山第二中学の……?」
「ん? あ、そうそう。お兄ちゃんと一緒だね」
そのとき、さっと小夜の顔色が変わった。
それも険悪なほうに強張った……ような気がした。
というのは、小夜は悠己の視線に気づいたとたん、ごまかすようにニコリと笑顔になった。
「へえ、唯李って有名人なの? ネットで悪名高いとか」
「誰が炎上女だよ。や、会うのも話すのも初めてのはずだけど……」
「中学時代相当悪ワルだった? バイクで学校乗り付けたりとか」
「なんでそうやって悪い方向で有名にするわけ? ……んまぁ、なんていうか? そのときからちょっと目立つぐらいの美少女でしたから? キラン☆」
唯李は顔の近くで横ピースをしながら変なポーズを取ってみせる。
が、小夜はそれを軽く横目で流して、
「ええと、兄が高校、わたしが中学に上がるタイミングで、新しく建てた家に引っ越したんです。なのでわたしは第二中には通ってないんですが……」
「あ、そっか。瑞奈と同じ学校だもんね。そもそも学年もかぶらないしね」
ずっと前に慶太郎もそんなことを言っていたような気がしないでもない。
小夜と唯李の二人が実はどこかで接点があった、というわけではなさそうだ。するともしかすると小夜は慶太郎から何か話を聞いたか。
変なポーズの人を無視して会話していると、恥ずかしくなったのか唯李は顔を赤くして、
「ね、ねえちょっとなんか言ってよ! ツッコんでよ!」
「まあ……美少女だししょうがないよね。うんうん」
「なんでしんみりするここで? 何が美少女だよ」
「自分で言ったんじゃん」
などと言い合いをしていると、いきなり唯李の体がぶわっと悠己のほうへ倒れ込んできた。
危ない、と反射的にさっと身をかわすと、唯李はそのままよろけてソファに頭から突っ込んだ。
突然のサイ○クラッシャーにさすがの悠己も脅威を感じていると、唯李はガバっと身を起こして、
「ちょ、ちょっとぉ! 誰か背中押したでしょ今!」
「え、押されたの? 大丈夫?」
「『大丈夫?』じゃなくて悠己くんもよけないでよ!」
「いや必殺技で一本取りに来たのかと思って」
「違うわ! 受け止めてくれると思ったから逆にバランス崩したの!」
なぜか悠己が責められる背後で、何やらひそひそと声がする。
振り向くと、いつの間にか後ろに回り込んでいた凛央と瑞奈が顔を寄せ合いながら、
「……予期せぬハプニング失敗……まさかかわすとは」
「……もうちょっと強めにガっといかないとダメだったんだよ」
やたら不吉な単語が飛び交っている。
立ち上がった唯李は、大股に二人に詰め寄っていく。
「おいそこの怪しい二人組」
「ご、ごめんね~ゆいちゃん、ついりおの手が滑って……」
「つっこんで欲しかったみたいだったから」
どうやら下手人は凛央らしいが、当人さほど悪びれる様子もなく、それどころか逆に不機嫌そうな雰囲気すらある。
「り、凛央ちゃん? 何かその……さっきから機嫌悪そうだけど、武力に訴えるのはやめよう? 文句あるなら聞くから」
「だって唯李、前から一緒に洋服買いに行こう行こうって言ってて……今度とかそのうちとか、いつになっても決まらないじゃないの! 私そういうはっきりしないの嫌いなの! それにずっと何の音沙汰もないし……」
「あっ、ごめんすっかり忘れてた! ま、まぁそれはそのうちね……」
「じゃなくて、何日の何時何分? どこに集合? 今すっぱり決めて」
凛央の剣幕に押されてあとずさりする唯李。
なんだか話がおかしな方向にずれそうだった矢先、すかさず瑞奈がスリッパで凛央のお尻をひっぱたいた。
「なにをしとるか! 邪魔してどうするの!」
「だって文句あるなら聞くっていうから。ていうか文句しかないわ」
「それはそうかもしれないけど、今そういう場合じゃないでしょ、役目を忘れたか! もういい、りおは部屋で代わりに瑞奈の宿題やってて!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、瑞奈が凛央の腕を引こうとすると、
「ちょっと待った待った。瑞奈、宿題は自分でやりなよ。凛央も……」
「私はちゃんとやってるわよ。もう全部終わったし」
「いや違くてさ」
逆ギレ気味に言われても困る。
結構な量があったと思ったのだがもう終わったのか。ペースがおかしい。
結局「とりあえず引っ込んでて!」と瑞奈に背中を押され、凛央はリビングから退場する。
それから凛央を自分の部屋に押し込めたらしい瑞奈が戻ってくると、その折を見て小夜がバッグから携帯ゲーム機を取り出した。
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