裏切り
再び小夜が家に来ることになっているその日。
少し早めに昼食を済ませた悠己は、リビングの収納の奥から掃除機を引っ張り出して、部屋の掃除を始めた。
ガーガーと音を立てて掃除機を転がしていると、騒音を聞きつけて自分の部屋から出てきた瑞奈が、悠己の周りをふらふらとしながら尋ねてくる。
「ゆきくん、なにをそんな急に掃除してるの?」
「小夜ちゃん来るからさ」
「さよちゃん来るって……だからって何をそんなきれいにする必要あるの」
「いやそれ関係なしにいい加減汚いから。もう限界」
悠己も瑞奈も普段から掃除をする習慣がないので、限界が来ると定期的にリセットをするという形をとっている。
ある程度まではさほど気にしないのだが、窓枠、テレビ周り、棚の上、あちこち汚れホコリまみれで、床もたまにお菓子のかけらか何かがジャリっと言うときがある。
むしろなぜこれで大丈夫なのかと瑞奈に問い返したい。
「とりあえず通路とリビング目につくとこだけ掃除するから」
「ふぅん……」
にべもなく返すと瑞奈は腑に落ちないような顔をして、自分の部屋に戻った。
変に邪魔をされるよりはマシなので、気にせずそのまま掃除を続けていると、不意に家のチャイムが鳴る。
掃除機を止めて出ていくと、玄関先には半袖のブラウスにスカートの制服姿が姿勢よく佇んでいた。
凛央だった。
「こんにちは」
「あれ、凛央……?」
「ちょっと瑞奈に呼ばれて」
「……なんで制服?」
「制服着てたらダメ?」
「いやダメってことはないけど……」
この前家に来たとき、瑞奈にさんざん服がダサいダサい言われたのを気にしているのか。
凛央は家の中を覗きながら、
「瑞奈は?」
「自分の部屋にいると思うけど」
凛央は「お邪魔します」と礼儀正しく頭を下げると、上がりこんで瑞奈の部屋に向かった。
なんだかんだでもう勝手知ったる家の中という感じ。
凛央を呼びつけていったい何を……と悠己は少し気にかかったが、とりあえずは放って掃除を続ける。
それから三十分もしないうちに、再度インターホンが鳴った。
リビングに一通り掃除機をかけ終わって小休止をしていた悠己は、一度時計を見ると立ち上がって玄関先に出ていく。
玄関先では、半袖Tシャツにショートパンツの低い影が待っていた。小さいショルダーバッグを肩にかけている。
小夜だ。
「どうも、こんにちは……」
予定の時間より少し早い。
おそるおそるお辞儀をする小夜をそのまま家に上げて、リビングへ招き入れる。
とりあえずソファに小夜を座らせて、瑞奈の部屋へ。
「瑞奈? 小夜ちゃん来たよ」
ノックをして声をかけるが反応がない。
軽くドアを開けて中を覗くと、勉強机にかじりついている瑞奈と凛央の背中が見え、会話が聞こえてくる。
「いくら勉強って言ったって、どんな顔で買ってきたのこれ……。こあくまりお……ぶふぅっ! ぶふーっ!!」
「そ、そんなに笑わなくてもいいでしょ」
「『予期せぬハプニングでぐっと距離が縮まっちゃうかも……?』これ書いてる人も半分ギャグで書いてるんじゃないの」
「え? そうなの?」
何やら二人して盛り上がっている。
背後から近づいて覗きこむと、机の上に雑誌を広げて、熱心に眺めているようだ。
(恋愛上級者のテク、小悪魔大特集……?)
そんな見出しがチラリと目に入る。
瑞奈は絶対に買わないような本だ。買う雑誌といえばせいぜいアニメ雑誌ぐらいのもの。
やってきたときに凛央が紙袋を腕に抱えていたのを思い出す。
傍らに袋が投げ捨ててあるのを見ると、凛央が買ってきたもののようだが……。
「みんなの初体験記……ほほうどれどれ……」
「何を読んでるの? 二人して」
悠己が声をかけると、ビクッと二人の背筋が伸びる。
すかさずバン! と瑞奈は勢いよく本を閉じて、隠すように抱え込んだ。
「ゆ、ゆきくんなんでいきなり入ってきてるの!」
「ノックしたし呼んだし。小夜ちゃん来たよ」
むっと瑞奈が顔を引き締める一方で、凛央が不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「誰?」
「瑞奈の友達」
「勝手に何を言うとりますか」
すかさず瑞奈が遮ってくるが、凛央は腕組みをするとなにやら訳知り顔で頷いた。
「ふぅん、それが例の泥棒猫ね」
「泥棒猫?」
悠己が聞き返すと、瑞奈が飛びかからんばかりに凛央の口を抑えて、
「な、何でもない! と、とりあえずこれは預かっておくから。行くよりお!」
瑞奈は雑誌を机の引き出しに突っ込むと、凛央の手を引いて部屋を出ていくので、悠己もそのあとについてリビングへ向かう。
リビングでは瑞奈と凛央の姿を認めるなり、小夜がソファから立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げ始めた。
「あっ、どうもこんにちは、お邪魔してます……」
それに対し瑞奈はあさってのほうを向いて、「うむ」と大物っぽく頷いてみせる。
かたや凛央は、品定めをするような目でじっと小夜を眺めている。
初対面である小夜は当然凛央が気になるようで、
「あ、あのっ、わ、わたし……」
「花城凛央です。ええと……成戸くんの友達です」
「あっ……お兄さんの。ど、どうもはじめまして、速見小夜といいます」
あいさつを受けた凛央は、しばらく小夜を見ながら目を見張るようにしたあと、瑞奈に視線を戻した。
「ちゃんとしてるわ……」
「……なに? 変な目でこっち見ないで」
「よかったじゃない瑞奈。私、瑞奈にはこういうしっかりした子が合うと思ってたから」
「え、ええいうるさい! 誰がダメ人間や!」
二人のやりとりに、小夜もくすりと口元を綻ばせる。
しかし瑞奈はそれが気に入らなかったのかなんなのか、ぺしっと手で凛央のお尻を叩いた。
「何するの痛いじゃない」
「こうやってお尻叩いたら怖い顔してって言ったでしょ!」
「ん? こう?」
「こっちにじゃない! 怖い!」
「怖い顔にもなるわよ。全然話と違って、おとなしそうないい子じゃないの」
おそらく瑞奈が、あることないこと凛央に吹き込んだのか。
凛央にそう返され、瑞奈が傍からも明らかなぐぬぬ顔になる。
それもどこ吹く風と、凛央は小夜に笑いかけた。
「瑞奈をよろしくね」
「あ、はい! あ、っていうのも変ですけど……」
凛央と小夜が二人で笑い合う。
それで凛央は用が済んだのか、一度周りを見渡すと、通路に立てかけてある掃除機に目を留めて、
「成戸くん掃除? 大変そうね、私も手伝うわ」
「いや、あと通路だけだし大丈夫」
「ちょっと待ってりお、何しにきたんだかわかってるの!?」
「瑞奈の言ってた子が、実際どんな子か見極めようと思って。でも大丈夫そうだから」
「う、裏切ったなキサマ!」
叫びながらまたも瑞奈が凛央のお尻を叩く。
するとすかさず怖い顔が瑞奈を向いて、
「痛いでしょ」
「だからこっちじゃないって言ってるでしょ!」
凛央にじっと睨まれ、耐えきれなくなったのか瑞奈は背中を見せて自分の部屋に逃げていった。
一部始終を見ていた小夜が、不安そうな顔でつぶやく。
「わたし、やっぱり嫌われてるんですかねぇ……」
「そんなことないよ、恥ずかしがってるだけだから」
恥ずかしがっている、というかどんどん恥の上塗りをしている。
とまでは口に出さない。
「花城さん、髪がきれいですね! スタイルもいいし……かっこいいです!」
「かっこいいって、ふふ、何よそれは」
そのうちに勝手に小夜と凛央が談笑を始める。
瑞奈はさておき、この二人はなんとなく相性が良さそうだ。
悠己がそう思った矢先、再度家のチャイムが鳴った。
そしてオチに使われるのはやはりあの女
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